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僕は恋愛に無関心なハーレム高校生。


 ──それは始まりの季節。




 僕にとって、それは本当に始まりであった。


 いつも朝は『世界への挨拶』から始まる。感謝の念を言葉にして、祈りを捧げていた。いつからやり始めたかは忘れたが、これを恒例としている。


 しかし、今日はそんな気分でもなかった。昨夜からずっとあるフレーズが脳内を反復していて、頬が緩んでしまうのである。こんな情けない表情を世界へ見せる訳にもいくまい。



『よろしくね、新垣くん』



「フッ、よろしくね、か。フフッ……」



 そんなことを言われてヨロシクしないワケにはいかないだろう。是非こっちから、ヨロシクさせて貰うぞ。


 桜の下で運命的に出逢った“安穏のどか”さん。


 あの人の言葉とか、仕草とか、笑顔が、頭から離れない。また近いうちに会いたいものだ。



「……うわ」



 一人でニヤニヤしていたところを、運悪く通りかかった妹の瑠美に、まるで汚物を見るような目で見られてしまった。いつもタイミングが悪い。



「よ、よう」



 恥ずかしながら、僕は何事もなかったように振る舞うことしかできなかった。



「気持ち悪っ……」



 ドン引きである。実の妹にドン引きされる兄、新垣 善一である。ヨロシクね。



「というか、クソおにぃー。貧血か何かでぶっ倒れたんでしょ……。ほんと意味不明なんだけど」



 暴言に暴言を重ねられる。恥の上塗りだ。



 ちょっと傷ついた。



 ※ ※ ※ ※ ※


 太陽に向けて胸を張りながら、一年B組の教室の前へと立つ。扉の前からでも教室が騒がしいのが感じられる。



「おい、イッチー。どうした? 顔色悪いぞ」


「い、いや、少し緊張してな……」



 隣にいた宗が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。幸運なことに彼も同じクラスだった。


 入学式を終えて、今日は学園生活二日目。いよいよ新クラスでの活動が始まろうとしていた。



「おいおい、また貧血で倒れんなよ。保健室いくか? つーか、お前、そんな病弱キャラだったっけ」


「今朝はほうれん草をきちんと食したから、たぶんきっと大丈夫だ。胡麻ドレッシングと共に美味しく頂いたぞ」


「あっそ。なら、いくぞ」



 手汗が滲んで動けない僕をよそに、幼なじみはよそよそと教室のドアを開き中へと入っていく。


 と、賑やかだった生徒たちの雑談が停止する。一斉に向けられる視線の数々。注がれた好奇の眼差したちに、昨日のスピーチの事を思い出してしまう。


 緊張の一瞬。鞄で人の目を見ないようにガードしようとした時、ふと誰かが声を上げた。



「お、ガッキーと串カツくんじゃんー!」



 それは短い髪の少女、柳葉 明希さんであった。明るく元気よくこちらに手を振り、集団の中から出てくる。どうやらこの子が中心となって会話を繰り広げていたらしい。



「おはよ! 今ね、ちょうどガッキーの話をしていた所なんだー! スピーチ中に倒れて心配したぜよ~。大丈夫? 記憶ある? デスノートの存在覚えてる?」


「おはよう、柳葉。うん、もう平気だよ。ちゃんと記憶もバッチリだから、とりあえずはLを始末しにいこうか」


「おー。そりゃ良かった! じゃあ、あたしと一緒に世界をひっくり返しましょうぜぃ! 狙うは四皇の首!」



 こんな僕らの会話を、宗は冷めた目で見つめている。



「朝からキツイな、そのテンション。あと串カツはやめれ」



 普段はおとぼけているクセにこういう時に限って、一歩引いたりするのが彼のスタンスである。



「なんでよー。串カツ美味しいじゃん」


「違う! 俺も確かにうずらは好きだけども、そーいう話はしてねぇ。串カツというあだ名をやめてくれってことだ」


「あたしは玉ねぎが好きかなー。じゃあ、クッシーね! クッシーよろしく!」


「……もういいよ、それで」



 宗は完全に柳葉さんの空気に飲まれているようで複雑そうな表情を浮かべていた。ちなみに僕はかぼちゃが好きだ。



「ねぇ、あれって昨日のスピーチのヒトじゃない?」


「ホント? 私も会話に混ぜて~」



 と、そんな柳葉と他愛もなくお喋りをしていたもんだから、何人かの女子生徒たちがこちらに駆け寄ってきた。


 いつの間にか、僕を取り囲んでいる。



「昨日のスピーチ緊張した? あれアドリブだったんでしょ。すごいねー」


「流石はクールビューティーの弟さんだー。カッコいい!」


「私、心配したんだよ。ホントあの後どうなったか気になっちゃって、大丈夫だったのかなーって。大変な騒ぎだったんだよ」


「確かにあの皆の慌てっぷりはやばかった。先生も保護者も騒いでたし、特に焦っていたのは生徒会長だったけど」


「酷いこと言ってやんなよー。ねぇ、もう平気?」



 一斉に周りの人たちがこちらへと話しかけてくる。

 誰もが興味を持って、心配してくれているらしい。

 僕はまるで聖徳太子にでもなった気分であった。



「……死ね」



 あ、一人だけ目の敵にしているヤツがいた。まるで「聖徳太子は歴史の教科書から姿を消しましたよ?」と皮肉を言わんばかりに女子に取り囲まれてる僕へと暴言を吐き捨てている玉櫛 宗がそこにはいた。


 とりあえず、気にせずに挨拶を交わす。



「えっと、みんなありがとう。昨日はいっぱいみんなに心配をかけたけど、もう大丈夫さ。改めて自己紹介する。新垣 善一だ。よろしくな!!」




「「「「よろしくーー!!」」」」

 



 精一杯緊張せずに言ったからか、そんな返事が返ってくる。良い人が多い……やった!



「……おい、イッチー。お取り込み中悪いが、入り口に集まり過ぎだ。これじゃ、他の人の邪魔になるぞ」


「おぉ、そうだった。みんな、もうちょっと教室の奥に行こう。ここだと迷惑になるし」



 集団を引き連れて、そう促そうとしたときーードアが勢いよく開き、中から見覚えのある女の子が飛び出してくる。



「ちょっと邪魔よ! 入り口にどれだけ集まってるのよっ!?」



それは先日の今朝、僕が道の曲がり角でぶつかった──ポニーテールの少女だった。



 ※ ※ ※ ※ ※



 彼女がドアから出てきた瞬間、一斉に視線がそちらへと流れていった。周りにいた人たちが蜘蛛の子を散らすように去ってゆく。



「あれって、もしかして〝神速の星〟!?」


「え、あの陵空中の?」


「本物じゃん! すげええええええ」


「うわ、キレイー! めちゃくちゃ美人さん! モデルみたい」



 一人、また一人と僕の傍から消えていく。もう僕に質問をする人はいない。なんか僕も輪の中心から疎外され、そして誰もいなくなった。


 行く当てもなくただ立ち竦んでいると、宗に肩を叩かれた。



「ププ……ドンマイ。お前は“オワコン”だ」



 ……なんだよ、オワコンって。



 まぁそんなことよりもあの子は一体何者なのだろうか。海島菜月さんだったっけ?



「彼女はやっぱりモデルさんじゃないのか?」

 


 聞くと彼はチッチッとゆびをふった。チョゲプリィィィィではない。



「昨日どこかで見たことあるって言ってたけど、中々思い出せなくてな。 だけど、今ようやく思い出したんだ。さっきあいつらが言った〝神速の星〟。あれには聞き覚えがある」


「赤い彗星?」


「それはシャアだろ。黙って聞け」



 ……うっす。



「昨日お前がぶつかった海島菜月は凌空中りょうぞらちゅうの〝神速の星(ジェットスター)〟と呼ばれている結構な有名人だ」



 ジェットスター? なんだか格好良いな。



「凌空中といえば、陸上が全国大会屈指の名門中学校で、過去に何人もの優勝者を排出している。その中でも海島は過去最高の逸材だと言われている。かずある陸上の大会で、賞をいくつも総なめした怪物高校生だよ」


「と、とんでもないな」



 なんと、僕がぶつかった相手は陸上の世界の有名人であった。そんなに有名人だったのか。……足とか負傷してないよな?



「でもまぁそれも過去の話。中学三年生になって陸上界の期待の超新星は忽然と姿を消した。理由は不明。しかし、まさかこんなとこにいやがったとはな……! 一度でいいからお手合わせしたいモンだぜ。あ、この場合は足合わせか」



 運動神経だけで勝てるのだろうか。ジェットスターとやらに。



「ちょっとちょっと! 邪魔よ! どきなさい! ……はぁ? サインをくれって? あげるわけないでしょっ!」



「もうっ! どいてよっ! なに? 綺麗を保つ秘訣? 別に特にはしてないかなーーって、そんなのあたしに聞かないでよっ!? 芸能人じゃないんだからっ!!」



 海島さん、なんかものすごく絡まれているな。



「どいてっ!どいてっ!邪魔!」



 なんとか連中をまけた海島さんは「……ったく」と汗を拭いながら、こちらに出てきた。不意に僕と目があう。

 


「あっ!昨日の、謝罪野郎!?」



 謝罪野郎って誰のことだ。



「おう、おはよう。ジェットスター」


「ジェットスターって言うなっ!ぶん殴るわよ」



 気軽に挨拶を交わすと拳を振り上げられる。殴られたくはないものだ。

 


「お、おう。それはすまん。で、頭の方は大丈夫なのか?」


「別に全然平気よ。アンタもしつこいわね……。あんなの屁でもないっつーの。というか、その言い方なんかあたしをバカにしてる感じに聞こえるからやめてっ!」



 ……別にバカにしている訳ではないんだが、そう聞こえたのなら申し訳ない。



「あー、朝から肩凝ったし。しんど」


「肩揉もうか?」


「あんたさっきからなんなのよっ!?」



 海島さんが席に座りながら、僕に突っ込んでくる。怖かったので距離を取った。


 ちょっとした謝罪の気持ちで言ったのだが、気遣いは不要だったらしい。



「うむ」



 楽しいクラスになりそうだ。



 柳葉 明希さんに加えて、海島 菜月さんもいる。おまけにここからでは遠くてよく見えないが、後ろの方の席には読書をしている幼馴染みの葵 渚の姿もあった。


 知り合いが盛りだくさんだ。



 けれど、僕にはもう一人だけ同じクラスになりたい人がいた。


 それはあの桜の下で出会った例の彼女、安穏のどかさんである。



 ……いないのかな? さっきから探してるけど。



「なっちゃん、ごめん。遅刻した」


「あ、のどか! アンタ遅っそいわね! どーせ寄り道でもしてたんでしょ!?」


「うん、桜が綺麗でね」



 と、近くから海島と話す楽しそうな少女の声が聞こえてくる。教室の扉を開けて現れたのは、あの桜の下で出逢った女の子だった。



 いた! 巡り会えた! あの大天使さんだ! 神速の星と知り合いだったのか。というか、あの会話の感じだとかなり親しい間柄のようにも思える。



「あ、新垣くんだ。一緒のクラスだね」



 ジッと眺めていたせいか、目が合ってしまう。ニコリと笑いかけられて、僕は居ても立っても居られなくなった。


 きっとその時は頭がどうかしていたのだろう。でなければ、普通はしない。後から考えると本当に、愚かで稚拙な行動である。


 連絡先を交換してもっと仲良くなりたい。お互いのことを話して親密になりたい。普通ならば段階を踏んでいくモノである。恋愛というものはそういうものだ。


 けれど、僕にはそれが分からなかった。受け身であることに慣れてしまっていたからであろう。行動しなければ何も手に入らないというのに。


 真っすぐに僕は歩き出す。クラスには沢山の生徒がいる。だけども、そんなこと自分には関係なかった。


 知らなかったものを知りたい。恋愛というのをわかりたい。だから、無知な僕は彼女に向かって、アプローチの仕方もわからないから、とにかくこう言ったんだ。



 「安穏のどかさん。

 ───僕と、友達になってくれないか」





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