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9話「………………な、なんで知ってるの……?」




 ●電子魔導書“ハイ・グリモワール”。


 こちらの世界で普及している機械的かつ近代的な魔導書。

 ハイテク魔法発動装置。


 入手するには冒険者ギルド、または各魔法通信キャリアが経営する電子魔法ショップへと赴き、魔法通信キャリアと契約を結ぶ必要がある。





 ●魔法通信キャリア


 魔法通信キャリアとは電子魔導書(ハイ・グリモワール)を介して使う“電子魔法”を開発、作成し、契約者へと提供している会社の総称。


 魔法通信キャリアはひとつではなく多数存在する。


 キャリアによって電子魔導書(ハイ・グリモワール)のデザインや提供される電子魔法も異なるので、冒険者たちは自分の戦闘スタイルや嗜好に合ったキャリアを選ぶらしい。




 ●電子魔法。


 電子魔導書(ハイ・グリモワール)を介して使うプログラムで作られた魔法のことを指す。


 各魔法通信キャリアは日夜この電子魔法の開発や、電子魔導書(ハイ・グリモワール)契約者に対する様々なサービスの提供、対応に追われ、励んでいるという。


 電子魔法は冒険者ギルド、またはそのキャリアのショップへと赴き、ダウンロードという形で購入し電子魔導書(ハイ・グリモワール)へと記録される。


 種類は様々であり、一度購入すれば以後ずっと使えるものもあれば、決められた回数だけしか使えない使い切り型の魔法も存在する。



 電子魔導書(ハイ・グリモワール)の契約は基本月額制であり、そのため一ヶ月にダウンロードできる電子魔法には上限がある。


 冒険者たちは無闇にあれもこれもとダウンロードするのではなく、必要な電子魔法を入念に検討してダウンロードし、活用してるのだ。




 と、いう長い説明を道中ユーリから受けたオレたちはスコティッシュフォールドの街を出発し、女三人で街道を歩いていた。


「しかし本当に良かったのか? ギルドの登録料だけじゃなく、電子魔導書の契約料まで出してもらって」


 辺りに広がる広大な草原から吹く風に赤髪をたなびかせながらオレは尋ねる。


 声をかけた相手はオレの数歩前を歩くブロンドシニヨンの第三王女、ユウリィ・アクアレリスト・リュートリア。


 オレ達が護衛している相手であり、オレと緒見坂のギルド登録と電子魔導書契約をスマートに済ませてくれたなんとも太っ腹な美少女である。

 スマートなのに太っ腹ってなんか違和感あるな。


「気にしないで。依頼料の前金だと思ってくれて構わないわ。それにどうせ払うんだから、先に払ってあなた達を強化しておいた方がお互いに得でしょう?」


「なるほど合理的だ」


 そういや色々バタバタして出発したから結局聞けず終いだったが、この護衛クエストの報酬っていくらなんだろうか。


 ギルド登録料も電子魔導書契約料もそこそこのお値段だったし、前金で報酬のほとんどを使い切ってるかもしれん。


 まぁそれでもお得すぎるくらいオレ達にとっては良待遇のクエストだが。



「センパイセンパイ、ちょっとケガしてくれません? 今なら打撲でも切り傷でもなんでも良いですよ?」


 クイクイッと可愛らしく袖を引かれたと思いきや緒見坂が自傷行為を勧めてきた。

 性質の悪いヤンキーかチンピラかお前は。


「なんでオレがこんな豊かな大自然の中、意味もなくダメージ受けなきゃならんのだ……」


「だって、せっかく契約したんだから試したいじゃないですか、電子魔法」


「自分の体でやれ自分の体で。今のオレとお前じゃ身長も体重も防御力もほとんど一緒だろーが」


「失敬な! 体重はわたしのほうが2kg軽いし胸だってわたしのほうがちょこっとだけ大きいです!」


「ねぇなんで知ってるの? ねぇなんでオレすら知らないオレの情報を知ってるの?」


 というかそれ、自分の体重とバストサイズもバラしてるんだが気付いてんのかなコイツ……。


 ウキウキといつオレが怪我するのか楽しみにしている緒見坂だが、別に猟奇的な彼女になったわけではない。


 コイツが契約した電子魔導書のキャリアは回復・補助の電子魔法をメインに扱っているのだ。


 ギルドにて「わたし、ここにします! だって回復魔法とか超けなげで可愛いじゃないですか♪」と即決したが、もうその動機が全然健気じゃないし可愛くないと思う。


 緒見坂がヒールやらキュアやらリフレクトみたいな回復・補助に特化したため、ユーリはオレに攻撃魔法に特化したキャリアを選ぶよう勧めたのだが、オレはそれを断り遠距離攻撃や状態異常をメインとして扱うキャリアを選んだ。


 理由? だって直接攻撃より間接攻撃のが好きだし……。


 本当にただの好みの話になってしまって申し訳なかったが、オレは大手より搦め手の方が性に合っている。

 捻くれ者には捻くれた戦い方がお似合いだ。

 戦わずして勝つ、または相手がしたいことをさせずに勝つのがベター。


 深町流護身術的にはそもそも戦いに発展しないよう行動するのが理想なのだが、英雄になるための七つの道標に「バトル」が含まれている以上そうもいくまい。


 ……はぁ、しかし元の世界じゃHeDD(ハートディスクドライブ)やらそれに記録されている“固有魔法”に辟易していたオレが、こうして異世界で魔導書持ってお姫さまの護衛してるなんてなぁ。


 ホント人生なにが起こるかわからないもんだぜ。



「どうしたの? さっきから難しそうな顔して?」


 異世界で冒険していることにあらためてしみじみしているオレを怪訝に思ったのか、ユーリが少し後ろを振り向き尋ねてくる。


 今になるまで気が付かなかったが、いつの間にかワインレッドの手甲がつけられた手には手帳のようなものが存在した。


「いや別に。なんでもない。そっちこそ何か書いてるのか?」


 オレはユーリの持つ手帳を指差す。


「ええ。見たままだと思うけど、私ってマメで几帳面で何事もやるからには徹底してやるタイプなの」


「ああうん、それはなんとなくわかる」


「でしょう? だからこうして、漢字? が使われているあなた達の名前をいち早く覚えようと書いてたのよ」


 そう言い立ち止まり、ユーリはオレに手帳の一ページを見せてくる。





 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海

 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海

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 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海 深町春海




 怖ッ!!


 怖すぎるんですけどこの第三王女!?


 丁寧で、綺麗で、それでいて几帳面にびっしり並ぶ己の名前に戦慄する。



 コイツ恋愛とかしたら絶対に一途というか思いすぎて重いタイプだと思う。

 童貞だけど恋愛シミュレーションゲームで鍛えたからわかる。


 関係ないけど童貞って一途で優しくてシャイで浮気とか絶対しなさそうなのにモテないっておかしくない?

 属性だけ書き出せばハンパない優良物件っぷり。


 大体“今まで○人と付き合ったことある”みたいなのがプラス査定になるのがおかしいんだよ。

 彼女の数だけフるなりフラれるなりしてるんだから、自分の軽薄さや無責任さや見る目の無さアピールにしかなってないぞ。

 と思うのはオレが童貞だからだろうか。だろうね。



「どう? 結構上手に書けてるでしょ?」


 ユーリが真顔とドヤ顔の間くらいの絶妙な表情でオレに感想を求めてくる。

 確かに上手に書けてるし本人は至って大真面目なんだろうけど「努力家とヤンデレって紙一重なんだな」という感想しか出てこない自分の恋愛ボキャブラリーの貧困さを呪いたい。


 こういう時イケメンならきっと「良い苗字だろ? 良ければお前もオレと同じ苗字にならないか?」とか言うんだろうなぁ。ずるいなぁ。



「ああ、むしろオレが自分で書いたのより綺麗だと思うぞ」


「でもぶっちゃけそれだけ自分の名前が並んでいるとちょっと引――んむっ」


 違うから。

 これはただの字の練習だから。

 書き方のノートみたいなもんだから。

 病んだ乙女による求愛行動の一環じゃないから。



「そ、そういえば聞いて良いか?」


 慌てて緒見坂の口を抑え黙らせると、誤魔化すようにオレは言葉を続ける。


「? 何かしら?」


「二つ隣の街までの護衛って話だけど、そもそもなんで姫が単身、二つ隣の街まで出向かないといけないんだ?」


「あー確かにそうですね。お姫さまだと馬車でお迎えとか来るイメージあります」


 オレの率直な疑問に賛同し、緒見坂も感想を述べる。


 ギルドで会った時から覚えていた違和感。


 コイツの言うとおり、王族の移動となれば豪華そうな馬車に豪華そうな騎馬が連れ添うのが一般的だろう。


 だがしかしこの第三王女に関しては一人。しかも徒歩。


 人目を避けるためだの襲われる確率を下げるためだのという理屈はわかるが、それでも凄腕な側近の一人くらい連れてるもんだろ普通。



「……少し言いづらい話なんだけど、まぁ良いわ。同年代の子とこうして行動するなんて初めてだし、私自身、少し聞いて欲しいと思っているかもしれないしね」


 わずかだけ困った表情を見せた後、ユーリは止めていた足を再び動かし、歩き始める。


「実は、お兄様から呼び出しがかかったの。私達の目的地である「マンチカン」の街まで来てくれ、って」


 マンチカン、どうやらそれが二つ隣の街の名前らしい。


「お兄様っていうと、この国の王子ってことか?」


「ええ。ケーニヒス・シュトゥール・リュートリア。私の兄であり、第一王子に当たる人よ」


「ますますわからんな。兄が可愛い妹を自分のところに呼ぶのなら、それこそ王家直属の騎士団でも護衛に回しそうなもんだが」


 オレが素直に浮かんだ疑問を口にするとユーリは立ち止まり、振り返る。


「簡単な話よ。……私はケーニヒスお兄様、いえ、兄にあまり好かれていないの」


 こちらに向けられた顔には寂しげな笑みと諦めが浮かんでいた。


「……そりゃまたなんで?」



「……おそらく、私が兄よりも頭が良く、かつ才能に恵まれていたからよ」



 ギュッとパフスリーブの腕を掴むとユーリは俯き、押し殺したように言う。

 強張る表情とは対照的に、ふわふわした金色の前髪が風で優しく揺れた。


「最初は、小さい頃は良かった。王家のため、国民のためにと必死で努力した。兄妹一の頑張り屋だった私が頑張ってる姿を見ると、兄や姉はいつも私を褒めてくれたわ」


「………………」


 儚げに懐かしむユーリの語り口を、オレと緒見坂は無言で見守った。

 おそらく合っているであろう、これから語られる顛末と結末を頭の中で描きながら。


「だけどそれは成長していくに連れ、妬みや羨望へと変わっていった。兄は今では私の顔を見ることすら避けたがるわ」


「じゃあ……何で今回は呼ばれたんだ?」


「ただの嫌がらせ、もしくはそこまで嫌っている私に頼まなければならないほどの用件があるんだと思う」


「なんかムカつきますね、それ。ただの嫉妬と負け惜しみじゃん。行く必要あるんですか?」


 露骨に不機嫌そうな顔で緒見坂が口を尖らせる。


「残念ながらこういう場合、行かない方が角が立つし、相手に攻撃材料を与える結果になって余計に嫌味妬みをネチネチ言われるんだよ」


 ソースはオレ。


「そのとおりよ。それに、本当に用があった場合が困るわ」


「……なぁ、そういう兄からのやっかみや嫉妬にウンザリして、投げ出したくはならないのか?」


 オレの質問にユーリはわずかに視線を逡巡させ、少し間を置いてから口を開いた。


「昔……少しだけ、ほんの少しだけ、そういう気持ちが芽生えたこともあったわ。でも私は第三王女ユウリィ・アクアレリスト・リュートリアなの。王族としてこの国を支え、治める義務がある。だから投げ出すわけには行かないわ。身内の嫌がらせ程度で逃げ出すのも癪だしね」


 自らに言い聞かせるようにゆっくりと話すユーリの言葉には決意が満ちていた。


 彼女が頑張れば頑張るほど国や民は潤うが、代わりに兄姉を始めとる王家の人間の心は渇いていく。

 もちろんみんながみんなそうというわけではないのだろうが、謂れのない理不尽な妬みや嫉妬による悪意に晒されながらも逃げずに戦うことを選んだユウリィ・アクアレリスト・リュートリアという女の子を、オレは素直にすごいと思った。


 尊敬という感情を覚えるほどに。



 なにしろオレは投げ出し逃げ出し、そのまま戦うことを避ける生き方を選んだ人間だから。



「とは言っても兄の嫌味も今じゃ可愛らしいものよ。『優秀すぎて男を立てない女は嫁の貰い手もいないだろうな』とか支離滅裂なものが増えてきてるし」


「ヤケクソ気味だな兄ちゃん……世の中広いんだから優秀な男くらいいくらでもいるだろうに」


「ふふっ、そうね。きっと男の人の中にも春海みたいに頭の回転が速い人だっているわよね」


「あーいるいる。なんなら目の前に――――」



 言いかけてやめる。



 ……やっべぇ。


 ユーリにオレが本当は男って完全に言いそびれてる……。


 出会ってちょっと経ったうえ、今みたいな話した後じゃめちゃくちゃ言い辛いぞ……。



「でもほんっと失礼な話ですよね。ユーリさんはこんなにキレイで、性格も良くて、おまけに胸もすっごく大きいのに」


「っ!?」


 不意打ちも不意打ちで飛んできたキラーパスに、顔を真っ赤にして軽鎧の上から胸を押さえ隠すユーリ。


 明らかに羞恥と動揺がにじんだその表情は、初めて見るオレと同年代の少女がするものだった。



「………………な、なんで知ってるの……?」



 身をよじり、真っ赤な顔で恋を睨むユーリ。

 どうやら完全に図星だったようだ。


 うーむ、鎧でまったくわからなかったけどそうなのか……。


 いや、むしろそれを隠したいがために鎧をつけていた可能性も考えられるのか?


 緒見坂による予想外のカミングアウトに英雄を目指しているにも関わらずについ思考や視線が賢者になりそうになる。


 恐らくユーリはオレ以上に頭の中をパニくらせていることだろう。


 そしてそんなオレらなどお構いなしと言わんばかりに緒見坂はいつもの調子で微笑むと、あざとく人差し指を立てて宣言する。



「んー、そうですね。良い機会ですし教えちゃいましょう。わたしの固有魔法“破邪顕正の天眼<プライバシー・ハック>”の能力(ちから)を」




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