8話「称賛するわ。誇りなさい」
少女は曇りひとつない鮮やかな金色の髪をシニヨンにし、黒のリボンで飾っていた。
北欧美人。深窓の令嬢。絶世の美少女などの形容が瞬時に浮かぶ。
それほどまでに麗しい容姿。
どこか気品や格式などを感じる分、オレや緒見坂よりも遥かに美しく見える。
そんな傾城傾国・天香国色の美少女は白のパフスリーブの上からワインレッドの軽鎧を身につけ、下も同じくワインレッドのスカートで揃え、スラリとなめらかな二本の足には黒のストッキングを履いていた。
「ルーキー冒険者が集まる街だから正直、あまり期待はしていなかったけど、あなた達みたいな優秀な人もいるのね」
ブロンドシニヨンの美少女はオレたちの姿を見ると、ほんの少しだけピンク色の口唇を嬉しそうにほころばせた。
「どういうことだ?」
おおよその予測はついているが、あえて知らない体でオレはたずねる。
「お姫様を本国まで護衛する冒険者を募集してますっていう知らせがきたでしょ? あれはただのブラフだったのよ」
コツコツ、とギルドの床にブーツの音を響かせながら少女はオレと緒見坂の方へ近づき、話を続ける。
「護衛っていうのは本来、万が一の時の備えとして用意するものなの。まず護衛が要らないような行動を心がけることが大前提。だからあんな襲われるの前提の召集なんて論外。ありえないわ」
「つまりあっちの召集は囮だったってことか」
「ええ。それを見抜いてこの場所に留まったあなたたちを、私は称賛するわ。誇りなさい。あなた達は優れた冒険者よ」
ワインレッドのスカートを翻し、誇らしげにそう告げる少女に対し、オレは喜びとは別の感情を覚えていた。
危機感と、罪悪感である。
「この街を、そしてこの街のギルドを治める人間として、私はこういった試験めいたクエストをたまに行うんだけど、クエストの真意にたどり着いたのは二人が初めてよ」
「へ~そうなんですね~」
「まぁ、この街はルーキー冒険者が集まるはじまりの街のようなものだから仕方ないところもあるのだけれど、それでもみんな目の前の情報にだけ流されてしまうのは少し嘆かわしかったから、今回のような結果が出たのは本当に嬉しいわ」
ブロンドシニヨンの少女は瞳を細めて薄く微笑む。
氷のように真面目な表情もそうだったが、笑うとより一層美しく見えた。
いかん。
このままではどんどん言いづらくなってしまう。
違うんだ。見抜いたのは見抜いたけどひっかかる要素がまず存在しなかったんだ。
そもそもオレと緒見坂は冒険者じゃなく、電子魔導書なるドリームグッズを持っていないがため緊急クエストの告知すら受け取っていないんだ。
もし受け取ってたら、オレだって何も考えずに飛びついていたかもしれないんだ。
「センパイの予想どおりでしたね☆」
黙りこむオレの心の内などおかまいなしと言わんばかりに緒見坂がオレにしか聞こえないくらいのひそひそ声とドヤ顔でつぶやく。
こいつはホント呑気だな……。
「自己紹介が遅れたわね。私はユウリィ・アクアレリスト・リュートリア。この街を治めるリュートリア王家の第三王女よ」
幸か不幸か、オレの予想はほぼ完璧に当たっていた。
やっべぇなこれ。
完全に勘違いされたまま巻き込まれるパターンだぞこれ。
深町流護身術的にもヒロイック・ヒロインの査定的にもそれは大変よくない流れなので早く正直に言ってしまわないと。
「ユウリィさん……いや、この場合、ユウリィ姫がいいんですかね? えっと、わたしは緒見坂恋って言います。このギルドで“冒険者になった”ばかりです!」
……何言ってんのコイツ?
オレがすれ違いと勘違いによる悲劇の物語のスタートをどうにか収めようとしている横で何言ってんのコイツ?
いや確かに今、お前がやってることは冒険以外のなにものでもないけど何言ってんのコイツ?
「レン、ね。よろしく。私のことはユーリで良いわ。お姫さまは目立つしね。言葉遣いも変にかしこまらず自然な感じでお願い」
「それもそうですねー。じゃあよろしくお願いします、ユーリさん」
すっかり外面モードを形成した緒見坂が、ぺこりとあざといおじぎをする。
「あ、こっちは深町春海っていいます。わたしのセンパイ冒険者で、よく一緒に行動してるんですよ」
「ハルミとレンね。わかったわ。先輩後輩でコンビを組むなんて、仲が良いのね」
「はい、よく言われるんですよー」
考えるうちにどんどん話は進み、虚言と虚実にまみれた自己紹介まで済んでしまっていた。
さすがは緒見坂。
初対面の第三王女相手でも半端ないコミュ力。
だがこのままじゃせっかくやった自己紹介の次に事故紹介をやるハメになるぞ。
さすがにちょっとした嘘で不敬罪や経歴詐称で捕まったりしないと思いたいが、万が一の時はこの脳みそスッカラカンな後輩を囮にして全力で元の世界へとエスケープしよう。
「……それで依頼のことなんだけど、受けてくれると思って良いのかしら?」
スッと瞳を真剣なものへと変えると、ユーリは何故か緒見坂ではなくオレを見て尋ねる。
「うぇっ? あ、ええと、オレに聞いてんの?」
リアルプリンセスの響きや雰囲気にビビってつい変な声を出してしまうもどうにか応える。
緒見坂と一緒にいることで多少マシになったとは思うが、オレの対異性コミュニケーションスキルのランクはまだまだ低いようだ。
「ええ、そうよ。先輩なんだから、あなたが主体で行動してるんでしょう?」
「まぁ主体っちゃ主体なんだが……ええと、依頼ってのはアンタを護衛して本国へ連れて行くって話で良いんだよな?」
「ああごめんなさい。それもブラフなの。本当の目的地は二つ隣の街」
つまり向こうのクエストは日時も目的地もズラしてあるってことか。
「なるほど。手の込んだことで」
「これくらい当然よ。念には念を入れておかないと」
「じゃあ向こうの方はどうするんだ? あんだけ大量の冒険者を本国まで送り届けるつもりかよ。この街から冒険者が激減するぞ」
「もちろん考えているわ。私と一日ずれで目的の街にたどり着く予定だから、そこでそれらしい理由をつけて解散してもらうつもり。それならすぐこの街に戻ってこられるでしょ?」
「街までのルートや移動手段は?」
「悪いけどそこまでは話せないわ。知りたいのなら依頼を受けてもらわないと」
「……だよな。悪い、聞きすぎた」
右手を前に出しオレの質問を遮るユーリの言葉に押し黙る。
ここが最後の分岐点だ。
この勘違い空間を終わらせるにはもうここで言うしかないだろう。
いくら性根がねじ曲がった非積極的思考の塊のようなオレでも、目先の利益のためだけにつまらない嘘をつき続けるほど腐っちゃいない。
ああそうだ。
すぐバレる嘘などつかないほうがずっとマシだ。
だからオレは覚悟を決め、ゆっくりと眼前の第三王女を見据え、口を開く。
「悪いが依頼を受けることはできない。さっきそいつが言ったことは真っ赤な嘘で、オレたちは冒険者でもなければクエストの経験すらないんだ」
「ええ、知ってるわ。断る理由はそれだけ?」
よし、これで身の潔白は守られ……って、
…………はい?
「聞こえなかった? あなたちがギルド所属の冒険者じゃないってことくらい最初から知ってたって言ってるの」
意を決して打ち明けたオレに対しユーリは動揺ひとつ見せず冷静に返す。
え、なにこれ? ドッキリ? と思い隣の緒見坂を見るもオレ以上に(まさかバレた……!?)みたいな顔をしていたので即座に見るのをやめた。
遅かれ早かれバレることは100%確定した事項だったわ。
「混乱しているようだけど簡単な話よ。言ったでしょ? 私はこの街を、そしてこのギルドを治めているの」
ユウリィ・アクアレリスト・リュートリア。
この街を、そしてこのギルドを治める第三王女。
待てよ……このギルドを治める……?
「あー……なるほど、そういうことか」
「なになになんですか!? わたしにも教えてくださいよ!」
ひとり合点がいったオレに緒見坂がぐぐっと顔を近づけ詰め寄る。近い近い。
「お前、ギルド職員から話を聞いてオレに説明した時、言ったよな? ギルドは“国営”だって」
「はい、言いました」
「目の前にいるこの人は誰だ?」
「お姫さまです」
「そう、この街を治めているのは王族である姫であり、同時に国営であるこの街のギルドを管理しているのも姫だ」
緊急クエストがメールみたいな感覚でくるくらいだ。
恐らくギルド職員と姫も同じような方法でやりとりをしているんだろう。
そしてギルドと姫がつながっているとなると、ギルドに登録した冒険者の情報も当然、姫へと渡っているはず。
「緒見坂は“このギルドで冒険者登録した”と言った。つまり顔、もしくは名前さえわかれば自分のギルドに登録している人物かどうかは一目瞭然ってわけか」
「正解よ。やっぱり頭の回転が速いのはあなただったようね」
「買いかぶりすぎだろ。オレが速いんじゃなくて、周りが遅いだけかもしれないぞ」
「それならそれでも構わないわ。単に私の思い込みかもしれない。だから確かめたいの、あなた達二人から感じる“何か”を」
さらっと言い放つユーリは鮮やかな金色の髪を揺らし、ギルドの登録窓口の方へと歩き始める。
「あまり時間をかけてもいられないわ。早速はじめましょう。あなた達のギルドへの登録と電子魔導書“ハイ・グリモワール”の作成を」