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6話「深夜書いたラブレターやメールの文章は一晩寝かせないとマジでヤバい」




「やりましょうセンパイ! 異世界で成り上がるんです! 異世界でなら最強にもなれるしバトルもできます! 活躍すればモテてハーレムも築けますし友情だって芽生えますよ絶対!」


 異世界への入り口を見てテンションが上がったのか、緒見坂がオレの両手をがしっと掴んで顔を寄せてくる。

 あと少し顔を近づければ緒見坂の栗色の髪や口唇があたるくらいの距離。

 ふわっとした女の子の香りが鼻をくすぐる。


 なんだろう、すごくデジャヴ。

 まぁ恋はデジャヴって言うし気のせいだろうきっと。



「ふわー……でもこれ、ほんとうにどうなってるんですかねー」


 開かれた掃除用具入れの向こうに広がる青空と草原を眺めながら、緒見坂は興味津々といった感じだった。

 対するオレはというと、不覚にも目の前の光景に少しだけ、ほんのすこしだけ心動かされ言葉を失っている。


 魔法と隣合わせの日常にいるとはいえ、異世界の存在、ましてやそこに通じる扉となるとファンタジーのレベルが違う。

 幼いころ誰もが一度は憧れたであろう夢物語の始まりが目の前にある。


 本当になんなんだろうなこれ。

 なんでこんなとこにこんなものがあるんだ?


 まぁ扉の向こう側に行く気はないからいいけど。



「ほらほらセンパイ、見てくださいよ! わたし今、二つの世界を股にかけちゃってますよ!?」


 異世界へと一歩踏み込み、身体半分だけを扉の向こう側へとだした緒見坂がドヤ顔でこちらに反応を求めてくる。

 冷静になると県境でやってるのと同レベルでくだらないハズなんだが、世界単位と考えるとなんかこう、すごい感じがしてくるのがすごいな……。

 間違いなく錯覚だろうしそもそも「股にかける」の使い方間違ってるけど。


「ほれ、アホなことやってないでこっちに戻ってこい。何が起きるかわかんねーんだから」


 緒見坂の小さな手を握り、ぐいっと教室側へと引っ張る。


「えぇ~? センパイびびりすぎ~」


「お前が無鉄砲すぎるんだよお前が。考えてもみろ、異世界の大気にオレたちが適応しているかもわからない、人がいるかもわからない、いたとしても言葉が通じるかもわからない、文化も違うだろうし何が起こるかわからない。リスクだらけだろうが」


「わかってはいましたが驚きのめんどくささ&消極的思考ですね……」


「『君子危うきに近寄らず』『藪をつついて蛇を出す』なんてことわざもあるくらいだからな。余計なことはしないのが一番良いんだよ」


「でも、今までそうやってきたからこの赤髪ショート赤面症美少女ちゃんの姿になっちゃったんでしょ?」


「うっ……」


「元の姿に戻りたいなら、リスク覚悟で色々行動していかないと何も変わりませんよ?」


「ぐぬぬぬ……っ」


「わかったなら大人しくわたしと一緒に異世界トラベルしましょう? ね? セ・ン・パ・イ」


 美少女化して緒見坂と同じくらいの高さになってしまったオレの頭を緒見坂が得意げにぽんぽんなでなでしてくる。

 ムカつくがその通りすぎてぐうの音も出ない。

 おのれヒロイック・ヒロイン。本当に余計な能力(ちから)をオレに与えやがって……。


「……わーったよ。行けばいいんだろ行けば」


「はい♪」


 満足気にニッコリ笑い、緒見坂が目的に向け起動する。


「ただし、事前準備と事前確認だけはきっちりやらせてもらう」


 続いて緒見坂がフリーズする。


「まず食料や水分、最低限の護身グッズや生活用品も持って行ったほうが良いだろう。あとは―――」


 オレが指を折りながら必要であろう品を脳内でリストアップしていると、緒見坂がキレた。


「だーかーらー! そういうのはもう良いんですよ! 異世界トリップチーレム成り上がり俺TUEEEE無双友情恋愛ハッピーエンドな世界の入り口が目の前に広がってるんですよ!? じゃあいつ行くっていうんですか! 今でしょ!」


「今じゃねぇよ!? 勢いでした決断や勢いで書いた文章は一晩寝かせろって知らねーのかよ!」


「だって今のは完全に行く流れだったじゃないですか! 明日もまたここが異世界に通じてるなんて限らないのになんで一拍置いちゃうんですか! 男だったら思い立ったらすぐ行動しましょうYO!」


 今のオレ美少女だし……なんて言ったらさらにこじれそうだったのでやめた。

 ちなみに好きな女子に深夜書いたラブレターやメールの文章は一晩寝かせないとマジでヤバい。ソースはオレ。


「だぁああもう! 引っ張るなって!」


「行きましょうよぉ~! ゼッタイ楽しいですから異世界! もし大丈夫じゃなかったら処女でもなんでもあげますから!」


 さらっととんでもないこと言いながら緒見坂はオレのセーラー服の袖をさらにぐいぐい引っ張り、異世界側へと引きこもうとしてくる。

 くっ、意外とパワーあるなコイツ……!

 もしくはオレが美少女になったせいで非力になったのか?


「ほらまずは先っちょ、足の先っちょだけで良いですから!」


「オッサンかお前は!」



 その後、数分粘ったところでヒロイック・ヒロインのポイント査定アナウンスが脳内に聞こえ出したところで観念したオレは、めでたく異世界へと足を踏み入れた。




*  *  *




「それで、これからどうしましょうか?」


「半ば無理矢理オレを連れて来といてノープランとかなんなのお前……?」


「まぁまぁ良いじゃないですか。来る前にセンパイが気にしてたことは全部問題なかったんですから。ゆっくり行きましょうよ」


 結果オーライと言わんばかりに軽口を叩くと、緒見坂は石造りのベンチに腰掛ける。


 現在地ははじまりの街『スコティッシュフォールド』。


 扉を抜けた先の草原から見えたこの街へとやってきたオレと緒見坂は、街の中心部に当たる噴水広場で足を止め、これからどうするか話し合っていた。

 周囲には創作物でお約束の中世ヨーロッパ風のレンガ造りの家々や屋台の数々。

 見慣れない種類の街路樹や花々。

 高層ビルなどあるわけもなく、建物の高さはせいぜい高くても三、四階建て。

 街のところどころには水路が存在し、イタリアのヴェネツィアのように手漕ぎ舟での移動も盛んのようだ。


「まず整理しよう。オレが抱えている問題は美少女になってしまったことだ。目的は元の男の姿に戻ること」


「わたしが抱えている問題は許嫁との望まぬ結婚。目的はセンパイを義理の恋人として紹介してそれを穏便に断ること」


「と、いうわけでオレとお前の利害は一致し、こうして協力体制をしいている。ここまではいいか?」


 異世界の風でそよそよ揺れる栗色のゆるふわウェーブを揺らしながら、緒見坂はこくんとうなずく。


「次にオレが男に戻るための方法として示唆されたのが七つの道標」


「主人公最強・恋愛・ハーレム・バトル・成り上がり・友情・ハッピーエンドの七つですね」


「これについてなんだが、オレはまず“成り上がり”から狙っていこうと思っている」


「なるほど。お金や権力を手に入れれば愛や友情も思いのままにできるから、とかですか?」


「その辺も多少は考えているが、成り上がりは一番時間がかかりそう且つ、他の要素と平行して進めることができそうな要素だからな」


 そこで一旦切るとオレは短めの赤い前髪を軽く梳き、腕を組む。

 このポーズをとるともれなくふたつの柔らかい膨らみが当たるがもう慣れた。


「成り上がりってのは低い身分の者が出世すること。だが今のオレたちは低い身分ですらない。なぜなら、オレたちはこちらの世界では何者でもないただの旅行者であり、世界にとってはノイズのようなものだからだ」


 できるだけ順序立てて噛み砕いて話しているつもりなのだが、緒見坂は表情としぐさで???と疑問符をこれでもかと訴えかけてくる。

 顎に手を当てたり首を左右にひねったりする動作のひとつひとつが妙にかわいいのが腹立つな……。


「つまりだ。まずは早い段階で『何に成り上がるのか』を決めておこうと思う」


「ほうほう」


「そこさえ決めておけば成り上がるために必要な行動も絞れるだろうし、それに向けて邁進しているうちに周囲からの評価も得られる。周囲からの評価は恋愛・ハーレム・友情につながる」


「おぉ~、さすがですねセンパイ。わたしが選んだだけはある優秀さです」


 緒見坂が感嘆の声をあげチパチパと小さく拍手する。

 そういやなんでコイツがオレの能力や固有魔法を知っているかまだ聞いてなかったな。


 …………まぁ、今はまだ良いか。

 大方の予想はついてるし。



「よし、では早速出発しましょうか♪」


「は? いやだから、それを今から考えるんだよ。どこからスタートすればより早く成り上がれるのかを」


「へ? そんなの決まってるじゃないですか」


 未だ石造りのベンチに座ったままのオレに対し、歩き出そうとしていた緒見坂が小首を傾げる。


「こういうタイプの異世界ではお約束の場所、冒険者ギルドですよ」


「冒険者ギルドぉ?」


「はい。センパイはギルドに登録し、冒険者としてこの世界で成り上がるんです!」




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