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5話「詰みました。もう人生詰みました」




 人生は知足であればそれで良い。

 必要なのは平凡な日常イベントの連続で、ハラハラドキドキさせる特殊イベントなど不要である。


 そんなオレが魔法試験校であるこの学園を選んだ理由は、魔法を使えるだけで入学金や授業料が免除されるからだった。

 魔法なんて特殊な力は欲しくなかったが、持って生まれてしまったのなら有効活用するのが利口だろう。

 木を隠すなら森の中とも言うしな。

 実際のところ、魔法の使用は国に指定された“魔法特別区”でしか許可されていないため、学園以外の日常生活は普通の人間となんら変わりない。


 だが、今日ばかりは自分が特殊な人間だと自覚せざるを得なかった。



「お、おい、見てみろあの娘! 可愛いすぎてやべーんだけどっ!? ホントマジすっげーかわいいー!」


 だよね。かわいいよねオレ。不必要にかわいいよね。要らないかわいさだよね。


「制服のリボンの色を見るに同じ一年生か? 話かけてみたいけど『顔面偏差値が受験に関係なくて良かったですね。ウフフ』とか言われたらもう立ち直れなくなるしなぁ」


 んなこと言われた日にゃオレだって立ち直れなくなるというかもう心臓が業務停止するわ。


「逆に俺はあの子を見てから勃ち直りっぱなしなんだけどね。ウッ」


 逮捕。



 横から聞こえてくるアホな会話に心の中で美少女相槌を打ちながらオレは待ち合わせ場所である正門を目指す。


 考えながら歩くオレを嘲笑うかのように春の風は少しだけ肌寒く、生まれて初めて履くセーラースカートなる学園支給の女装グッズのせいで余計にオレの身体は縮こまる。

 あの、これ少し強い風吹くだけでめくれてパンツまる見えになるんですけど。こんないやらしい格好してて捕まらないか心配……。


 こうして土曜日の真っ昼間からわざわざセーラー服を着て出歩いてるのはもちろん視姦されるためではない。

 互いの目的を達成するため、今後学園内でどのように行動していくか、緒見坂と打ち合わせをするためだ。


 無論、最初は「めんどくせぇからウチでやろうぜ」と提案したのだが「あ、それ貞操の危険を感じるしムリなんで」と拒否られた。

 続いて「じゃあお前ん家でやろうぜ」と提案したのだが「あ、それ命の危険を感じるしムリなんで」と拒否られた。

 どっちもホームのはずなのにアウェー扱いっておかしいだろ……。


 そんなやりとりを経た後、「じゃあ魔法も使えるし学園でやりましょう!」と決まったのだが、やはりやめておけば良かったかなと少し後悔している。

 なにが原因かといえばそりゃ周囲からの視線だ。


 さっきから追い越す人、すれ違う人、すべてに振り向かれ見惚れられている気がする。

 うぬぼれや被害妄想ならいいが、もし現実ならオレの貞操が全力で危ない。

 ここはもっと存在感の薄い美少女に見えるよう清楚に、慎ましく振る舞わねば。



「おいあれ誰だよ? 雑誌モデルか学生アイドルじゃないの?」


「俺の人生のメインヒロインきたな……」


「ちょっとトイレ行ってくる」



 うん、無理だなこれ。


 暖かな春風や澄んだ青空へ舞う桜吹雪もすべて美少女力を強める演出になってる感すらある。

 見られることに慣れてないから居心地悪いし、なんか視線が怖いし、もうホント早く男に戻りたい。



 幸い、緒見坂はすぐに見つかった。

 正門のすぐとなりの外壁にゆるふわ髪と背中を預け、学園指定の肩掛けカバンをあざとく両手でぶらぶらさせている。


 この姿のオレが言うのもなんだがあれは目立つわ。

 セーラー服似合いすぎだし遠目から見てもムカつくくらい可愛いなアイツ。



 オレと同じで見た目だけはだけど。




*  *  *




「わたしが思うに、やっぱりセンパイは英雄を目指すしかないんじゃないですかね」


 来る途中、コンビニで買ってきたという紙パックのカフェオレをちゅ~っと飲みつつ緒見坂が提案する。


 「打ち合わせの前にまずはお昼ごはんにしましょう」ということで向かった先は一年の教室だった。

 土曜の昼間だけあって教室や廊下に人気はない。

 正午にもなると気温も暖かくなっており、開け放たれた教室の窓から入る春風が心地よく赤い髪を揺らし眠気を誘う。

 確かにここならゆっくりと込み入った話ができそうだ。


「だって昨日聞いた話じゃ、センパイが女になったのって魔法が原因なんでしょ? えっと、ストイック・エロインでしたっけ?」


「禁欲的なのかエロいのかよくわからん存在を作るな。ちょっとときめいちゃいそうだから」


「まぁ名前はなんだっていいですよ。とりあえず、その魔法直々にそう言われたのなら、もうそのとおりにするしかなくないですか? わたしたちの中にあるHeDDにはまだまだブラックボックス的な部分があるらしいですし」


 言いながら緒見坂はコンビニ袋に入っていたたまごのサンドイッチをぱくぱく食べ始める。

 他にもおにぎりやらお菓子やらカラアゲやら色々あったが、驚くべきことにオレの分はなかった。

 世の中不思議なこともあるもんだ。


「つってもなぁ……漠然としすぎてて何から始めりゃいいか検討もつかんぞ」


「英雄になるための七つの道標、でしたっけ? まずそれを書き出してみましょうよ」


 そう言うと緒見坂はゆるキャラっぽい変なマスコットのキーホルダーがついたカバンからノートと筆箱をとり出す。

 まさかコイツのカバンから文房具が飛び出してくるとは微塵にも思っていなかったので少し戦慄していると、いつの間にやら横書きにされたノートに七つの単語が書かれていた。



 七つの道標。

 主人公最強・恋愛・ハーレム・バトル・成り上がり・友情・ハッピーエンド。



 うむ。あらためて見てもわけわからんなこれ。



「どう見てもWeb小説のタグにしか見えませんね」


「書いてみたはいいが、やっぱ漠然としすぎてて何から始めりゃいいか検討もつかんぞ」


「でも実際、ヒーローってこんなカンジじゃありません? すっごく強くてカッコ良くて、モテて友情に熱くて最終的にはハッピーエンドに導いてくれる、みたいな」


「確かに創作ではそうかもしれんが、リアルじゃオリンピック選手レベルじゃないと満たせなくないかその条件」


 スポーツ抜きだとバトルとか何と戦えば良いのかわからないし。

 ルール無しのリアルファイトとかすぐ法に触れちゃうし法廷バトルでもしろっていうのか。

 判決より性別を逆転させて欲しいんですけど。


「あはっ、なに言ってんですかセンパイ。そんな時こそ魔法の出番じゃないですか♪」


 緒見坂があざとく身体にしなをつくって微笑を浮かべる。


「なんだ。なんかあったっけ?」


「やだなーもー。“ミヤガクネット”ですよ、“ミヤガクネット”」


「…………なんだっけそれ?」


「…………はぃ?」


 緒見坂がフリーズする。


「えっと、まさかとは思いますが、センパイって“ミヤガクネット”に登録すらしてない……?」


 精妙で微細な飴細工の花にでも触るように恐る恐る緒見坂は尋ねる。

 リップの塗られた口唇は半開きのままで、陽光を浴びきらめく栗色のゆるふわウェーブは驚き広がり中空で固まっているかのよう見える。


「んな大げさに驚くことでもないだろ。魔法なんか使わなくても生きてくうえで特に問題ないし、普通の学園生活をおくってるやつは他にもいる」


「あ、ありえない……この学園だと生まれ持った非合法な能力を合法的に使えて、しかもそれが評価に繋がるんですよ? なんで自分から灰色の青春どころか錆色の人生選んじゃってるんですか……?」


「別に良いじゃねーか。それにほら、錆色もセピア色って言いかえれば超シャレオツ」


「ばかですか!? ばかばかバーカ! このヘタレ! 枯れ男! 甲斐性なし! もう、今すぐ登録しにいきますよ!」


「お、おい待て。得体の知れないものに得体が知れないままオレを登録させるのはやめろ」


 肩を怒らせる緒見坂にセーラー服を腕ごとぐいぐい引っ張られながらオレは慌てて説明を要求する。


「はぁ。もー仕方ないですねー……」


 呆れ顔でため息をつきながら再び椅子へと腰を落とした緒見坂は、人差し指をこちらへピッと突きつけ説明を開始する。


 要約するとミヤガクネットとは学園運営のVRMMORPGのようなものらしい。


 専用の魔法をHeDD(ハートディスクドライブ)へとダウンロードすることでプレイが可能となり、生徒たちは己の能力を使いゲーム内における課題をクリアしていく。

 課題をクリアすることでポイントを得ることができ、ポイントを稼ぐとランクが上がり、学園生活をより有意義に過ごせるようになるとか。



「……なぁ、これ学園側ができるだけ生徒を監視下において、なおかつ楽して能力の査定やるための箱庭じゃね?」


 説明が終わり、木漏れ日の教室で物思いに(ふけ)るアンニュイな美少女を演じるかのごとく、オレと緒見坂はミヤガクネットの概要を頭の中に入れようと専用小型端末(デバイス)を手にとっていた。


「仮にそうだとしてもベツに良いじゃないですか。ランクが上がれば学食のメニューだって選択の幅が広がりますし、利用できる学内施設も増えるんですから♪」


 ゆるふわな栗色髪を脳天気にウキウキ揺らしながら、緒見坂はスマホ型デバイスをタップしている。

 まぁ確かに。学内ランク一つでこんだけ優遇されるとは知らなかった。

 逆にいえばランクを上げずとも特に不自由ない生活を送れるともいえるんだが。


「ほらほら、これ見てくださいよ! ランクが上がったら漫画・動画図書館に温泉まで利用できるんですよ!? すごくないですか!?」


 オレの前の席に座る緒見坂がぐぐっと身体を乗り出してこちらに顔とデバイスの画面を向けてくる。近いっての。

 画面に表示されている「ランク毎の特権一覧」のページには他にも仮眠室、フィットネストレーニングルーム、エステサロン、ボーリング場、ビリヤード場、カラオケルーム、温水プールなどの施設が利用可能になると書かれている。

 どこのラウンドワンだよここは。


「やりましょうセンパイ! ミヤガクネット世界で成り上がるんです! ゲームでなら最強にもなれるしバトルもできます! 活躍すればモテてハーレムも築けますし友情だって芽生えますよ絶対!」


 上級ランク生徒の特典を見てテンションが上がったのか、緒見坂がオレの両手をがしっと掴んで顔を寄せてくる。

 あと少し顔を近づければ緒見坂の栗色の髪や口唇があたるくらいの距離。

 ふわっとした女の子の香りが鼻をくすぐる。


「お、おう……」


 かろうじて頷くことしかできなかった自分の恋愛耐性の無さにビビりながらも、オレはどうにか答える。


 現実で最強やってハーレム築くとなると法の壁が厚すぎるが、仮想現実世界でならそれも自由だ。


 英雄になるための七つの道標。

 主人公最強・バトル・友情・ハーレム・成り上がり・恋愛・ハッピーエンド。



 これらすべてを満たす英雄王に、オレはなる!!




*  *  *




 今のオレは美少女という前提がスッポ抜けたまま行われた「深町春海ハーレム王国(キングダム)計画」という偏差値20くらいの会話は恐ろしいことに一時間にも及んだ。

 ハーレムの人数、属性、ターゲットの見定め方、攻略のポイントなど、互いの思想や嗜好をぶつけあうオレと緒見坂。


 かつてここまで頭を使った頭の悪い会話をしたことがあっただろうか?

 いや、ない。

 というかあってたまるか。



「冷静に考えてみると穴だらけだったなさっきのプラン」


「すみませんわたし、なんか舞い上がっちゃって……」


「いやオレのほうこそごめん……」


 結局、盛りに盛り上がったオレと緒見坂が素に戻ったのは午後二時を過ぎた頃だった。

 アホかオレは。

 なにが英雄王だ。なにがハーレムだよ馬鹿馬鹿しい。


 今のオレは美少女だ。

 つまり今のオレがモテるということは相手は男だ。

 となればハーレム要員はみんな男で構成されることになる。

 そしてオレにそっちの趣味はない。

 よってハーレムを築くことは極めて困難。というか無理。


 あれ? 英雄目指す前からすでに詰んでね?



 これまでの人生で一番無駄な時間を過ごした気がする脱力感からオレは机へと突っ伏す。

 昼時を終え、より心地よくなった暖かな日差しを浴びていると何もかも忘れてこのまま眠りたくなるな。永遠に。


「はぁ~どうしよぉ……センパイが男に戻ってくれないとわたし、両親に同性愛者ってことをカミングアウトしなきゃいけなくなっちゃいます……」


「親の反対押し切ってまで連れてきた結婚相手が同性とか間違いなくブチ切れるだろうな……」


「詰みました。もう人生詰みました。わたしはこのまま親の都合で学歴と家柄だけは無駄に良い変態と結婚させられて、毎晩特殊性癖プレイを強要されるんです」


「いや待て。お前の許嫁へのイメージマイナス方向に限界突破しすぎだろ。ほら、もしかしたら普通に良い奴かもしれないじゃんか」


「だって下手に期待して裏切られたら倍キツいじゃないですかぁ……ぬか喜びなんてしたくないし……はぁ、まだ彼氏もできたことないのにぃ……」


 先ほどのオレと同じく机に突っ伏したまま、この世の終わりが来たかのようにネガティブな声で話す緒見坂。

 あまりの嫌がられっぷりにまだ見ぬこいつの許嫁に同情してしまう。


「まぁ、なんだ、その、飲み物でも買ってくるから仕切りなおそうぜ」


「ロイヤルミルクティー……」


「オーケーわかった。待ってろ」


 緒見坂が創りだすグラヴィティな空気に耐えられなくなったオレは立ち上がり、この空間からの一時離脱を試みる。


 が、その際動かした足が机に当たり、上に乗っていた緒見坂のスナック菓子をリノリウムの床へとぶちまけてしまう。


「わ、わりぃ!」


 慌てて片付けようと教室の隅にある掃除用具入れを開ける。



 と、同時に、オレの目に信じられないものが飛び込んできた。




「………………は?」




 掃除用具入れを開けると、そこには見たこともない異世界の風景が広がっていた。




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