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4話「ふつつかものですが、これからよろしくお願いします」




 さっがっそうっぜ! ゴールデンボール!!(残り二個)


 いやマジでどこいったんだよ。

 スリルな秘密もユカイな奇跡もロマンティックもいらねぇから返してくれよ。

 摩訶不思議すぎて泌尿器科アドベンチャーという名の不思議な旅が始まっちゃうだろ。


 などと静かにテンパリながら深夜の自室をぐるぐる歩き回るオレの精神状態はご覧のとおり到底正常とはいえなかった。


 しかしそれも仕方がないことなのだ。

 ゆるふわビッチ系後輩、緒見坂恋の襲来と突然の美少女化。

 そして示されたあまりにも抽象的な英雄への道標。


 非常事態につき午後の授業を欠席したオレは学園内にある医療施設に駆け込むと事の経緯を説明し、英雄になる以外で男に戻るを方法を尋ねた。

 が、結果はわからずじまい。

 対処法については今後なにかわかったらあらためて報告するとセーラー服だけ渡されて帰ってきた。


 え、明日からこれ着ていかなきゃダメなの……?



「はぁ。しかし、この美少女がオレ、ねぇ……」


 鏡の前に立つと、鏡面には見知らぬ美少女の姿が映り込んでいた。


 寝間着姿でくるりと一回転。


 前髪がやや短めなセミショートの赤髪。

 童顔寄りだがこの上なく整った顔立ち。

 赤面症気味の頬。長いまつげに大きな瞳。

 可愛らしい桜色のくちびる。ソプラノを奏でる甘い声。

 胸もそこそこ大きく、シミや傷ひとつ無い二本の足はスラリと美しく大地へ伸びている。

 触るとどこもかしこもやわらかい。実に女の子女の子した身体だ。


 自分で言うのもなんだが、笑うとまた可愛いんだこれが。


 どれくらい可愛いかっていうと、紛争地帯の真っ只中でもオレが「喧嘩はダメですよ? めっ」とか言ったら戦争なくなるんじゃねぇかなって思うくらいのレベル。

 この姿のオレを見た両親が形だけの戸惑いと労りを鬱陶しいほど見せつけた後ハイタッチを交わすだけはある。

 子が腐ってたら親も腐ってんな。


 正直オレ自身、緒見坂にも負けず劣らずの美少女っぷりに何度か男に戻るのやめたほうが良いんじゃね?とは思った。

 英雄になるのとか超大変そうだし。


 だがやはり、このままでは大きな問題が発生してしまうことに気づく。



 すなわち「オレ目立ちすぎ問題」。



 なにしろオレ(♂)が最初の村で320円くらいで売られている銅の剣だとしたら、オレ(♀)は絶海の孤島とかに封印されてるなんかすんごい剣。間違いなく聖剣や神剣と呼ばれてる類。

 今までは巧みなる護身術にて銅の剣を演じていたが、美少女化してしまったとなるともはやその輝きを隠し通すのは難しいだろう。


 このままでは無駄に視線を浴びるわ、嫉妬で陰口叩かれるわ、帰り道で誰かに尾行されてるような気配を感じるわ、街中で頻繁にスカウトされるわ、座り方ひとつとっても無料パンチラしないように気をつけないといけないわで正直かなりめんどくさい。

 いつもの護身論で「じゃあパンツを履かなければパンチラすることもないんじゃね?」と閃くも、さすがに捕まりそうだったのでやめた。


 と、なると答えはひとつか……。


 美少女の大変さを憂いつつ、オレはブラウザを立ち上げる。


 そう、時代はインフォメーション・テクノロジー。情報化社会と呼ばれる現代。

 幾万幾億ものWebページが広がるインターネット上でならきっと、金や手術を必要としないマジカル性転換の方法だって見つかるハズだ。


 というわけで、とりあえず検索フォームにそれっぽいワードをいろいろ入力してみる。




 『美少女 打ち消し』 に一致する情報は見つかりませんでした。


 『美少女 変身』 に一致する情報は見つかりませんでした。


 『美少女 性転換』 に一致する情報は見つかりませんでした。





 一時間後。





 『チンコ 戻し方』に一致する情報は見つかりませんでした。


 『チンコ 無い なぜ?』 に一致する情報は見つかりませんでした。


 『レジェンド・オブ・チンコストーリー ~失われたチンコを求めて~ 』 に一致する情報は見つかりませんでした。




「クソが……なにが世界最大級の検索エンジンだ。チンコひとつ見つけられねぇのかよ……(美少女声)」


 現代技術の完全敗北にオレは涙した。

 こんなの絶対おかしいよ。


 もうね、“チ”って打ったら自動的に“ンコ”が第一入力候補として表示されるくらい頑張ったのに成果なしってどういうことなの。

 世界規模でオレに嫌がらせでもしてんの?

 終いにはグーグル先生に『もしかして:チャン・コーハンになる方法をお探しではありませんか?』とか言われるし。

 なってどうすんだ。


 途方に暮れて警視庁にチンコの全国捜査を依頼しようと思ったが、弾痕ではなく男根を探す仕事などやりたくないだろうなと思いやめておいた。



「やっぱり、英雄的な振る舞いをするしかねーのか……」


 自らを落ち着かせるように声に出しスケジュールを立てるとベッドに倒れこみ、そのまま夢の世界への入国手続きを始める。

 この華奢な身体に男物のパジャマは大きく、女物の下着など持っていないためやたらとインモラルな格好になってるが、もはやその程度のことはどうでも良かった。

 ノーブラジャーノーパンツ。ノーキンタマノーライフ。

 うん、意味わかんねぇな。

 とにかく今日は疲れたんだ。美少女美少女言い過ぎだし。



 くんかくんか。


 枕に顔を埋めると脳と鼻が濃厚な美少女臭に包まれ、軽くトリップしそうになる。


 くんかくんか。

 くんかくんかくんかくんか。


 い、いい匂いすぎる……。


 ちょっと美少女フェロモン出すぎじゃないかオレの身体。

 間違いなく男をダメにする匂いだぞこれ。

 もし競馬場なんか行った日には出走馬が全頭メガシンカしてユニコーンになる勢い。

 純潔の守護者ナイト・オブ・デフロランティズムとか聖少女十字軍ヴァージン・クルセイドみたいな無駄にカッコイイ馬名が並ぶとか嫌すぎる。

 お部屋の芳香剤“美少女(オレ)の香り”とか発明したらバカ売れすんじゃねぇかな。

 中毒性の高いスメルドラッグに認定されてオレもろとも取り締まられそうだからやらないけど。


 くんかくんか。

 くんかくんかくんかくんか。

 くんかくんかくんかくんかくんかくんか。


 これまともに学園生活送れんのかな……性欲が体現化した男共にムラっときたからって襲われたりしないよね?



 自分が美少女という名の生体兵器になったことをあらためて自覚しつつ眠りにつこうとしていると、枕元に置いてあったケータイがメールの受信を告げる。


 普段のオレなら明日見れば良いかと無視して眠るとこだが状況が状況だ。

 気怠げに受信フォルダを開く。


 と、同時に、思わずうへっとした声が出た。




FROM:♥♡♥♡れん♥♡♥♡

TITLE:あなたの緒見坂恋より♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥




 なんだこのハートの数。

 もしかして残りライフでも表示してんの?

 アダルトサイトからのスパムメールだってこんなに発情してないぞ。


 世の中のありとあらゆる恋愛マニュアルには「男はちょろい! メールのハートマークひとつでイチコロ! 多用しましょう!」と書かれているらしいが、こんなゼルダの伝説みたいなメールでハートキャッチされる奴のIQは3くらいしかないと思う。

 そんなドキドキもなければスマイルにもならない、ましてやハピネスチャージ要素など皆無すぎるタイトルに辟易しながらメールを開くと、そこにはデコデコしてない文字で一文だけ



 『偽装結婚の件、本当にありがとうございます。ふつつかものですが、これからよろしくお願いします。おやすみなさい』



 と書かれていた。



「……本文だけ普通とかやっぱあざといなアイツ」



 つまるところ、不本意ながらオレは緒見坂の提案受け入れ、偽装夫婦関係、もとい協力体制をひくことにした。


 大きな理由はふたつ。


 まず、今後セーラー服を着て女学生として行動するに際して、ぼっちスタートではリスクがでかすぎる。

 もはや別人に生まれ変わったようなもんなんだから、何かと不自由も生まれてくるだろう。

 となれば理解者は必要だ。


 次に、ヒロイック・ヒロインが残したヒントの中に「恋愛」「ハーレム」って単語があったのもでかい。

 死ぬほど気は進まないが、こうなったらもう緒見坂にも事情を話して協力を仰ぐしかないだろう。

 義理の好意でもカウントされるかはかなり微妙なところだが。


 ……はぁ、しかし男と女じゃ言葉づかいや服装、メイクに髪のセット。

 仕草に至っては座り方ひとつ見ても勝手が違うだろうし気が重いな。

 幸い、あの全国サークルクラッシュ選手権で軽く上位入賞しそうなあざとい後輩は、その手のお洒落や仕草なんかは超得意分野っぽいから頼らせてもらうか。



 そんなことを考えながら気怠げな瞳でぼーっと画面を見つめていると、再びメールがやってきた。




 『ちょっとー、無視ってどういうことですかー?ヽ(`ε´*)ノ

  かわいい年下のお嫁さんがおやすみメール送ってるんですよー?

  ウソでも良いから「愛してるよ、恋」くらい返してくださいよー(*ノω・*) 』




 一応、緒見坂の境遇に対して思うことがなかったわけでもない。


 高校一年生ってことはまだ十五、六歳だ。

 密かに想いを寄せる相手が他にいるかもしれない。

 進学や就職など、家庭に入る前にもっとやりたいことだって沢山あるだろう。

 色々な策を弄してまで回避しようとするのもわかる。


 教科書にだって“すべての人間は生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である”って書いてあるんだからオレたちの青春だって自由であり平等であるべきだ。


 だからオレは知足であればそれでいい、平凡で平坦で平和な青春を。

 緒見坂は自分が選んだ相手と結ばれる青春を意地でも謳歌する。



 一度きりの人生なんだから、そのくらいのエゴは押し通したっていいだろう?



 そのあざとくて、したたかで、老獪(ろうかい)にすら感じる後輩からのメールに



 『わかった。夢の中で会ったら言っとく』



 と、だけ返し、オレは長いまつげがついた可愛らしいまぶたを閉じた。




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