3話「ヒロイック・ヒロイン。英雄を仕立てあげし者」
ひどく無機質で、空虚で、白色しか存在しない空間。
気づけばオレはそこを彷徨っていた。
本来であればこのような見知らぬ場所に飛ばされれば頭がパニックになるのだろうが、今のオレはそれどころではなかった。
折れてしまいそうなほど華奢なウェスト。
驚くほどか弱く、小さい手足。
ちょうど良いサイズだったはずの制服のズボンがダボついて歩きづらい。
学ランも袖が余っており、ベルトを締め直すために腕まくりをする。
頭に触ると髪色も黒から赤に変わっていた。
喉元を触ってもそこに突起はなく、ぷにぷにした艶やかな肌の感触だけが返ってくる。
そしてなにより強い、胸部と下腹部への違和感。
学ランの前を開け、恐る恐る胸のふくらみに手をやるとびっくりするほどやわらかかった。
ぐにゃぐにゃと多少乱暴に扱ってもとれる気配はなく、身体全体でこのふくらみが本物だと実感する。
なんだよこの身体。
まるで自分が自分でなくなったような錯覚に陥る。
<< 我は汝を英雄へと導く者。 >>
極白の空間に囚われたオレの頭の中に、ふたたび先程の声が響く。
またか。一体なんなんだよコイツは……。
<< 我は汝に宿りし汝を守るための魔法、異能、神変、霊異。 >>
頭の中で浮かべた疑問に答えが返ってくる。
なんだ、意思の疎通ができるのか。
一方的にオレの身体に変化だけをもたらし、ダンマリを決め込むような存在じゃなかったことに少しだけ安堵する。
話が通じるのなら教えてくれ。
つまりお前は、オレのHeDDに記録されている魔法か何かなのか?
<< 肯定です。 >>
<< 対話を円滑にするために、声や口調も貴方に合わせましょう。 >>
さっきまでとは違う、はっきりとわかる女性の声。
やわらかく包み込むような、それでいてこちらを値踏みしているような品のある声。
<< 私は“ヒロイック・ヒロイン”。英雄を仕立てあげし者。貴方に宿りし魔法のひとつです。 >>
ヒロイック・ヒロイン……その効果が、この姿ってことか?
英雄とは程遠い気がするんだが。
<< 私はこれまで貴方の中から貴方の生き方をずっと見てきました。 >>
<< ですから貴方が戦い、立ち向かう英雄の道を拒むというのなら、私は貴方を英雄とは対局の存在へと導かねばなりません。 >>
<< 英雄とは対極の存在、それが美少女なのです。 >>
え? いや、うん?
英雄の対局が美少女?
そしてオレを美少女へと導く?
急にワケのわからんこと言い出したなこの魔法、異能、神変、霊異……。
<< 私の使命は、宿主である貴方を支え護り抜くこと。 >>
<< そして美少女とは自ら剣をとらずとも守られ、愛される存在。 >>
<< 究極の美少女ともなれば、なにもせずとも富・地位・名誉・知識・能力のすべてが勝手に転がり込んできます。 >>
<< 巷では蔑称になりつつある引きこもりも、美少女なら“籠の中の鳥”などと実にヒロインチックな表現が用いられます。 >>
<< 職を持たず働いておらずとも、お金を持った美少女ならば“セレブ”などと気品のある表現が用いられます。 >>
<< これが美少女の力です。 >>
<< なので労働意欲も対話意欲もないダメ人間予備軍の貴方は、究極の美少女を目指しましょう。 >>
<< 英雄になることを拒んだ今、貴方が現代社会で生き残るためにはそれしか方法がありません。 >>
宗教か自己啓発セミナーの押し売りかお前は。
イキナリ早口になって罵倒を織り交ぜながら畳み掛けてくるのはやめろ。
だいたい畳み掛けられる側が一方的に殴られるだけの結果にしかならねぇから。
というか今まさになってるから。
めっちゃ言葉の暴力受けてっから。
あの、オレを想ってやってくれてるのは大変ありがたいんですが、ぶっちゃけかなり迷惑なんでフツーの男の子のままにしといてくれません?
<< なりません。私が与えし力は究極の英雄か、究極の美少女か、ふたつにひとつ。 >>
<< そもそもこうなったのは貴方自身がこれまでに行ってきた数々の消極的な行動の結果。 >>
<< もし男に戻りたいのであれば、美少女方向に傾きつつある自己の振る舞いを英雄方向へと戻しなさい。 >>
<< その時は私も貴方への評価をあらため、元の姿へと戻しましょう。 >>
ちくしょう魔法のくせに母親みたいな説教垂れやがって……。
教育方針が英雄か美少女の二択って極端すぎるだろ。
理不尽にもほどがある。
<< 最後に、英雄らしい振る舞いと言われてもピンとこないと思いますので、貴方に七つの道標を授けます。 >>
あーあー是非頼む。
このまま英雄の定義も語らず抽象的なことばっか並べ立てただけで帰られたらどうしようかと思っていたところだ。
英雄仕立て人を名乗るくらいだから、さぞ理路整然とした英雄論を説いてくれるんだろうな?
<< もちろんでございます。英雄になるために必要な七つの要素、それは――――>>
<< 主人公最強・バトル・友情・ハーレム・成り上がり・恋愛・ハッピーエンド >>
<< この七つです。 >>
<< それでは失礼させていただきます。また、時がくればこうして言葉を交えましょう―――― >>
声が途絶え、会話が終わり、気づけばオレは元いた位置にぼーっと立ち尽くしていた。
少し下がった視線の先には学園の校舎、グランド、中庭、桜並木。
すぐそばには困惑した様子の緒見坂の姿もあった。
――――主人公最強・バトル・友情・ハーレム・成り上がり・恋愛・ハッピーエンド、か。
うん。
なにそれ……?