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先輩、わたしと偽装結婚してください♡ あと異世界にも行ってください。  作者: ハピネス四郎
第三章 異世界編 「冒険者ギルド主催婚活パーティー」
18/19

18話「あたし、バトルアックスより重いもの持ったことなくて……」


 夜が明け、異世界ではじめての朝を迎えた。


 慣れない身体に慣れない場所。

 通常なら気怠さと倦怠(けんたい)感に包まれた目覚めになるはずが、不思議と気分は悪くなかった。

 身体を起こし、ベッドから降りる。

 部屋の窓から外を眺めると空は雲一つない快晴。

 絶好の婚活パーティー日和である。


 しかし冒険者ギルド主催の婚活パーティー、か。

 オレが想像する婚活パーティーとは合コンと立食パーティーを混ぜたような感じなのだが、間違いなくそんな内容にはならないだろう。

 冒険者ギルドが主催なうえ、悠璃とタグルーダ、二人の実力者がクセ者である第一王子が絡んでいると予想しているのだから。

 さてはてどうなるんだか。


「おい緒見坂。そろそろ起きて準備しとけよ」


 窓から振り返り、二つ並んだベッドへと視線を移す。

 発端者であるゆるふわした後輩から返事はない。どうやらまだ夢の国にいるらしい。

 仕方なく現実への帰国手続きを行わせるためベッドへと近づくと、そこには刺激的な光景が広がっていた。


 ……なんて恰好で寝てんだコイツ。


 あどけない寝顔でベッドへと四肢を投げ出し寝息を立てている緒見坂は、あまりにも無防備だった。

 寝相が悪いのか浴衣が乱れに乱れ、程よく発達した二つのふくらみと、黒にピンクのリボンがついたショーツが完全に露出している。

 いくらオレが護身体得者で今は女だからって油断しすぎだろ。据え膳にもほどがある。

 ここまであからさまに飾り付けされているともう頂かないのが失礼に当たるレベル。

 まぁ頂かないんだけど。


「仕方ねぇなぁ……」


 ボヤくように呟くと、オレは緒見坂に布団を掛け洗面所へと向かうのであった。




*  *  *




 結論から言うとオレの予感は大的中だった。


 一晩過ごした宿をチェックアウトしたオレたちを含む冒険者が向かった、いや、向かわされた先は街郊外の草原。

 澄み渡る青空。草原に吹く爽やかな風。すべてを優しく包み込む広大な草原に並べられたテーブルとテント。

 どうにも婚活パーティーはここで行われるらしい。


 今時アウトドアウェディングなんて珍しくもないから婚活パーティーを屋外でやること自体は一向に構わないと思う。

 問題は別にあった。


「オイ……この位置はやべぇんじゃねーの?」


「ああ。まさか婚活パーティーが“死の森”の側で行われるとは……」


 オレたちの隣にいたオッサン冒険者たちが強張った顔で不吉な単語を口にする。

 “死の森”ってなに……?

 婚活パーティーとは縁のなさすぎる種類の単語だと思うんですけど……?


「……なんか今、死の森がどうだのって聞こえたんですけど」


 周囲の会話が耳に入ったのか、動揺するオレ同様に動揺する緒見坂がどういうことか尋ねる。

 良い質問だ。あと0.2秒聞くのが遅かったらオレが聞いていた。


「死の森っていうのは、そこにある森のことよ」


 緒見坂の声に反応した悠璃がさも当然のように簡潔に答える。

 ワインレッドの手甲がつけられた手が指差す先は本当にすぐ隣にある森だった。


「いやそれは流れでなんとなくわかる。オレたちが聞きたいのは何で死の森って呼ばれているのかってこととか、なんでそんなオドロオドロしい場所のすぐ側でパーティーピーポーにならなきゃならんのだってことだ」


「ああ、それは恐らく――――」




『みなさんおはようございます! これより待ちに待った第一回冒険者ギルド婚活パーティーを始めたいと思います!!』




 悠璃の言葉を遮るようにマイクスピーカーを通した可愛らしい声が草原一帯に響き渡る。

 音の発信源を向くと乙女チックな麦わら帽子をかぶったピンク髪の少女がマイクを握りしめていた。



『実況はこの私! 昼は元気にハキハキ他人を実況したい! 夜は弱気にドキドキ自分が実況されたい♡ パトリシア・パフ・パッションフィールドで~っす! 冒険者のみなさん! 結婚したいですかぁー!?』



「「「「 イェエエエエアアアアアアアアアアアアア!!!!! 」」」」



『わっかりましたぁ! では今日はカップル成立目指して頑張っていきましょう!! あ、ちなみに私も今はフリーで~っす♡』



「「「「「 フゥゥーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!! 」」」」」



 煽る実況。沸き立つ参加者。ついていけないオレ。


 …………帰っちゃ駄目かな。

 婚活パーティー始まって一分も経っていないのに大変申し訳ないが、すでに脱力感と疲労感と倦怠(けんたい)感がハンパない。

 疲れた時は素直に帰って休むのが一番だ。


 そもそも大人や世間は逃げることを悪い行動みたいなニュアンスで語るが、あれは大きく間違っている。

 考えてもみろ。逃げて怒る生き物なんて人間くらいだぞ。

 肉食動物も草食動物も蛙も虫も魚も危機や困難に直面すると当たり前のように逃げているではないか。

 ストレスを軽減、解消するために涙を流すのと同様、嫌なことや辛いことから逃げるのは生物がもつ自己防衛本能として当然の行為であり、本来まったく責められるべきことではない。

 つまりオレが婚活パーティーをサボって帰宅するのは極めて正当な行為であり、誰にも(とが)められる(いわ)れはないのである。Q.E.D.証明終了。


「センパイ、先に言っておきますけど今さら不参加とか許されませんからね?」


 華麗に自己肯定してエスケープしようとした矢先、緒見坂に釘を刺される。


 なんなのこいつ。

 ステータスだけじゃなく思考までハックしてんの?


 浮かんだ疑問に対し、オレは優秀な頭脳を駆使して論理のパズルを組み立てていく。

 そうしてはじき出された解答は緒見坂エスパー説vsオレサトラレ説の一騎打ちだった。

 どっちも嫌すぎる。



『それでは早速! 最初のイベント行ってみましょ~~う!! このイベントは男女二組のペアになって行ってもらいます! 早くも恋が芽生えるかも?』



「「「「 イェエエエエアアアアアアアアアアアアア!!!!! 」」」」



『題して、“ドキドキ♡ はじめての共同作業♡ 死の森で人喰い植物討伐クエスト♡”で~っす!』



     “!?”



 エキサイティングしていたオーディエンスの歓声がピタッと止まる。

 無理もない。

 ヘタしたら心臓が止まるかもしれないイベントを発表されたのだから。


「おいマジかよ……やべぇだろ……」


「開催地が死の森の隣だったから嫌な予感はしてたんだよチクショウ!」


「くそ、婚活パーティーだからと油断して回復アイテムあんまり持ってきてねーぞ!」


「人喰い植物討伐クエストだと馬鹿馬鹿しい! 私は冒険者ギルドにある自分の部屋に戻らせてもらう!」


 冒険者の集団に動揺が走る。

 結婚式を挙げるためにきたのにお葬式を挙げることになるかもしれないのだから当然の反応だろう。

 まぁこっちの世界に冠婚葬祭の習わしがあるのかは知らんが。


 しかしこうなったのはオレにとっては好都合だ。

 乗るしかない。このビッグウェーブに。



『えー、ここにお集まりの“強くて” “勇敢”な男性冒険者の皆様にとって“ありえない行動”とは思いますが、怖気づいて逃げ出すようなヘタレさんは今後、女性冒険者の皆様からの評判ガタ落ちなので気をつけてくださいね♡』



     “!?”



 実況者パトリシア・パフ・パッションフィールドが満面の笑顔で爆弾を投下する。

 追って浮き足立っていた冒険者たちの動きが再びピタリと止まる。


 そこでようやく理解した。


 ここに集められた時点ですでに婚活パーティーという名の闘いは始まっていたのだ。

 男は勇敢で頼れる自分アピールを。

 女は男に守られるか弱く可愛い自分アピールを強いられている。

 決して逃げることなど許されない状況。


 ちくしょうなんて狡猾な作戦なんだ。

 ピンク色の髪に麦わら帽子というあどけない容姿の割にえげつねえマネしやがるあの実況者……。



「大丈夫、君は命に変えても俺がこの剣で守ってみせる」


「素敵……/////」


「任せろ! 冒険者ランクBの俺様にかかれば死の森なんて庭みたいなもんよ!」


「すごいですー。頼りにしてますー」


「荷物重くないかい? 強い僕が持ってあげよう」


「ありがとう……あたし、バトルアックスより重いもの持ったことなくて……」


「この日のためにあげていたレベルと麿の電子魔導書(ハイ・グリモワール)が火を吹くでおじゃる」


「だめだめ、そんなに顔近づけられると好きになっちゃうゾ☆」



 気づけば草原は見栄と虚勢のぶつかり稽古会場と化していた。

 露骨な紳士スタイルをとる男たち。

 露骨な媚びの売り方をする女たち。

 それらを嘲笑うかのように死の森は悠然と冒険者たちの眼前に広がっている。


 人はここまで知性を犠牲にしてまで結婚したいものなのだろうか。

 護身体得者であり高校生という若輩者のオレにはわからない。


 ただひとつ言えることは、オレの隣にいる顔見知りの少女二人までこの空気にあてられ、媚びを売り始めたということだ。

 しかもオレに。



「ねぇせんぱぁい。かわいいかわいい後輩のためなら人喰い植物の一体や二体、軽く倒してくれますよね?」


「ふ、深町くんってなんでもできるもんね。そういうところ、すごいと思う」


 あざとく体にしなを作ってこちらを見つめるゆるふわ少女と金髪の少女。

 二人とも中身はともかく見た目は良いから思わずたじろいでしまう。


「おい待て。緒見坂は良いがなんでお前まで青少年をたぶらかす魔性の女みたいになってんだ」


「……? なんでも何も、今ここはそういう場なのでしょう?」


 オレの質問に対し、ユウリィ・アクアレリスト・リュートリアは真顔で不思議そうに答える。

 生真面目もここまでくると考えもんだな。


「そりゃそうかもしれんが、なら尚更オレ相手にINTのステータス下げてまでアピールしても意味ねぇだろ。婚活パーティーに参加した本来の目的を思い出せ」


 そう、オレたちがこのもはや婚活パーティーと呼んで良いか怪しいイベントに参加したのは悠璃のためである。

 悠璃のコンプレックスを解消するために第一王子であるケーニヒス・シュトゥール・リュートリア、そしてそのライバルであるジュノア・アキュレイト・タグルーダの両名に一泡吹かせてやるのが目的だ。

 断じて体は女、頭脳は男のオレ相手にスリル・ショック・サスペンスな恋をしに来たわけではない。


「わかってる。それはわかっているんだけど、どうしても本番となると緊張しちゃうのよ……」


 くしゃっと金色の前髪を握り、恥ずかしそうに俯く悠璃。

 変に演技するよりそのままのが可愛いと思うんだが黙っておこう。


「がんばです、悠璃さん!」


「ありがと恋。あなたに借りた指南書(バイブル)を読み込んだ成果を見せてみせるわ」


指南書(バイブル)?」


 悠璃の口から飛び出した聞き慣れない単語をそのまま聞き返す。


「昨日の夜、恋が部屋にやってきて深町くん達の世界の本を貸してくれたのよ」


「いつの間にか寝ちゃってたみたいですからねわたし。せめてあれだけは、と眠い目をこすりながら悠璃さんのとこに行ったんですよ」


 ふむ。

 どうも飲み物を買ってきたオレと悠璃が解散した後、目を覚ました緒見坂が悠璃の部屋を訪ねていたらしい。


「それで? どんな本を借りたんだ?」


「ああ、これのことよ。とても勉強になったわ。やっぱり私は女としてまだまだね。自分の勉強不足を痛感したわ」


 噛みしめるような微笑みを向ける悠璃がオレに差し出してきたのは本、というより雑誌だった。



     『 月刊サークル・プリンセス♡ 4月号 入学式特大号』



「どうです? わたしの愛読書ですよ」


「まずこんな雑誌が存在してたことにびっくりしたわ」


 ドヤ顔でセーラー服の胸を張る緒見坂を余所目にとりあえずページをめくってみる。

 適当にめくったページには「悩みがある風に見せる意味深な仕草・表情」などの特集が組まれていた。

 次いで適当にめくったページにはお姫様扱いされやすいオススメの部活動、サークルの特集が組まれていた。


「オススメは恋愛関係のお悩み相談コーナーですね。リアルな体験談が載ってますよ」


「聞いてねーよ……」


「ええ。三人の男の子から同時に好意を向けられたMちゃん(仮名)の話はドキドキしたわ。それとファッションも。男性には前髪ぱっつん黒髪ロングで清楚系? みたいな服装が好まれるなんて知らなかったわ」


「知らなくていいよ……」


「服のイメージカラーを黒とピンク、もしくは白メインにするとなお攻撃力アップですよ。ニーソも鉄板です」


「にーそ? ちょっと待ってメモするから」


 近い将来サークルをクラッシュするかもしれない未来戦士たちがキャッキャッと仲睦まじく談笑している。

 マジでなんてもんを貸してんだこのゆるふわ物体。

 リアルプリンセスでギルドマスターの悠璃がこんなもん読んだらギルドどころか国がクラッシュするぞ。

 外交関係で悠璃がこの雑誌の知識を応用しないことを祈るしかない。



『はーい皆さん、士気は高まりましたかぁー? それじゃあ互いに鼓舞し合うのは一旦止めて、いよいよ討伐クエストのペアを決めたいと思いっま~す!』


 パトリシア・パフ・パッショフィールド実況者の声が草原に響き渡る。

 ぐだぐだになりかけていたところで引き締め、進行するあたり手馴れてる感があるな……。


『あらかじめ皆さんには受付の際、番号札が配られていると思います。これからくじ引きによる抽選を行いますので、呼ばれた番号の方はあちら側に移動してください』


 説明しながら右手のジェスチャーで指し示された方角には、ギルド職員が待機したテントと死の森への入り口があった。

 なるほど。そこで死の森へと赴くパートナーと初顔合わせってわけか。


『抽選いっきま~す! まず男性の番号札47番、ゴンザレス・ゴッドワルドさん! 女性の番号札9番、チェイミー・キャスカさん!』


 パッションフィールド実況者によって次々にペアが発表されていく。

 いよいよ始まる前代未聞の婚活パーティーを前に、オレたち三人は顔を見合わせた。


「ここで一旦お別れですね」


「ああ。次に会うのは死の森から生還できた時だな」


「安心して。この森が死の森と呼ばれているのは本当だし、植物系のモンスターの住処になっているのも事実だけど、森の奥まで行かなければ危険は少ないわ」


「森の奥へ進めば進むほど強いモンスターが出てくるってことか?」


「そういうこと。それに、裏で指揮をとっているのが兄だとしたら、イタズラに重傷者や死傷者を出すような事態は絶対に避けるはずよ。自分のプライドに関わるだろうから」


「なるほど。しんぴょーせいありそうですね」



『男性の番号札89番、クラウドさん! 女性の番号札76番、ハルミ・フカマチさん!』



 急に呼ばれた自分の名前に思わず体がびくっと反応する。

 普段こういう風に名前を呼ばれるような生き方をしていないから慣れないな。


「まずは深町くんからみたいね」


「どんな人なんでしょうね、センパイのお相手」


「さぁな。ま、んじゃちょっと行ってくるわ。そっちも自分を見失わない程度に頑張れよ」


「ええ。いってらっしゃい。私は私でしっかりやるから安心して」


 緒見坂と悠璃に一時の別れを告げ、オレは集団から離れ歩き出す。


 不覚にも心拍数があがっているがわかる。

 ……ああもう、めんどくせーな。

 そもそもこういうイベントに参加するのはオレらしくないってのに。

 深町流護身術免許皆伝が聞いて呆れるぜ。


 だが仕方ない。世話になってる雇い主のためだ。

 上手いことこの婚活パーティーを乗り切り、悠璃をサポートしねーと。


 参加者の集団から30メートルほど右側に設置されたペア受付用のテント付近にたどり着いたオレは、周囲を見渡す。

 死の森の入り口を前にしてすでに呼ばれた数組の男女のペアがぎこちなく、あるいはすっかり意気投合して言葉を交わしていた。

 なんか遊園地のお化け屋敷に入る前みたいな雰囲気だな。


 にしても、死の森でオレのパートナーとなる“クラウド”とかいう奴はどんな人物なんだろう。

 か弱い美少女冒険者のオレをモンスターからパーフェクトに守ってくれる屈強で紳士な戦士だと安心なんだが。



「アンタがわしのパートナーのハルミちゃんかい? ひひっ、こりゃまたとびっきりのべっぴんさんだ」


 後ろから聞こえてきた“しゃがれた声”に反応し、振り向く。


 そこには杖をついた足腰弱そうなご老人がぷるぷる震えながらスケベそうな視線をオレに向けていた。



「わしがクラウドじゃ。今年で80歳になる老いぼれ冒険者じゃが、色んな意味で仲良くやろうやハルミちゃん。ふひひっ」



 死んだわオレ。







更新お待たせいたしました。

今回より婚活パーティー編に入ります。

ぐだぐだではちゃめちゃな話ですが、楽しんでいただければ幸いです。

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