16話「婚活パーティーはMCバトルじゃねぇんだぞ…」
二学期最大の行事のひとつ、学園祭も終わりを迎えようとしていた。
秋風が薫る黄昏のグラウンドには祭りを終え、それぞれの帰路へと歩む生徒の姿。
各々のクラスで企画した後夜祭へと行くものもいれば、足早に家路につき休むものもいるだろう。
羨ましい限りだ。
後夜祭で興奮状態にあるクラスメイトと良い雰囲気になってイチャイチャするのも。
そんな幻想は捨て去りとっとと家に帰って寝るのも。
何故ならそのどちらもできず、こうして学園に残り、学園祭の後処理に追われているオレのような人間もいるのだから。
「どう? 深町くん。そっちは終わりそう?」
「ちょっと待ってくれ。もう少しで一段落する」
右側から聴こえてきた質問に声だけ返し、キーボードに指を走らせ続ける。
現在地は夕日が差し込む生徒会室。
コの字型に配置された机に様々な書類が陳列された棚。カタカタとキーボードを打つ音。
そんな空間でオレは自身の席に置かれたノートパソコンとの格闘を余儀なくされていた。
何故かって?
それは言うまでもなくオレが生徒会役員だからである。
自分達のクラスの片付けだけで解放される一般生徒と違い、オレ達生徒会にはまだまだ仕事が残っていた。
各教室や体育館の点検、各クラスの後夜祭情報の把握、来賓や地域参加情報のまとめ、撮影した写真の確認、HPの更新、学園祭における総評。その他諸々。
とにかく学園祭に関わった生徒、教員、来賓など全ての後処理を生徒会がやらされている感がある。
明らかに作業量がおかしい。これ絶対に教員がやればいい奴だってあるだろ。
おまけに他の役員や実行委員はもう自分の担当分を終わらせ下校しており、残っているのはオレともう一人だけだった。
「……これで良し。とりあえず終わったぞ」
「お疲れ様。悪かったわね。最後まで付きあわせちゃって」
ッターン! とエンターキーを叩き作業を終えたオレを労うのは、生徒会室にいたもう一人の人物。
学園が誇る才色兼備の生徒会長、都古島 悠璃である。
「別にやりたくないけど仕事だからな」
「もう、またそんなこと言って。でもなんだかんだいつもきっちりやるのよね」
「仕方ねーだろ。担任が勝手に推薦した挙句、信任投票で決まったとはいえ役員なんだから」
「素晴らしい采配ね。君の担任は君の扱い方をとても心得ているわ」
「皮肉か嫌味かそれ」
「ふふっ、どっちもよ」
生徒会長席に座る都古島悠璃はこちらを眺めながらはにかんだ。
ポニーテールにした金色の髪が優しく揺れる。
……コイツ、笑うと可愛いんだけどなぁ。
普段がお堅くて厳しいから、より一層そう感じる。
容姿良し才覚良し器量良しって反則だろ。
天はコイツに何物与えてんだよ。
「あ、そうだ。お前後夜祭行かないの?」
ぐーっと背伸びをして椅子の背にもたれかかりながらオレは尋ねた。
「生憎だけど、ああいう羽目を外す場は苦手なの。全校生徒のお手本であり規律の象徴である生徒会長がはしゃぐわけにもいかないしね」
「相変わらず難儀で真面目でお堅いこって」
「ほっといてよ。……それより君は? 行くの? 後夜祭」
「行くわけねーだろ。めんどくさい」
らしくなくおずおずと尋ねる都古島に対し、即答する。
友達もいないのに行って何するのか真剣にわからない。
金払って愛想笑いしにいくとか地獄すぎるぞ。
「君らしいといえば君らしいけど……いいの?」
「何が」
「その……クラスに好きな子とか、いない、の?」
都古島の口から飛び出した思いもよらない質問に天井に向けていた視線を戻す。
「はぁ? 何言ってんだイキナリ」
「だ、だから! よく噂されてるじゃないっ。うちの学園は後夜祭みたいなイベントをきっかけにできたカップルが多いって」
右斜め前に位置する会長席。
そこに座る都古島がこちらを睨みつけるような上目遣いを向けている。
若干、頬が赤みがかっている気がしたがそれが感情からくるものなのか、夕日によるものなのかはわからない。
去年の秋頃から一緒に任期を務めているが、こんな顔を見たのは初めてだった。
「つまりそういう相手がいるのなら、チャンスを逃すことになるって言いたいのか?」
「ええ、そうよ。会長として役員の心配をするのは当然だし、この時間まで付きあわせちゃった負い目もあるから気になるのよ」
「なら安心しろ。たとえクラスに好きな女子がいたとしても、クラスにオレを好きな女子はいないだろうから」
「そんなの君の思い込みでしょ? 安易に決めつけるのは早計だわ」
「なんでそこで食い下がるんだよ……何、なんか根拠でもあんの?」
オレがそう尋ねると、都古島は視線を逸らしバツの悪そうな顔をする。
「……気づいていないでしょうけど君、意外と人気あるのよ。特に下級生に」
「えっ!?」
あまりにも予想だにしない言葉に驚きを声をあげてしまう。
んな馬鹿な。
それってドッキリとか罰ゲームとか冗談とか質の悪い嫌がらせとか人違いとか幻術とかじゃなくて……?
「信じられないことに事実よ。人の趣味は千差万別だとは思っていたけど本当に驚きだわ」
「さりげなくオレを好きな感性が特殊みたいな言い方するのやめろ。てかマジなのかそれ?」
「本当の話よまったく…………おかげでこっちはいっつもモヤモヤさせられてるんだから」
何やらゴニョゴニョと都古島がつぶやいたが、後半部分はオレに聴こえないくらい小さな声だったので聴き取れなかった。
流れ的にオレへの皮肉か悪態ってことはわかるんだが。
「なぁ、参考までにその下級生が誰なのか教えてくれないか?」
「教えない」
「は?」
「だから、教えないって言ってるの」
「なんでだよ」
オレの問いかけを不機嫌そうにそっぽを向き答える都古島。
なんだってこいつはいきなりイライラし始めてんだ。
「いい? 君のことが気になってるって生徒はわざわざ私に相談しにきてるの。生徒会長である私を頼りにしてきてるの。なら会長として、生徒個人のプライバシーを守るのは当然でしょ?」
「いやそりゃまぁ……そうだけどさ」
「わかったならまず、自分に好意を向けている女の子がいるって気付くところから始めなさい。……意外と近くにいるんだから」
窘めるように言うと都古島は会長席を立ち上がり、オレに背を向ける。
華奢な背中とセーラースカート。夕日に映える金髪のポニーテール。
絵になりそうなほどの美しい光景。
「意外と近くにいるとなると……もしかしてお前とか?」
「えっ……」
柄にもないことを言ったオレに驚いたのか、都古島が慌ててこちらを振り向く。
「って、そんなわけないか。ワリィ、変なこと言って。お疲れ」
「え、ええ。お疲れさま」
手短に挨拶し、深町春海は逃げるように生徒会室を後にする。
一人残された才色兼備の生徒会長、都古島悠璃は黄昏のグラウンドを見つめていた。
学園祭終わりということでどこか気分が高揚していたのか。
茜色の光が差し込む生徒会室で二人っきりという状況に流されたのか。
柄にもなく感情に任せて色々言ってしまったと悠璃は軽い自己嫌悪に陥ってしまった。
「……彼への想いは秘めなさい悠璃。あなたは全校生徒の規律の象徴である生徒会長なのよ。恋愛にうつつを抜かしている暇はないわ」
自分への戒めの意味を込めつぶやくと、悠璃はセーラー服の胸元をきゅっと切なげに握りしめる。
「…………でも、さっきはもう少し待ってくれたら「うん…」って言えたのに、な……」
誰も知らない、誰も聞いたことのない真面目でお堅い生徒会長の本音。
それは恋する乙女の甘い声。
たとえいくら頭が良くても。
たとえいくら運動ができても。
たとえいくら周囲の評価が良くても。
恋の病の前ではどうしようもない。
学園きっての才女は胸にうずまくモヤモヤをどうにか鎮めるためゆっくりと床へと腰を下ろすと、悩ましげな吐息を吐いた。
* * *
「はいカットぉ! 先輩も悠璃さんもさいっこーでした! やっぱり素直になれないお堅い生徒会長はクるものがありますね!」
緒見坂、もとい、緒見坂監督が拍手を交えながら絶賛の声をあげる。
手には雑誌のようなものを丸めて作った擬似メガホンまで持っていた。
夜もすっかり耽っているのに元気な奴だ。
さて、食堂を後にしたオレ達が何故こんなことをしているかといえば、明日の婚活パーティーのため、悠璃のスキルアップを図っているのである。
現在地はオレと緒見坂の部屋。
オレとしてはもっと外見面を磨くものだと思っていたのだが、緒見坂監督の考えは違ったようで、部屋に入るなりおもむろに自分の学生鞄からノートと筆記用具をとりだし、何やら書き始めたのだ。
そうして完成したのが青春恋愛シチュエーションの台本。
今しがたオレと悠璃が演じたのは「完璧生徒会長の恋~学園祭編~」である。
地の文やモノローグ部分はすべて緒見坂が音読するという徹底っぷり。
ちなみにその前は「親友と同じ相手を好きになってしまった素直になれないクラスメイト~言い訳混じりのデート編~」を演じた。というか演じさせられた。
ホント異世界まできて何やってんだオレ。
しかし、そんなオレよりも自分の行動に疑問を覚えている奴がいた。
言うまでもなく生徒会長・都古島悠璃を演じきった主演女優、ユウリィ・アクアレリスト・リュートリアである。
「ね、ねぇ恋、これって本当にやる意味あるの? さっきからものすごく恥ずかしいんだけど……」
おずおずとユーリが尋ねる。
よほど恥ずかしかったのか、その整った顔は火が出そうなほど真っ赤だった。
わかる。やっといてなんだがオレもめちゃくちゃ恥ずかしい。
深夜のテンションでなんとか乗り切ってはいるが、明日になったら絶対に死にたくなるやつだぞこれ。
「おお有りですよ! 女の子は恋している時が一番かわいく見えるんです。ならまず恋する乙女を演じて理解を深めなくてどうするんですか!」
「そういうものなのかしら……」
力説する緒見坂の勢いに圧倒されたのか、悠璃がオレの方を見る。
「オレもわからん」
いや本当にわからん。
失恋経験ゼロの恋愛マスターだけどわからん。
確かに女性誌とか恋愛マニュアルとか魅力的なキャラクターの書き方みたいな指南書に書かれてそうな理屈だけど。
「いいですか? これは女なのに男という唯一無二の存在であるセンパイを使って、悠璃さんを男慣れさせる目的も兼ねているんです。他の男性には言いづらい罵言暴言もセンパイになら言いやすいはずです。だから今夜は遠慮せずどんどん言っちゃいましょう!」
「言っちゃいましょう! じゃねぇよ。なんで他の男には言いづらい言葉がdisり限定なんだよ。婚活パーティーはMCバトルじゃねぇんだぞ……」
「でも心にもない言葉で相手を褒めて称えて持ち上げるのよりは健全じゃありません?」
「お前の頭ン中の婚活パーティーはどんだけ上っ面の集まりなの……? ストレートは時にデッドボールにもなるし世の中上手くやってくためには敬遠も必要なんだよ」
「センパイってイケメンですよね。優しいし、カッコ良いし、頼りになるし」
「ごめんやっぱ言葉の敬遠ダメだわ。確実に心折れるわこれ」
演技がかった緒見坂の乙女声を聞いて痛感する。
でもこういう言葉の敬遠が勘違い系自惚れ男子を思春期に大量に生み出して心の傷や黒歴史を量産していくんだろうなぁ。
思春期の男子は女子からの「おはよう」や「ばいばい」だけで恋に落ちるラノベヒロインも引くレベルでちょろい生物なので言動には気をつけて欲しい。
かといって本音や正論は衝突の火種になる可能性大だしやっぱり無口最強だなと思いました。まる。
「それよりそろそろ寝た方が良いんじゃない? 私のためにやってくれているのはありがたいけど、二人とも眠たそうよ?」
ユーリの提案はずばりそのとおりだった。
朝っぱらから学園に集合してそのままこっちの世界に来たからさすがに眠い。
昨日今日でオレの身に起こったことはあまりにも情報量が多すぎる。
「なに言ってんですか悠璃さん。まだまだ夜はこれからですよ。次は「完璧生徒会長の恋~愛と欲望の生徒会室編~」をやらないと……」
自分のベッドに腰掛ける緒見坂もくぁ…と小さなあくびをして目をしょぼしょぼしていた。
コイツも慣れない異世界トラベルで疲れているのだろう。
「素直に寝ろよ……めちゃくちゃ眠そうだぞお前……」
「というかやらないからそれ。私は絶対にやらないからそれ」
タイトルの時点で危険を感知したのか、悠璃が緒見坂へ片手を突き出し拒否する。
「大体一夜漬けはあんま効率よくないんだよ。大事なのは反復と復習だぞ」
「ん~……それはそうなんですけどぉ……最後に抑えておくべき女子力講座くらいはやっとかないと……」
「わかったわ。じゃあそれで最後にしましょう。深町くんも良い?」
「お前さえ良いのならオレに異論はない。仮に拒否しても2対1だしな」
「決まりね。でもその前になにか飲み物でも買ってくるわ。眠気覚ましも兼ねてね」
そう言うと悠璃は部屋の窓際に置かれていた椅子から立ち上がる。
扉へと向かい揺れる金色のポニーテールを見て、オレも重い腰をあげた。
「待て、それならオレも一緒に行く。奢ってもらう上に買ってきてもらうのはいくらなんでも気が引ける」
尻で温めていたベッドを離れスリッパを履く。
扉の前まできていた悠璃はオレを振り返ると小さく笑った。
「あら、私はなにも深町くんの分まで買ってくるとは一言も言ってないわよ?」
鮮やかな金の前髪を掻き分け悪戯っぽいく笑うその姿に、思わず押し黙ってしまう。
急に歳相応っぽい表情するのは反則だろ。
「学習能力が高いのはわかっていたが、早くも緒見坂の悪い部分を吸収してんなお前……」
「悪い部分とはなんですか悪い部分とは!」
「そうよ。むしろそこが恋の良いところだと思うわ」
ねー♪と声を合わせて言わんばかりに共同戦線を張った二人の少女に、オレはもはや白旗をあげるしかなかった。
「わかったわかった。とにかく荷物持ちで良いから付きあわせてくれよ」
「ふふっ、冗談よ冗談」
「それじゃあわたしは待ってる間、講座内容をノートにでもまとめておきますね」
「ああ。行ってくる」
ベッドの上で小さく座る緒見坂に軽く手をあげ答え、オレと悠璃は部屋を出た。
更新遅くなってしまい申し訳ありません。
長くなってしまったので分割します。続きは明日投稿します。