15話「めんどくさそうなのが出てきたなぁ……」
冒険者とは過酷な職業である。
モンスターと戦うこともあれば山賊や盗賊、はたまた怪しげなカルト宗教団体や悪の組織との戦いに巻き込まれることだってあるだろう。
いつだって死と隣り合わせ。完全に実力主義な世界。
なのに収入は安定せず、福利厚生はもちろんボーナスや有給もない。
これは冒険者が“替えの効くなんでも屋”みたいな職業であることに帰結していると思う。
言ってしまえば冒険者とは“日雇い派遣労働者”のようなものなのだ。
労働者が自分で仕事を選び、現地に赴き、与えられた仕事をこなし給金をもらう。
福利厚生その他がないのも日雇い派遣と考えれば自然だ。
不安定。決して地に足がついた生き方とは呼べない。
では何故、それでも人は皆冒険者になろうとするのか?
答えは夢がある職業だからだ。
見知らぬ地へ赴き、見たこともないような景色、人種、生物、現象に出会う新鮮さ。
非日常的な環境が与えてくれるスリル。高揚感。
一人で、時には仲間と協力し何かをやり遂げる達成感。
自分の行動次第で誰もが英雄になれる。誰もが大金持ちになれる可能性を秘めている。
人は夢や目的がないと生きていけない。
夢や目的がない人生などただ心臓を動かし呼吸をしているだけの生命活動であり、生きているとはいえないだろう。
冒険者とは“夢追い人”でもあるのだ。
「それではここで問題です。“日雇い派遣労働者”と“夢追い人”を合体させるとどうなるでしょうか?」
「……お父さんやお母さんから「現実見なさい」って諭される?」
「うむ。正解だ」
「うーん、途中までは良い話だと思っていただけにちょっとフクザツですね」
オレによる長々としたクイズに正解した緒見坂が腑に落ちないといった顔をする。
夢追いながら日雇い派遣を繰り返す労働者だらけって異世界ヤバすぎるだろ。
そりゃ少子化や所得格差は進むし冒険者ギルドも婚活パーティー主催するわ。
「深町くんが言うとどうにも腑に落ちないけれど、言っていることはまさにそのとおりなのよね……」
ウッドテーブルを挟んだ対面に座るユーリも金色の前髪をかきあげこめかみを抑えていた。
「少子化、人口減少はリュートリア王家が重視している問題のひとつよ」
「どこの世界も悩んでることは一緒なんですね」
「世界が違っても生きてるのは同じ人間だからな。おまけに冒険者なんて結婚する前に死ぬ可能性もあるだろうし」
「ええ。その辺の事情も合わさって、伴侶を得る人は年々減少傾向にあるの。なまじ電子魔法というものが存在し、その分野の発展も目覚ましいから余計にね」
「魔法の存在が男女関係なく戦える力をもたらした結果、女性の自立や独立も促しちまってるってわけか」
「便利すぎるのも考えものですね」
便利さや効率化を求めれば求めるほど人間が不要になり、人と人とが触れ合う機会も減っていく。
現代社会における機械化が良い例だろう。
こっちの世界ではそれが魔法により起こってるってわけか。
「でも、そこで今回のコンパってわけですよね」
「こんぱ?」
当然のように略す緒見坂にユーリが聞き返す。
ちなみにこの文を略すと「当略緒ユ聞返」になる。意味わかんねぇな。
「婚活パーティーの略だ。それよりオレが男に戻るのと婚活パーティーになんの関係があるんだよ?」
「関係ありまくりじゃないですか! センパイに足りないのは出会い! コンパは出会いの場!」
「ねぇ運動会レベルの選手にオリンピックレベルの競技場用意するのやめてくれる? いきなりハードル高すぎだろ」
「確かにそうね。もっとこう、一対一の文通から始めたほうが素敵なんじゃないかしら?」
「ふたりともどんだけピュアで奥手なんですか!? 小学生じゃないんですからもっとこうガツガツいきましょうよ!」
肉食系ゆるふわ物体が栗色の髪をゆるふわさせながら叫ぶ。
ユーリに完全同意するがどうにも緒見坂先生によると感性が小学生レベルらしい。
まったく関係ないが「ふたりはプリピュア!」という小学生向け新番組を思いついてしまった。流行るんじゃないかなぁ。
「センパイ! ここで動かなくてどうするんですか! 草食系男子とおり越して草系男子になっちゃいますよ!」
なんだそのはっぱカッターとか使いそうな男子。
駄目人間すぎて家に根を張り親から養分を貰い続けるって意味なら確かにそのとおりなんだけど。
「うーんでもなぁ……」
「知らない男の人と結婚を前提でお付き合いの話をするのはちょっと、ね」
「そもそもそういう場所として用意されたとこで見つける相手って絶対に妥協や気の迷いが混ざりそうじゃん。好きな相手なんて無理して探すもんじゃないって」
「ええそうね。心から好きな相手と結ばれて家庭を持ち、子孫を育んでくれるのが一番なのは間違いないわ」
バンッ!
煮え切れないオレとユーリに痺れを切らしたのか、机を叩き立ち上がる緒見坂。
そのままゆっくりとオレの顔を覗きこむと横から低いトーンで囁やく。
「センパイっていつも合理的だの効率的だの言ってますよね? コンパとか超効率的じゃないですか? コストをかけず一回参加するだけでたくさんの人に出会えますよ?」
「ぐっ……」
「それにユーリさん。王家も気にしている問題を冒険者ギルドがどうにかしようと動いているんですよ? 王女でありギルドマスターであるユーリさんが参加しないでどうするんですか?」
「うっ……」
オレにかけた言葉も、正面に向き直ってユーリにかけた言葉も完全に声が笑っていなかった。
にも関わらず、緒見坂は満面の笑顔を浮かべている。
やだこの子怖い。追及がやたら的確に痛いところ突いてるし。
「で、でも婚活パーティーは明日でしょう? 私達にはケーニヒスお兄様のところに行くっていう目的が……」
「ケーニヒスだと!!?」
ユーリがその名を口にした途端、付近のテーブルに座っていた人物が慌てて立ち上がる。
その男は一言で言えばイケメンだった。
光り輝くプラチナブロンドの髪。
限りなく整った、女性を虜にしそうな甘いマスク。
装飾は軽鎧や剣、マントを身に着けている。
恐らく歳はオレやユーリより少し上だろう。
王子、貴族、ナルシスト、キザ、勇者などの形容が似合いそうな男はそのままオレたちのテーブルへと近づいてくる。
「すまないそこの美しいレディたち。今、リュートリア王家第一王子ケーニヒス・シュトゥール・リュートリアの話をしなかったかね?」
「はい、わたしたち「マンチカン」って街に向かっている途中なんですよー」
王子様のようなイケメン相手でも一歩もたじろぐことなく緒見坂が軽い感じで返す。
さすがのコミュ力おばけ。
「ふむ、なるほど。確かにあそこは奴が治める街のひとつだ」
「へぇ~そうなんですかぁ~。えっと、ところでどちらさまでしょうか?」
「ああこれはすまない。俺としたことがレディ相手にすっかり申し遅れてしまった」
プラチナブロンドのイケメンはそこで言葉で切ると、鬱陶しいほどキザったらしく前髪をかき分けドヤ顔を作り、
「天が与えた美貌と才覚! 剣! 魔法! 馬! そして女性! 俺に扱えないものなどこの世に存在しない! 完全無欠の完璧超人、ジュノア・アキュレイト・タグルーダとは俺のことだ!!」
ビシィ! とオレたち三人に向け決めポーズをとる。
うわまためんどくさそうなのが出てきたなぁ……。
「この世界で一番のイケメンで凄腕の冒険者はタグルーダ家のジュノアと覚えると良い」
「……へぇ~そうなんですかぁ~。すごいですね~」
さすがの緒見坂も唐突に絡んできた強烈なキャラにめんどくさくなったのか、対応がテキトーになってきている。
気持ちはわかるが頑張って欲しい。
お前が対応をやめてしまったらオレまでこの面倒くさそうなステレオタイプのイケメンの相手をしなきゃならなくなる。それだけは避けたい。
なにしろ聞いてもいないのに自分のことを自分で天才とか優秀とか言っちゃう人種は100%どこかおかしいからな。オレとか。
「ところで、わたしたちに何か用でしょうか?」
若干ぎこちない笑顔を浮かべながら、緒見坂が仕切りなおす。
「いや何、我が宿命のライバルの名が聞こえたからつい反応してしまってね。そうしたらこうして三人もの美しいレディに出会えたってわけなのだよ」
「へぇ~そうなんですかぁ~」
「我がタグルーダ家は王家とも親交が深い由緒正しき名門貴族でね。ケーニヒスとはライバルでもあり、幼馴染でもあるのさ」
「へぇ~そうなんですかぁ~。すご~い」
「奴は天才だ。リュートリア王家の第一王子なだけはある。宿敵ながら尊敬に値するほどに。……まぁ俺には一歩及ばないがな!」
「へぇ~そうなんですかぁ~。すご~い。さっすが~」
タグルーダがいちいちビシビシとポーズを決め、緒見坂が張り付いた笑顔でそれに応対する。
いかん。さっきから緒見坂が「へぇ~そうなんですかぁ~」と「すご~い」と「さっすが~」の三つしか言ってない。
名も無きギルド職員にすらラブアタックで籠絡にかかる緒見坂にこんな対応させるとはなんて凄い奴なんだジュノア・アキュレイト・タグルーダ。
完全無欠の完璧超人と自称するだけはある。
「剣のこと。魔法のこと。男女恋愛のこと。その他悩みや相談があったらなんでも聞くと良い。特に男女恋愛はケーニヒスより俺に聞いておけば間違いないぞ!」
「へぇ~そうなんですかぁ~。すご~い。さっすが~。わたしも頑張らなきゃ~」
緒見坂は相変わらず適当な相槌をうっている。
おまけにオレとユーリなんて完全なる無言にも関わらずタグルーダは会話を止めることなくどんどん広げていく。
男の自慢話と女の悩み相談は答えや反応を求めているんじゃなく、ただ聞いて欲しいだけっていうのはよくいったもんだ。
……にしても、オレはともかくユーリの反応がないのはおかしいな。
第一王子と幼馴染ってのなら、こいつも名前くらいは知ってる間柄だろうに。
そう思いイケメンに気取られない程度にユーリへと視線を移すと、明らかに居心地悪そうに俯いていた。
こりゃなんかあるな。蛇を出さない程度に藪を突いてみるか。
「おっと時間をとらせてしまってすまない。名残惜しいだろうが、明日の準備もあるだろうから俺はそろそろ部屋に戻らせてもらうよ」
「……明日っていうと、冒険者ギルド主催の婚活パーティーに参加するんですか?」
息を吐くように行われるナルシスト発言を華麗にスルーし、オレは重い口を開く。
「そのとおりだよ赤髪が可愛い照れ屋なお嬢さん。やっと声を聞かせてくれたね。もしかして、君も参加するのかい?」
「いや、まだ未定です」
女の子として向けられたキザったらしい台詞に鳥肌が立ちそうになりながらも適度に礼儀正しく、簡潔に答える。
「うーむ、それは残念だ。君みたいな可愛い女性が参加すればイベントはより華やかに盛り上がるだろうに」
「過大評価ですよ。……それより見たところ、タグルーダさんは女性には困っていないように見えるんですけど、どうして参加するんですか?」
そっぽを向き興味なさげにつぶやいた後、ちらりと目だけ動かす。
こちらを見下ろすタグルーダの瞳がわずかながら鋭くなったような気がした。
「聞きたいかね?」
「はい。興味ありますね」
「ふむ。レディの質問だ。ならば答えよう―――連絡が来たのだよ。ケーニヒス本人から婚活パーティーに参加してくれと」
タグルーダが答えた瞬間、ユーリの体がびくっと震え、緒見坂も「ぇ」と小さく声を漏らした。
正直、オレも意外だった。
「……第一王子からの?」
「ああ。この街も奴の管轄だからな。表向きはギルド主催と銘打っているが、裏ではイベントに関わっていても不思議ではないだろう」
確かに。
ユーリが王家も問題視していると言っていた以上、第一王子が動いていてもおかしくはない。
だがそれだけではまだオレの知りたい答えには足りていなかった。
「ケーニヒス王子は何故ライバルである貴方にそんな依頼を?」
「さぁな。ただ奴は自分が表舞台に立って動くことを嫌う。なら大方、俺を使って代わりにイベントを盛り上げさせようとしてるんだろう」
つまりイベント参加者を集めるための客寄せパンダが欲しかったってことか。
「いいんですか? ライバルなのに、良いように使われて」
「はっはっは。なるほど、そういう見方もあるな」
オレの質問を軽く笑い流した後、タグルーダは口元を歪めるだけの控えめな笑みを浮かべる。
「君は知らなくても無理はない。だが、あの性格がねじ曲がったプライドの高い自信家のケーニヒスが俺に頼みごとをするなんて、数年に一度あるかどうかなのだよ。なら断れんだろう? 宿敵として、幼馴染として、名誉ある貴族として」
話していて熱くなったのか、タグルーダが一歩オレへと近づき大げさなジェスチャーをとる。
互いのことよく知ってるみたいだし本当は仲良いんじゃないのかアンタら。
ていうかコイツに自信家って呼ばれるとかどんだけなんだよ第一王子。
「と、いうわけで話はここまでだ。また会おう美しいレディ達。明日は三人とも参加してくれることを祈っているぞ。はっはっはっは!」
陽気な高笑いをあげながらタグルーダはオレ達のテーブルを離れ食堂を後にした。
途端、残されたオレ達は台風が去った後のような安心感と疲労感に満たされる。
「はぁ、つかれた……なんなんですかねあの人」
緒見坂がぐだーっとウッドテーブルに突っ伏す。
「色んな意味ですごかったな」
「まさにセンパイとは正反対のタイプってカンジでしたね。あの人なら満たしてるんじゃないですか? 七つの道標」
言われて気づいたが確かにほとんど満たしてる気がする。
アイツの自称がどこまで事実なのかはわからないが、もしすべて本当なら「主人公最強」「バトル」「恋愛」「ハーレム」「友情」くらいは軽くクリアしてるな。
「つまり、なんだ。オレが目指す終着点はあんな感じなのか」
「えぇー……わたし嫌ですよあんなセンパイ。もちろん今のセンパイが良いってわけでもないんですけど」
「どっちなんだよ……」
「普通そういうこと聞きます? まぁ……どっちか選べと言われたら今のセンパイの方が好きかな。らしいっていうか」
「お、おう。サンキュ」
緒見坂の思わぬ返答に自分で聞いたにも関わらず焦ってしまう。
「あ、勘違いしないでくださいね。あくまでも比較的にですよ比較的に。二人ともわたしの好みとは違うんで」
オレの鼻先にピッと人差し指を突きつけ、緒見坂が釘を刺す。
コイツの好みのタイプがどういう奴なのかは気になるが、今はそれ以上に気になることがあった。
「ユーリ」
オレは先ほどから黙りこくっている対面の人物に答えを求める。
「……二人ともごめんなさい。さっき、彼が言ってたことは本当よ」
俯いた顔をあげようとはせず、ユーリは視線を落としたまま重々しく言葉を続ける。
「ジュノア・アキュレイト・タグルーダ。ケーニヒスお兄様と同い年であり幼馴染。私も小さいころ何度か会ったことがあるわ」
思ったとおり、やっぱ面識があったか。
「え? あの人と知り合いだったんですか? じゃあ……」
緒見坂が当然ともいえる素朴な疑問を挙げようとするも、途中で「しまった」という顔をする。
やっぱりこいつ大事なところではちゃんと頭を働かせるな。
ユーリがタグルーダにあんな反応を示した理由なんてひとつしかない。
単純に苦手なのだ。
理由はわからんが、恐らくは色んな意味で。
なら触れないでやるのが一番だろう。
誰にだって知られたくないことや、聞いてほしくないことはある。
オレはもちろん、緒見坂にもきっと。
「いいのよ恋。気を使わなくても。気になっているんでしょう? 私と、ジュノアとの間に何があるのか」
そこでようやく顔をあげたユーリの表情は寂しげだった。
「……それに深町くんは、もうある程度の見当がついてるだろうし」
「え? そうなんですかセンパイ?」
「…………さぁな」
二人の美少女に尋ねられるもオレは曖昧な答えしか返せなかった。
ユーリの言葉どおり、いくつかの予想はできている。
それはユーリとタグルーダに関してだけではなく、彼女の護衛クエストを受けてから今までに浮かんだ疑問に対してでもあった。
結論から言うと、すべては第一王子であるユーリの兄、ケーニヒス・シュトゥール・リュートリアが原因だ。
まずタグルーダの推測はあたっているだろう。
今回の婚活パーティーは冒険者ギルド主催となっているが、企画立案は間違いなく第一王子がやっている。
じゃないと宿屋の部屋が足りなくなるほど混み合ったり、タグルーダに声をかけたことに説明がつかない。
ここは商業の街だ。本当に冒険者ギルド主催であるならば、前々からイベントを企画し、それに伴い起こりうる問題の対策もきちんと行うだろう。
どこの宿屋も定員オーバーでパンクするなんてありえない。
つまり婚活パーティーは前々から決まっていたことではなく、第一王子の思いつきで急遽行われることになったのだ。
では何故、第一王子は急に婚活パーティーなどという催し物をやろうと思ったのか?
答えは簡単だ。
自分の妬みの対象であるユーリがこの街に立ち寄り、一泊するとわかっていたからだ。
恐らく第一王子がユーリを呼んだ目的は、自分と直接話しをするためではなく、明日行われる婚活パーティーに参加させるためであろう。
ユーリが参加しなければ恰好の攻撃材料になるし、もし参加して結果が振るわなければそれこそ王子にとって最も愉快な結果となる。
タグルーダに関しては考えるまでもなくユーリの反応と言葉でおおよその見当はつく。
幼い頃のユーリが奴に好意を寄せていたが失恋した。
もしくはその逆で奴がユーリに好意を寄せていたが、第一王子と同じくユーリの才能に心を折られ自ら離れていったか。
そしてユーリの兄であり、タグルーダの幼馴染である第一王子はそれらを把握していながら二人を婚活パーティーで引き合わせようとしてる。
……自分で考えといてなんだが、かなり胸糞悪い話だな。
あくまでも推測であり憶測であり、邪推でしかないが。
「……そうよね。わかっていても言いづらいわよね……他人の人間関係の予想なんて」
言葉に詰まるオレを見ておおよそを察したのか、ユーリは長い金髪を儚げに揺らし苦笑いを浮かべる。
「別に無理して言うことはないぞ。無理や我慢なんて支払う対価の割に得られる効果は少ないからな」
「ごめんなさい……わたし、ユーリさんの気持ちも知らないのに無理に婚活パーティー勧めちゃって……」
「だから本当に気にしないでって二人とも。もう昔のことなんだから、笑って話せるわよ。むしろ二人には聞いてほしいの」
喧騒に包まれていたレストランはいつの間にか人が減っており、ささやかな静寂が訪れていた。
みんな食事を終え、部屋に戻っているのだろう。
「実はね……」
ゴクリと喉が鳴る音がした。
緊張の面持ちで、ユーリが次に発する言葉を待つ。
「ジュノアは、私のことを男だと思っているの」
……………………は?
「……………………は?」
隣を見ると緒見坂がオレとまったく同じリアクションをしていた。
どういうことなのマジで……。
「私、ケーニヒスお兄様や周囲の反応が原因で、一時期男装していたのよ。髪を纏めるようになったのもその頃からで、ジュノアと初めて会ったのがちょうどその時期と一致するのよね……」
「え? え? どういうことですか?」
ユーリの衝撃発言に緒見坂が混乱状態に陥っていた。
無理もない。オレもだ。
「私自身、不思議でならないし当時はすごくショックを受けたのを覚えているわ。人に隠れてひっそり泣いてしまうほどにね」
「小さい頃にそんな体験すりゃ泣きもするわ……」
「でもなんで……? ユーリさんって思いっきり女じゃん……? 身体つきとか顔とかうっとりするほど女の子じゃん……?」
「後から気付いたことなんだけど、どうにもジュノアはケーニヒスお兄様につっかかりすぎた影響で、才覚のある有能な王族はみんな男だと思い込む節があるみたいなのよね……」
「んなアホな話ありえるのか」
「非常に残念ながら現に起こっているのよ。それも現在進行形で」
「えっ、それじゃあ、あの人ってただの馬鹿なんじゃ」
オブラート? なにそれ美味しいの? と言わんばかりに歯に衣着せぬ緒見坂が核心に触れる。
言うなよ。オレも薄々そう感じてたけどさ。
「つまりさっきお前に気が付かなかったのは、髪ほどいてより女の子らしくなっていたからってことか?」
「恐らくは。私も今更になって実は女なんて言いづらいし、言ったら言ったであの性格でしょ? その、色々と億劫で……」
あーうん。わかる。すごいわかるぞ。
今さら性別が違うって言いづらいって気持ちも。
アイツに絡まれたら死ぬほど面倒くさそうって気持ちも。
どっちもついさっき体験したばっかだからな。
「んー、でもそれなら、尚更ユーリさんは婚活パーティーに参加してみた方が良いと思いますけど」
「ああ。だな」
「? どういうこと?」
兄である第一王子はユーリが婚活パーティーで恥をかくことを望んでいる。
その幼馴染であるタグルーダはユーリを男だとまで思っている
この二人に一泡吹かせ、なおかつユーリを喜ばせ自信を与えてやる方法はただひとつ。
「ならまず名前から考えないとな」
「センパイ、それならお任せを。ユーリさん、今からあなたは悠璃さんです」
「直球すぎないかそれ」
「このくらいまんまの方が、ネタばらしの時に効くんですよ」
「れ、恋? 深町くんも、一体なにを……」
どんどん話を進めていくオレと緒見坂に、ユーリ、もとい悠璃は困惑した様子だった。
だが悪いな。お前にはこれからどんどん困惑してもらうと思う。
オレが心の中で手を合わせ謝罪すると、緒見坂がにっこり笑い、宣言した。
「私とセンパイでユーリさんをめちゃくちゃ可愛くプロデュースしちゃいます! 明日の婚活パーティーに悠璃旋風を巻き起こしてやりましょうよ!」