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14話「はーれむって何かしら?」




「作戦会議をしましょう」


 凛とした声で整然と言ったのはもちろん、金色の髪の第三王女だった。

 ユーリは浴衣の袖から伸びる透き通るような白い両手をウッドテーブルの上に置き、対面に座るオレと緒見坂を見る。

 現在地は旅館のレストラン。

 紆余曲折あったが無事に各自入浴を終えたオレたちは、こうして食事にやってきていた。


 ワイン色の絨毯が敷き詰められたただっ広いホールには無数のウッドテーブルが設置されており、宿泊客が思い思いに会食、酒盛り、談笑に(ふけ)っている。

 ちょうど今が混雑のピークなのか、空いている席を見つけるのもやや困難なほどの混みあいようだった。

 こういう騒がしい中で食事するのは苦手だ。というか人混みが嫌だ。

 むしろ人混み好きな人なんているのだろうか。

 スリか痴漢かウォーリーくらいしか思いつかないぞ。



「作戦会議って、なんのですか???」


 緒見坂がぽわぽわした感じで尋ねる。

 ユーリに影響されたのか、普段はおろしているゆるふわロング髪をシニヨンにしていた。


「作戦会議の内容はもちろん、はr……深町くんを元の姿に戻すためのよ」


 「春海」と言いかけたところでコホンと咳払いし、言い直すユーリ。

 別にどっちでも良いんだけど言い直されるとなんか意識してしまうからやめてほしい。


「でも、ユーリさんの魔法で一時的には元に戻れたんですよね? 極端な話、あれをずっとかけ続ければ良いんじゃないですか?」


 口元で人差し指をピッと立て、緒見坂が可愛らしく小首を傾げる。


「打ち消しの白銀<スノウホワイト・バニッシャー>のことを言ってるのなら、残念ながら無理な話よ」


「そりゃまたなんで?」


「あなた達にも説明したとおり、電子魔法には一度買えばずっと使えるものと、一度使ったら無くなってしまうものがあるの。打ち消しの白銀<スノウホワイト・バニッシャー>は後者の魔法で、おまけに高価なのよ」


「センパイが元に戻っていた時間が10分程度と考えても、一日に144回は使わないと駄目ですね」


「どう考えても破産するな……」


 ユーリが高価っていう魔法の額を聞くのが怖い。

 緒見坂がさらっと暗算をやってのけたも怖い。


「魔法を無効化する魔法は他にも存在するけれど、効果はたかがしれてると思うわ。そもそもあなた達の魔法は電子魔法とは別。異質の魔法なのだから」


「わたしやセンパイが使う“固有魔法”は電子魔導書を使わないですし、そうかもしれませんねぇ」


「だからやっぱり、深町くんが聞いたっていう七つのキーワードを満たすのが一番の近道だと思うの。そのために一度、みんなでアイディアを出し合いましょう」


 サファイアブルーの瞳にはやる気と使命感に満ち溢れていた。

 こいつ委員長とか生徒会長とか滅茶苦茶似合いそうだな……。


「わかった。その申し出は正直ありがたい。……でもいいのか? 自分で言うのもなんだが、絶対に面倒くさい案件だぞこれ」


「センパイ本人も面倒くさいから面倒くささ2倍ですね」


「お前も面倒くさいから4倍だな」


「やだなぁ。わたしは全然めんどくさくないですよ。健気で一途で献身的ですし」


「じゃあ言っとくがオレだって全然面倒くさくないぞ。なにしろこっちからは絶対に接触しないうえに、相手から接触してきても無難な受け答えでさらっと流すから空気のような無害さだ」


 人は誰しも人間関係の摩擦に悩まされると聞くが、摩擦とは必要以上に人と触れ合うから起きるのだ。

 必要最低限の人付き合い。すなわち挨拶と連絡事項の伝達のみに徹する。

 これで人間関係のトラブルの9割は避けられるだろう。

 愛想が悪いとか人付き合いが悪いと思われるかもしれないが、そこは真面目で人見知りする性格を匂わせておけば許容してくれる。

 ソースはオレ。


「そんなことやってるからダメ人間の烙印押されて美少女にされちゃうんですよ……」


「まったくもってそのとおりだわ……」


 緒見坂とユーリが呆れ顔でため息をつく。

 緒見坂は前からだが、男バレしてからユーリの対応まで冷たくなった気がする。

 少しだけ傷つく反面、これが自然な対応だと安心してしまう自分がいるのも確かなんだが。


「失礼いたします。ご注文の品をお持ちいたしました」


「ありがとう。いただくわ」


 早くも脱線し、中身の無い会話を始めたオレたちのテーブルに注文した料理が運ばれてくる。

 和装ウェイトレスの声に真っ先に反応したのはユーリだった。

 ウェイトレスを気遣うようにスマートに料理を受け取り、オレと緒見坂の前に配膳する。


 思い出せばこの料理を注文してくれたのもユーリだった。

 異世界の料理を知らないオレと緒見坂の好みを聞いてパパっと済ませてくれたのだ。

 おまけに注文を終えた後、料理の解説や飲み物のオススメまでしてくれる始末。


 ……ねぇ、この第三王女ちょっとイケメンすぎない?

 オレが女だったら間違いなくトキめいてるところ。

 ほんと女じゃなくて良かったぜ。ドキドキ。



「さっきの話の続きだけど、厄介なのは百も承知よ。でも事情を聞いちゃったからには放っておけないわ」


「ねぇ聞きましたセンパイ? これですよこれ。こういう姿勢が恋愛を生み、友情を育み、成り上がりやハーレムやハッピーエンドを引き寄せるんですよ」


「わかったからそれ以上オレを正しさで殴るのはやめろ」


 知ってるから。オレに足りないものが何かとか嫌というほどわかってるから。

 男のオレより女のユーリのが百倍くらい英雄適性値高いのくらい出会った時点でわかってるから。



 ……わかってるけど、これでも少しは更生しようと頑張ってんだよ。




*  *  *




 作戦会議はディナーの後で。

 ではなく、単純に行儀は悪いしお腹も減ったしでひとまず先に食べ終えてから続きをやろうということで食事を終えたオレたちは、今度は食後の飲み物をオーダーしていた。


 料理の注文の時も思ったが、この旅館のレストランはメニューが豊富だ。

 各々ドリンクメニューとにらめっこしてオーダーを決める。

 そうして五分もしないうちにテーブルにやってくる注文品。


 緒見坂は甘めのアイスココア。

 ユーリは透き通ったアイスティー。

 そしてオレはお湯を飲んでいた。



「いや待て。なんで異世界まできてオレだけお湯飲まなきゃならんのだ」


「まさか梅こんぶ茶の梅とこんぶ抜きお願いしますって頼んだらタダでお湯が出てくるとは……粋なサービスですかね?」


 緒見坂が顎に指をあて、神妙な顔つきでつぶやく。


「サービスじゃねぇよビジネスでやってんだよ。ウェイトレスさんはお前のアホみたいな冗談に困惑しながらもちゃんとやってくれたんだよ」


 ああいう人こそ健気で献身的だと声を大にして後世に語り継いでいきたい。

 あといい加減ちゃんとした飲み物が飲みたい。できれば冷たいの。


「なぁ緒見坂。熱いし味しないんだけどこれ」


「まさに文字どおり、煮え湯を飲まされてるというやつですね」


「……ねぇもしかしてお前それを言うためだけにこの茶番を引き起こしたわけ?」


「お茶だけに、って言いたいんですか?」


「ちげーよ!!」


 緒見坂が「上手いこと言ってやった」みたいなあざといドヤ顔をする。

 この後輩ほんとに一回永眠させちゃだめかな……。


 オレが緒見坂を合法的に投棄する方法がないものか想起していると、ため息混じりでユーリが口を開く。


「はぁ……もう二人ともいつまで馬鹿やってるの。深町くんのは私が再オーダーしておいたから、作戦会議の続きに戻りましょう」


「はーい」「へいへい」


 再び会議が始まる。

 議題として挙がったのはもちろん英雄になるための七つの道標。

 各々がそれぞれのキーワードを満たすためにはどうすれば良いのか、意見を出し合っていく。


「“成り上がり”に関してなんですけど、ぶっちゃけユーリさんの権力(ちから)でどうにかならないんですか?」


 身も蓋もないことを尋ねながら緒見坂はユーリの方へと顔を向けた。

 それによりオレの視界に緒見坂の後頭部が入る。

 ゆるふわ髪をシニヨンにしたことによって露出しているうなじが妙に色っぽい。


「不可能ではないけど、無駄だと思うからやめておいたほうが良いわ」 


「と、いいますと?」


「他人のコネだけで成り上がっても認めちゃもらえないって話だろ」


「あー……なるほど。確かにコネで偉くなった人なんてカッコ悪いし英雄度激低ですもんね……」


 そう。厄介なのはそこなのである。

 オレが目指さなければならないのは厳密には七つの道標を満たす英雄ではなく、ヒロイック・ヒロインが認める英雄なのだ。


 アイツの個人的な英雄像が< 主人公最強・恋愛・ハーレム・バトル・成り上がり・友情・ハッピーエンド >だと考えると、これらの要素に嘘はつけない。

 求められているのはガワではなく、中身。

 ならばオレ自身の頑張りによって踏破しなければまず認められないだろう。

 あれ? じゃあ自力で恋愛とかハーレムとか無理じゃね……?


「え、じゃあ恋愛とかハーレムとか無理じゃないですか……?」


 嫌な部分で緒見坂とシンクロする。

 ぐうの音も出ないほど正論だし共感を覚えるがどこが腹立たしいのは何故だろう。


「おい無理とか言うな。諦めた時点で試合どころかオレとお前の人生終了しちまうぞ」


「だってセンパイって交際経験や交友関係ゼロなんでしょ? そっからハーレムと考えるとヤバくないですか?」


「言い方が悪いんだよ言い方が。失恋経験ゼロって考えてみろ。急に恋愛マスターっぽく思えてくるから」


「それは錯覚ですよさ・っ・か・く」


 緒見坂がずいっとこちらへ顔をつきだし一文字一文字ゆっくりと口唇を動かし発音してくる。


 うーんだめか。

 誇大広告なんてどこの企業も大なり小なりやってるし良いと思うんだけどなぁ。

 無敗!(引き分けばっかで全勝ではない)とか。

 最安価に挑戦!(挑戦しただけで最安価ではない)とか。

 未経験者でも大歓迎!(歓迎してない)とか。



「ごめんなさい。ちょっと良い?」


 オレが脳内で社会への不満を募らせているとユーリが小さく手をあげて質問する。

 次いで飛び出してきた言葉にオレと緒見坂は目が点になる。



「はーれむって何かしら?」



「え」


「え!?」


「え?」


 三者三様の「え」を発し固まる。

 ユーリがあまりにも大真面目に聞くものだから、いつもふわふわぽわぽわしてる緒見坂まで素の表情になっていた。


 マジですかユーリさん。

 頭脳明晰そうなのにハーレム知らないんですか。

 というかハーレムってどっちかと言えば王族とか貴族の領分じゃないのだろうか。



「……なるほど。(めかけ)側妻(そばめ)を多数囲うことをハーレムって言うのね。勉強になるわ」


 案の定、誤用の方のハーレムを緒見坂から説明されたユーリが興味深そうにメモする。

 恐らくはヒロイック・ヒロインが提示してきた「ハーレム」も女を(はべ)らすモテ男になれってニュアンスだろうし別に良いか。

 にしてもユーリはオレの名前の時と同じように、ページ一面に「ハーレム」の四文字を書き連ねるのだろうか。

 事情を知らない誰かに見られたら完全に欲求不満の乙女かラノベ中毒者と思われるぞ……。


「厳密にはハーレムにも色々形があるんですけど、要は女の子にモテモテって状態ですね」


「もてもて……」


「美少女だらけの組織、集団などに男である主人公が放り込まれ、なんやかんやみんな主人公のことを好きになるのが王道パターンです」


「おうどうぱたーん……」


「あと、ハーレム状態だとラッキースケベイベントも起き放題な傾向にあります」


「らっきー…すけべ……? ごめんなさい、さっきから知らない単語がいくつか……」


「ラッキースケベっていうのはですね」


 ハーレムに続き今度は緒見坂先生によるラッキースケベ講座が始まる。

 シチュエーションやリアクションの種類、傾向、対策。

 見る、見られる、触る、触られるの違いとポイントの高さ。

 あまりにも頭の悪い講座にびっくりして止めるタイミングを見失ったが、受講生であるユウリィ・アクアレリスト・リュートリアは大真面目に手帳にペンを走らせている。いいのかそれで。国民泣くぞ。いや喜ぶか。



「というように、『見る・見られる』はラッキースケベの基本。初歩中の初歩です。まずはお風呂あがりや着替え中を偶然見る・見られるところからはじめましょう!」


「え、ええ……あ、ありがとう恋……よ、よぉくわかったわ……」


 最後の方は顔を真っ赤にしていたユーリが途切れ途切れにお礼を言う。

 まさか緒見坂先生も生徒がすでにその初歩を経験済みとは思いもよらないだろう。


「…………(じー)」


 ああうん、わかってるから。

 絶対に黙ってるからこっち睨むのやめてくれ。


 オレのアイコンタクトがテレパシーレベルで伝わったのか、ユーリは満足気にうなずき仕切り直しにかかる。


「と、とにかく! 総括すると深町くんに必要なのはまず“出会い”! 恋愛も友情もハーレムもバトルもラッキースケベもひとりではできないことよ!」


「一つ要らないの混ざってるぞ」


「ああもう! 忘れて!」


 理知的とはほど遠いうろたえた表情でユーリが叫ぶ。

 ……薄々感じてはいたが、もしかするとこいつ緒見坂よりあざといんじゃねぇかな。

 養殖は天然には勝てないっていうし。



「しっかし出会いか……深町流護身術とは対局にあったからなぁその行為……」


「いい機会ですからもうおろしちゃいましょうよそんな看板。どうせ門下生ゼロの師範だけの道場なんでしょ?」


「門下生をとらないことが深町流護身術の基本だからな」


「一代で途絶えちゃうじゃない……」


 緒見坂とユーリがアホを見る目でオレを見てくる。

 出会いが必要とは言うが、この娘たちとの出会いだけじゃ足りないんですかね。

 この二人が「恋愛」や「ハーレム」の要素を満たす役になる日とか来るのかな。来るわけねぇか。……嫌われてはないと思うんだが。



「―――そう考えるとやっぱり、冒険者ギルドに登録したのは間違いじゃなかったみたいですね」


 ふっふっふと意味深に笑う緒見坂に怪訝な視線が集まる。

 ほんとコイツはいつも急に何か企んでいる顔をするから油断ならん。


「センパイ、ユーリさん。わたしがただ呑気に露天風呂に浸かってるだけの女と思いましたか?」


「はい」「思ったわ」


 即答する。


「ひどっ! ……じゃなくって、甘い甘い! わたしが飲んでたアイスココアより甘いですよお二人とも! 露天風呂で一緒になった冒険者のお姉さんがた相手に、わたしは情報収集を行っていたんです!」


 褒めよ讃えよと言わんばかりに声高らかに宣言する緒見坂。

 だから妙に風呂の時間が長かったのかこいつ。

 オレはてっきり女の子ならあのくらいかかるものだとばかり。

 ほら、なんかシャンプーとかリンスとかコンディショナーとか角質ケアとか垢すりとか半身浴とか大変らしいじゃん。

 美少女だからよく知らないけど。


「……マジで?」


「ええマジですとも♪ 惚れ直しちゃいました?」


「いや直すもなにも、そもそも惚れてないから」


 ちょっと一瞬ときめきかけて理性のガードを揺さぶられたが断じて惚れてない。


「恋。その様子だとつまり、何か収穫があったと捉えて良いの?」


「もちろんですよ。わたし、聞いちゃったんです。明日、この街の冒険者ギルド主催で『婚活パーティー』が行われることを!!」



なん…だと……!?





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