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13話「動かないでね。痛くないから」




「……えっと、つまり、何? あなた達はこことは別の世界から来た人間で、春海を元の姿である男性に戻すために冒険者になろうと思ったの?」


「はい……」


「そしてそのための条件が“主人公最強・恋愛・ハーレム・バトル・成り上がり・友情・ハッピーエンド”?」


「はい……」


「……冗談じゃなく、本気で言ってるのよね?」


「はい……」


 これまでの経緯を説明した後、誰に言われるでもなく正座したオレ「は」と「い」の二文字だけを発する機械と化していた。

 ちなみに今やった問答はこれで七回目である。

 どうやら真実を告げたオレに対し、ユーリの中では怒りよりも戸惑いや疑問の方が大きかったようだ。

 隣いた同性が実は異性でよくわからない道標を元に英雄を目指しているとか言われたら混乱するとは思う。


「困ったわね……異世界から来たって部分は百歩譲って信じるとしても、その姿で実は男だって言われても信じられないわよ」


 至極ごもっともなご意見である。 

 オレだって自分がその目で見たもの以外はあまり信じない性質だから余計に同感してしまう。


「何か……何か男だと証明できるものとかないの?」


「男の生態について詳しいとか……」


「男性に詳しい女性だっているから微妙ね」


「好きなものや趣味が男っぽいとか……」


「男っぽいという定義が曖昧だから弱いわ」


「下着がボクサーパンツとか……」


「だからそれも……って、そんなの履いてるの!? 女なのに!?」


 頭上でユーリが驚愕する声が聞こえた。

 まさかボクサーパンツで証拠能力認められるとはメンズ下着メーカーも思いもよらなかっただろう。


「なんなら今、見せても良い」


 オレは立ち上がり、浴衣の帯に手をかける。


「べ、別に見せてなくていいってば! ……もしほんとなら、男の人の下着を見ることになるんだし、セクハラよ……」


 顔を赤くしうつむくユーリ。


 女だから、女の癖に、と男たちに言われてきたことから自身へのコンプレックスと異性への苦手意識が芽生え、異性に対して免疫がないのだろう。

 かくいうオレも女子に免疫がないからわかる。

 いつもは強気な癖に、こうして恥ずかしそうに顔を背けるユーリの仕草にドキドキしてどう対応していいのかわからない。

 この感情が、オレが男だという何よりの証拠だと思う。

 残念ながら提出することはできないが。



「支離滅裂で意味不明なこと言ってるのはわかっている。けどオレは男なんだ。そこに嘘や偽りはない」


 本心だった。

 これ以上ユーリに正体を偽るのはさすがに心が痛む。

 感情論ではなく損得勘定で考えても、ここでユーリに事情を話しておく方が得策だろう。



「……わかったわ。“キミ”がそこまで言うのなら、確かめてあげる」



 声のトーンを落とすと、ユーリは手元に電子魔導書を出現させる。


「言ったわよね。この世界には“電子魔法”と呼ばれる魔法があり、その種類は様々だって」


 まるでユーリの言葉と連動するように電子魔導書はそのページをペラペラとめくり、魔法発動の予兆をオレに報せてくる。


「その中には“魔法を打ち消す魔法”だって存在する。君が魔法によってその姿になったのなら、私の魔法で元に戻してあげる」


 ターゲット、ロック。

 ユーリが小さくつぶやく。

 同時に電子魔導書から淡く白い光が溢れ、ユーリの身体全体を包み込むように広がっていく。


「動かないでね。痛くないから」


 次の瞬間、ユーリの電子魔導書がまばゆい光を発し、あたり一面が銀世界になった錯覚を覚える。

 気がつけばオレは雪の結晶で出来たふたつの環の中心にいた。


「打ち消しの白銀<スノウホワイト・バニッシャー>。対象にかけられた魔法の効果を失くす電子魔法よ」


 オレを取り囲む雪の結晶が白い粒子を放ちながら高速回転を始める。

 変化はすぐに現れた。

 つま先、太もも、腰、胸、肩、二の腕、喉仏、顔と徐々に雪結晶の環が通過した部分が女から、男へと変わっていく。

 まだ一日しか経っていないというのに、随分久しぶりに見た気がする本来の自分。


 雪結晶の環が消える頃には完全にオレの姿は美少女から平凡な男子へと戻っていた。


「お、おお……! すげぇ! 男に戻ってる!」


「う、嘘……まさか本当に男……!?」


 驚愕するユーリをよそに、オレは元の姿に戻れたことに柄にもなく歓喜、感動していた。

 両手を握り開いたり腕を回したりしても違和感のない身体。

 これだよこれ。十七年間連れ添ったオレという存在を宿していた器。


 さようなら美少女なオレ。さようならヒロイック・ヒロイン。

 ありがとう異世界。ありがとう電子魔法。

 緒見坂、お前が呑気に露天風呂に浸かってる間にオレはやってやったぜ……。

 このまま軽やかにエンドロールを流したい気分だ。


「ユーリ、本当にありがとう。お前のおかげでオレは――――


 べシ。


 お礼を告げようとしたのだが、どういうわけかオレの性別の恩人はオレにチョップをかましてきた。


「……えっと、何?」


 ベシ! ベシ!


 尋ねるオレに答えることなく、ユーリは無言でチョップを連打してくる。


「……見られた」


「は?」


「……見られた! 私の裸!」


「あー……その件は不可抗力というかなんというか、その、ごめん」


 ベシ! ベシ! ベシ!


 心なしかチョップの威力とスピードが上がったように感じた。


「もう! よりにもよってなんで男の子なのよキミは! 身長や体重だけならともかくスリーサイズまで聞かれちゃったし!」


「わ、悪かったって。というか、裸の件はちゃんと確認とったうえで入ったらお前が服着てなかったんだろっ?」


「ええそうよ! だって女の子だと思ってたんだもん! もう!もう!もう!」


 ベシ! ベシ! ベシ! ベシ! ベシ! ベシ!


 羞恥の念で耳たぶまで真っ赤にした第三王女のチョップがオレを襲う。

 痛くないから良いんだけど、このやりとりなんか猛烈に照れるからそろそろやめてほしい。

 オレまで赤面しそうだ。


「わかったこうしよう。さっきオレが見たものは脳内から抹消するし決して口外しない。だからいい加減その可愛い攻撃やめてくれないか」


「あっ……」


 オレに言われて自分が周囲から見れば異性といちゃいちゃしているようにしか見えないと気付いたのか、ユーリはさっとオレから離れ、しおらしくなる。


「……約束よ。破ったら、許さないんだから」


「その点は信用してくれていい。そもそも話す相手いないしな」


「根拠が悲しすぎるわよ……」


 だって本当のことなんだから仕方ない。

 強いて言うなら緒見坂くらいだけど、あいつに話しても「やりましたねセンパイ。ラッキースケベはハーレムへの第一歩ですよ」みたいなIQ低い反応しかしなさそう。


「はぁ……過去に行って数分前の自分の軽率さを正したい気分よ。本当に」


「こっちこそ本当に悪かった。ギルドで言っときゃ済んだ話だったよな」


「……ううん、私こそ叩いてごめん。王女の癖にはしたない格好で出迎えたうえに、男の人に裸を見られたくらいで動揺するなんて情けない限りだわ」


「いや、そこは別に良いんじゃねぇの? 王女である前に、その、女の子なんだし」


「そうかしら? ……でも、そう言ってもらえると気が楽になるかも。ありがとね。その、深町、くん……」


 ユーリが照れくさそうに視線を逸らし、オレをそう呼ぶ。

 男の身体に戻ったことによりユーリの方が頭ひとつ分、背が縮んだように感じた。


「……深町で合ってたわよね?」


「おう」


 恐る恐るこちらを上目遣いで見つめるユーリに動揺を悟られないよう、冷静に返す。


 さっきまでファーストネームで呼んでたのに、男に戻ったらファミリーネーム呼び、か。

 理由を聞くのは野暮だろう。

 これが今のオレとユウリィ・アクアレリスト・リュートリアの、そして男性と彼女との距離なのだ。


 さきほど、ギルドで会った時にすぐ言っていれば良かったとオレはユーリに話した。

 だがおそらく、あの場でオレが男だと知っていれば、ユーリはオレと緒見坂を護衛として雇わなかっただろう。

 何故ならユーリが求めていたのは正確には護衛ではなく、自分を隠すための目眩ましだったであろうから。


 オレと緒見坂はか弱そうな美少女二人という外見でユーリを目立たせず溶けこませるカモフラージュ役として優秀だったからこそ、認め、選ばれたのだ。

 しかし、それをストレートにオレたちに伝えれば外見だけを利用するようで角が立つ恐れがある。

 だからブラフのクエストを見抜いた点を強調し、褒め、オレたちを雇う流れへともって行ったのだ。

 無論、その点も評価した上での抜擢だろうが。


 ではここで、仮にオレが男だと告げていたら?


 外見は美少女なのだからカモフラージュ役としては遜色ない効果を発揮するだろうが、一晩とはいえ見知らぬ男と寝食をともにすることになる。

 異性慣れしていないユーリにとって、それは大きな懸念材料となるだろう。

 短い間だったがオレを女だと思って接し、強張らず、女同士だからだと素の自分でやりとりしてきたからこそ今の彼女の態度があるのだ。


 あまり好きな言葉ではないが、結果オーライってやつか。

 男にも戻れたことだし。



「……にしても緒見坂のやつ、遅いな」


「露天風呂の方に行ってるの?」


「ああ。せっかくだからって、オレが勧めた」


「そう。それは正解よ。ここの露天風呂はとても評判が良いから」


 長い金髪を触りながら話すユーリの口調には落ち着きが戻っていた。

 ようやく平静を取り戻したようだ。


「評判が良いってことは、実際に入ったことはないのか?」


「……相変わらず痛いところついてくるわね。苦手なのよ、知らない大勢とお風呂に入るの」


「ああ、それで部屋風呂に入ってたわけか」


「ええそうよ。……まったく、会って一日目なのに、キミには見られたくないことや知られたくないことばかり教えちゃってる気がしてならないわ」


 溜息混じりにユーリがジロリと睨んでくる。


「いや待て。ほとんどの原因は緒見坂と不可抗力じゃんか」


「まぁそうだけど……なんなのあの恋の魔法。反則じゃないあんなの」


「やっぱりそう思うよな……オレやお前みたいな人間にとって、あれは脅威だ」


 同意するオレにこくんと頷き再同意するユーリ。

 伏し目がちに視線を落とすと長いまつげがより引き立てられ、綺麗だった。

 あとどうでも良いけど恋の魔法って書くと乙女のおまじないみたいだなと思いました。


「せっかくだから私も聞いて良い? 恋と同じように、キミも異世界の魔法を使えるんでしょ? どんな魔法なの?」


「美少女になる魔法」


「……そっちじゃなくて、キミが元々使えた魔法のことよ」


「……ちょっと待て。その話、オレいつしたっけ?」


「してないわよ。でもキミは言ったわ。女の子になる魔法に関しては昨日突然発現した、今まで知らなかった魔法だった。そして元いた世界では魔法を使える人間が通う学園に通ってたって。ならもう一つ、別の魔法が使えると考えるのが自然でしょ?」


 すらすらと読み慣れた文章を音読するように、ユーリは言ってのけた。


 不覚。

 カミングアウトのことばかり反芻(はんすう)していたせいで、ユーリの頭の回転の速さを失念していた。

 ……できるだけ手の内は隠しておきたいタイプなんだが、仕方ないか。緒見坂には既にバレてるだろうし。


「一回だけしか言わないからな」


「ええ、十分よ」


 オレはゆっくり深呼吸すると、逸らしていた視線をユーリへと戻し、口を開いた。


「オレの固有魔法は“


 ガチャッ


「ユーリさんすみません。センパイこっちにいますー?」


 ノックもなく扉を開け入ってきたのはもちろん緒見坂だった。

 出て行った時と同じように浴衣姿で、栗色のゆるふわロングが濡れてつやつやと瑞々しい。


「よぉ。露天風呂はどうだったんだ?」



「………………へ?」



 オレと顔を合わせた緒見坂が、目を点にして固まる。


「え? へ? は? せ、センパイ……ですよね? そっくりさんとかドッペルゲンガーとかユーリさんが特注で作らせた等身大のセンパイ抱き枕(しゃべる機能つき)とかじゃないですよね?」


「だきまくらが何かはわからないけれど、突拍子もないくだらないものを特注した人物にされたことはなんとなくわかるわ……」


「そもそも特別注文しようにもユーリは元のオレの姿知らねぇだろ……」


 登場とともに混乱と指摘箇所をばら撒く緒見坂に戦慄するオレとユーリ。

 もしかすると緒見坂の脳は風呂で熱されすぎて正常に動作していないのかもしれない。


「私の電子魔法を使って、魔法の効果を打ち消したのよ」


「まぁ、そういうことだ」


 しばし呆然としていた緒見坂だったが、ユーリの言葉を聞くと白桃色の瞳を爛々と輝かせ、


「やっ…たぁー! ユーリさんさいっこー! もうマジヒーローってカンジですよ!」


 ユーリに思いっきり抱きついた。


「ちょっ、恋。おおげさよおおげさ。電子魔導書に保存してた電子魔法の中に、たまたまそういうのがあったってだけよ」


「いえいえ、それでもセンパイを元の姿に戻してくれたっていう事実に変わりはありませんから。ほんっとうにありがとうございます。おかげでわたしの貞操も無事に守りきれそうです」


「て、貞操ってあなた、そういうことさらっと言うものじゃ……」


「え? じゃあ、処女って言い方のほうが良かったですか?」


「しっ、知らないわよ!」


 平然と口にする緒見坂に対し赤面し閉口するユーリ。

 これが王女と痴女の差か。

 ちなみにさっき緒見坂が動き出した時、1ミクロンくらいはオレの方に来るかな? と思いましたが日頃の絶え間ない護身行動によりその可能性未来は断たれました。すごいね護身の効果。

 まぁ字面的にも百合と恋でお似合いだしオレがあぶれるのも仕方ねぇな。



 なにはともあれ、これで一件落着――――。



 ヴュンッ



 とはいかせてくれないようだ。



「あ」


「うそ」


「マジかよ……」




 再び視界がブレたかと思いきや、オレはまたしても美少女の姿に戻っていた。





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