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12話「すまん。オレ、男」




 緒見坂をさっさと露天風呂へと送り出したオレは若干火照った顔のまま、備え付けのバスムールへと足を踏み入れていた。

 部屋と浴室の間には脱衣所まで用意されており、床、外装、設備などどれもいちいち小奇麗で絢爛(けんらん)

 どこか尋ねるのが億劫でやめておいたが、一人あたりいくらするんだこの旅館……もとい宿屋。


 いや、考えるだけ無駄か。

 あの性格だ。ユーリは自分が出すといったらオレたちが何を言ってもちょっとやそっとじゃ聞かないだろう。

 どちらにせよ金持ってないしな……。


 ならばここは素直にアイツの好意に甘えて、甘えた分、今後の行動で返していけば良い。

 ぼっちはたとえ愛や夢や友情を失っても、恩と義理と返報性の原理を忘れないのだ。


 気を取り直すと手早く服を脱ぎにかかる。


 学園指定の黒のローファーと、同じく学園指定の黒のソックス。

 どちらも学園から支給された女生徒用のものである。


 黄色いリボンがついた黒のセーラー服、同じく黒のセーラースカートを脱ぐ。

 これも学園から支給された女装グッズである。

 今日一日である程度は着慣れてしまったな。


 そこまで脱いでちらりと横を見ると、曇りひとつない大鏡が目に入る。

 鏡面に映っていたのは、男物のアンダーシャツにボクサーパンツを履いた赤髪の美少女の姿だった。


 ……まぁこれでも快適だし別に良いだろう。

 世界に一人くらいはノーブラボクサーパンツの女の子がいたってバチは当たらないはずだ。

 滑らかに自己肯定し、生まれたままの姿で浴室へと入る。




 高い位置に設置されたシャワーから出る温かい水が、疲れた身体へと優しく降り注いでくる。

 赤いショートヘアを濡らした水はそのまま首筋、肩をつたい、程よく発達した二つ形の良いふくらみの上を流れていく。

 相変わらず無駄にでかいな。これ。


 そのまま濡れた身体のすみずみまで石鹸のついたスポンジを這わせ、ゆっくりとこすり、洗い流す。

 首、肩、胸、腹、背中、股間、太もも、足。

 あらためて自分のものじゃない錯覚に陥りそうな美少女の肢体に手とスポンジを這わせていると、ふと違和感を覚えた。


「……?」


 くにゅう。


 違和感の正体を確かめようと胸を鷲掴みしてみると、あまりにもやわらかな感触に腰と足がビクッと震える。


 触ってみて確信した。

 これは、いかん。

 間違いなく昨日よりも今日の方が女の子らしい身体つきになってやがる。

 先端までツンと自己主張しているオレのふくらみは、大きさ、やわらかさともに昨日より上がっていた。


 決して気のせいではないだろう。

 女になってから散々点検、検証した自分の身体だ。細かな違いでも気付く。

 明らかに昨晩より胸や尻をはじめとして身体全体の肉付きがよくなり、ウェストはより引き締まっている。

 声の甘さや可愛らしさにも磨きがかかり、感覚も敏感になっているようだ。


 バスルームに設置された鏡に目をやる。

 赤面症の顔、より赤くなっているように見えた。

 なんて顔してんだ。オレは。


「…………っ!」


 あまりにも刺激的で、刺激を感じやすい自身の身体に暴走してしまいそうな感触を断ち切り、思いっきり冷水を頭からかぶる。


「だぁー!つめってぇーーー!!」


 ……だがおかげで頭はすっきりした。

 そのまま手早く洗い終えバスルームを出たオレは、ある一つの可能性にたどり着いていた。



 もしかするとオレの美少女化にはまだ先があり、変化は現在も進行中なのではないのか?




*  *  *




 嘘は場合によって真実となりうるのか。

 一時期、そんなことを延々と考えていた時期がある。


 優しい嘘というものが存在するように、周りが合わせ嘘をつき続ければ、嘘をつかれた側はそれが嘘だとは気付かず、虚が実となるのだろう。


 だが、それはあくまでもつかれた側の話だ。

 たとえそれが真実として受け入れられたとしても、嘘をついた側にとっては嘘はどこまでいっても嘘のままなのだ。

 

 なので結論として、オレはユーリに自分が男だとカミングアウトしようと思う。



 無事に入浴と着替えを終え、浴衣姿になったオレは隣の部屋の扉の前にやってきていた。

 緒見坂もまだ露天から戻ってこないことだし、とっとと吐いて楽になってしまおう。


 コンコン


「ユーリ、オレだ。ちょっと話があるんだが、いいか?」


「……春海? ええ、構わないわよ」


 部屋の中から聞こえてきたユーリの了解を聞いてから、オレは扉を開く。

 そして飛び込んできた光景に、目を疑った。


「早いわね。私も今、上がったところなのよ」


 シニヨンが解かれた長い金髪に、薄桃色のスキャンティ。

 オレを迎え入れた見目麗しい第三王女は、着替えの真っ最中だった。


「こんな格好でごめんなさいね。すぐに着替えるから、少し待っててもらえるかしら」


「お、おう」


 答えながら慌てて視線をそらす。

 が、すでに見てしまった強烈な印象を消し去ることなどできず、頭の中に率直な感想が浮かぶ。


 で、でけえ……!


 実を言うとオレも今の自分のスタイルにはそれなりの自信を持っていたのだが、目の前の暴力的な身体つきの前では大人と子供くらいの差があるだろう。

 それほどまでに完璧なスタイル。

 あの緒見坂が絶賛するだけはある。

 これがリュートリア王家の第三王女、ユウリィ・アクアレリスト・リュートリアか……。


「ふぅ、これで良しと」 


 聞こえてきた声に視線を戻すと、ユーリが浴衣の帯をきゅっと結び終えたところだった。

 長い金髪からわずかに滴り落ちる水滴がどこか色っぽい。


「それで、話って何?」


 入浴によりご機嫌なのか、ユーリは微笑みながらオレに尋ねてくる。


 いかん。決意が揺らぎそうだ。


 一刻も早く美少女化の進行を食い止めるため、ユーリにも事情を説明し協力してもらおうと思ったのだが、今、この場で事情を説明すると美少女化の進行どころか息の根まで止められそうな気がする。

 気のせいだったらいいんだが。



「実は、だな……その、ものすごく言いづらいことなんだが……」


「何? ……もしかして、私の護衛を途中で降りたいとか?」


「いやそうじゃなくて、だな……オレと緒見坂の正体というか、身元についてなんだが……」


「あぁ、そんなこと。見慣れない服を着ているから何かあるんだろうとは思っていたわ。別に良いわよ。話したくないなら聞かないし、あなた達二人は人間的に信用しているつもりだから」


 金色の前髪を軽くかき分けながら話すユーリの言葉がいちいち胸に刺さる。

 ……これは長引かせたら長引かせるだけ言いづらくなるな。ストレートにいこう。

 たとえその先に死が待っているかもしれなくても、男には女に伝えなければならない言葉がある。

 ちくしょう、今になってあの時のサイレント・オークの気持ちが痛いほどわかりやがる。


「春海? どうかしたの?」


 星になった森の暗殺者へ思いを馳せながら黙りこむオレを、ユーリが心配そうに覗きこむ。

 と、同時に、オレは地べたに両手と頭をつけ土下座した。



「すまん。オレ、男」




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