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10話「正確には“魔物”だ」




「センパイ、覚えていますか? 協力してくれたら、なんでわたしがセンパイの実力を知っているか教えますよっていう約束。今こそそれを果たしましょう」


 ふっふっふっと挑戦的な笑みを見せつけてながら緒見坂は高らかに宣言する。

 そういやそんな約束してたな。


「……つっても、どーせ相手の能力を見るとかそんな感じの魔法なんだろ?」


「今言おうとしてるのになんで先に言っちゃうんですか……?」


 心底恨めしそうなジト目で睨んでくる緒見坂。

 だってそれくらいしか考えられなかったし……。


 ちなみに重度のオレのストーカーだというセンは怖かったので捨てた。


「はぁ、もういいです。―――再起動(リブート)



 再起動(リブート)

 魔法を使う時以外は休止状態にあるHeDDを動かすための命令文(ステイトメント)

 それを唱えたってことは、緒見坂がこれからHeDD内に記録されている“固有魔法”を使おうとしていることを意味する。



「破邪顕正の天眼<プライバシー・ハック>。対象の知力や運動能力、身長や体重や健康状態、魔法などの特殊能力まで見ることができる千里眼。それがわたしの固有魔法です」



 緊迫した雰囲気にさらりと吹く風に、緒見坂のゆるふわな栗色髪とセーラースカートがたなびく。

 普段は白桃色な瞳を固有魔法の発動により蒼く輝かせながら口にしたセリフに、オレはようやくなぜ自分の護身術が見破られたか得心する。


 ……反則だろその魔法。

 オレと相性最悪じゃねぇか。



「つまり、なんだ。お前はその魔法を使って入学してからすぐ偽装結婚の相手探しを始め、二週間のうちにオレを見つけだしたってことか」


「はい。付け加えると学園の上からではなく下から当たり始めたので、センパイに行き着いたのは一週間かからなかったですね」


「……は? じゃあオレに接触してきたタイミングが昨日だったのはなんだったんだよ?」


「もち、絶対にセンパイをゲットするための作戦を練ってたんですよ」


 つまりアレは一週間以上かけてたてられた作戦だったってことですか。


 恋、いろんな意味で恐ろしい子……!



「じゃあせっかくなんで、もう一度女の子になったセンパイのデータを見てみますね」


 緒見坂が両手の親指と人差し指で長方形を作り、オレをロックオンする。

 いらねぇだろそのあざとい仕草。


「身長152cm、体重41kg、B80:W54:H79…………やっぱわたしと同じくらいか。なんかムカつきますね」


「勝手に人のデータ見て勝手に腹立てるとかなんなのお前。好きなアニメや漫画の話してたら聞いてもないのにわざわざ嫌い! って文句言いに来る人なの?」


「はぁ、すみません例えがよくわからないです」


 心底どうでも良さそうに流す緒見坂。

 自分でもよくわからない例えをしたとは思う。


 というかオレもどうでも良いんだけどさっきからお前の身体情報や3サイズもめっちゃ漏洩してるからね。

 いやホントどうでも良いんだけど。

 ドキドキとかするわけないんだけど。



「相手の能力を見る魔法……? 嘘、まさかそんなものあるわけが……」


 緒見坂の破邪顕正の天眼<プライバシー・ハック>を目の当たりにし、ユーリが半信半疑といった声をだす。


 そりゃそうか。

 コイツにとっちゃHeDDや固有魔法は異世界の魔法になるんだから。



「じゃあ、ユーリさんも試しにくらっちゃいます?」


 あざとい長方形が次のターゲットをロックオンする。


「えっ? わ、私は別にいらないわよ」


「まぁまぁ良いじゃないですか♪ 女の子同士なんですし何も恥ずかしいことはありませんよ♪」


 そう言いつつちらりとオレを見て不敵な笑みを浮かべる緒見坂。

 固有魔法の内容が判明した今、コイツだけはホント敵に回したくないわ……。


「それでは失礼して、破邪顕正の天眼<プライバシー・ハック>!」


 緒見坂スカウターが狙う先にいるユーリは怯えるように身をねじる。

 ちなみに固有魔法を発動するのに魔法名を叫ぶ必要などまったくない。


 五秒ほど経っただろうか。


 緒見坂が「ほうほう」「へぇ~」「おぉ……」「マジですか……」みたいな感嘆とも嘆息ともとれる感想を漏らしながらじりじりユーリへと近づいていく。


 対するユーリは内面的視姦という味わったことのない辱めにどう反応して良いのかわからず、我が身を守るように身体を抱きしめ、赤い顔で黙りこんでしまっている。


 うん。

 同性という点を考慮しなくても完全におっさんにセクハラされる美少女の図だなこれ。


 このまま緒見坂がコミック百合姫のような展開に目覚めて「センパイ、女の子のままでも良いんですよ……?」とか倒錯したこと言い出したら全力でオレが危険で危ないすぎる。


 異世界での同性からのセクハラって誰に通報すれば良いんだろう。

 姫騎士とか対魔忍かな……。



「ぐぁっ! わ、わたしの恋ちゃんスカウターが測定不能の数値を計測したせいで爆発を!」


 オレが事件現場を傍観していると緒見坂がわざとらしく吹き飛ばされるようなモーションでユーリから離れる。

 本当にそうならお前の指とか目が大変なことになるからなそれ。


「ほらもういいだろ。アホで百合なことやってないでさっさと街目指すぞ街」


「もう、ノリ悪いですねー。まぁ良いですケド。ちなみにユーリさんの身長は158cm、体重は45kg、3サイズはB8


「ストップ!」


 さりげなく計測結果を発表する緒見坂をユーリが慌てて止める。

 鮮やかな金髪の隙間から覗く額には冷や汗がにじんでいた。


「恋、悪いけどそれ以上は国家機密情報よ。口にすることは許されないわ」


「………………3サイズはB88:W57:H85」


「わーわーわーわーわー!!!!」


 自分のロイヤルな個人情報が流出するのを大声を出して防ぐユーリ。

 表情は羞恥と必死さで満ち満ちており、そこに初めて会った時の気品や優雅さは微塵も残っていなかった。


 それでもまず大声で周囲への拡散を防ぎ、次いで両手で情報の発信源を塞ぐ迅速で的確な行動には舌を巻いてしまう。さすがだ。


「ねぇなんで言うの!? ねぇなんで言っちゃうの!?」


「いらいいらい! やめてくらはい~!」


 ユーリが赤面涙目で情報の発信源、もとい、緒見坂の口を両端にぐにーっと引っ張りながら訴える。


「お、おい落ち着けって」


「コンプレックスなの! “優秀だけど女”とか“女の癖にでしゃばりすぎ”とか言われ続けたせいで身体つきまで気にするようになっちゃったのっ!」


「めっちゃ突き刺さってんじゃねぇか兄貴の言葉……」


「そうよ悪い!? 自分より優秀だから攻撃するとか子供!? 馬鹿じゃないの!? 私が何したっていうのよ!?」


「じゃあもしかして……鎧着たり髪を纏めてるのも?」


「……鎧は身体のラインがある程度隠せるし、髪もそのまま伸ばしてると色々とうるさいのよ。でも男装までいくとそれはそれで負けた気分になるからスカート履いちゃうし……本当にもう! もう!」


「わるひゃっらからゆるひてくらはい~! ふぇんはいにうぇいれいひゃれらんれふ~!」


 相変わらずほっぺを引っ張られたままの緒見坂が何か言ってる。


 優秀な聴力と優秀な読解力から「悪かったから許してください。センパイに命令されたんです」という風に聴こえたが特に聴こえなかったことにした。まる。




 トントン。



「ん?」



 美少女化して華奢になったオレの肩を誰かが掴む。

 その方向に振り向き目に飛び込んできた人物にオレは目玉が飛び出そうになった。


 いや、“人物”というのは語弊があったか。



 正確には“魔物”だ。



「どわぁああああああああ!!?」


 あまりにも唐突な出来事に慌ててその場から離れる。


 さっきまでオレのいた場所には緑色の筋肉体、いわゆるオーク、もしくはゴブリン、あるいはオーガっぽいモンスターが悠然と立ちはだかっていた。


「え? 何? なになになんですか!?」


 ようやくユーリから解放された緒見坂も赤く腫れたほっぺのまま驚き後ずさる。

 そうしてすぐにオークっぽい奴の姿を確認すると柔らかな表情を強張らせた。


 マジかぁ……。

 異世界きた時からある程度は覚悟してきたが、いざ実物と対面すると実感湧かないなモンスターとの戦闘。


 にしても不意打ちにもほどがある。

 出てくる時はBGM鳴らすなり画面を歪ませるなりしてエンカウントしたことを知らせて欲しい。


 平静を装うために余裕ぶったことを考えつつ、オレはこの状況での最適解を模索する。


 このモンスター、そしてこの世界のモンスターの強さが人間に比べ如何ほどなのかまったく知らないオレと緒見坂にとって、迂闊な動きは非常にリスクが高い。

 なのでまずは緒見坂の破邪顕正の天眼<プライバシー・ハック>でステータスを確認したうえで戦うのか、それとも逃げるのかをユーリに問うのが利口だろう。


 幸い、敵はこちらを舌なめずりするように見つめるだけで急に襲いかかってはこないようだ。


 これならば緒見坂が固有魔法を使う時間くらい、オレでも稼げるはず。


 そんな柄にもない決意と覚悟をしていると、ユーリがオレたちの前に出る。


「まさかサイレント・オーク!? なんでこんなところに……!?」


「知っているのかユーリ!」


「森の暗殺者とも呼ばれ、足音もなく近づく隠密性と大木をもへし折る腕力を兼ね備えたちょっと厄介なオークのことよ! 気をつけて二人とも!」


 え、えぇー……。


 足音もなく近づいてくるマッチョってかなりお強いのでは……?


 じゃあこの黒いズボン履いた緑色の人、明らかに最初の街付近でエンカウントする敵じゃなくない……?


「ユーリさんの言ってることは本当みたいですよ、センパイ。わたしも確認しましたがぶっちゃけ、ヤバいです……」


 オレの後ろに隠れる緒見坂が蒼い目のまま言った。

 どうやら指示するまでもなく、サイレント・オークのステータスを確認したようだ。


 序盤の戦闘で本来いるハズのない、強力な敵と戦わさせられて負けるという所謂(いわゆる)ゲームオーバーイベントはゲームだとよくある話だがこれは現実だ。

 セーブもなければロードも、リセットもない。

 ダメージを受けたら痛いし、死んだら終わりの真剣勝負。


 ……リスク高すぎだろこれ。


 だがこんなところで終わるわけにはいかない。

 美少女のまま死ぬなんて真っ平御免だ。


 ふざけやがって。なにが森の暗殺者だ。

 この戦闘を「主人公最強」「バトル」を満たす最初の一歩にしてやろうじゃねーか。


 生憎こっちは二つの世界の“魔法”を使えるんだ。

 オレが口だけの自称優秀じゃないってところを、見せてやる。


 オレは戦闘意志を表す一歩を踏み出し、ユーリの隣に並ぶとHeDDと電子魔導書の発動準備をする。


 ユーリもオレの意志を察したのか、「私に任せてあなた達は下がってて」などとは言わず黙って目の前の敵へと向き直った。


 街道から少しだけ逸れた草原で睨み合うオレ達とサイレント・オーク。



 永遠に思える長い沈黙を破ったのは、相手(オーク)の方だった。




「い、イキナリで大変恐縮でござる。拙者、どうしても某らに伝えたいことがあり申して……つ、告げないともう、心の臓が苦しく、拙者が拙者でなくなってしまいそうだったので……」




 切なげな表情で切りだされた言葉に心臓が跳ね上がる。

 同時に、草原の風が優しくオレたちを包む。


 若干紅潮した緑色の頬。

 限りなく整わないごつごつした顔立ち。

 尖った耳とブタっ鼻。


 間違いなくオークだ。

 間違いなくモンスターだろう。

 そして間違いなく人語を喋っている。

 何言ってんだコイツ一体……。


 幻想的な雰囲気の中で秘めた想いを告げるサイレント・オークに対し、経験ゼロのオレ達はもはや見つめ返すことしかできなかった。


「さ、最初は! 最初は人間かと馬鹿にしてたのでござるが、き、気がついたら、道中ずっと、某らのことを見てたというか……その、三人仲良く話していると心の臓が高鳴ったり、ふぅ…ってなったりして……拙者のことも知ってもらいたい、混ぜてもらいたいと思うようになったというか……」


 ごにょごにょといい終わりに近づくほど声が小さくなっていく。

 緊張しているのかぶっとい足は震え、落ち着かないムキムキな両手をモジモジと前で遊ばせながら一言、また一言と切なげな表情で声を紡いでいく姿に、不覚にも殺意を覚えてしまう。


「うぅ、身体が熱いでござるなぁ……頭の中で一つのことがぐるぐるしてるでござる……」


 恥ずかしながらそれはオレも一緒だった。


 心なしか隣にいるユーリの顔も怖い。

 緒見坂に至ってはユーリ以上に思うところがあるのか、完全に人を刺す目をしている。

 今、むやみに声をかければオレまで殺されそうな威圧感。


 だって仕方ないだろ。


 ここまでくればオレにだって目の前のオークがこれからなにを言わんとしているかくらいわかる。


 わかるからこそ、あまりにも不意打ちすぎてアタック以外の行動が出来ない。


 こんなの反則だ。


「あ、アハハ、し、湿っぽいのは拙者には似合わないでござるな。男らしくオークらしくし、正直に、言うでござる……!」


「いや、言わなくて良いよ……」


 大きな、ゆっくりとした深呼吸を終えると、潤んだ瞳でオークは口を開いた。



 ――――このオーク殺されるな。間違いない。そう思った。




「お願いでござる! 拙者と子作り前提にお付き合いしてくだされッ!!」




 次の瞬間、ユーリの電子魔導書が光り輝いたかと思うと、サイレント・オークがいた辺りは焼け野原になっていた。




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