1話「わたしと偽装結婚してください」
※この作品は可逆可能のTS、微エロ、下ネタ要素などを含みますのでご注意ください。
<桜ノ宮魔法高等学園 日間魔法データ>
生徒名:深町 春海
性別:男
魔法使用回数:0回
魔法試験参加回数:0回
評価:Hランク
うむ。本日も見事な劣等生っぷり。
とても魔法試験校に通う生徒のデータとは思えん。
だがこれは決して怠惰や能力不足によるものではなく、最良の行動選択にともなう努力の結果なのだ。
だって迂闊にデキる自分をアピールなんてしてみろ。
すぐ妬み嫉妬の対象にされた挙句、タダでこき使われるのがオチだぞ。
出る杭が打たれ正直者が馬鹿を見るように、世の中はデキる人間や真面目な人間に対しあまりにも理不尽で、あまりにも優しくない。
そのことを小中学校生活においてイヤというほど思い知った優秀なオレは「じゃあどうすればいいのか?」と考えた。
たどり着いた結論は“極力目立たない”こと。
よく「目立たない」にはマイナスのイメージが先行しがちだが、一概に短所とはいえない。
目立たないってことは、それだけ外部からのアクションを受けずに済むからだ。
この世知辛い世の中、良い出来事と悪い出来事の取捨選択ができないなら、イベント自体を回避すんのが良いに決まってる。
極端にいえば、無能なぼっちこそ最強の自衛手段なのである。
戦わなければ負けることもない。
恋をしなければ失恋することもない。
友達だって作らなければ失うこともない。
無能なら頼られることもないし働かなければリストラもサビ残も休日出勤も苦痛なだけの飲み会もない。
つまり高校生活二年目において未だ一緒に遊ぶ友達もいなければ、ロクに親族以外の異性と話す機会もなく、将来のビジョンなど欠片もないオレこそ最強といえる。
よし自己肯定完了。マジ無敵。敗北を知りたい。
しかし、そんな能あるオレの平穏を脅かす出来事が、今まさに起こっていた。
「ふ、深町 春海せんぱい……ですよね?」
黒をベースとした長袖のセーラー服。
黒色のスカート。
黒いストッキングに包まれた足。
桜舞う青空のもと、一人静かに昼飯のサンドイッチを頬張っていたオレは、昼休みの校舎外れにて見知らぬ少女とエンカウントしていた。
「あ、ご、ごひゃん食べていたんですねっし、失礼ひました! わっ、わたし一年の緒見坂 恋っていいまふっ!」
太陽の光を浴び、鮮やかに輝く栗色のセミロング。
くりんっとゆるいウェーブがかけられたそれは、春風でふわふわ揺れていた。
「せ、せんぱい、あの、今、お時間だいじょうぶでしょうか……?」
「お、おう。こ、こんにちは」
いかん。
とにかく挨拶せねばと思ったのだが、少しどもってしまったうえに受け答えが不自然すぎる。
向こうも噛みまくってたからどもりはセーフだと思いたいが「なにどもってんの? 童貞?」みたいな反応をされると鋼のハートを持つ優秀なオレでもいささか辛いものがある。
ま、まぁ演技だから良いんだけどね。演技演技。全部ワザと。
世の中を上手に生きていくためとはいえ、対異性コミュニケーション能力が足りていない演技をするの超大変。
涙がでる。
そのまま恐る恐る反応を確かめる“演技”をしていると、どういうわけか目の前の少女、緒見坂恋は可愛らしい顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに俯いた。
「い、イキナリですみません。わ、わたし、どうしてもせんぱいに伝えたいことがあって……い、いわないともう、胸が苦しくて、おかしくなっちゃいそうだったから……」
切なげな表情で切りだされた言葉に心臓が跳ね上がる。
同時に、桜吹雪がオレたちを包む。
若干紅潮した頬。
あどけなさが残っているが限りなく整った顔立ち。
ゆるふわな栗色髪。
間違いなく美少女だ。
間違いなくモテるだろう。
そして間違いなく初対面である。
誰なんだコイツ一体……。
幻想的な雰囲気の中で秘めた想いを告げる緒見坂に対し、経験ゼロのオレはもはや見つめ返すことしかできなかった。
「さ、最初は! 最初は馬鹿にしてましたけど、き、気がついたら、ずっと、せんぱいのことをみてたっていうか……その、他の子と話しているとモヤモヤしたり、む~ってなったりして……わたしのこともっと知ってもらいたい、って思うようになったというか……」
ごにょごにょといい終わりに近づくほど声が小さくなっていく。
緊張しているのか足は震え、落ち着かない両手をモジモジと前で遊ばせながら一言、また一言と切なげな表情で声を紡いでいく姿に、不覚にもドキドキしてしまう。
「うぅ、しんぞーやばい……すごいドキドキしてる……」
恥ずかしながらそれはオレも一緒だった。
心なしか顔も熱い。今、むやみに口を開けば声もうわずること間違いない。
だって仕方ないだろ。
ここまでくればオレにだって目の前のコイツがこれからなにを言わんとしているかくらいわかる。
わかるからこそ、あまりにも不意打ちすぎてガードが出来ない。
こんなの反則だ。
「あ、アハハ、し、湿っぽいのはわたしに似合わないですよね。し、しょうじきに、言います……」
「お、オウ」
大きな、ゆっくりとした深呼吸を終えると、潤んだ瞳でそいつは口を開いた。
――――告白される。間違いない。そう思った。
「お願いします! わたしと偽装結婚してくださいッ!!」
が、気のせいだったようだ。
え、えぇー……? なんで……?
初対面の美少女に告白されるのも理解に苦しむが、初対面の美少女にイキナリ偽装結婚を申し込まれるのはそれ以上に意味不明すぎる。
もしかしてオレの知らない間に巷じゃ偽装結婚ブームとか仮面夫婦ブームとかキテたのかな。
家帰ってテレビ点けたら「偽装結婚を申し込まれたら、ゼクシィ! 今なら付録で偽造書類がついてくる!!」みたいなCMやってたらどうしよう……。
「だめ、ですか……?」
ぺこりと下げられていた頭が恐る恐る上がり、泣きそうな顔があらわれる。
頼むからその告白でもしたようなトーンで話を続けるのやめてくれませんかね。
この子無駄に可愛いから被虐心がそそられるし罪悪感がハンパないんだよ。
「いや、駄目とかそういうの以前に、なんで急に偽装結婚しなきゃならんのだ……」
「それはー……その、せんぱいのこと、す、好き、だから、ですよ」
片手でゆるふわセミロングをいじりながら、緒見坂は心底恥ずかしそうに言葉を返す。
「す、好きなら偽装じゃなくて、素直に結婚してくれって、言うだろ?」
オレもオレで心臓をバクバクいわせながらもどうにか掠れた声を絞りだし指摘する。
あっぶねぇ、真っ赤な顔ではにかみながら“好き”と言われ、危うく偽装でも良いんじゃないかと優秀な心と優秀な理性を揺さぶられてしまった。
緒見坂はダボつかせた袖口から可愛いらしく握り拳を覗かせ、上目遣いでこちらを見つめている。
くそ、仕草がいちいち可愛いんだよコイツ。
平常心平常心。イケメン声イケメン声。
「気持ちは嬉しい。でも、やっぱり結婚するなら自分が心から好きだと言える相手にしといたほうが良いんじゃないかな?」
「…………わかり、ました。やっぱり変ですよね、イキナリ偽装結婚してほしいだなんて」
諦めたのか、少しだけシュンと肩を落とす緒見坂。
ほっ……良かったぁ噛まずに言えて。
結婚する理由がないのももちろんあるが、アレだ。
これ以上このゆるふわ系後輩と関わるのは危険だとさっきからオレの優秀な脳内センサーがやかましく警報を鳴らしている。
女子に免疫のない男の心を的確に撃ちぬいてくる容姿や仕草、しゃべり方に加え、初対面の先輩に対し偽装結婚を申し込んでくるアクティブさがヤバすぎる。
もうね、さっきからめっちゃハートピッキングされてるの。
護身完了済みなオレじゃなけりゃとっくに心の鍵開けられてハート奪われまくってるところ。
一緒にいるところを見られて友達に噂されると恥ずかしいし、ここはさっさと逃げるとしよう。
いやまぁ護身完成させてっから友達いねぇんだけど。
「じゃ、ま、そういうことだから」
俯きがちに立ち尽くす緒見坂に少しだけ後ろ髪を引かれながらもオレは踵を返す。
が、一歩目を踏み出すよりも前に突如右腕に重みと温もり、そして形容しがたいやわらかさを感じ慌てて振り向く。
「それじゃあまずは、義理のカレシカノジョからはじめるってのはどうですか?」
先程までいたハズのゆるふわ天使はどこへ行ったのか、オレの右腕には小悪魔がしがみついていた。
「もしOKしてくれれば一緒にごはん食べたり、手をつないで帰るくらいはしてもいいですよ? 義理ですけど」
クスりと口元を歪め、緒見坂が笑う。
リップが塗られた薄桃色の口唇はぷるんと潤い、誘うようにこちらの反応を窺っていた。
またイキナリなに言ってんだコイツ。どこのザクシャインラブだよ。
ここまで胡散臭いとどうしても作為めいたものを感じ周囲を警戒してしまう。
「あ、先にいっておきますけど罰ゲームで告白とかそういうんじゃないですよ。センパイと偽装結婚したいっていうのはわたしの本心です」
なんだそりゃ良かっ……全然良くねぇな。
偽装したいのが本心ってよくよく考えてみると最低じゃねぇか。
食品メーカーの役職者が消費者向けのセミナー開いて「お願いします! 産地偽装させてください!」とか本心で訴えかけたらその場でボコボコにされるぞ。
「ホントは最初の流れで野獣のように飛びついてくれると助かったんですけど、センパイがわたしの予想以上にヘタレで草食系、もとい身持ちの堅い紳士だったのであのままだと逃げられちゃうかなって」
「言い間違えを訂正するにしてもほどがあるだろ……」
「言い間違えには魔法が宿っていますからね。『うちの○○君です。じ、じゃなくて! うちのクラスの○○君です/////』とか『ねぇ、明日一緒に遊びにいかない? あ、いや、ふたりでじゃなくってみんなで一緒にだよ/////』とか超効果ありますよ。実証済みです」
さらっと恐ろしいこと言ったなコイツ。
まぁ確かに言葉の魔法ってのはある。
「ババァ!」だって一文字ずらすだけで「ばぁば?」とベイビーチックでやわらかな呼び方に変わるんだからその効果は計り知れない。
「ババァ! 結婚してくれ!」も「ばぁば? 結婚して?」だと容易にババショタカップル成立しそうだし。
オレがこのテクを本にして出版すれば近い未来、夫の成人祝いと妻の米寿祝いをかねて温泉旅行する夫婦も出てきそう。んなわけあるか。
「正直にぶっちゃけますと、わたし、このままだと好きでもない相手と結婚させられちゃうんですよ」
ようやく緒見坂が本題を話し始める。
なんとなく予想はしていたがやっぱりそういう流れか。
偽装結婚や恋人のフリする理由なんて家の事情で仕方なくか、金目当てか、同性愛者ってことを隠すためかの三択だからな。
「なんか子供の頃に親が勝手に決めた許嫁みたいなのがいるらしくて、この学園を卒業次第すぐに籍を入れるとか言ってくるんですよねー。ひどくありません?」
「ああ、うん、まぁ」
頬をぷくーっと膨らませプンスカ怒る緒見坂に対し気のない返事をする。
やべぇ、適当に諭してエスケープしようと思ったのに、さっき偽装結婚を断る方便で変にイケメン声で気取ったこと言ったせいで親側の擁護が微塵もできない。
いくら性根が腐ったオレでもここで華麗なダブルスタンダード見せつけたり強靭な矛と盾を振り回すのは抵抗がある。
「そこでセンパイの出番ですよ! 二人で愛の絆を訴えれば、許嫁なんて言葉だけの鎖イチコロに決まってます!」
「あのな、愛の絆ってのはニセモノには宿らないの。パチモンで切れるのは言葉の鎖じゃなくて親子の縁くらいなの。わかる?」
「限りなく精巧なレプリカはもはや本物と見分けがつかないって言いますし、そこはわたしとセンパイの頑張り次第でどうとでもなりますって」
上手いこといって諭したつもりだったのだが緒見坂はまったく動じない。
白桃色の瞳を爛々と輝かせ微笑んでいる。
どっから出てくるんだよその自信は。
対するこっちは上目遣いであざとく見上げてくる顔が無駄に近いとか、ふわふわの髪からくらくらするほど良い匂いがするとか、腕にしがみつかれているせいでずっとやわらかいのがふにょふにょ当たってるとかでずっと動揺しっぱなし。
今嘘発見器にかけられたらかつてない速度で針がギャリギャリ動いて測定不能になって爆発しそう。
美少女エアバック(右腕限定)の心地良さにめっちゃだらしない顔してそうで怖いが、幸いなことに辺りに俺たち以外の人影はなく、鮮やかな桜の花びらが舞っているだけだった。
ならばオレの理性が無事なうちに本題に戻ろう。
「じゃあ……なんで相手がオレなんだ?」
一番最初っから引っかかっていた、どこか聞くのが憚られていた核心部分に触れる。
こいつの行動で一番わからないのはここだ。
好きでもない許嫁とは結婚したくない。
だから一時的に恋人を作り、それをダシに決定を先延ばしにする。理屈は理解できる。
ならオレなんか選ばなくとも、もっと両親ウケが良さそうな文武両道・品行方正・爽やか・高身長・高収入・高学歴な細マッチョイケメンでもピックアップしたほうが成功の可能性は上がるだろう。
もっともな疑問を投げかけたオレに対し、緒見坂はきょとんと小首を傾げると右腕から離れ、
「この学園でトップクラスの実力に加え、強力な“固有魔法”まで持っているのに、センパイがそれを隠して低い位置にいるからですよ」
と、あっさり言い放った。