74 謎の宝石店!?
どうしよう……
いきなり布の服がインフレしてしまいました。
私はスタイリッシュ防具屋・糸尾さんについて、しっかりと予習してきたつもりです。
確か、彼は心のこもった5ゴールドしか受け取らないハズ……。
そして、彼の眼鏡にかからないと、どんなにお金や権力を持った人にも絶対に売らないとの噂。
そ、そうか!
分かった!
安いから、面白半分な気持ちで買う人か、ちゃんと心に決めて来ている人か、こうやって見極めているのね。
そう、私は今、試されているのです。
値段だけにつられてノコノコやって来るような客かどうかを!
「あ、あの……」
私はリュックを下ろし、ゴソゴソと中に手を入れて、宝石を取り出しました。
「私は今、50ゴールドの大金は用意できておりません。その代わり、これを換金できませんでしょうか? おそらく100ゴールドの価値はあると思います」
ノームのコインだとこの街では使えないと聞いていたので、私はこちらに来る前に、今までコツコツ貯めた全財産を数個の宝石に代えておきました。宝石ならどこに行っても、それなりの価値で評価されると思って。
他のノームは透明になれるから、泥棒し放題。金なんて持つ意味が分からないと、いつもそんなことを調子に乗っていっていますが、そんなことを言うノームに限って本番になると緊張のあまり透明状態が解けてしまうみたいです。まぁ、そんなことはどうでもいいか。
「これ、換金をお願いできますでしょうか?」
「……あ、い、いや」
急に糸尾さんはうつむくと、後ろの引き出しやら、戸棚の中にある金庫やらをガサゴソし始めました。
どうしたのでしょうか?
「あのですね……、持ち合わせが、……ではなくて、本日は鑑定書を自宅に忘れてしまい、なんと言いましょうか、ドワーフ族の評価額と人間界の評価額は異なると思います。人間界の評価額の方が高いことは往々にしてあることです。もし正しい評価ができなければ、あなたにご迷惑をお掛けします。それが心苦しくて、その、あのですね、よろしければ、他のお店で換金するのがよろしいかと」
「あ、すいません。すぐに戻ります」
私はぺこりと頭を下げて、お店を後にしました。
スタイリッシュと呼ばれている方に、様にならない返答をさせるようなお願いをしたことを後悔しております。
そうよ、誰だって忘れ物をすることだってある。
それにさすが、糸尾さん。
適当に値決めすることもできたのに、それをしなかったのです。
やっぱり、紳士です。
そして、すごい人です!!
そういえば、なんか、持ち合わせが……と言っていたような。
あ、鑑定書の持ち合わせが、ってことだよね?
*
私はたくさんのお店が立ち並ぶレンガ道を走りました。
専門店の方が、話が早いと思い、宝石屋を探していきます。
あった!
他の店から少し離れた場所に、おしゃれで綺麗な宝石店がポツンと建っています。
「あ、あの~。私はシェリィ」
「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます」
シャープな眼鏡をかけたスマートなスーツが良く似合う男性が、手を胸に当てて丁寧にお辞儀をしました。
四角いガラスのショーケースには、宝石……ではなくて、なに、あの、良く磨かれた茶色い棒??
まぁいっか。
「ここは宝石店ですよね?」
「宝石店と問われたら、どのようにお答えすることかベストか少々悩むところですが、宝石の鑑定は、縁が深いです。邪法の刻まれた勾玉やエルフ族に伝わる幻のペンダントなど、高価なものを鑑定させて頂くこともしばしばございます」
なに勿体ぶっているのよ!
要するに宝石屋さんなんでしょ?
そうこうしているうちに、4人目の枠がなくなってしまう。
「これを換金することはできますか?」
私はリュックから宝石を取り出しました。
「はい。これはノームの森、ブライサルクに流通しているシェルルの瞳です。ノーム達は100~150ゴールドの範囲で売り買いされているようですが、わたくしどもの世界では15000ゴールドの価値がございます。7掛けの10500ゴールドで買い取らせて頂ければ、わたくしにも十分過ぎるメリットがございますが、いかがでしょうか?」
は?
目が腐っているの?
こんな石ころ、でもないけどさ、まぁ、一応宝石ではあるけど、ノームの森で大量に売っているものに10500ゴールドも貰ったらぼったくりじゃん。
それに、私は名乗ったのに、この人、名乗ってくれない。
え? なんで?
もう一回、訪ねてみようか?
「私はシェリィと言います。あなたは?」
「わたくしはこの店のオーナーです」
名乗ってくれないよ、この人。
もしかして、ここ、怪しいお店では?
もしかして、闇取引のお店とか……
そ、そうか!
ノーム界のノーマル宝石を勝手に値打ちものと称して闇で販売するつもりよ、きっと。
それって詐欺じゃん?
バレたら元である私までしょっ引かれるパターン?
そもそも、あの優れた商人である糸尾さんだって鑑定書がないと鑑定できない他国の宝石を、一瞬で鑑定できるなんておかしいよ。
それにイケメン=悪って相場が決まっているのよ。
そして私の直感は、わりと良く当たるのよ!
そう思った私は咄嗟に、
「そんなにいらないわ! 100ゴールドでいいですから、換金してくれますか?」
「おそらくあなたはそのように答えになると思っておりました。98.4%の確率で。だから最初から100ゴールドと偽りの鑑定することもできました。その方がこの場の会話自体はスムーズなのですが、もしあなたがこの宝石の価値を正しく理解しておくと、後々あなたにとって選択肢が増えると思い、差し出がましいかとも思いましたがお伝えさせて頂きました。とりあえず、100ゴールドで取引させて頂きますが、気が変わりましたら、またお越しくださいませ」
「はい、はい、ご親切に」
絶対に来ないわ、このインチキ宝石屋め。
「最期に、わたくしの名前を聞こうとされましたが、知らない方がいいと思います。わたくしの素性には、あまり興味を持たないことです」
そうだったね。
やっぱり敢えて名乗らなかったのね。
知るつもりもないわ。
だって、あなた、闇商人でしょ?
宝石屋なのに、宝石と偽って茶色いボーを売っているくらいだし。
素人相手に、幻の宝石と勘違いさせて売っているんでしょ?
なんて卑劣な人なんでしょう。
まぁ、これは直感なんど、、、
でも、私の勘は、わりと良く当たるんだからね。
100ゴールド受け取ると、勢いよく踵を返して走りました。
闇商人ナナシは、最後に小さく『今は……』と付け加えましたが、金輪際ずっーーーーと知りたくもありませんから。




