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スタイリッシュ武器屋  作者: 弘松 涼


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72/79

72 プロのストーカー

 光る素材は、近づけど、近づけど、どんどん逃げていく。

 木の根を越え、茂みをかき分け、さらに奥へ進む。

 

 ようやく追いついて、それを拾い上げてみる。


「あれ、石じゃなかった……。羽? これ、虫?」


 青白く光る羽虫は、私の指先から飛び立ち、木々の奥へと消えていった。


 振り返る。


「あれ? ここどこ?」

 

 街道がない。

 

 右を見ても木。

 左を見ても木。

 後ろにも木。

 

 え、ここ、どっかの森のど真ん中?

 少し歩いてみたけれど、さっきと同じような形の木が立っていた。


 その時だった。

 どこともなく、低いうなり声が聞こえてきた。

 

 目を凝らす。

 茂みの中に、黄色い光がいくつも浮かんでいる。

 もしかして、ワイルドウルフ?

 

 たしか、群れで襲ってくる、やばいやつだ。

 

 ひぃ、ふぅ、みぃ。

 これ、私が囲まれてるパターン?

 

「こんにちは」

「ガウ」


 返事をしてくれた。


「あのぉ、私は道に迷っただけなので、これで失礼します」

「ガウ!」


 やっぱ、駄目か。


 一匹が飛びかかってきた。


「いやー!」


 私は夢中でポケットへ手を入れ、掴んだものを投げつけた。


 石ころ。


 ワイルドウルフの鼻に当たった。

 少しだけ怯んだ。


 その隙に、ポケットへ手を突っ込んだ。

 乾燥した火トカゲの尻尾か。

 仕方ない。

 投げた。

 一匹の足元に落ちた。

 そいつは匂いを嗅ぐと、ぱくりと飲み込んだ。


「よし、しめた! 爆発してくれ!」


 何も起きない。


 ただのおやつになっただけ?

 なんだよ、役立たず。


 ほかに何かないの!?

 

 曲がったネジ。

 投げた。

 額に当たり、地面へ落ちた。

 ワイルドウルフは何事もなかったように、牙をむいた。

 ネジも駄目か……。


 でも、材料ならまだまだある。

 後ずさりしながら、ポケットの中をごそごそ探った。


 空き瓶。

 火薬草と月光石の粉。

 あと一つ。

 何かを混ぜれば、すごいものが作れる気がする。


「あと2分待って!」

「ガウ?」


「私は大発明家よ。完成したら、お前たちなんてどっかーんだからね!」

「ガウ?」


「そうそう。ちょっと待って、お利口さん」

「ガウガウ!」


「交渉成立?」


 3匹が一斉に飛びかかってきた。


「ちょっ、ちょっと待ってよ! あと1分と50秒!」


 待ってくれない。


「1分でもいいから! 30秒で許す!」


 足元の木の根につまずいた。


「うわっ!」


 空き瓶が手から飛び、地面へ転がった。

 ワイルドウルフの牙が、目の前まで迫る。



 その瞬間、突風が地面を叩いた。


「ガウッ!?」


 3匹のワイルドウルフがまとめて宙へ吹き飛ばされる。


 背後から、男の声が聞こえた。

「ストーカータクティクス――二重詠唱」


 私は声のした方へ振り向いた。

 そこには、黒い法衣をまとった人間の青年が立っていた。

 宙に浮いた3匹へ、両手を向けている。


「最上級闇魔法――アナザーデスウィンド!」

 右手に、漆黒の光が集まる。

「最上級火炎魔法――バーニングヘヴン!」

 左手から、真紅の炎が噴き上がる。


 黒と赤。

 二つの閃光が同時に放たれ、宙に浮いた3匹を飲み込んだ。


 空を揺らすような轟音が響く。

 黒煙が晴れたとき、3匹は跡形もなく消えていた。

 むちゃくちゃすごい。

 でも、どう見てもやりすぎだった。



 煙の中で、黒いマントが大きくなびいた。


 白銀の髪。

 整った顔。

 細身の体を包む、黒い法衣。


「誰……?」


「ふっ」


 男は白銀の髪をかき上げた。

 なんだか気取ったお兄さんだけど、わりとよく似合っている。


「大丈夫か?」

「はい。あなたがオーバーキルしてくれたおかげで、私は無事です」

「そうか、それはよかった」


 お兄さんは、尻もちをついたままの私へ手を差し出した。

 私はその手を借りて立ち上がった。


「ふ。俺はシュバルツァー。世界の果てまで追いかけるプロのストーカーだ」

「すとーかー?」


 聞いたことのない職業だった。

 人間界には、いろんな仕事があるらしい。


「それより、ここは危ねぇ。なんでこんなところをうろついているんだ?」

「素材集めしていたら迷子になりました」


「そうか、で、お前、どこへ行くつもりだったんだ?」

「アイゼンハードです」


「ほぉ。観光か?」

「いえ。錬金術を教えてもらいに行くところです」


「弟子入りか。いいじゃねぇか。ちなみに誰に教わるつもりなんだ?」

「イトーさんという方です」


 シュバルツァーさんの表情が変わった。


「……伊藤先生のことか?」

「知ってるの?」


 こんなすごい大賢者様にも、先生と呼ばれている。

 やはり本物だ。


「ふ。知っているなんてもんじゃねぇ。先生の指南を受けた駆け出しの女の子が、たったレベル2でイフリートを倒したのを、この目で見たぞ。そして俺も二重詠唱に目覚めた」


「レベル2で、イフリートを……」


「悪ぃが、俺には急ぎのストーカー案件があってな。闇の王アルディスターの企みを暴いてくれと、秘密裏に依頼されている」


「それ、秘密なの?」

「あぁ、国家機密だ」


「私に言ってるけど」

「細かいことは気にするな」


 シュバルツァーさんは懐から銀色の懐中時計を取り出し、親指で蓋を弾いた。


「街道までなら連れていってやれる。リミットまで、まだ12分もある」

「それなら、そっちを優先して――」


 私の発言が終わる前に、シュバルツァーさんが指を鳴らした。



 一瞬で景色が変わった。

 森が消え、目の前にさっきまで歩いていた街道が現れた。


「着いたぞ」

「もう?」

「ふ。プロのストーカーにとって、距離なんてもはや誤差よ」


 そうですか。

 

 シュバルツァーさんは、手にした懐中時計へ視線を落とした。


「ふ、あと11分38秒もあるのか。任務はどうせ30秒で片づくだろ」


 軽い。


「時間ぎりぎりまで、先生について教えてやる。質問はないか?」

「え、もちろん、あります!」


 私はポケットから紙切れと鉛筆を取り出した。


「イトーさんって、一言でいったらどこがすごいの!?」

「すべてだ」


「そんなに?」

「あぁ、先生は商人と名乗っているが、そんなんじゃぁとても説明がつかねぇ」


 全部すごい、と。

 めもめも。


「まずは、客についてだ」


 これは重要そうだ。

 濃く書いておこう。

 

「先生が新しく相手をする客は、1日3人までだ」

「選ばれし3人だけ?」

「うーん、先着順だと思うが、まぁ、そんな感じだ」


 めもめも。


「それにな、単に金を積めばいいってだけじゃねぇぞ。魔王が大金を持って現れたことがあるが、先生は売らなかった」

「魔王でも駄目なの?」


「金に真心がこもっていなかったからだ。逆に、全財産が5ゴールドしかない奴でも、そこに覚悟があれば受け取る」


 私はポケットの中の4ゴールドを握った。

 あと1ゴールド、足りない。

 とにかく5ゴールドあればいいってもんじゃない。

 重要情報だ。


 ――真心のお金しか受け取らない。


 めもめも。


「先生が渡すのは、物だけじゃねぇ。その人間がこれからどう戦い、どう生きるべきかまで示してくれる。それが先生の戦術指南のすごいところだ」


 すごい戦術指南。

 めもめも。


「お前、そんな雑なメモで本当に分かるのか?」

「分かります!」


「いや、ならいいんだが。あ、そうそう、先生は答えをそのまま教えてくれるとは限らねぇ。時には抽象的なことを言うからすぐには分からねぇ。だが後になって振り返ってみると、すべてが繋がっている。そして、先生がふと発した一言にも、何手も先を読んだ深い意味がある」


「何気ない言葉にも?」

「そうだ。俺たち凡人には、どの言葉が重要かなんて判断できねぇ。全部に意味があると思って聞いた方がいい」


 全部、すごい。

 めもめも。


「それに先生は、相手の性格、持ち物、立ち振る舞い、目の動き。それだけで、これから起こり得る1億通りもの未来を読む」

「未来が分かるの?」


「洞察と計算で、もっとも可能性の高い道を見つけ出すんだ」


「それって、予言者じゃない?」

「いや、洞察と計算――」


 予言者。

 めもめも。


 その時、シュバルツァーさんが手にしていた懐中時計が赤く光った。


「ちっ。もう時間か」


 私はメモ用紙から顔を上げた。


「戻ってきて、続きを教えてやりてぇが、任務の後は報告で無駄に時間を取られる。俺がしてやれるのはここまでだ」

「いえ、ここまで教えてもらえただけでも、ありがたいです」


「ふ。そう言ってもらえると助かるぜ。じゃあな。頑張れよ!」


 黒いマントが翻る。

 次の瞬間、シュバルツァーさんの姿は消えていた。



「これは大きな収穫だ」


 すぐにメモを確認しよう。



 イトー。

 すごい。

 すごい。

 すごい。

 全部すごい。

 

 え。

 なんだこれは。

 

 すごい。

 全部すごい。

 すごい。

 全部すごい。

 

 あれれ?? もうちょっといろいろ書いたぞ。

 

 あ、あった。

 ここからが重要だ。


 1日3人。

 魔王お断り。

 真心のお金しか受け取らない。

 すごい戦術指南。

 すべて深い意味がある。

 予言者。


「よし。完璧!」


 これだけあれば、イトーさんに会っても大丈夫だ。

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