72 ブサイリッシュ防具屋 糸尾2
右往左往しながら、なんとか辿り着いたこの場所。
そう、長旅の目的地。
スタイリッシュ防具屋さんのお店。
1着5ゴールドの布の服しか売っていないけど、みんなをハッピーにしてくれる凄いオーナーが経営している場所です。
でも、うーん……
なんだろな……
どことなくスタイリッシュに感じない佇まい。
外装のレンガは剥げ散らかしているし……窓は曇っているし、ちょっと割れているし……それにお庭の草花は枯れているし……
いや、待てよ。
これはこれで、もしかしたら絶妙なバランスなのかもしれない。
和風商人には、『ワビサビ』という、通常のレベルを遥かに超越した優れたファッションセンスがあると聞いたことがある。
きっと私が田舎者だから、『ワビサビ』が分からないだけだろう。
その時でした。
賢者様の発した忌々しい言葉が頭の中に蘇ってきます。
――親切だぁ? バカか。たった5ゴールドの安い武器しか買いにこれないクズなんかに親切にしてどうなるんだ? バカは騙されるためにいるってのに、それを騙さずに親切にものを教えるなんて、真正のバカがやることだろうが!
賢者様や村のみんなは、親切な糸尾さんを愚か者と一蹴したのです。
だから、糸尾さんから布の服を購入して、大成功を収めて、絶対に見返してやるんだから!
この戸の向こうには……
そう思うと胸が高まります。
だって、『ワビサビ』という超絶ハイレベルなファッションセンスで、みんなからはスタイリッシュ防具屋と言われている糸尾さんがいるのですから。
私はアイテムボックスから辞書を取り出すと、ワビサビについて調べました。
なになに……
――さびは、見た目の美しさについての言葉です。この世のものは、経年変化によって、さびれたり、汚れたり、欠けたりします。一般的には劣化とみなされますが、逆に、その変化が織りなす、多様で独特な美しさをさびといいます。
一方、わびは、さびれや汚れを受け入れ、楽しもうとするポジティブな心についての言葉です。つまり、さびの美しさを見出す心がわびなのです。
さびが表面的な美しさだとすれば、わびは内面的な豊かさ。両者は表裏一体の価値観……
糸尾さんは、ひび割れた窓をそのままにしている……
まさしくそれは、変化が織りなす、多様で独特な美しさ、そしてそのことを受け入れ、楽しもうとするポジティブな心の現れ。曇った窓、枯れた草木、破損したレンガ、すべてにおいて弱点がない。
まさにそうだ。
このお店は決してボロくない。
いえ、それどころか美しい。
神々しい。
曇った窓、枯れた草木、破損したレンガ、すべてにおいて弱点など皆無だ。
むしろボロいのは、表面的な判断しかできなかった私の心の方です。
それはまさに、このお店は間違いなく素晴らしい場所であると確信した瞬間でした。




