64 激突! まさかの魔王戦5
俺は魔王にひのきの棒を向けた。
俺の手には、魔王が大切に保管していた宝石がある。
さらにもうひとつ。
腹心だったフロイダは、こちらに寝返っているのだ。
フロイダ――
腐っても勇者を目指した男だけはある。
俺に視線だけでうなずくと、素早く転移魔法を詠唱して、リディス王女をさらい、魔王との距離をとった。
これでリディス王女は安全だ。
完全に運はこちらに傾いた。
そう思えた。
なのに、
なのにだ!
魔王は澄ました顔で笑っている。
あの余裕はどこからやってくるのだ!?
「ふふふ。クソニートのエリック君。どうやら君は、あたくしのタクティクス――快適勇者ライフタクティクスの真髄を知らないようね」
「何が勇者だ! てめぇなんて勇者じぇねぇ! ありとあらゆる卑怯な手をとり、己の快適に変える。それがお前のタクティクスなんだろ! そういった自己満足なちゃちなタクティイクスなどくだらない!」
「うふふ。そう、ご名答。ありとあらゆる卑怯な手を取るのが、快適勇者ライフタクティクスの根底的な考え。どうしてか、分かる?」
「知るか!」
「やはりあなたはこのタクティクスの真髄を知らなかった。それがあなたの敗因。ここに伊藤でもいれば違ったかもしれないけど、あなたは運からも見捨てられた。
あたくしは戦いの中で開眼したの。
人の不幸がうれしかった。
無茶苦茶うれしかったの」
「くだらない。なんて寂しい奴なんだ」
「次の台詞を聞いて、果たしてその余裕な表情はどうなるのかしら。
あたくしは他人の不幸がうれしい。
すなわち快適勇者ライフとは、他人の不幸を己の喜びに転移することが可能。
考えてみてよ。
つまりね、他人が不幸になれば、あたくしはハッピーになれるのよ。
分かりやすく言うと付け加えると、あたくしは他人を不幸にすることで、その分、己の力を増幅できる、それが我がタクティクスの真髄。どう? すばらしいタクティクスでしょう」
他人の不幸を己の力に還元……
なんて愚劣な……
だが、確かにやっかいなタクティクスだ。
つまり、俺、もしくは俺の仲間のHPが削られれば、その分、魔王は更に強大になるということなのか。
苦戦を強いられると、その力量差は放されていく一方って訳か。
「だが、俺には史上最強のニートタクティクスがある! 負けるものか!」
「ふふ、ニートタクティクスなど弱点だらけ」
「何を証拠にそのような事が言い切れる!」
「これでもあたくしは社長をしているの。ニート上がりのダメ社員だって使ったことがある。だから知っている。ありとあらゆるニートの弱点を!」
「俺は並のニートでない! ちょっとやそっとの脅威になどには屈しない」
「そうね。あなたはニートの中のニート。キングオブニートだったわね。だったら尚更、ニート属性は強いってこと。
つまりこの弱点をつけば、あなたにとって致命的な打撃を与えることができる。
ところで今、何時か知っている?」
ふと、懐中時計をみた。
くぅ。
そ、そんなバカな。
「ここは異次元。時と時のはざま。時間の調整は、ここを創造したあたくしの意のまま」
現在、午前7時25分。
あと5分で押し入れに隠れないと、母さんが起こしにくる。
……くそ、この時刻になると、どうしても嫌なトラウマを思い出してしまう。
起きたくない。
学校をさぼりたい。
押し入れに逃げ込みたい。
俺は午前7時25分が……こ、怖い……
ニートパワーが最も弱まる時刻。
それが、午前7時25分なのだ。
「うふふ。全身に倦怠感が現れているようね。
そう、ニートは朝になると、恐怖する。
学校に行きたくない。仕事をしたくない。部屋から出たくない。布団から出たくない。起きたくない。逃げたい。逃げたい。逃げる場所なんてないのに、とにかく逃げたい。
それがニート。
だけど、そろそろ誰かが叩き起こしにくる。怖い。どうしよう。
だからこの時刻になると、ニートの体には異変が起こる。
これこそ、ニート特有の自己防衛反応。
それがニートの道を選んだもの定め。
ニートなど、戦闘能力皆無の雑魚中の雑魚」
胃袋に強烈なダメージが蓄積してくる。
激しい痛みで、思わず片膝をつく。
「ふふ。
やはりね。
通常のニートならただの腹痛くらいで済むけど、あなたはキングオブニート。
最強のニート属性。
一般的なニートの100倍、いや、1000倍以上の超絶な腹痛に襲われている。
そしてその苦しみは、あたくしの喜びへと変わる。
あなたの、痛み、よく分かるわ。
だって、あなたの苦しみが、わたくしの幸せへと変わっているのだから。
ほら、どんどん魔力が増えていくわ。
それにしてもすごいわね。
このダメージ量、常人ならとっくに気を失い絶命しているでしょう。
この苦しみから逃れるには、布団をかぶって寝たふりをするか、押し入れなんかに逃げ込むしかない。ここには布団も押し入れもない。
逃げ場など皆無。
完全に終わり。
あははははははははははは!!!
見てよ。
我が魔力が猛烈な速度で増幅しているわ」
魔王の両肩から、青白い炎が巻き上がる。
「じゃぁ、遠慮なくいくわよ。キングオブニート!」
そして魔剣をギラリと抜いた。
立つことすら厳しい激痛が、俺の腹を襲う。
されど俺は、ニートを極めし者。
キングオブニートの名に懸けて、絶対負ける訳にはいかない。
そうだ、目の前の敵は、ニートの宿敵、ブラック企業の社長でもある。
たくさんの可哀そうなニートを生み出したのは、従業員に精神的打撃を与え、働く気力を奪ってきた極悪非道なブラック企業の親玉達だ。
この戦いは全ニートの意地をかけた聖戦でもある!
もうろうとする意識の中――
気力だけで奮い立った。
頼む、世界中のニート、そしてひのきの棒よ、俺に力を貸してくれ!




