61 激突! まさかの魔王戦2
『ダメだよ! エリック。伊藤の言うことを聞いたら!』
ニートの腕輪には、またミシリと亀裂が入り、表面の塗装がはがれていく。
時折漏らす『痛いよ』という苦痛の悲鳴が、腕輪にとって凄惨な現象であることを如実に物語っている。
だが伊藤さんは、間違ったことを言わない。
伊藤さんの言葉の裏には、次のような意図が眠っていた。
更に悪い条件下で戦え。
さすれば、勝機が見える。
魔王にとって最も有利な提案をすれば、必ず魔王は乗ってくる。
俺は5秒欲しいと言った。
その5秒間で、俺はひのきの棒を拾うと見せかけて、実は罠を仕掛けておいたのだ。
魔王には、破壊したくない何かがあると睨んでいる。
それは何か。
異空間という提案に、奴は乗ってきた。
それは奴にとって、好条件だったからだ。
続いて奴がするだろう行動。
それは破壊したくない何かを、安全なこのオフィスに隠す。俺を異空間に連れ込み、制御不能の凄まじいパワーを心置きなくぶちまかしても大丈夫なように。
それほどまでに大切な宝を持っているということだ。
あくまでこれは仮説。
だから俺が提示した5秒。
すなわちそれは、俺が戦闘の準備をするのではなく、俺が魔王へくれてやったサービスタイムだ。
言っておくが俺はプロのニートだ。
ニートは籠城のエキスパート。
籠城に必要なのは、相手の情報を正確に察知する能力。つまり優れた観察力だ。ニートの俺は、如何なる些細なる動きだろうが見逃すわけがない。
俺がひのきの棒に視線を落とした瞬間――時にして0.415秒。魔王はデスクの引き出しに何かを隠した。
仮説は当たっていた。
奴は大切な何かを持っている。
それは何か。
簡単だ。
ニートの持つ優れた観察力により、それが何かを見破っている。
魔王の首にかけていた和風の宝石が、今、姿を消している。
そして俺にはニート奥義、風林火山がある。
今の俺は風よりも速い。
続いて2.157秒後、俺は奴のデスクから、そいつを盗み出した。
そして俺の手には、奴が大切そうにデスクにしまった宝石がある。
伊藤さんはそれを知っている。
それを証拠に、伊藤さんは言った。
――俺が手加減をしてやったら、俺は負けるだろう、と。
それは俺が宝石を盗み出したと同時に、だ。
この人は、シャープなメガネ越しに俺の所為をすべて見ている。
さすがだぜ、伊藤さん。
この禍々しい宝石が勝利のカギを握っているって事だよな。俺は伊藤さんに目配せをした。小さく首を振ったように思えた。唇が少し動いたような気がした。そこから小さく「それは他力本願の勾玉です」と囁いたのが聞こえた。俺はニート。ニートは微生物の声をも聞き分けることができる。だから人間の発する声を聞き間違うことなんてありえない。
『……エリック。ダメだよ。エリック、痛いよ』




