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6 お金の使い方

 ――ひのきの棒でワイバーン退治に行く。


 確かに伊藤氏はそう言った。


 先日号のギルド通信では、ワイバーンに挑んだ勇者パーティが全滅したと書かれていた。レベル30台でワイバーン狩りに行くなんて無謀だろう、と一蹴する者もいた。

 私にしてみればレベル30は、もはや神クラス。

 そいつらが勝てなかったモンスターなのだぞ、ワイバーンって。


 しばらくの間、珍念と顔を見合わせていた。

 開いた口がふさがらないとは、まさにこのことだ。


 冷静になった私は、「あんたの武器が強力なことはよく分かったから」とソフトにワイバーン狩りを断ろうとしていた。


 その時だった。


 戸が開き、別の客がやってきた。

 重厚な鋼の鎧を身にまとった大柄な戦士風の男だ。

 四角い顔に口髭。

 

 見たことがある。

 たしか名前はマキシム。

 普段はフリーでソロの冒険者だが、腕がたつことから、王の護衛など高度な任務を任されており、剣聖とまで噂されているつわものだ。

 その圧倒的強さを封印するために、ハンディーとしてひのきの棒で戦う一風変わった戦士という話だ。


 伊藤氏はマキシムに一礼して、


「いらっしゃいませ。マキシム様。丁度良かったです。これから出かけようとしていたところです」


「おお、そうだったのか。運が良かったぜ。ミスター伊藤! 急ですまないが、護送船団の護衛の任務を頼まれちまってな。2週間くらいの旅になる。ひのきの棒を頼む」



「護送船団の護衛ということは、ひのきの棒3式がよろしいですね?」


「おう」


 ひのきの棒3式?


 首を傾げている私に、伊藤氏は「特殊防水加工をしたひのきの棒になります。ひと手間かかっている分、通常のひのきの棒よりお高くなっております」と言って、3式とやらを見せてくれた。


 普通の棒っきれだ。



【ひのきの棒3式】

 攻撃力1

 10ゴールド

 特殊防水加工が施されているらしい。


 てか、棒に防水加工してどうするってんだよ!



 マキシムは金の入った袋をドスンとカウンターに置いた。

 丸々太った豚よりも大きいぞ。

 いったいいくら入っているのだ?

 てか、あんた、何本買うつもりなんだよ!


「千本頼むぜ。丁度、1万ゴールド入っている」


 私は目を丸くした。

 見たこともない超大金だ。


 唖然とした私は、思わず話に割って入ってしまった。


「お、おい、マキシムさんよ。そんだけあったら覇者の剣やドラゴンランサーが買えるじゃないか。みすみす金をドブに捨てなくとも」


「おいおいお嬢ちゃん。どうして重いだけのなまくらを買わなくちゃぁならないんだ? 今回の航路はクラーケンやオクトパスキングが生息している危険な地域だ。そんななまくらで戦えるか」


「え、ひのきの棒の方がはるかになまくらというか、そもそも刃なんてないじゃん! なまくら以下じゃん」


「はは~ん。お嬢ちゃん、ひのきの棒初心者なんだね。ってことは、これから戦術指南を受けるのか?」


「え、いや……」


「最初のピクニックは、やっぱワイバーンあたりからか? なぁ、ミスター伊藤」


「はい。左様です」


「お、おい、私はまだ行くと決めたわけじゃないんだぞ」


「お嬢ちゃん、ミスター伊藤は誰にでもひのきの棒を売ってくれない変わり者だ。つまりあんたはミスター伊藤の目に適ったってことだ。悪いことは言わん。行った方がいい」



 伊藤氏は金の入った袋を左手で軽々持ち上げる。


「おい、わりと力があるんだな?」と私。


「この職業で鍛えられました。重量のあるひのきの棒を配達することもありますから」


「ひのきの棒なんて軽いじゃん」


「いえ。ギガトンアックスよりはるかに重いですよ」


「どこがだ!?」


「ひのきの棒千本は、ギガトンアックスより重いですが、何か?」


「……しらねぇよ」



 金の入った袋を持った伊藤氏は、目をしかめる。


「これは受け取れません。全部で1万ゴールドになります」


 よく持っただけで分かるな。

 それよかちょろまかそうとするなんて、マキシムもわりとせこいな。


 マキシムは後頭部をゴリゴリかいて、

「やっぱミスター伊藤には敵わないな」と言った。


 まぁひのきの棒なんて、ゴミアイテムをそんだけ買ったんだ。少々ちょろまかしてもいいだろ。


 だけど伊藤氏は不思議なことを言った。


「これには2万ゴールド入っていますね。1万余分です」


 は?

 はぃ?

 はぃぃ?


 な、なんだよ。

 2万ゴールドなんて大金をひのきの棒にぶっこむなんてバカか、こいつ。


「頼む。どうしても受け取ってくれよ。俺が自信を持てたのはあんたのひのきの棒のおかげなんだ!

 それにあんたは、戦術指南だけでなく人の生き方も教えてくれた」


「そのようなことをした覚えはありませんが」


「あんたはよく言うじゃないか。

 金の使い方でその人の人生が決まるって。

 だからこれは俺の気持ちだ。

 あんたはくだらない奴からは、1ゴールドすら受け取らないことは知っている。

 だから頼む。俺を認めて男にしてくれ」


「弱りましたね……。わたくしは安売りをすることはしませんが、正当な対価以上は受け取らない主義。これはお受けできません」


「そういや駆け出しだったとき、俺にも戦術指南をしてくれたよな。その礼としてはあまりにも少ないが、本当に頼む。俺の気持ちなんだ。もし受け取ってくれなかったら、ひのきの棒で腹をかっさばいて死ぬぞ!」


「ひのきの棒では、腹をかっさばけませんよ。

 ……でも分かりました。

 これは気持ちよく受け取りましょう」


「ありがてぇ!」



 この時の私にはマキシムが何を言っているのかよく分からなかった。

 だけど剣聖マキシムにここまで言わしめた男が、戦術指南をしてくれるというのだ。

 


 ここはひとつ騙されてみるか。

 なぁ珍念。

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