59 ニート VS 勇者軍団 5
氏名:エリック
職業:ニート系遊び人
レベル:75
HP:1835
MP:0
攻撃力:715(補正後の攻撃力1601)
防御力:111
スキル:ニートタクティクス
武器:カイザーブレイド(攻撃力886)
防具:ニートの腕輪
氏名:リディス
職業:ニート系王女
レベル:42
HP:982
MP:0
スキル:ヒロインタクティクス修行中
武器:ひのきの棒
補足:コミック『スタイリッシュ悪役令嬢の逆襲』の脇役
レベル75の俺が放つ渾身の一撃。攻撃力は1601もあるのだ。それはカルディアの腕を捉えた。
だがまるで固い金属に叩き込んでいるかの如く、一瞬で両手が痺れる。俺の攻撃は奴の薄皮を少し傷付けた程度に過ぎなかった。
白のスーツにじわりとにじんでくる。
言わずと知れた、奴の血だ。
だが――
その色はあまりにも黒かった。
やはりそうだった。
奴は人外。
ギザギザに尖った歯が、それを証明している。
髪は逆立ち、大胸筋は膨れ上がり、頭部からは左右二本の角が生え、眼光は青白く光る。その姿はまるで悪魔そのものだ。
大きさはそれほどでもない。
人間だったカルディアより、一回りデカくなったくらいだ。
だが、少し前に戦ったアークデーモンとは、まるで別格の存在感があった。
ニートの俺でも分かる。
目の前の黒い存在。
それには重厚な威圧感がある。
奴は強い。
俺の抱く不安が、他の連中にも伝わったのが分かる。
さっきまでニヤニヤ笑っていたここの従業員は皆、言葉を失い静まり返っている。
「そんなバカな……」
「社長が……まさか……。あはは……、夢でも見ているんだろ、俺達」
「そうだ、これは夢さ」
蚊の鳴くような小さな声でそう漏らしているのが聞える。
俺も思っていた。
これが夢ならよかったのに。
だがこの両手に残る痺れ、目の前の恐怖、これは紛れもない現実。
悪魔になったカルディアは、準備体操なのだろうか、首を左右にゴキゴキ鳴らした後、「ちょっと練習」と言い、指の先に炎をともしたり、バチバチと小さな電撃を出したりしている。久しくこの体を使っていなかったのだろうか。
今なら隙だらけだ。
だが、俺に攻撃を続ける勇気はなかった。
とにかく俺は、とんでもない化け物を目覚めさせてしまった。
俺のせいで、ここ一帯は焦土と化しちまう。
だけど、俺の攻撃が一切通用しない。
ひのきの棒だったら、倒せたというのか?
マジでどうしたらいいんだ?
頼むよ、教えてくれ、伊藤さん。
後方へ飛び退き一旦敵から間合いを取ると、すがるような思いで伊藤さんの方へ振り返った。
硬直した空気の中、伊藤さん一人だけが涼しい表情で静観している。メガネの中央を指でおさえ、静かに口を開いた。
「エリック様。
あの場面で、ひのきの棒を投げ捨てるとは……
さすがです。
現在あなたが選択した行動は、わたくしが予想した1281通りある未来の中で、ワースト2位。難易度は神級といったところでしょう」
最悪な状況ってことか。
なのに、なんでさすがって言葉がでてくるんだよ!
皮肉でも言っているんだろうか。
この人はそんな事を言わないと思っていたのに。
「一応、敵の情報をお教えしておきます。
彼は通称、大魔王と呼ばれている、人類にとって最強最悪の敵と称される者です。
ステータスは次の通りです。
名 前:大魔王
H P:99999999999999999999999
M P:99999999999999999999999
攻撃力:99999999999999999999999
防御力:99999999999999999999999」
「マ、マジですか!?」
「これはわたくしが2ヶ月前に入手した情報です。情報は命。生鮮食料品と同様に、鮮度がなくては価値がありません。常に最新の情報を手に入れる事を心がけているのですが、少々訳がありまして、大魔王の情報が手に入らない時期がありました。もしかして若干成長しているかもしれません」
何手も先を読む伊藤さん。
だから相当な情報力を持っているとは思っていたけど。
てか、この人はどうやって大魔王の情報まで入手しているんだよ!
という疑問はこの際、関係ない。
今は目の前のこの問題だ。
「お、俺に勝機なんてあるんですか?
俺、本気で頑張ろうと思ったけど、もはや勝ち目なんてありません。それどころか多くの人を巻き込んでしまいます。
だけど伊藤さんなら勝てるんでしょ?
変わってください」
「わたくしは商人。仕事は武器を市場に送り出すこと。自ら武器を消耗させることはしません。何の得もありませんから」
「で、でも、このままでは……」
「エリック様は、1281通りもある未来の中で、現在見事ワースト2位を歩まれています。なかなかここまでの選択は容易ではございません。それはあなたが、誰よりも幸運の持ち主だからです」
は????
この人は何を言っているんだろうか?
「ある大商人がこんなことを言っていました。
俺の幸運は100億の負債をかかえることができたことだ。それが俺を本物にしてくれた、と。
その方は倒産寸前のところで起死回生の逆転劇を果たした方です。
――少々の借金を作ることは簡単ですが、100億ゴールドの借金は誰でもは作れません。100億ゴールド借りるには、それ相応の実力と、自分を本気で信用してくれる味方が必要です。さらにもうひとつ。100億ゴールド返済するには、100億ゴールド稼ぐだけでは駄目なのです。売上の中から返済原資を作らなくてはならないのです。だから5倍、10倍、という売上を生み出す必要があります。つまり100億ゴールドの負債を背負うということは、100億ゴールド稼ぐよりも難しいということです。
その大商人は、100億ゴールドの負債と戦うことにより、1000億ゴールド稼ぐ力を手に出来たのです」
伊藤さんが何を言おうとしているのか、何となく分かった。
俺は人類最強の敵と戦うことができる。
その敵は快く正体まで見せてくれた。
奴の実力は、俺の5倍、10倍どころではない。
圧倒的窮地に変わりはしない。
だけど、そう。
クリスタルドラゴン戦の時もそうだったけど、伊藤さんはいつもとんでもない事を言う。でも必ずその言葉の裏には、勝つためのヒントが眠っていた。
さっきの伊藤さんの言葉に、何かヒントがあるはずだ。
伊藤さんは言った。
俺が選択した未来はワースト2位、と。
つまりまだ下の未来もあるってことか。
そしてその後、もっと苦労したらいいような趣旨を言った。
つまりもっと最悪な状況へ自分自身を追い詰めれば、そこから勝機が生まれる。そう言っているだろうか。
『エリック!
駄目だよ。
伊藤の言う事を聞いたら、絶対に死んじゃうよ!』
まただ。
またニートの腕輪が騒ぎ出した。
ニートの腕輪は、いつの間にかヒビだらけになっている。
俺が勇気を出そうとすればいつも邪魔してくる。
その度に、腕輪の亀裂が増えていくような気がする。
このままだと、この腕輪……。壊れてしまう。




