58 ニート VS 勇者軍団 4
ざわめくオフィス内。
カルディアと俺は、真正面に対峙している。
外野の連中は、にやにや笑っているが、カルディアだけは俺の実力に気付いている。
奴の目を見たら分かる。
長身の男――カルディアは、その恵まれた体躯におごることなく、眼光を鋭く尖らせているからだ。
間違いない。
勝負は一瞬で決まる。
俺がひのきの棒を叩き込むのが先か、奴が奥義を繰り出すのが先か。
ニートの腕輪は、カルディアに第二形態があることをほのめかしていた。
そして奴自身の口からも、それを言った。
――奴が本気を出せば、ここ一帯が焦土と化す。
俺の中で、葛藤が生まれている。
ふと、右手に握っているひのきの棒を見つめていた。
こんなちゃちな棒で果たして勝てるのだろうか。
攻撃力、たったの1。
今まで勝てたのは、伊藤さんのアドバイスとニートタクティクスによるものだ。
決してひのきの棒によるものではない。
どうして伊藤さんは、これ程までにひのきの棒に固執するのだろうか。
もしかして、俺に負荷をかけるため?
だってひのきの棒の攻撃力は、たったの1しかない。
クリスタルドラゴンを倒せたのは、奴の体内に侵入したから。
攻撃力1でも通用する攻撃手法を、考えて行動した。
それは、つまり――
敢えて厳しい条件をつけることにより、実力を強化する修練方法だったのでは?
きっと、そうだ。
伊藤さんは、ひのきの棒こそ最強と言っていたが、それは最弱なひのきの棒で修行すれば、最強になれるという趣旨だったんだ。
オフィス中央に視線をやる。
仰々しい文様の入った見事な剣が視界に入った。
おそらくこの社の誰かの護身用の武器なのだろうか、それとも盗品なのだろうか。
ニートの腕輪。
あれの分析ができるか?
『カイザーブレイド。攻撃力886』
なるほど。
かなりの業物のようだな。
俺にも装備できるのか?
『ちょっと重量はあるけど、今のエリックなら装備できるよ。
良かった。伊藤の言う事を信用せずに、違う武器を選択しようとしているんだね。そうさ、ひのきの棒は最弱な武器だよ。伊藤を信じていたら、エリックは本当に死んじゃうよ。それに、少しだけ勝機は出たと思うよ』
伊藤さんを悪く言うな!
伊藤さんは何手も先まで読んで、俺を導いてくれたんだ。
『ゴメン。
エリックが伊藤を尊敬していることは知っている。だから伊藤を侮辱したらエリックが怒る事も知っている。
でもね、今、伊藤はこの場にいないんだよ。この現状を知れば、ひのきの棒を捨てて、カイザーブレイドを手にしろ、と言うに違いないよ。
目の前のあいつ、変身しちゃうんだよ。
つまり一撃で倒さなくてはならないんだよ。
ひのきの棒なんかで出来る訳がないよ』
一瞬の猶予も許されない緊迫した空間。
刹那の間、よぎった感情。
この重たい空気が、俺を狂わせたかのかもしれない。
とにかく迷っている暇などないんだ。
ただ最前を尽くすのみ。
俺にはニート奥義、風林火山がある。
ひのきの棒を投げ捨て――同時にカイザーブレイドの置かれてあるオフィス中央のディスクに向かって風の如く走り寄り、林の如く静かにそいつを手にしていた。
後は烈火の如く叩きつけるだけ。
さぁ、カルディア、勝負だ!
「エリック様! 何故、ひのきの棒を信じなかったのですか!?」
振り返った先には、あの人がいた。
いつものスーツ姿。
だけど彼の表情からは、普段の穏やかな空気を感じることができなかった。シャープなメガネが冷たく光っていて、目元が見えない。果たして伊藤さんは、静かにアドバイスを言おうとしているのか、それとも怒っているのか、それすら確認することができない。
俺の選択は間違っていたのか!?
とにかく焦燥に駆られた。だが、もはやキャンセルできない。俺はやってしまったのだ。カルディアは手の平を合わせて念じている。全身の筋肉が躍動し、オフィスが揺れ、窓が割れる。
覚醒するつもりだ。
俺はひのきの棒を投げ捨ててしまっている。
今更ひのきの棒を拾い、装備していては間に合わない。
そもそもひのきの棒なんかで、覚醒を阻止できるのだろうか。
道を切り開くには、このまま突っ込むしかない。
本当は伊藤さんの指示を仰ぎたい。
だけど――
俺はニートの腕輪の誘惑に負けちまった。
伊藤さんの顔をみることができなかった。
とにかく、この右手に握ったカイザーブレイドを奴に叩きつけるしかないのだ。
「うぉぉー」と咆哮を上げ、一心不乱に斬りかかった。
カルディアはニヤリと笑い、腕だけで防ごうとする。
俺のレベルは70以上もあるのだ。アークデーモンの強靭な肉体をもチリと化したのだ。
さらにカイザーブレイドの破壊力が、俺の攻撃力に加算されている。
こんな細い腕くらい切り落とせるハズだ。
奴の腕に剣身が食い込む。
だが。
奴の口角は、不気味なまでに鋭く上がっている。




