57 ニート VS 勇者軍団 3
ここ、ロッポンギ・タクティクスヒルズ7階。
ルームナンバーC。
勇者と偽る卑劣な詐欺集団の巣窟だ。
快適勇者ライフタクティクスの罠にかかりたくさんの善良な人々が泣いている。
お姫様だってそうだ。
フロイダは余裕な笑みで俺を見ている。その他、総勢13名の勇者共だってそうだ。
奴等は俺の力を知らない。
キングオブニートの名にかけて、奴等を許すわけにはいかない。
『エリック、やめようよ』
またニートの腕輪か。
どうしてやめなくてはならない?
『このままだと、エリックがニートじゃなくなっちゃうよ』
俺はニートだ。
それを証拠に、ニートタクティクスが自在に使える。
ニートである俺には、敵の力が手に取るように分かる。
『そんなニート、聞いたことがないよ。
ニートは無力で社会不適合者だから、ニートって呼ばれているんだ。
おいらはそんなエリックが好きだったんだ。
このままだとエリックはニートじゃなくなっちゃう!』
またか。
いつもお前はそうだ。
そうやって俺が何かに向かって頑張ろうとすれば、必ず邪魔をする。
『分かってよ。おいらはエリックが好きなんだ。ニートはニートだから幸せになれるんだ。ニートがニートを超える、それは自らの人生を否定する事に相当する。そんなのダメだよ。エリックはキングオブニートなんだよ。
それに今のエリックだと勝てやしないよ』
ニートの腕輪よ。
お前は敵の力を把握できるか?
今、俺が発動させているのは、孫子の兵法、謀攻篇だ。
その一節に、こう書かれてある。
――彼を知り己を知れば百戦殆うからず。
ニートである俺にはずば抜けた感知能力が備わっている。自らの戦闘能力を分析すると同時に、敵の力も的確に把握できる。
それは日々押入れに隠れながら、些細な音だけで状況判断していた日々の訓練より習得したニート秘儀。
左から言おう。
職業:勇者もどき
フロイダ
レベル5
HP:54
MP:15
職業:勇者もどき
ガーリアン
レベル12
HP:128
MP:42
職業:勇者もどき
カルディア
レベル38
HP:1121
MP:844
カルディアは群を抜いて強いようだが、俺のレベルは75。
俺の敵ではない。
『駄目だよ。エリック!』
どうして?
『確かにエリックは強くなったよ。ちょっぴりカッコいいとも思うよ。でもね、大体あっているけど、エリックの感知能力は甘いよ。一人だけ、間違っている。魔導器の類であるおいらには分かるんだ。おいらの体が反応しているんだよ。あの、カルディアって人に……
人……
いや……
違う。
あの子。
人じゃない。
それに、心の名も違う。
あの子の名前、カルディアじゃない』
何を言っている!?
『あの子と戦ってはダメ。
あれは、かりそめの姿。
おいらには分かるんだ。人間の姿になることによって、力をセーブしている』
第二形態があるとでも言うのか?
アークデーモンのように……?
『もっと強力だよ。
絶対に変身させてはダメだよ。
正体を見たが最後、ここ一帯は焦土と化しちゃうよ。
だから逃げようよ』
……しかし、俺にはやらなければならないことが……
『だから言ってるだろ!
エリックはニートなんだよ!
誰もエリックには期待していないんだよ!
負け犬なんだよ。
だけどね。
おいらは負け犬でもいいと思っている。
頑張っても、勇敢に立ち上がっても、意地を貫いても、……それでも殺されたらおしまいだよ。
それに自分だけなら、まだいいよ。
他のみんなをも巻き添えにしてしまうかもしれないんだよ。
いいのか!
エリックがこのまま勇者達と戦って負けたら、エリックのお母さんはどうなる? カミルは? 長屋のみんなは?
勇者達はエリックの仲間を危険視して、攻撃してくるかもしれない。
それでお前の母さんは苦労しただろ!?
エリックはただのダメ人間でいいんだよ。
そうしたら誰にも迷惑をかけない!
どうして分からないの?』
なんなんだよ。この腕輪は!
……一理あるのかもしれない。
だけど、そんな屁理屈、分かるかよ!
くそったれ!
また俺の胃袋を圧迫してきやがった。
腹がいてぇ。
『君のお父さんのせいで、お母さんは苦労した。
エリックだってそうだ。
英雄と呼ばれている人は、ニートより酷い。
ただ自分が気持ちよくなりたいが為だけに、自分勝手に立ち上がり、敗北し、後世の人間に迷惑をかけてきた。
だからおいらは、エリックの為に、エリックを負け犬にしてみせる。
それがエリックの幸せだと信じているから』
ざけんな!
俺は!
俺は!
このままだとお姫様は消えちまう。
フロイダだって根っからの悪ではない。
お姫様を応援していた、唯一のファンだった。
すべてはこいつのせいだ。
俺はカルディアを睨んだ。
スマートで長身、完全無欠なエリートの風貌。
だが奴は、人の心の弱みにつけこみ大金を巻き上げる諸悪の権化。
奴は笑っている。あの右の口角に溜めこんだ含み笑いは、余裕からの表れか。今まで行ってきた惨殺劇をまた繰り返せばいいだけ、そう考えているのか。
そして剣を抜刀してきた。
『エリック。
本当に戦うの?』
当たり前だ。
お前がいくら邪魔をしようとも、俺はヤツをぶっ倒す。
『無理だよ。
だって、その子の心の名……』
まだ言っているのか。
何を言われても、俺は屈しない。
野郎を倒して、この組織を壊滅させてやる。
『その子、
カノンだよ』
……
………………
何をバカな!
『どうして分からないの?
その子のしゃべり方、仕草、まるで女の子だよ』
どうしてカノンさんが、こんなところにいる?
どうして男装して悪事に加担している?
『分からない。
おいらは彼女の心の声が聞こえるだけ。
おいらは心の底に話しかけることができる。本能の声という、無意識なる感情に。
だから聞いてみた。
君は誰、と。
彼女はおいらの問いかけにこう答えた。
――私はカノン。
カノン?
それは檻の中のジャンヌでは?
だからおいらはもっと聞いてみた。
――あれも私よ。
でもね、本当の私は、ここにいる私。
ちょっと待って。
意味が分からないよ。
それってどういうこと?
兄妹、もしくは双子とかそんな関係だと言っているの?
――はぁ?
違うわよ。
この肉体は、そうね……、神とでも言えばいいのかしら。
私は偶然、神の肉体を手にした。
おそらく私の生き方を、神は認めてくださったに違いない。
だから神に変わって、弱者を排除する。
つまり転生したということ?
では檻の中にいるカノンは、一体何者なの?
――決まっているじゃない。
あれは過去の私よ。
そして今が新しい私。
おいらが聞き取れたのはここまで』
カノンさんが二つに別れたということなのか?
善のカノンさんと悪のカノンさんの二人に。
……そんなバカな。
そうさ。
これはただの戯言。
ニートの腕輪が、俺を止めたいが為に考えた、くだらないジョーク。
……おい、ニートの腕輪よ。
いくら俺を止めたいからといって、言っていいこととならない事がある。
お前はタブーを口にした。
金輪際、お前の言葉に耳を傾けない。
俺はひのきの棒を構えた。
この時の俺に、思い出す余地はなかった。
かつて伊藤さんが言ったことを。
あの人は、最悪の結末とやらを予言した。
それは俺とカノンさんが戦う、と。
だが、無意識に口を開いていた。
俺は聞こうとしている。
これは本当に馬鹿な質問だ。
だけど。
不安だった。
もしあいつがカノンさんだったら……
そんなバカな。
所詮、これはニートの腕輪の考えたファンタジー。
だけど、確証が欲しい。
そんな気持ちが心のどこかを過っていたのかもしれない。
「カルディア。
てめぇは何者だ?
もしかして中身はカノン……さん……なのか」
「……
おい、クソニート。
どうしてその名を知っているの?」
……カルディアはカノンさんを知っている。
二人はどういう関係なのだ。
だが。
カルディアがカノンさんのはずがない。
「だってカノンさんは俺のことを好きと言ってくれたんだ。
俺もカノンさんのことが好きだ。
あんな純粋な子、どこにもいない。
それに引き替え、てめぇはどうしようもない悪」
「あははは。
何、それ?
ニートが恋なんてしちゃったの?
もしかして、あんた、カノンに会ったの?」
「あぁ」
「どうしてた? あの子」
「お前に教える必要などない」
「まぁ知る必要もないんだけどさ。
あんなの、もういらないし」
「いらない……だと……
それはどういう意味だ!?」
「うるさいわね。
信じられないような話だけど、あれは昔の私なの」
……
ニートの腕輪は、嘘をついていなかった。
伊藤さんの言った事は……
俺はどうしたらいいんだ。
ひとつだけ分かることがある。
こいつはカノンさんなのかもしれない。
だけど、もはや俺の好きなカノンさんではない。
弱者を小馬鹿にし、利用できる者をとことん利用し、悪の限りをつくす外道。
「どうしてだ?
どうして、てめぇは狂った?
何がてめぇを蝕んだ?
かつてのあんたは……。
檻の中のあんたは、どこまでも純粋で、真っ直ぐで……。弱い老人を守る為にムチを浴び、過酷な環境下、視力まで失った。
それなのに……
どうしてあんたは……」
「あれ?
旧バージョンの私、結構おバカなの?
どうしてそんなことしてんのよ?
折角の美貌なのに、それをフル活用して、ぼろ儲けすればいいのに。
ま、いっか。
そいつがどうなろうが、知った事ではないわ。
私は私。
ただ……」
そこで一旦区切り、カルディアは俺を見た。
眉間にしわが集まり、表情が強張っていた。
奴は俺をガチで睨んでいる。
「そこのニート。
あんたはちょっとムカついた。
だから殺しちゃう。
偉大な神の力を手にした私には分かるわ。
あんた、先日よりちょっぴり成長したみたいね。
もしかしたら新しいこの肉体の限界をちょっとだけ披露しちゃうかもしれないけど、あんま恨まないでね」
とにかく第二形態なんてあれば、かなり厄介だ。
一瞬で勝負をつけるしかないのか。
俺のひのきの棒の先を、カルディアの喉元に向けた。
この足が地から浮いた瞬間、勝負は決まるだろう。
それでいいのか!?
奴はカノンさん……
俺の心臓がうるさく鳴っている。
キリィという、金属音が部屋を駆け抜けた。
ニートの腕輪の傷が、また肥大化していく。
『エリック……』




