55 ニート VS 勇者軍団 2
下水道で仮眠を取り、お姫様と待ち合わせしていた町はずれの資材置き場にやってきた。
お姫様の足は半透明になっている。
彼女は漫画の世界の住人。
こちらにいられるタイムリミットが刻一刻と近づいてきている。
悠長にしている時間はない。
アークデーモンの話では、勇者軍団が俺を狙っているらしいが、俺は真のニート。
ニートには奥義、風林火山がある。
勇者になんて負けるものか。
こちらから乗り込んでやる。
俺たちは快適勇者の本社がある、ロッポンギ・タクティクスヒルズを目指した。
ドア越しに、中の様子をうかがう。
この声は社長のカルディアか。
威勢よく怒鳴っている。
社員を叱っているのだろうか。
「あなた達、本当にそれでも勇者なの!?」
「……あ、はい。一応、ライセンスは持っています」
「なら、どうして今月の目標額に達成しないのよ! イシス君、アイン君、カーナさん、あなた達はクズよ。フロイダ君を見習いなさい。また新しいカモを見つけてきたわよ」
フロイダはクスクス笑っているようだ。
叱られている一人が賢明に言い訳をしている。
「俺は、出来る限り頑張りました」
「努力なんて聞いていない。勇者は結果がすべてなの。成績最下位のイシス君、社訓を唱和したまえ」
「……わ、我々勇者は、カモに対して感謝の心を忘れず、丁重に手玉にとり、だまし、全財産を巻き上げ、カモに代わって快適に生活します」
「ところであなた、カモの語源を知っている?」
「……い、いいえ」
「カモとは、その名の通り鳥類のカモを指している。カモとは捕まえやすい鳥、即ち騙しやすい者をカモと呼ぶ。
真の勇者に必要な力は、騙しやすいバカを見つける眼力よ」
なんて奴だ。
カルディア社長はまだ熱弁を振るっている。
「騙されやすい人間とは!? イシス君、10秒以内に答えなさい」
「え、えーと……
とろい奴、
バカな奴、
それと、えーと」
「全然ダメ。
成績トップのフロイダ君なら、どういう者が騙されやすいと思う?」
「ふ、それは、ニートや天然お姫様。こいつらは知恵がないから簡単に騙せる。それと社会的弱者も射程範囲内だ。あいつらは切羽詰っているから、イチコロよ」
「え、フロイダ。
社会的弱者を騙しても実入りなんて少ないだろ?
金持っていないんだから」
「バカか。
借金させればいいだろ?」
「借りられるのか?」
「勉強不足だな。
だからいつまで経っても売り上げ最下位なんだよ。
ああいった弱者を対象に金貸しをしている奴だっている。
返せなくてもいい。
奴隷にするか、変態肉屋に売り飛ばせばいいだけだから」
「……た、確かに金は欲しい。
貧乏は嫌だ。
で、でも、俺にはそこまでの残虐性は……」
「おっと。
それ以上言ったらどうなるか知っているよな。カルディア社長、どうします? イシスは勇者失格ですかね?」
「いえ、失格ではないわ。
私にはイシス君の弱点が分かったわ。
イシス君がそんな考えだから、中途半端な成績しか出せないの。
いい?
この世界は、弱者と呼ばれるバカがたくさんいる。
このままいけば、弱者が世界を滅ぼす。
税金を納めていない貧民。
働きもしないニート。
働けない老人。
生まれた家柄が良かっただけの、無能な貴族。
あいつらはまったく役に立たない。
それどころか、我々エリートの足を引っ張っているの。
国だって本当はニートや貧民を排除したいと願っている。
だけどそれをどうやってするの?
下手にやったら、弱者たちが徒党を組んで、国に反旗を翻すわ。
だから勇者の出番なの。
働けない一人暮らしの老人に『オレオレ詐欺タクティクス』で金を吐き出させる。これは崇高なる神の裁きなのよ。
奴らのせいで若者は年金すらもらえないのに、奴らはノウノウと福祉医療を受けている。
このままでいいの?
弱者が国を食い物にしているのよ!
誰が国を救うの?
私たち勇者でしょ!?
私たち勇者が、弱者やニートをだまし、誑かし、地獄へ叩き落してあげないといけないの。
そのお金で私たちは豪遊する。
これを再生と呼んでいる。
私たち勇者が、無能な弱者をお金に換えて、市場に放出させる。
それはまるで力ある研ぎ師が、さびた剣を蘇らせるのと同じ。
私たち勇者が、どうしようもないクズを尊い宝に変えるの。
如何なるクズでも、私たちの手にかかれば、すばらしい宝石になるのよ。
そして、これこそ国家安泰の唯一の道なのよ!
どうしてそれが分からないの!
あなた、それでも勇者なの!?
もしかしてアホなの?
弱者とは悪なのよ。
勇者とは常に、民衆の平和、安泰を考えなくてはならない。
それがどうしてできないの!?」
「……俺が間違っていました……」
「……頑張って、弱者を騙します……」
「それでいいのよ。
勇者の道は厳しく険しい。
でもね、大丈夫だから。
真の勇者である私が、あなた達を本物にしてあげるから」
「カ……カルディア社長……」
勇者一味は、カルディアの好き勝手な戯言に感動して泣いているのか……
カルディアは正真正銘のクズだ。
てめぇは勇者なんかじゃねぇ。
俺は真の勇者を知っている。
彼女はカルディアの言う、弱者なのかもしれない。
目が見えない。
レベルも3しかない。
弱点だらけだ。
それでも弱い老人をかばいムチでうたれた。
彼女が弱者?
違う。
目が見えないからこそ、音を大切にする。
カノンさんは、人が発する言葉を大切にしている。
皆の言葉に耳を傾け、弱い人を守るために立ち上がった。
弱点とは、言い換えれば武器だ。
俺はニート。
社会的弱者と言われても仕方ない。
だが、ニートだからできることがある。
外はもう暗い。
時は夜。
つまり、今、ニートの刻。
俺がもっとも力を発揮できる時刻。
俺は戸を蹴り開けた。
勇者たちの鋭い眼光が、一斉に俺に向いた。
「て、てめぇ! クソニート! 何の用だ!?」
「用?
社会のゴミを始末しにきただけだ」
ごつい一人が、野太い声をあげた。
「俺達は社会のヒーローである勇者だ。ゴミはニートのキサマだろうが!」
フロイダはニヤニヤ笑いながら毒づいてきた。
「あれだけ泣いていたのに、どういう了見だい? 理解に苦しむよ。まぁ、バカだから何も考えていないだけか。ニートのお前の思考に合わせて考えるだけ、時間の無駄か。お姫様は奴隷市場に、ニートは働けねぇだろうから、ばらして変態肉屋にでも売るだけさ」
「フロイダ!
てめぇは腐っている。
正真正銘のクズだ。
だがそれは全部、カルディアのせいだ。
てめぇは間違った師匠を持った。
だからてめぇは狂った。
だが、てめぇのおかげで、生を受けた者がいる。
てめぇは言ったよな。
天然お姫様には、知恵がないから簡単に騙せる、と。
それは、てめぇに知恵がないからそう思えるだけだ。
天然お姫様は言った。
そんなてめぇを助けて欲しい、と。
だから俺がてめぇらを救ってやるよ。
俺は、ある人より人生とは何かを教わった。
そして俺は生まれ変われた。
今度はお前の番だ」
俺は視界をカルディアに切り替えた。
野郎はニヤリとほくそ笑む。
「やぁ、ニート君。言うようになったね。だけど君に勝ち目はない。こっちも君を探す手間が省けた。死にに来てくれたことを、心から感謝するよ」
「カルディアよ、てめぇは弱者を蔑んだ。
それがてめぇの敗因となる。
長所と短所は表裏一体。弱点とは、言い換えれば最強の武器でもある。
そしてニートとは、すなわち最強戦術。
貧乏……
だから誰よりもお金を大切にする。
話すのが苦手……
だから話す前にしっかりと考える。
そして他人の話にちゃんと耳を傾けようとする。
表面だけで判断する悪党のお前には分からないだろう。弱者の苦悩が……。そしてそこから生まれる可能性が……
働くことを敢えて避けることにより、誰よりも自由に近づき、誰の色にも染まらず、そして誰にも拘束されず、人知れず悪を討つ。
それがニートだ!」




