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53 ニートタクティクスは不死鳥のごとく2

 アークデーモン。

 それは地獄の番人の異名をとる、残忍なモンスターとされている。3メートルをゆうに超える巨大な図体が俺を取り囲む。

 長屋のみんなは言葉すら失って、ただただ俺を見守っているだけ。



 母さんを見た。

 真っ青になって怯えている。


 こんな暴利に屈するしかなかった母さん。

 こんな悪がまかり通っちまうなんて、国はいったい何をしているんだ。

 

 ……

 

 父さんは、そんな卑劣な国家と戦ってきた。

 だけど……父さんは……



 許せない。



 カミル姉も俺を見ている。

 青い髪をした幼馴染。

 俺は美人だと思う。

 化粧をして髪を整えればそんじょそこらの貴族より遥かに見栄えがいいと思うが、いつもボロを着ている。

 彼女の家にも多額の借金があった。

 彼女の父親がケチな博打で作ったらしい。

 その父親は既に他界し、カミル姉も俺と同じように母さんと一緒にくらしていた。取り立てに怯えながら大変な毎日を過ごしてきた。そんな彼女の母さんは昨年亡くなった。

 それでも毎日笑顔を絶やさなかった。


 そんな彼女でも真剣に怒る時があった。


 いつまでも職に就かない俺に向かって、何度もベッドで寝たふりをしている俺を叩き起こそうとしてきた。

「駄目よ。そんなことしていたら腐っちゃうわよ」とガチで怒られた。

 俺を心底心配してのことだろう。

 だけどあの時の俺は、カミル姉の言葉を聞き入れることができなかった。

 働きたくなかった。

 働いたら負けだと思っていた。


 違う。

 そうじゃない。


 働くのが怖かっただけ。

 働いて社畜になるのが恐ろしかった。

 労働者とは、すなわち奴隷だと思っていた。

 



 でも。


 今の俺は違う。


 俺にはニートタクティクスがある。

 俺は働かずして勝てる。

 働かずして、人の役に立てる。




 それがプロのニートだ。

 



 


 アークデーモンの一匹が、ニカリと笑うと身の丈をこえる大きな鎌を俺の喉元に向けてきた。



「そんなに余裕をかましていてもいいのかよ?

 俺は職業、ニートだ」


「ガハハ。

 知っているさ。

 てめぇはクソニート。

 いつだって瞬殺できる」

 

 

「どうやら何も知らないようだな。

 ニート極意のひとつに、超聴覚というものがある。

 プロのニートになると、親が階段を上がる音だけで、俺の部屋に用があるのか、別の部屋に向かっているのか、それとも単に階段を掃除しているだけなのか、すべて察知できる。それは無駄に押入れに隠れるのを最小限に抑えるためだ。

 そうやってニートは鋭い洞察力と超聴覚を鍛えてきた。

 ニートの俺には、お前の吐く些細な呼吸音と表情を見るだけで、お前が起こすだろう行動、そして心理状態が手に取るように分かる。

 鎌とは通常、速度を乗せて対象物を分断する道具。

 こうやって喉元にちらつかせても大した攻撃力にはならない。

 すなわちお前は俺に圧勝できると、何の根拠もなく盲信している。

 忠告しておくが、お前には1ターンすら無駄にする余裕なんてないのだぞ。

 しかし――

 俺には分かる。

 それでもお前は余裕を貫いて、その薄ら笑いが恐怖におびえる顔に変わる前に絶命するだろう」



「黙れ! 小僧!」


 アークデーモンはそう叫ぶと、鎌を大きく振りかぶる。


 言ったはずだ。

 お前には1ターンすら無駄にする時間なんてない、と。

 奴は無駄に雄たけびをあげ、無駄に大きく構えている。

 怒りに身を任せて、2ターンも無駄にしてしまったのだ。



 俺はアイテムボックスからひのきの棒を取り出した。

 奴とのレベル差は45。

 こんなヤツにニートタクティクスなんて勿体ない。

 通常の打撃だけで軽く粉砕できる。

 高く鎌を掲げ、大きく背をそらしたアークデーモンの顔面に、ひのきの棒をお見舞いしてやった。

 顔がへちゃげ、霧状に粉砕される。



「オ、オカシラアアア! な、なぜこんなクソニートなんかに!?」


「何度も言わせるな。

 俺は聞いたはずだ。

 お前達はシューティングスターをひのきの棒で倒せるか、と」


「なっ!? て、て、てめぇは倒せるってのか?」


「あぁ、ニートタクティクスに不可能はない。

 逃げるのなら今だ、と、言ってやりたいところだが、お前達はやってはならないことをしてしまった。母さんを苦しめ、カミル姉を泣かせてしまった。

 お前達を許すことは、お前達のやってきた悪事を認めたと同じ。

 これから全滅させてやるから、せめて死んだら地獄であまり苦労しないように、今までの罪を懺悔しろ」



 アークデーモンは目玉を丸くし、ゴクリと喉を鳴らすと、クルリと背中を向けた。

 逃げようとしても無駄だ。

 レベル差は45もあるのだぞ。


 一踏みで間合いを詰めると、ひのきの棒で叩きまくった。

 総勢12体いたアークデーモンは、一瞬で金塊へと変わっていく。





「エ、エリック!? いったいどうしちゃったのよ??」



「カミル姉、いつも仕事をしろって怒ってくれてありがとう。

 母さん、心配ばかりかけてゴメン。

 俺はニート。

 仕事ができない体なんだ。

 だけど、俺は手に入れたよ。

 働かずして勝てる力を。

 もうみんなを苦しめてきた悪党はいない。

 俺達は自由だ」



 長屋のみんなは、あまりの出来事にすぐに状況を飲み込めなかったのだろう。顔を見合わせて困惑していたが、カミル姉の「エリック! 本当にありがとう。立派になったね」という声で、歓喜の声があがった。




 

 遂に最後のアークデーモンの体まで霧状に消えていく。

 どういう訳か、奴は俺を見上げたまま不気味に笑っている。

 



「……ククク。

 エリック。

 確かにお前は強くなった。

 だがお前はやってはならない事をしてしまった。

 俺達は魂こそ悪魔に売っているが、ちゃんと税金だって納めているのだ。戸籍上、アイゼンハードの国民様だ。お前らのように税金すら払えない貧民とは違う。

 お前は高額納税者を殺害したのだ。

 貧民であり、ニートのお前は、まったく税金を納めていない。既に立派な国家犯罪者だというのに、殺しまでやってしまったのだ。

 それも12人も。

 お前の首には、多額の懸賞金がかけられるだろう。

 動くぞ。

 奴等が動くぞ。

 金の為なら何だってする正義の集団が」




 なんだと!?




「そいつらはハッキリ言ってデタラメに強い。

 ククク。

 教えてやろう。

 悪を始末するのは勇者と相場が決まっている。

 そうだ!

 お前を始末する為に勇者が作ったあの会社が動くのだ。

 快適勇者タクティクスのカルディア社長がな……

 奴の社員は全員勇者だ。

 お前は勇者集団を敵に回してしまったんだ。

 そしてカルディア社長は、魔王クラスに強いと噂されている。

 お前が無残に切り刻まれて、貧乏長屋の連中もお前の罪をかぶり、惨たらしく奴隷にされてこき使われ哀れに泣く姿が目に浮かぶぜ……。

 ククク、ガハハハ……

 ぐふぅ……」



 最後のアークデーモンは、そう捨て台詞を吐くとゴールドへと変わった。




 快適勇者タクティクスのカルディア。

 奴は勇者なんかではない。

 こいつら同様、弱者を泣かす外道だ。




 だが――

 奴の手下にはフロイダがいる。

 お姫様が救いたいと願う男だ。

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