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51 もうひとりのヒロイン2

 時間丁度に、施錠された扉が開けられた。

 扉から出てきた門番に面会したい旨を伝えると、中から甲冑をまとった男がやってきて地下の独房へと案内してくれた。


 石で囲まれた暗い通路では、男がしきりに話しかけてくる。


 朝一番にカノンさんを訪ねてきたことを喜んでいるようだ。

 こうやってカノンさんを慕う者が増えていくことが嬉しいらしい。


 早朝だというのに、男は熱弁を振るっている。

 だけど俺の耳には入ってこない。


 俺の頭を支配しているのは――たくさんの人がカノンさんを訪ねて来ている……。ライバルは多そうだ、ということくらい。


 俺はカノンさんのことばかり考えて心ここに非ずといった感じでボーとしているのに、男はなんとも熱心に話しかけてくる。



「カノン様は絶対に俺達の為に立ち上がってくださる。この世は一握りの独裁者が牛耳っている。

 それが当たり前だと思ってきた。

 10年以上前の話になるが、エルフ軍を滅ぼした時だってそうだ。

 本当はエルフに罪なんてなかった。

 悪いのは私利私欲な騎士と、そいつを担いだ悪徳商人。

 だけど誰も逆らえなかった。

 いや……

 一人いたけど誰も彼の声に耳を傾けなかった……

 だけどカノン様が義勇軍の旗頭となり、この国を救ってくださる。

 もはや貧困や理不尽な思いで泣く民はいなくなるのだ!

 おっと。

 ついつい口が滑ったぜ。

 この話はここだけにしてくれよな!

 まぁ、この前の感じだとお前も手伝ってくれるんだろ?

 カノン様に力になるって言っていたもんな。

 俺達の敵はとてつもなく強大なんだ!

 もちろん期待していいんだろ?」



 え、えーと……



 男が振り返り、真正面から俺の顔を覗き込んでいる。

 なんか同意を求められているようだ。

 男が何を言っていたのか、さっぱり聞いていなかった。



 咄嗟に「あ、はい」とだけ相槌を打った。



「やはりそうか。

 だからこんなに早朝からのお出ましか。

 つまり、あんたも同士ってわけだな。

 もちろん分かっていたぜ。

 俺達だって水面下で動いているんだぜ。

 時が来たらよろしく頼むぞ! 相棒」



 

 えっ!?



 別れ際、男に威勢よく背中をバンと叩かれた。

 男が何を言っていたのか、まったく聞いていなかった。



 どういう訳か、また思い出してしまった。

 伊藤さんは、カノンさんが運命のラスボスになると言ったのを。

 あれは、単に恋に敗れてフラれるという意味ではないのだろうか。



 

 *

 

 

 

 面会室。

 無機質なデスクのみ。

 花すらない殺風景なこの部屋で、カノンさんと対峙して座っている。

 


 でも花なんていらない。

 カノンさんがいるだけで、石で囲まれた地下室は明るくなる。



「うれしいな。

 また会いに来てくれたのか?」



「あ、はい。え、えーと……」



 何か言わなきゃ。


 カノンさんは目を閉じたまま、柔和な笑みを浮かべている。

 なんて落ち着いた物腰なんだろう。

 さすがだ。

 看守まで巻き込む大物のオーラが全身から出ている。

 俺とは貫録が違いすぎる。

 とても同じくらいの歳には思えない。



 カノンさんは忙しいんだ。

 なんか兵士の男が、水面下で動いているとか言っていた。

 俺なんかとのんびり会っている時間なんてないはずだ。

 とにかく聞くんだ!


 俺は緊張しながらも、必死に言葉を絞り出した。



「……カ、カノンさんは……す、す、す、好きなひ……

 い、いえ、尊敬している人はいますか?」



「いる」



「え!?

 それは誰ですか?」



「予の尊敬している者は三人いる。それを聞いてどうする?」



「その人に会います」



「そうか。

 一人は伊藤だ」



 やっぱ、カノンさんは伊藤さんに興味があったのか。

 俺なんかが伊藤さんに勝てる要素は皆無だ。



「どうしたのだ? 急に声のトーンが暗くなったが」


「……やっぱりカノンさんは伊藤さんのことが好きなのですか?」


「圧倒的に嫌いだ!」


「ええええ??」


「なんというか、奴の実力は高く評価している。尊敬こそしているが、ハッキリ言って嫌いだ。正直言えば、好きとか嫌いとか、そのような個人の感情を通り越してだな……、例えば魔王が勇者を憎む、どうして嫌いかと聞かれたら、いずれ超えねばならぬ宿敵だから、と答えるしかないだろ? 極めてあの関係に近いと思って貰っても間違いはない」



 え?

 え?


 そう言えば、伊藤さんも初対面は、カノンさんにいい印象を持たなかったと言っていた。

 なるほど。

 つまり好敵手な関係なんですね。



 強力なライバル、一人消滅、と。




「あの……、さっきカノンさんが言っていた、あと二人の尊敬している人は、誰なんですか?」



「リオン=シューナルディー=エルティネール」



「……えーと、それはどんな人なんですか?」



「彼女は人ではない。

 気高きエルフの女王だった」



 なるほど。

 同性ですか。

 強力なライバル、二人消滅。



「最後の一人は?」



「予がもっとも尊敬していた人だ。

 奴から愛を教わった」



 ――愛!?



「例え死んでも、愛する者の為に、正義を貫く。

 これぞ美しき愛ぞ」



「……そ、その人のこと、好きなんですか?」



「あぁ、もちろん」



「それは誰なんですか?」



「レオン=ハルシア」



 ……え?

 その名って……

 親父と同じだ……



「奴は、すでに他界しているがな。

 レオンは伝説の戦術家、ニードの末裔だった。

 だが奴のタクティクスは完成していなかった。

 だから奴は敗れた……。

 悪しき国家に捕えられ、斬首された。

 もし奴のタクティクスが完成していたら、人の国家など敵ではない。

 魔王だって倒せたかもしれない。

 奴の手にかかるのなら負けてもいいと思った。

 それ程すごい男だ」



「そのタクティクスって……!?」



「ニードタクティクス、風林火山編。

 伝説の勇者、孫子ですら操ることができなかった幻のタクティクスだ。

 どんなに厳しい修行を積もうと、風林火山を極めることは困難とされている。

 あれを操るには、まだ人格が形成されていない幼少期の頃から、風林火山を魂に刻みこまなくてはならない。その速きことは風のごとく、静かなることは林のごとく、侵略することは火のごとく、 動かざることは山のごとし、知りがたいことは陰のごとく、動くことは雷鳴のひらめき――このような鍛錬を、子どもにできるはずもなかろう」



 俺にはできる。

 微妙に名前が違うが、俺には似たようなタクティクスがある。



「あ、あの……

 カノンさん。

 も、もし、

 風林火山を完成させた者がいたら、尊敬しますか?」



「あぁ。

 尊敬する」



 お、俺、

 尊敬されちゃうかも!?



「あ、あのですね!

 カノンさんの好きな人、教えてください」



 言っちゃった。

 言っちゃったよ、俺。

 うわー。

 どうしたらいいんだよ。



 え、カノンさん?

 


 カノンさんは、俺を真っ直ぐと指差しているのだ。




「どうした? 何を驚いているのだ。

 そなたが聞いたから答えただけだ。

 予はそなたが好きだ」

 


 え?

 えええ?

 悪い冗談ですよね?


 

 

「予は人間が好きだ。人間になりたいと思っていた。どういう訳かその願いが叶った。だから予は人の為にできることをしようと思う。

 そなたは予が好きか?」



「あ、は、はい!!」



「それは誠か?」



「どうして俺が嘘をつかなくてはならないんですか!?」



「初めてだ。

 予のことを好きと言った人間が現れたのは……

 今まで予は、人に忌み嫌われていた。

 予を恐れていたに違いない」



 ど……

 どうして?

 カノンさんはこんなに綺麗なのに……



 だけど確かに分かる気がする。

 これだけ完璧な女性だ。

 みんな怖がって本心なんて言えなかったのかもしれない。




 なんとカノンさんは涙を流していたのだ。閉じられた瞳からは、止めどなく頬を伝い、床を濡らしている。



「カ、カノンさん……? どうしたんですか?」



「嬉しい。

 これが涙というものなのか……」



 ――え?



「予は生まれて初めて涙というものを流した。

 予は一度でいいから泣いてみたいと思っていた。

 いくら感動しようが、心が動かされようが、予に流れている血の定めのせいで涙など流すことなどできなかった。

 だが、予は人のように思いきり泣いてみたいと思っていた。

 これが嬉しいという感情なのか……」




 カノンさん。

 今まで弱者の為に戦ってきた彼女には、涙なんて流している余裕はなかったのだろう。だけど俺が言った『カノンさんのことが好き』という言葉に感動して涙まで流してくれた。




 俺なんかの為に……




 その時だった。

 部屋がノックされ、先程の男が入ってきた。


 手押し車を押しており、その上には白銀の甲冑がある。



「カノン様。

 これをお召ください。

 塀の外には、自由を求める大勢の勇士が集まっております。

 皆、あなたのお言葉を待っています」



「そうか」



 甲冑を置くと、男は部屋から出て行った。



 カノンさんは立派な恰好をして、みんなの前で何か演説でもするのだろう。彼女の話を聞きたい人は、俺以外にもたくさんいるに違いない。これ以上いたら、きっと邪魔だ。


 部屋から出ようとした俺をカノンさんが呼び止めた。



「すまぬ。

 ……あの……だな」



「なんでしょうか?」



「着替えを手伝っては貰えぬか?

 どうもこの体になってから上手に服が脱げないのだ」



 この体って……



 そっか。

 目が見えなくなってからは、着替えひとつをとっても、大変ですもんね。



「分かりました。

 いいですよ……って、いきなり脱ぐんですか?

 え?

 え?

 待ってください!!」



 カノンさんは上着を脱ぎ捨てズボンを下ろすと、下着まで脱ごうとしている。カノンさんは背中に手を伸ばすと、胸を覆い隠していた幻のシルクの存在を躊躇なく除去しようとしているのだ。



 どうしてお脱ぎになるのですか?

 嬉しいけど、やめてください。



「うまく外せない。頼む。このブラジャーという鬱陶しい物体をとりはずしてはくれないか? 外すのには器用さが必要なのだが、予のレベルはたったの3。器用さはあまりないのだ。その後はパンティーというケツと腰をギュゥと締め付ける堅苦しい薄布も下ろしたいのだが、これまた器用さが必要なのだ。悪いが手伝って欲しい」



 俺は「どうして全裸になろうとするんですか!」と言うしかないし、咄嗟に手で視界を隠すしかないんだぜ?


 だけどカノンさんは、恥ずかしがる様子もなく、「普通、下着を身に着けたまま甲冑を着ないだろ?」と言う。



「な、何を言っているんですか! 着ますよ!」



「そうか? 下着を身に着けたハイオークやゴーレムマン、骸骨騎士なんて見たことないぞ?」


「モンスターじゃないんですよ!」


「そうだ!

 予は人だ。

 もはやモンスターなどではないわ!」


「ご、ごめんなさい……」


「何故謝る?

 そうか、予は大声を出してしまったな。

 こちらこそすまぬ。

 モンスターと言われてついカッとしてしまった。

 それにだな、予はそなたを信頼しているから、着替えを依頼したのだぞ」



「俺を信頼?」



「そうだ。

 着替え、即ちそれは、一旦装備をすべて外して、防御力0になる状態を言う。

 そんな無防備な姿を見せるのだぞ?

 信頼してない奴になど、とても晒せるハズもなかろう」



 

 カノンさんの無防備な柔肌……

 それを、俺なら見せてもいいというのですか?

 つまりそれは、男女の関係OKサインですよね???



 いかん、変な妄想はよせ!

 彼女は檻の中のジャンヌ。

 彼女の柔肌を閲覧するときは、崇高な気持ちで見よ。



 俺は自分にそう言い聞かせ、スケベ心を一切捨て去り、カノンさんの白い柔肌……いえ、素晴らしきボディーに白銀の胸当てを装着させていった。彼女の吐く、ふぅーという呼吸を感じる度に、俺の鼓動はどきどきと高まっていく。



 だから、もう一回聞いてみた。




「カ、カ、カノンさんは、俺のこと……、す、す、好きですか?」


「あぁ、さっきも言っただろう。予が好きなのは、人」



 あなたの好きな人は、俺でいいんですね?



「これってもしかして、相思相愛ってやつなんですか?」



「孫子損ない?

 まぁ孫子には、間違いなど無いハズだが」



 あぁ……

 相思相愛に間違いないって言われちゃったよ。


 もー、どうしたらいいんだろ、俺。

 近所の人に祝儀でもあげちゃおうかな。



 そういや俺には、フロイダの野郎を改心させる任務があったな。

 嫌味な奴だったけど、もうね、そんなことで悩むなんて、ちっちゃい、ちっちゃい。余裕よ、余裕。超余裕。

 かけがえのない愛を手に入れてしまった今の俺には、不可能なんて皆無なんよ。

 例え伊藤さんの予言級な忠告があろうとも、俺のこの歩みを止める事なんてできっこないぜ。

 もしこの状態でフラれでもしたら、きっと俺、メンタルボロボロになって死ぬけどね。

 でもそれはない。

 着替え終わったカノンさんは、俺の手を取って優しくこう言ってくれたからだ。



「ありがとう、では行ってくる」


「行ってらっしゃい」



 それはまるで玄関口で「行ってきます」「行ってらっしゃい」と些細な言葉を交わすだけで互いの心と心が通じ合う新婚夫婦のようであった。

 行ってきますと言って出かけるのはカノンさんの方だから、ちょっと男女が逆に感じちゃうけどね。



 だから、ふと口にしてみた。



「まるで男女が逆みたいだね」と。





 それは軽い気持ちででた、些細な言葉だった。






 なのにカノンさんは、まるで何か隠している事を暴かれたように眉根をピクリと動かせた。



「どうして分かった?」



「え?

 だってカノンさんが……」



「予は男だが?

 でも肉体は女」



「え?

 え?」



「ふふ、まぁ言わずとも良いと思って敢えて言わなかったのだが、別に隠すようなことでもない。

 予は男だ」



 カノンさんが男??

 そんなバカな。

 信じられない。

 きっとこれは悪い冗談だ。

 だから俺は、思いつく限りの悪あがきを口にしていた。



「……それって体は女だけど、男のように強く生きていくって意味で言ったんですよね? だって、さっきいろいろ見ちゃったというか、見えちゃったけど、カノンさんは正真正銘の女ですよ?」



「そうだ。予は女。

 男のように強く生きていくなんて無理だ。

 予は弱い。

 レベルは3だ」



 そっか。

 やっぱ、そっか!


 良かった。

 やはりそうだった!

 急に変な事を言いだすから、びっくりしちゃったよ。



 だってカノンさんは、あんなに重たい鎧を着て、大衆の前に立ち、演説をしなくてはいけないんだ。そんな場所では、自分の弱い所なんて見せられない。

 だから自分を男だと偽って、自らを奮い起こしているんだろ?

 だけどこうやって、俺には弱い所を見せてくれている……

 俺を信頼してくれていると言ってくれた。

 俺を好きだと言ってくれた。

 俺と相思相愛とまで言ってくれたんだ!



 これ以上の幸せがあるもんか!




 ちょっと前に男女が入れ替わるTS物の漫画を読んだから、一瞬だけヒヤッとしたよ。 えーと、俺が読んだのは今風の長いタイトルのコミックで『スタイリッシュな魔王の俺は、女勇者になってレベル3から再スタートしたんだけど、勘違いした小汚いニートに一方的に惚れられて、俺が男だといくら説明しても納得してもらえずに困っています。仕方ないので女性になりきって色々試してみたら意外と気持ち良かったので結婚することにしました』とかいう、たった2巻で強引に打ち切り終了的なハッピーエンドを迎えた痛いコミック。



 どういう訳か、妙に親近感のわく内容だったが、さすがにそれはない。



 

 カノンさん、ちょっぴりでも疑ってゴメンね。



 俺、全部、分かっているから。

 心配しなくても大丈夫だよ。

 俺がカノンさんを守るから。

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