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48 ニートタクティクス ひのきの棒でクリスタルドラゴンを倒せ

「ちょ!

 ちょっと待ってください。

 本当に俺なんかがクリスタルドラゴンを倒せるんですか?」



「あなたはご存じないのですか?

 ニートとは、限りなく最強に近い職業なのですよ。

 ニートタクティクスは、いにしえから受け継がれる天下無双の兵法術に酷似しています。

 わたくしがそれを証明してさしあげます」



 ニートが最強の職業って!?

 ニートタクティクスが、いにしえの最強兵法??

 意味が分からん。

 


 でも伊藤さんは身支度を整えて俺を待っている。とても冗談を言っているようには思えない。


 それにしてもどうして伊藤さんは、何もない俺なんかを気にかけてくれているのだろうか。やったことといえば、ずっと前に伊藤さんのお店でひのきの棒を買ったくらいだ。だから思い切って聞いてみた。



「伊藤さん、どうして俺なんかに色々と親切にしてくれているのですか?」


「親切にしているつもりはございませんよ。わたくしは商人、損得でしか物事を考えません。株は高値で買っても仕方がありません。これから火がつく、その前に唾をつけるのがプロの相場師。あなたは必ず、圧倒的存在になる」


「だったら尚のことです。俺、伊藤さんを損させちゃいますよ。だってタダのクソニートなんですから!」



「何度も同じことを言わせないでください。ニートとは最強の戦術なのです。あなたはそれを実感します」




 伊藤さんに案内されるがまま、いくつかの転送ゲートをくぐり、クリスタルドラゴンが住んでいる山を目指していく。



 その間、ニートの腕輪がうるさく話しかけてくる。



『エリック。気は確かか!?

 まさか伊藤の言う事を真に受けている訳じゃないだろうな?

 お前、マジで死んでしまうぞ!』



 そりゃ、俺だって信じられないさ。

 だけど伊藤さんが嘘をついているようには、とても思えない。



『それよかエリック。

 まだ24時間営業のカジノがやっているよ。

 そろそろ日が変わるから小遣いをやるよ。

 今日は特別54ゴールドあるよ。

 ドリンク片手にスナックを食べながら、楽しく遊ぼうよ』



 もうそんな無意味で非生産なことはしない。



『何、言ってんの?

 お前は無力なニートなんだよ。

 底辺なんだよ。

 そんなお前が頑張ったところで、どうなる?

 社会経験のないお前なんて、どうせすぐに失敗する。

 クソニートのお前が仕事なんてしてみろ。

 客や取引先に迷惑をかけるだけだ

 社会は怖いぞ。

 取引先を怒らせたら大変だ。

 土下座では済まないぞ』



 うるさい!

 俺は頑張るって誓ったんだ!



『大丈夫だ。

 誰もお前を信用していないから。

 誓いをすぐにやぶるのがニートだ。

 お前はそんな底辺のクソニートなんだよ。

 そんなお前が社会に貢献できるといったらカジノだけだろ?

 お前がカジノで遊んだら、カジノのオーナーやスタッフは喜ぶ。お前の勝率はわりといい方だし、それ以前にハラハラドキドキして楽しいだろ?

 お前がカジノで遊べば、みんなハッピーになれるんだぜ』




 黙れ! 黙れ!

 


 ニートの腕輪め。

 俺の腹部に刺激を与えやがった。

 デタラメに腹が痛ぇ。



「ちょっと? 大丈夫なの。真っ青よ」


 姫さんに心配いらないと手をかざし、痛みを堪えながら、伊藤さんの背中を追った。時折振り返る伊藤さんの視線の先は、俺ではなかった。

 どういう訳か、俺の腕輪ばかり見ていた。俺を罵り誘惑ばかりしてくる、このクソッタレな飾り物を。




 *




「この平原を超えると、クリスタルドラゴンの住むエルザーク山脈が見えてきます。そこまで行けば、モンスターの数は激減します。先程も話しましたが、雑魚はすべて無視です。逃げ回ってください。ここが一番しんどい難関です。ここを超えさえすれば、後はクリスタルドラゴンを瞬殺するだけです。

 先程も言いましたが、あなたはニートです。

 ニートの特徴をもう一度おさらいしておきましょう。

 ニートは寝て起きたら弱体化します。

 気を付けるポイントは?」



 平原を走りながら、伊藤さんは質問をしてきた。

 モンスターの群れから逃げながら、お姫様は「うーんと……」と考えている。

 ニートの腕輪の負荷がある俺にとって、走りながらの会話はかなり堪える。だけど、きっとこれは戦いのヒントだ。

 




 寝たら弱体化する。


 だったら……





「睡眠系の魔法。

 睡眠薬。

 気絶」



「はい、ご名答です。

 ニートは戦闘中、気を失ってはいけません。

 再び目を覚ました時、戦闘能力は著しく低下しています」



 なるほど。そうか。

 気を付けなければ。



「クリスタルドラゴンの戦闘能力は

 H P 9,453,487

 M P 4,754,411

 攻撃力 545,721

 防御力 49,745,452

 魔法防御49,745,452

 毒耐性 49,745,452

 細菌耐性 49,745,452

 素早さ 8,453,454

 得意魔法は電撃系です。あと、目から光弾を放ってきます。

 クリスタルの固い装甲が特徴的ですが、あなたはキングオブニート。この程度の雑魚には負けません」




 は?

 なんだよ、それ?

 細菌攻撃が効かなければ、俺の切り札が使えねぇじゃないか!




 俺の実力は↓↓↓↓だぜ?




エリック

職業:ニート系遊び人

レベル:1

HP:4/18

MP:0

スキル:ニートタクティクス

武器:ひのきの棒

防具:ニートの腕輪





「ようやく山が見えてきましたね。

 もうちょっとです。

 随分と走ったので、HP残量はあまりないでしょう?」



「はい。

 もうクタクタです」



「見上げてください。あそこにクリスタルドラゴンがいますよ」




 伊藤さんの指差す先を見た。

 俺はぶったまげた。



 あれがクリスタルドラゴン!?

 山の頂上に、どデカい存在が浮遊している。

 全身は青白く輝き、四方八方を眩しく照らしており、その光の形は城の放つ灯りを連想させる。

 まるで宙に浮く巨大要塞のようだ。

 

 とぐろを巻くように山頂付近をグルグルと旋回している。



「さすが神獣とも言われているだけありますね。わたくし達を追っていたモンスター達はどこかに逃げて行きましたよ。

 これでクリスタルドラゴンと正々堂々とタイマン勝負ができますね」



 何をのんきな!?



 クリスタルドラゴンは、俺達に気付いたのだろうか。

 顔をこちらに向けた。



 目が会った瞬間、俺の喉はゴクリと嫌な味を飲み込んだ。



 伊藤さんは続ける。


「お姫様。

 ちょっと下がっていてください。

 これからエリック様とクリスタルドラゴンが、一対一の真剣勝負を始めます」




「ちょっ! 伊藤さん! エリックがあんな怪獣に勝てるの!!」



「はい。

 クリスタルドラゴンなどニートにとって豆腐よりも柔らかいです」



 マジでその理屈が分からん!


 ニートの腕輪まで叫び出した。


『エリック!

 何してんだ!

 逃げろよ!

 どう考えてもお前に勝ち目なんてないぞ!」



 なのに伊藤さんは涼しい顔のまま。



「いにしえのタクティクス使いの残した古文書に、いかなる敵をも粉砕する術が書かれています。

 それを編み出したのは百戦錬磨の兵法家、孫子です。

 ニートタクティクスにも似たようなくだりがあります」



 知らねぇよ!



「そしてニートは日々実践してきたのです。

 孫子が生涯をかけて完成させた最強のタクティクスを、ニートであるあなたは日々実践してきました」



「なんだよ!

 それ!

 もうクリスタルドラゴンが襲い掛かってきているよ!!

 あれ、伊藤さん、どこいくの?」



 伊藤さんはお姫様をつれて岩陰に身を隠した。


 俺?

 もう体がガクガク震えて、身動きすらとれない。

 右手に握ったひのきの棒の先もカチカチ震えている。


 クリスタルドラゴンのあげる雄叫びで、心臓が飛び出しそうになるのを必死に抑制するので必死だった。



 頭の中身はもはや真っ白。

 



「大丈夫です。

 あなたは100%勝てます。

 わたくし達は、戦闘の邪魔にならないようにここにいます。

 孫子の兵法にこうあります。

 ――戦わずして勝つ。

 無敗を誇る最強の戦略家ですら、戦闘を最小限に抑えて勝利することが得策と説いたのです。

 そしてそれはニートにも受け継がれています。

 ニートタクティクスに書かれた一説にこのようなくだりがあります。

 

 ――働いたら負け。


 つまり働かずして勝つという戦略を常日頃、考え、実践しているのがニートなのです。

 エリック様。

 あなたの体内に眠るニートの血には、孫子の兵法以上の潜在能力を秘めています!」




 な、なんだよ。

 さっぱり分からない。



 クリスタルドラゴンは、もうそこまできている。

 大きなお口をあけて、迫ってきている。

 あんた、俺を食べる気?

 俺、超マズイよ。

 栄養だって偏っているし、きっと猛毒だよ。



 そ、そっか!



 ニートタクティクスに、便利なスキルがあったぞ。



 俺はパクリとクリスタルドラゴンに食われてやった。



 俺は発動させていたのだ。




 ――ニートタクティクス、パラサイト編を。




 パラサイトとは――

 通称、パラサイトシングルとも言う。

 本来パラサイトとは寄生虫や居候の意味で、学校を卒業後も親と同居し、基本的な生活基盤を親などに依存する、高等ニート奥義のひとつである。



 

 俺は日々、パラサイトをしてきた。

 パラサイトレベルは、もはや頂点まで達している。

 俺にパラサイトできねぇ奴などいない。



 そうだ。

 俺は、今、クリスタルドラゴンに寄生パラサイトしているのだ。



 いくら装甲が固かろうが、内部からの攻撃には弱いだろう。

 


 体内に混入した外敵を駆除する赤や緑の細胞共が襲ってくるが、俺はプロのパラサイトだ。

 やつらのセンサーなど、容易に潜り抜けることができる。

 例えるなら働かない息子を説得しようとする母親を、言葉巧みに掻い潜るパラサイトの如く、最強の外敵駆除組織キラーハンター――T細胞の放つ攻撃を無効化することができるのだ。


 次々に襲い掛かるT細胞に「やぁ、俺は新しい仲間だ。明日からしっかり働くから今日は勘弁してくれ。今日はちょっとお腹が痛くてね。今、無理して働いたらみんなに迷惑をかけてしまうよ。明日から本気を出すから」とまるで翌日から働くよと言ってごまかすニートの如く言葉を交わす。


 ニートという過酷な状況下で生き抜いてきた俺にとって、T細胞の生ぬるい尋問など造作もない。


「てめぇ、本当に新入りなのか?」と疑ってくるT細胞に「そうだよ。この冬は新型インフルエンザが流行するけど、君に対処できるか? 君は知らないだろう。クリスタルドラゴンは今朝、モンスター病院に予防接種を受けに行ったってことを。

 つまり俺は、対新型インフルエンザ戦用に動員された新しいスティンガーってわけさ。よろしくな!」とスタイリッシュな言い訳を述べながら信用させていく。



「新入り、明日からしっかり働けよ!」と言って去っていくT細胞の背中に向かって、心で言ってやった。




 俺はプロのニート。

 働かずして勝つ!





 ひのきの棒につかまり、血流に身を任せ、あっという間にクリスタルドラゴンの心臓まで辿り着いた。



 伊藤さんは言った。



 ひのきの棒に貫けぬものなどない、と。




 ドクン、ドクンと脈打つ心臓の壁に向かって、ひのきの棒を押し込んだ。



 同時に「ぐああああああああああああああああああ!!」という凄まじい叫び声が轟く。この断末魔はヤツを倒した証拠だ。




 辺りの景色が霧状になり、俺は宙に投げ出された。


 ここは上空。

 このまま落下したら間違いなく即死だろう。

 それなのに伊藤さんは、黙ってこちらを見上げているままだ。

 あのメガネの奥にあるクールな眼差しは、まるですべてを見透かした千里眼のようだ。



 だから分かった。

 きっと俺は死なないのだと。

 この一戦で、落下の衝撃に耐えうる力を手にした。



 だって今、激しくレベルが上がったのが分かったから。

 全身に力が漲ってくるのを実感している。





 その時だった。

 まただ。

 ニートの腕輪に、また亀裂が入った。






エリック

職業:ニート系遊び人

レベル:68

HP:1597

MP:0

スキル:ニートタクティクス

武器:ひのきの棒

防具:ニートの腕輪

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