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47 ニートタクティクス ひのきの棒編2

 カルディア達が立ち去った後、人材派遣会社でどのような職が人気なのかを頭に叩き込んで、再び伊藤さんの店を訪ねることにした。



 さすがに20時を過ぎている。

 迷惑かとは思ったが、ここにきて重大な問題が浮上したのだ。



 お姫様がおうちへ帰ってくれない。

 そういえば家出してきたと言っていたのを思い出した。



 きっとどこかのお城に住んでいるのだろう。

 もちろん雇用主の責任としてちゃんと送っていくつもりではあるのだが、その話になるとどういう訳かグズグズ言い出す。



「分かった。もうその事は聞かないよ」と安心させておいてしばらく別の話で油断させておき、「ところで、リディス王女が住んでいたところはどんなとこ? 春とかどんなイベントがあるの?」と、さり気なく故郷の情報を入手しようとした。



 ヒントさえ分かればこっちのものだ。

 イベント情報で出身国が分かる。

 相手は圧倒的金持ちだ。

 だったら、その国の有力者を尋ねればいいだけである。



 しかしお姫様は妙なことを言うのだ。



「イベントなんてないよ。年中、暇」



 もしかして身元を探っているのがばれたのだろうか。

 お姫様は変な事ばかり言っている。



「あんたが言ったように、悔しいけど実はね、お姫様設定ではあるけど、サブサブサブサブサブヒロインなのよ。今帰ったら存在を抹消されるわ」



 なんだよ。

 それ?



 それ以上言及すると、「あーん、あーん、まだヒロインになれていないのに、今、帰ったら降板されちゃうよー」と泣きじゃくる。

 すごいよ、あんた。

 そこまでして帰りたくないのかよ。


 そして、まだヒロインタクティクスを引っ張っているのか。

 まぁ、言いだしたのは俺の方だけど。




 宿代を渡して宿屋にぶち込もうにも、明日にならないとニートの腕輪からお小遣いを貰えない。

 そりゃ、最悪はうちに一泊させてあげたっていいけど、汚いし、それ以前に母さんがびっくりするだろう。

 どうやって彼女のことを説明すればいいんだよ!?

 もしかして俺が誘拐したんじゃないかと疑われるかもしれない。そうなったら余計面倒だ。


 こっそり俺の部屋にかくまう手もあるが……

 


 大丈夫か!?

 俺の部屋は驚異のニート仕様だ。

 とてもお姫様をあげることなどできない。

 

 押入れを改装すれば……

 いや……

 長年溜め込んだマニアグッズで埋め尽くされているし、それに何とか改装できても、ロリっ子姫を押入れで生活させるなんて、なんかものすごい犯罪臭を感じる。

 



 とにかくこうなった責任は、伊藤さんにもある。

 伊藤さんが、無責任にも彼女を雇用すればいいと言い出したからだ。

 それでやる気にはなったが、今後どうすればいいんだ。


 そもそも一年で2000万ゴールドを稼がないといけないのに、その前に、1万ゴールドでひのきの棒を爆買いして、更にお姫様に給与まで払わなくてはならないのだ。

 

 ムリでしょ。



 *




 伊藤さんの店内では。

 お客は誰もいないというのに、まだ明かりをつけて営業をしていた。


 丁度良かった。

 俺は、かくかくしかじかで、と状況を話し、お姫様をどうすればいいのか聞こうとした。



「――と言う訳で、伊藤さんには何か考えがあるのだろうけど、それならそれをもうちょっと具体的に教えてくれませんか?」



 伊藤さんはメガネの中央に指を添えた。




「お姫様のことはあまり心配しなくても問題ございません」



「どうしてですか?」



「言葉に語弊があるかもしれませんが、単刀直入に申しまして、ズバリお姫様の身を心配している者がいないからです」



「あーん、あーん」



 ほら、泣いた。



「実は少しばかり気になって、調べてみました。わたくしの口からは大変言いにくいのですが、家庭環境に複雑な問題があり、今、ご自宅に帰ると100%殺されます」



 ええええええ!?

 もしかしてフロイダのために家宝の宝石を盗んだことが、大きな問題になっているのか? だったら尚の事、なんとかしないと!



「そんなことより、エリック様。

 もしかしてタイムリミットがたった4日しかないのに、あなたは自宅でゆっくり寝ようとしていたのですか?」



「そんなことよりって……

 それ、かなり重大な問題じゃねぇか!

 殺されちまうって、マジなのか!? お姫様はさっきから実家の話題になると、あーん、あーんと泣きじゃくるからさっぱり分からねぇんだ!」



「エリック様が悪を滅殺できる完全無欠のニートになれば、そのような裏事情などすべて乗り越えられます」



「つまり、お姫様のとこのお家騒動くらいどうとでもできるスーパービジネスマンになれってことですか?」


「まぁ、そのようなところです。ですから、あなたにはゆっくり自宅で寝ている暇などないのですよ!

 それに忘れたのですか?」


「え? 何をですか?」


「あなたはニートです。

 ニートは一度寝たら、起きる事が困難な負荷がついています。

 ニート属性には何かと弱点が多いのです。

 ニートは朝に弱い。

 ニートは起きてからしばらくの間、やる気のスイッチが入らない。

 ニートは寝て起きたら、寝る前まであっただろうやる気が半減している。

 ニートは前日に誓った思いや約束を、寝て起きたら忘れてしまうことが多々ある。

 つまり一度寝たら圧倒的に弱体化するのがニートです」




 ……そりゃぁまぁ、そうかもしれんが……




「その代り、ニートには圧倒的強い時間帯があります。

 それが真夜中なのです。

 例えるなら獰猛な夜行性の動物の如く、月下のもと、したたかにそして大胆に行動できるのがニート。

 これからが、あなたの真価を発揮できる時間です。

 それなのにどうして、自宅で寝ようとするのですか?

 昼、市営の図書館などで寝たらタダなのですよ。

 話がそれましたが、ニートとは、つまり真夜中の支配者。

 漆黒の闇こそ、まさにニートのときなのです」




 ニートは、闇の支配者だったのか!?



 俺もお姫様もニート属性。

 つまりこれから深夜にかけて強くなれるってことか。

 そう言われてみれば確かにそうだ。

 俺は深夜になると、なんか集中力がみなぎる。



 でも、これから何をしたらいいのだろうか。



 だってビジネスをするにも、商談相手が必要だ。

 物づくりをするにも、それなりのスキルがいる。



 今の俺には皆無。



「何を悩んでいるんですか?

 やることなどたくさんあります。

 あなたは最強のスーパービジネスマンにならなくてはならないのです。

 あなたが目立てば目立つ程、ライバル企業が激しく嫉妬するのですよ。

 奴等は手段を選ばぬ悪辣非道な外道共。

 容赦ない手であなたを闇に抹消しようとするでしょう。

 それに対抗するには、大いなる力を手に入れるしかないのです」



 伊藤さんの言っている事はよく分かる。

 その通りだと思う。


 俺が目立てば、カルディアやフロイダがほっとく訳がない。


 今日勝てたのは、想定外の手だったからだろう。

 フロイダは小物だけど、カルディアは用心深いしどこともなく不気味なオーラを感じる。

 対細菌用の戦略を用いられたら、遊び人の俺なんて瞬殺されてしまう。




 だけど、どうやって力を手に入れればいいんだよ。



「だからあなたは学ぶのです。

 ニートタクティクス、ひのきの棒編を。

 あなたには、これからクリスタルドラゴンと戦って貰います」



「え? え?」



「クリスタルドラゴンはわりと固いです」



「固いってもんじゃねぇよ! レベル80以上の勇者パーティだって斬撃が通用せず、殺されてしまうらしいじゃないか! レベル1のニートに倒せるわけがない」


「あなたはご存知ですか?

 ひのきの棒に貫けぬ物など存在しないことを」



「知らねぇよ!!」



「さて話しは変わりますが、実は先程、来客がございまして、そしてエリック様へどうしても渡して欲しいと手紙を預かりました」



 唐突に話が切り替わり困惑もしたが、伊藤さんから茶色い封筒を手渡されたので、首を傾げながら中身を開いてみた。




 こ、これは母さんの字……

 ど、どうして?



 俺は夢中で手紙を読んだ。



『エリック。

 不憫な思いをさせてごめんね。

 お前が、父さんのことを恨んでいる事も知っています。

 こんなに貧乏で、学校にも行かしてやれなかった。本当にごめんなさい』



 ……いいんだ。そんなこと。

 だって母さんは、俺の薬代を払う為に、たった一人で頑張ってくれたんだろ。

 それすら知らず、俺は……



『だけど嬉しかったよ。

 お前が金貸しの連中に向かって、私をかばい、俺が返すと言ってくれたことが本当に嬉しかった。

 まるであの人を見ているようだった。

 やっぱりお前にも父さんの血が流れているんだね。

 父さんは、曲がった事が大嫌いなすばらしい役人でした。

 だけど、そういう人は煙たがれます』



 カノンさんから聞いた。

 この国の役人の殆どは腐っていると。



『父さんは、罪なきエルフ国を根絶やしにしようとしていた国家に、たった一人で反対を続けてきた。

 その結果、罪人にされて殺されてしまいました。

 財産はすべて奪われてしまいました。

 お前には何も残してやれなかった。

 斬首される日、それだけを後悔していました……』



 ……父さん……

 俺が尊敬するカノンさんと同じ、国を憂う熱き人だったのか……

 それなのに……

 俺……



『本当にすまない。

 私には、お前に何もしてあげることができないのです』



 ……十分してもらったよ。

 今度は俺の番だ。



『だけどこんな私にも、ひとつだけできることがあります。

 お前がプレゼントしてくれたひのきの棒を、私は大切に保管しておきました。きっとあなたが独り立ちする日が来るでしょう。

 その時にもしかして必要になるかもしれないと思い、床の下に隠しておきました。だから借金取りに奪われずに済みました。

 エリックを案じてくれていた武器屋のオーナー、伊藤様にこれを託しております。お前がプレゼントしてくれたものをこういう形で返すことしかできないなんて、本当に何もない自分がなさけないです。

 でも伊藤様はおっしゃってくれました。

 ひのきの棒を制する者は、すべてを制する、と。

 私には、その意味までは分かりません。

 ただ私達を苦しめた悪い奴等――そう、エルフ軍を滅ぼした悪の将軍は、ひのきの棒を装備したまだ幼い少女に倒されたという噂を聞いたことがあります。

 伊藤様は断言しました。

 ひのきの棒で貫けぬ物は、存在しないと。

 更に伊藤様はおっしゃってくれました。

 あなたがニートと言う名のしがらみを自らの手で断ち切った時、あなたは如何なる邪悪をも打ち破るスーパービジネスマンへと覚醒するでしょう、と。

 母は、いつもあなたを信じています。

 

 愛しのエリックへ。

 母より』




 伊藤さんはカバンにひのきの棒を詰め込みながら、身支度を始めている。



「さぁ、エリック様。行きましょうか。

 ご心配は無用です。

 あなたはニートです。

 ニートは闇の支配者。

 敵は闇を嫌う、テカテカ光ったクリスタルの塊なのですから。

 そしてニートとひのきの棒の相性は抜群です。

 あなたは、まだ戦術指南を受講されていません。

 これからクリスタルドラゴンを瞬殺する方法をお教えします」




エリック

職業:ニート系遊び人

レベル:1

HP:18

MP:0

スキル:ニートタクティクス

武器:ひのきの棒

防具:ニートの腕輪



リディス

職業:ニート系王女

レベル:1

HP:13

MP:0

ヒロインタクティクス修行中

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