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45 ニートタクティクス 働いたら死ぬが、それでも職を探せ編6

 街中で号泣していたお姫様をほっとく訳にもいかず、だからといって脳内お花畑なお姫様のペースで行動する訳にもいかず「後でちゃんと王女の就職を手伝ってやるから先に用事を終わらせてもいいか?」と同意を得て、俺は目的の場所へと足を向けた。





 そしてここは、ロングナイラの収容所。

 厚く高い壁で覆われた巨大な塔である。

 間近で見上げると最上階の見えないその姿で思わず圧倒され、ゴクリと唾をのみ込んでしまう。


 入り口には槍を握った兵士が直立している。

 


「ねーねー、ニート君。ここは牢屋さんだよ? 君はここに就職するの?」



 さっきまでビービー泣いていたのに、もうケロッとしている。

 わりとさっぱりした性格のようだ。

 心配して損した。



「……いや。ちょっと会いたい人がいるだけだ」と簡単に返して、何の用だと睨みつけてくる兵士の人に近づいていき、コミュ症だからこういうの苦手なんだよなと思いつつも要件を告げた。


 誰だ小僧? といった感じで仏頂面だった兵士の様子は、目的を言った途端一変した。




「……失礼ですがお名前をおうかがいしてもよろしいでしょうか?」


「エリックです。あ、でもカノンさんは俺のことを知らないと思います。伊藤さんに聞いて是非お会いしたいと思って……」


「そうですか。

 分かりました。とりあえずお繋ぎしてみます」


「あの……。

 ここ、わりと丁寧なんですね」


「いえ。

 カノン様のお客様だからです。

 それ以外の面会希望者は事務的にチャチャチャと済ませます。

 カノン様はもはや神。

 どうして牢獄にいるのか自分にはさっぱり分からないのです」



 そ、そうなんですか。

 

 その後、簡単な持ち物検査をされ俺達は施設内へと通された。



 四方を石で囲まれた部屋で待つ事、15分くらい。

 戸が開き、黒くて長い髪の女性が入ってきた。

 目を閉じたまま、白い杖を握っている。


「カノン様。どうぞ、こちらです」


 兵士の男性に手を引かれ、木の椅子に腰を下ろした。



「初めまして。

 エリック」



「急にごめんなさい。

 武器屋のオーナーである伊藤さんにあなたのことを聞いて、どうしてもあなたに会いたくてやってきました」


「そうか。

 伊藤の知り合いか。

 あやつは元気か?」



「あ、はい」



 伊藤さんは、カノンさんが盲目なんて一言も言っていなかった。

 


「すまない。

 ご覧の通り、予は視力を失ってしまい、そなたの顔を見る事ができない。

 だが声でなんとなく分かる。

 そなたの声は内に力を宿している。

 夢に向かって走ろうとしている者の力強い声音だ」



「俺……

 まだ何もやっていません。

 だけど……

 俺、もっともっと頑張らなくてはならないんです!

 そんなことより……」



 カノンさんを見ていると辛くなる。

 簡素な布の服から露出している鎖骨や腕には、ムチで叩かれただろう痛々しいアザがある。

 誰かをかばってできたのだろうか。



「ふふ。

 これか?」



 え?

 分かるんですか?



「予はレベル3の偽勇者だ。

 この牢獄で正義を貫くには、あまりにも非力な肉体だった。過酷な環境下で、遂には光をも失った。

 だがその見返りは大きかった。

 予の心を理解してくれる友ができたのだ」



 同席していた兵士が涙を堪えている。



「うぅ。

 カノン様は偽勇者なんかではありません。

 真の勇者という言葉は、まさにカノン様の為にあります。

 カノン様がこうなったのは、すべて我々のせいなのです。

 カノン様は堕落した国家と、たった一人で戦っているのです。

 収容所とは本来、更生施設でなければなりません。

 ですが、もはやその機能を果たしていません。

 ほとんどの収容所は、囚人たちを苦しめる事に快感を覚える非常なクズばかりです。だから寝首をかかれる者だって少なくありません。

 だからいつも囚人と看守は憎しみ合っていました。常に一発触発の緊張状態が続いています。隙を見せた方が死ぬ。それが監獄と思っている者も少なくありません。だからパンを盗んで投獄されただけで、拷問にあい殺されてしまうのは日常茶飯事の出来事でした。いえ、無実の罪でさえも投獄されたら殺されてしまうのです。殺したい奴がいれば、罪をでっちあげて豚箱に入れる。そういう輩がはびこっているこの殺伐とした世の中。

 それをカノン様が変えようとしているのです。

 だからここは他の収容所とは違います。

 罪人たちは罪を償い、新しい人生へと出発できるのです。

 そのお手伝いをするのが我々の役目。

 償いが終わりここから出ていくものは、我々に感謝までしてくださるのです。

 時に人は間違う事もある。

 だからこの場所が必要なのです。

 それをカノン様が教えてくださいました。

 カノン様は、再生の女神なのです。

 ……そんなカノン様は……

 光を……

 うぅ……」



「何を泣く?

 予は満足しているのだ。

 予は人間が好きだ。

 そんな予は、人になれたのだ。

 如何なる試練をも乗り越えていくと決めている。

 この肉体は非力だが、力などなくともよい。

 伊藤は心ある5ゴールドしかいらぬと言っていたが、今の予にはなんとなくその気持ちが分かる。いくら力があろうとも、人を変えることなどできぬ。人を変えるには、己の心を裸にしてぶつかるしかない。それがようやく分かりかけてきたのだ。

 かつては己の欲の為に他人をねじ伏せてきた。

 その結果、人は予を恐れ、予を嫌い、予を憎んでいた。

 予は孤独だった。

 だが今は違う。

 今日、そなたがこうやって訪ねて来てくれたのも、予にとってはかけがえのない感動なのだから。

 こうやって見ず知らずの二人が出会うことで、またワクワクする未来が見えてくる気がするのだ。

 ありがとう。エリック」




 カノンさんは本当にステキな人だなと思った。

 そんな彼女は、人になったと言った。

 きっと昔は人以下の荒んだ生き方をしていたと言っているのだろう。

 俺もそうだ。

 人以下の人生を歩んできた。

 母さんに迷惑ばかりかけてきた。



「あの……

 俺、勇気が出てきました。

 カノンさん。

 俺、力なんてないけど、何か困ったら言ってください。

 あ、これ、差し入れに買ってきたおまんじゅうです。

 良かったら食べてください」



「ありがとう。

 だが、これは大切な庶民の食べ物。

 予にはもったいない。

 良かったら同席しているその子にあげてくれ。

 どうやらお腹を減らしているようだから」



「え?

 いいよ。

 この子、贅沢だし、色々よく分かっていないから。

 カノンさん。遠慮しないで食べてください」



「そうか。

 ではひとつだけ頂こうか」



 カノンさんはおいしそうにおまんじゅうを食べてくれました。

 なんだか胸が熱くなる。



「私も頂戴」とお姫様もまんじゅうを手に取ってぱくぱく食べ始めました。


「庶民の食べ物のくせに、まぁまぁおいしいわね」



「お、おい!

 あんまり食うなよ。

 これはカノンさんに差し入れしたんだ」


「は?

 いいじゃん。

 この人、いらないって言っているんだから」


「遠慮してくださっているんだ!」





 あっという間の面会時間だった。

 俺はカノンさんの発する一言一言に、心の底から熱くなる感動を覚えた。

 彼女と俺はあまりにもかけ離れているけど、ほんの少しでもいいから近づきたい。生まれて初めてそう思える人と出会えた瞬間だった。

 別れ際、カノンさんに、「もしかしてそなたは伊藤からひのきの棒を売ってもらったのか?」と聞かれたので「はい」と答えた。



「そうか。

 うらやましい」



「え?

 たかがひのきの棒ですよ?」



「伊藤は客を選ぶ。

 つまりそなたは伊藤の目に適ったということだ」



「伊藤さんはあなたとは一度会ったくらいにしか言っていなかったのに、どうしてそこまで知っているんですか?」



「予は伊藤が好きだから」



 そっか。

 カノンさんは伊藤さんに片思いをしているのか。



「……どうした?

 言葉を詰まらせたようだが。

 そうか。予は今、おなごであった。

 勘違いさせてすまない。

 なんというか、種族は違えど、友として尊敬しているという意味で言ったのだ」

 


 種族が違う?

 まぁ、男と女だから違うか。

 それよか必死になって反論するってことは、やっぱりそういうことですよね。

 友として尊敬って言われても、さすがに分かりますよ。

 ごちそうさま。

 


「あの、カノンさん。俺になんか手伝えることありませんか? 俺、伊藤さんもだけど、あなたのことも尊敬しています。すごい人同士が幸せになれたらいいなって心から思いますよ。ホントに」



「気持ちだけいただいておこうか。

 それよりか、伊藤はすごい奴だ。

 何か困ったら伊藤を訪ねてみるがよい。

 奴は5万手先の未来まで的確に指示してくれるぞ」



「……そ、そうなんですか!?」



 カノンさんはとても冗談を言うような人には思えない。

 でも、さすがに5万手とは盛り過ぎだろう。

 これが愛の力なのか。

 俺がカノンさんを神に思えちまうように、カノンさんは伊藤さんを神か偉人と思っているに違いない。

 

 確かに俺は伊藤さんの機転で助けてもらったことがある。その時、一年後、俺は大成功をしていると言ってくださった。

 でもあれは、あの場をつくろう為、口から出まかせを言っただけだろう。ああでも言わなければ借金取りが俺と母さんをさらっていた。




 でも折角なので伊藤さんにひとつ聞いておこうと思う。

 このお姫様の正しい処理方法を。


 お姫様は、まだ、ぱくぱくおまんじゅうを食べている。




 *




 その足で伊藤さんの武器屋に行った。



「エリック様。

 お待ちしておりました。

 そろそろかと思い、紅茶をご用意しております。

 一日歩かれて、お疲れになったでしょう。

 お姫様もどうぞ」

 


 隅の丸いテーブルには、ほんの少し前に入れただろうほんのり湯気のたったティーカップがある。


 伊藤さんは、待っていたと言った。

 まさか俺が来るって分かっていたのか。


 伊藤さんは懐中時計を開いて、時間を確認した。



「やはり18時43分21秒のパターンを選択しましたか。

 それは本日、最も理想的な選択肢を取られたということですね。

 エリック様は、とてもいいお顔をされています。

 まるでこれからワクワクする冒険を始める少年のような済んだ瞳です。

 わたくしはエリック様が本日するであろう5万1248通りの行動を予測しておりました。いずれを選択されても18時過ぎから19時の間に、わたくしの店に来られると分かっておりました」



「え?

 え?

 ええええ?」



 何を言っているんですか、この人は。

 あ、お姫様は、ずずずと紅茶をすすっている。

 庶民の味を知ってか、抵抗なく飲んだぞ。


 てか、おい、この紅茶。

 超うま過ぎるぞ。


 お姫様は澄ました顔で「いい紅茶ね」


「ありがとうございます。いつもは最高品質のものを厳選しておりますが、本日は敢えて、一般家庭で飲まれているものを使っております。入れ方には若干こだわっておりますが」


「ふーん。

 庶民ティーのくせに本当においしいわ。私がいつも飲んでいる本場エーゲレス産の紅茶よりも断然深くて濃厚で、だけどクセもなくて飲みやすいわ。ずずず。

 あ、私、リディス王女様。あなたは?」



「伊藤と申します。よろしくお願いします」



 って、おいおい。のんきにブレイクタイムしている場合ではないんだぞ。

 俺は猛烈に焦っている。

 だって俺は、たった一年で2000万ゴールドも返さなくてはならないのだ。

 そんな俺は、お姫様の面倒なんて見ている暇なんてない。

 だけどお姫様を泣かしてしまった以上、人として最低限のことはしなくてはならないと思う。年間2000万ゴールドってことは、最低でも、一日5万ゴールド以上は稼がなくてはならない。でも俺は、意味不明な責任感だけで貴重なこの一日を台無しにしてしまった。



「伊藤さん。

 俺とこの子は、どうしたらいいんでしょうか?

 どう考えても、まともに就職できるような気がしないのです」



 俺の質問に、伊藤さんは妙な言葉を返した。



「エリック様に就職できるかどうかは分かりかねますが、リディス様は100%就職できます」



 な、なんだと!

 俺がお姫様に負けるだと!?

 そんなバカな。


 お姫様はなんかホクホク笑っているし。

 勝ちこほっためでチラリと俺を見たし。



「伊藤さん!!

 このお姫様の実力を知らないから、そんなバカげたことが言えるんです。

 言っておきますが、このお姫様はスキル皆無、超わがままで、あんま空気読まない超痛いタイプなんですよ!!」

 

 

 あ、しまった。

 また暴言吐いちゃった。

 お姫様をチラリ。


「あーん、あーん、あーん!」


「ご、ごめんよー。さっきのは冗談のようで冗談じゃないけど、決して悪気なんてないんだ! 伊藤さんが変なことを言うから……つい」



「わたくしは正論のみを口にしています。

 断言できます。エリック様の就職は危ういですが、リディス様は確実に100%就職できます。それも規模こそ小さいですが成長率5億%以上で上場間違いなしの超優良企業に」



 お姫様はまた笑う。



「だから無理なんですよ! 誰がこんな痛い子を雇うんですか?」

 


「エリック様。

 あなたです」



「え? 俺が?」



「わたくしは言いました。

 リディス様の就職先は、成長率5億%以上で上場間違いなしの超優良企業、と。

 そんなすさまじい会社を作れるのは、あなた以外にいないでしょう。

 まさかたった一年で2000万ゴールドという大金を稼ぐために、就職なんて他人任せな選択肢をしようとしていたのではないですよね?」



「え? え?

 まさか俺に独立開業しろと?

 ……そんなの無理ですよ!

 俺、ニートなんですよ!?

 ぶっちぎりなプロのニートだったんですよ?

 それにこのお姫様は、圧倒的世間知らずで且つ、能力皆無、良いところ不明なんですよ!」



「あーん、あーん、うえーん。ニート君がいじめるよぉ!」


「あ、ごめん。だって伊藤さんが!!」



 泣いたり喚いたりしている俺達に、伊藤さんは静かに眼鏡の中央に指を添えて言った。



「エリック様。

 あなたは折角、職業遊び人なのです。

 レベル1のまま就職してはダメです。

 ご存知でしょうか?

 もし遊び人のあなたが転職するのなら、一定までレベルが上がってからです」



「え? え??

 何ですか、そのゲームっぽい設定は。知りませんよ。

 それに俺、遊び人のニートなんですよ!

 開業したところで、誰が相手にしてくれるというんですか?」

 


「それを見つけるのが、商売の面白いところです。

 それにあなたはニート。

 ニートが就職したら弱体化してしまいますよ?

 あなたが今まで培ってきたニートの存在を、完全否定することになるのですから」



 ま、まさか、俺が就職したら、鍛えぬいたニートタクティクスは弱くなっちまうのか!? 確かにニートでなくなった瞬間、ニートタクティクスの成長は止まるだろう……


 考えてみたら一理ある。

 俺はその気になったら、微生物の声だって聞こえるのだ。

 この力が弱体化してしまうのは、なんか勿体ない気もする。


 さすが伊藤さんだ。

 なんかスゲー説得力があるんですけど、同様に、スゲー間違っているような気もする。

 それに独立開業も、脱ニートじゃねぇのか?

 もしかしてニート系でもできる商売なんてのがあるのか?

 まったく分からねぇ。



「さぁ。エリック様。

 あなたは、人生を他人に委ねますか?

 それとも自ら切り開きますか?

 あなたがもし、自らの手で道を切り開くのでしたら、わたくしがニートタクティクス、ひのきの棒編をお教えしましょう。

 あなたが圧倒的勝利をつかむには2000本のひのきの棒が必要です。

 まずはリディス様を雇用し、2000本のひのきの棒の購入金額、1万ゴールドを稼ぐことをお勧めします」



 もはや俺には、伊藤さんが何を言っているのか理解不能だった。

 お姫様を雇って、1万ゴールド稼げだと??

 この人は何を言っているんだろうか。



 伊藤さんは続けた。



「人も紅茶も、家柄、銘柄などまったく関係ありません。決して良い品質の紅茶が美味しいのではありません。言葉のとおりサジ加減が大切なのです。

 美味しい紅茶を入れるコツは、その紅茶の本質を知ること。

 人も同様。

 人を無能にしてしまうのは、ハッキリ言って経営者のスキル不足です。人も物も同じです。活かすも殺すも経営者つかいて次第。

 如何に的確に本質を見極めるかに尽きます。

 さて、あなたはたった1年で2000万ゴールドを稼がなくてはならなくなりました。

 紛れもなくあなたはラッキーです」



「なんで俺がラッキーなんですか!! 胃は痛いし、辛いし、泣きたいし……。できることなら逃げ出したいよ」



「そう、あなたは逃げることもできた。

 お母様を見捨て、わたくしを裏切る選択肢もあった」



「そんなこと、絶対するものか!」



「だからラッキーと言っているのです。

 あなたは年収2000万ゴールドを稼ぎ出す、スーパービジネスマンになれるチャンスを得たのですから。

 この幸運をつかんだのは、紛れもなくあなた自身です」

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