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44 ニートタクティクス 働いたら死ぬが、それでも職を探せ編5

 歩くこと1時間少々。

 お姫様は「疲れたー、こんなでこぼこな道でもまったく揺れない快適なリムジン馬車を用意してー」とか「のど乾いたー、さっぱりおいしいアーオモーリ産の最高級100%濃厚アップルジュースが飲みたいー」とか、贅沢ばかり言っている。


「じゃぁ、おうちに帰りなよ」


「いやだー」


「じゃぁ、我慢しなよ」


「やだー」




 はぁ、めんどくせぇ……




「そんなことばっか言っていると、ヒロイン役から降板されちゃうぞ」



「……やだっ……」



 しゅんとしたが、駄々をこねるのをやめてまた歩き出した。


 どうやらさっき口から出まかせで言った『ヒロインタクティクス』を真に受けているようだ。

 今のお姫様は、降板や降格といった言葉に弱い。

 面倒なことをほざいたら、即、この呪文で乗り切るか。



 お姫様が駄々をこねたら、「ヒロイン降格」

 わがままを言ったら、「ヒロイン失脚」

 何か言ったら、「ヒロイン脱落」



 しまった。

 お姫様のメンタルを削り過ぎてしまったか。

 お姫様はその場に座り込んでしまった。

 ふてくされて、アイテムボックスから少女漫画を取り出して読み始めた。



 もしかしてあの少女漫画を読んで何か打開策を見つける気なのか。



 だがまずいぞ。

 あれは全92巻もある少女コミック『スタイリッシュ悪役令嬢の逆襲』だ。

 あんなのを読んでいたら日が暮れてしまう。

 


 仕方ない。

 俺にはニートタクティクス、忙しい人の為の読書術編がある。

 これで乗り切るか。



「あ、あんなところにスタイリッシュ悪役令嬢のナンバーワンヒロイン、アクヤー=クレインジョルナがいるぞ!」


「え? どこ。クレインジョルナ様はどこ?」



 お姫様がキョロキョロしているうちに、彼女の手から漫画を奪い取り代わりに最終巻のラストページを開いてすり替えた。



「あれ~、おかしいな。見間違いだったか」と言いつつ、ミュージカル『スタイリッシュ悪役令嬢の逆襲』でのフィナーレで流れていた主題歌を口笛で演奏した。



「あぁ、いい。いいわ。

 いつ読んでも泣けてきちゃう。

 やっぱ、ナンバーワンヒロインを目指さなくてはね」



 お姫様に読破した満足感を与える事に成功したようだ。お姫様はアイテムボックスにコミックをしまうと立ち上がり、砂のついたおしりをぺんぺんと叩いた。



 そんなこんなを続けながら、少しずつではあるが前進していき、ようやく労働局や法務局などが立ち並ぶオフィス街までやってきた。



 ここまで来たらさすがに道に迷わないだろう。

 あとはハロワの職員に任せよう。


 俺はロングナイラの収容所で、奇跡のジャンヌダルクに会わなければならない。お姫様とは、これでさよならをしたい。

 どうせすぐに世間の荒波の厳しさを体感して、自分がどれだけ裕福かつわがままだったのか実感することになり、迷わず自宅へ逃げ帰るだろう。

 それでいい。

 そうなれ。

 そうなるべき。



「ハロワはあっちだから」とあっちを指さし「俺はこっちに用があるから」とこっちを指さし「じゃぁね!」と手を振ってスタコラサッサと別れようとした。


 お姫様も「はい、じゃぁね」と返してくれた。


 なのに、どういう訳かお姫様はついてくる。


「……ハロワはあっちだよ?」


「うん……」


「ハロワへ行って就職しないと、ヒロインから降格されちゃうよ」


「やだ」


「じゃぁハロワ行かなきゃ」


「……あんた、私が就職できると思っているの?」


 その言葉に俺は正直驚いた。

 このお姫様は自分の能力を的確に分析していたのか。

 確かにニートで且つわがまま王女を雇うところは、どこもないだろう。



「どうやればいいか教えてよ」


「教えてと言われても、俺もただのニートだし」


「あなた、自分で言ったじゃない。さっき、ビルであいつらから逃げる時に、『俺はキングオブニート』って叫んだよね。

 なんか凄まじいオーラを感じたわ。

 あなたは普通のニートとは異質の……なんだろう……。うまく言えないけど、主人公格のニートって感じがしたわ。

 悔しいけど私のニート力を遥かに超えている」



 ニート力ってなんだ??

 でもって、悔しいのか?



「いいから教えなさい。

 どうやらあなたには用事があるようだから、これで最後にしてあげる。的確なことを教えてくれたら、後は自分でやってみるわ。

 あなたは就職すればヒロイン力が上がると言ったけど、どう見たって私は就職できないのよ?」



「まぁ就職できる要素はあまりないけど、いろんな職業があるから……。

 行ってみるだけ行ってみたらいいと思うよ」



「ムリに決まっているでしょ?

 どうやったら就職できるというのよ。

 だって私……

 なんか自分で言うと悲しくなりそうだから、紙に書くわ。

 あなたも紙に書きなさい。

 いい、ちゃんと本音を書くのよ。

 私も正直に書くから。

 それと私のダメなところもちゃんと書いてよ。悪い所は直して頑張るから」



 お姫様に紙とペンを渡された。

 人が行き交う郊外で、しゃがみこんで筆談なんて滑稽だけど、まぁ確かに言えんわな。



 お姫様は分かっていた。

 本当は気づいていた。

 そして変わろうとしている。


 だから俺は本気で書いてあげた。





『リディス王女。

 あなたは世間知らずで、おバカで、スキルもなく、すぐに騙され、わがままばかり言っている残念なニートです。

 おそらくすぐに解雇されるでしょう。

 いえ、それ以前に門前払いにあうと思います。

 悪い所はいっぱい。

 直すことはたくさんあり過ぎて、どこから直したらいいのか、俺にはよく分かりません。

 で、良い所は……

 えーと……

 ――で、でも俺も同じ底辺なのです。

 残念な者同士、頑張りましょう。

 あなたには、何か不思議な魅力を感じます。

 うまく言えませんが、今、あなたは新しい未来に向かって走り出そうとしています。

 だから諦めずに、頑張ってください。

 ありがとう。

 さようなら。


 ニートの王女へ

 ニートキングより』





 俺はリディス王女と手紙を交換した。



 お姫様の手紙に視線を落とした瞬間、俺の背筋は硬直してしまった。




 ……し、しまった!

 しかし、時遅し。



 お姫様の手紙にはこう書かれていたのだ。




『私はニートでした。

 それには訳があるのです。

 お姫様だからとか、おうちがお金持ちだったからという小さな理由なんかではないわ。

 もっと深い意味があります。

 だって私は圧倒的に美人で、気品があり、才能に満ち溢れているのですよ。

 もはやそれは史上最強ぶっちぎりクラス。

 きっとほとんどの会社の社長は、私のような逸材に来られても困ると思います。

 例えるなら、レベル10程度の冒険者リーダーのもとに、レベル9999の最強冒険者が雇ってくれと言うようなものです。

 だから心苦しいのです。

 悩んでいます。

 おそらくあなたは能力を偽ってでも雇ってもらえと言うのでしょうが、私は嘘をつくことができません。

 どうやっても、この有り余る才色兼備な圧倒的実力を隠すなんて不可能なのです。

 これは嘘偽りのない私の本音なのですが、どうも自分で自分を褒めちぎっているようで、さすがに恥ずかしかったので紙にしたためました。

 どうやったら気品あふれる私が、その辺のしょーもない中小企業に就職できるかを教えて下さい。

 大手でも私程の天才を採用するには躊躇するとは思いますが、大手ではいけません。

 ヒロイン力を上げるには圧倒的に苦労する必要があります。

 圧倒的苦労を効率よく手にするには、普段から苦労の連続であるその辺の底辺企業に入るしかないと思います。

 でも才能が全身からあふれ出ている私には無理なのです。

 どうやっても無理なのです。

 中小企業の社長様方が、ドン引きしてしまいます。

 だから教えてください。

 お願いします」




 ……

 スゲーとしか言えない。

 俺がドン引きしてしまったよ。

 


 だが俺は、この大手企業に上等、中小企業を鼻で笑ったお姫様に極論を書いてしまった。

 俺達は、誰も相手にしてくれない底辺のニートなんだよって。

 直すことがたくさんあり過ぎて、どこから直したらいいのか、俺にはよく分かりません、と、とどめの台詞まで書いてしまった。




 恐る恐るお姫様を見た。



 手紙に視線を串刺しにしたまま、ワナワナと震えている。




 ……えーと……





「あーん、あーん、あーん!!」



 お姫様は泣き出してしまった。

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