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41 ニートタクティクス 働いたら死ぬが、それでも職を探せ編2

 ニートの腕輪に指示された場所までやってきた。

 西洋風の街並みに一ヶ所だけ超浮いている物体がある。

 何とも美しい超高層ビルがそびえたっているのだ。



 なになに、ビル名はロッポンギ・タクティクスヒルズ。



 このビルには様々な会社が入っているようで、魔道ドアを入ったところにあるプレートには会社名がビッシリと書かれてある。



 えーと。



 ニコニコファイナンスタクティクス、金利はトイチ逃げたら埋めよ編のオフィス

 ロリっ子タクティクス、巨乳美女は許すまじ編のオフィス

 ワクワク通販タクティクス、クレーマーの数が勲章の証編のオフィス

 SMタクティクス、あなたは豚よ編のオフィス

 ストーカータクティクス、地獄のスナイパー編の隠れ家

 


 隠れ家?



 ま、いっか。


 どうもこのビルは、胡散臭い企業の集合体のような気がしてきた。



 あったぞ。

 快適勇者ライフの事務所だ。



 7FのルームナンバーCか。



 魔道エレベータがあったので、スイッチを押してしばらくまった。



 エレベータが開いたら、その中には鋭い目つきの銀色の髪をした兄貴風男性ともやしのようにひょろっとした少年がいた。

 なにやら話をしている。


「ストーカーの力はハッキリいって強力だ。だから絶対に忘れるな、狙うは悪のみだ。ちなみにこのビルには悪党しかいない。だから俺はここを選んだ。ストーカーは常に気を緩めてはならないからな」


「はい。先生」



 男の鋭い目に威圧されて、思わずドキっとした。



「おい、君。見かけない顔だな。新入り(しんにゅうしゃいん)か? どこの舎弟かいしゃだ?」


「え、いえ、まぁ……。ちょっと気になる会社があったから、どんなことをしているのかなぁと思って……」


「そうか。

 たまに興味本位でこのビルに入ってくる者がいるが、君もそうか。

 まぁ、いらぬお節介はよそう。

 ひとつだけ忠告しておく。

 くれぐれも快適勇者ライフの事務所にだけは行くなよ」

 

 

「え……と。それはどうしてですか?」


 

「実はこの名前に聞き覚えがあってこっそり偵察をしてみたんだ……。

 まぁそこの社長は俺の知っている奴ではなかったし、どうもそいつは改心していい奴になったって風のうわさで聞いたし……

 それはまぁいいんだが……

 うまく言えないんだが、とにかく快適勇者ライフの社長は今まで出会った奴よりもヤバイ。

 俺はかつて魔王に匹敵するとまで言われたよこしまな心を持つ悪魔と戦ったことがあるが、そいつを軽く超えている。もし魔王が本当に存在するのなら、まさしく奴がそうだと断言したっていいくらいだ。

 悪い事は言わん。

 近づくな」



「え? あ……。はい」



「君は良い空気を出している。恐らくニートだな」



「あ、はい」



「そうか。やはりニートか。

 長年太陽に触れていない肌。

 まともに人と話したことがないだろう、おどおどしい言葉づかい。

 対人が苦手なのだろう、泳ぐような視線の運び方。

 君を見て、すぐにニートだと分かったよ。

 大丈夫だ。

 心に傷がある者は強くなれる。

 実は俺もかつてそうだった。そして俺の仲間もだ。皆、苦しい運命の十字架を背負いながら、その呪われた宿命を克服して、今ではそれぞれの道で一流と呼ばれる存在になった。

 だから君もなれるだろう。

 ガンバレよ」



 圧倒的存在感に押され、思わず頷いてしまったけど、この人はさっきストーカーが云々と言っていた。

 恐らくストーカータクティクスの人だ。

 ストーカーに言われても説得力がありませんよ。

 だって、あなた、ストーカーなんですよ?

 君と俺は似ているとまで言われました。


 ストーカーとニートは別物ですよ?

 

 まぁいいですけど。



 この時の俺は、そのくらいにしか思っていなかった。




 俺はニートの腕輪に言われる通り、快適勇者ライフの事務所のドアをノックした。

 中から体格のいい男性がでてきた。スポーツでもやっているのだろうか、かなりの長身で、真ん中で分けた黒髪にストライプ模様の入ったスーツ姿。

 顔の堀は深いが、かなりのイケメンだ。



「……あ、あのぉ……」


「なにかしら?」



 女性っぽい言葉に、妙な違和感を覚えもしたが、実のところ緊張の方が遥かに大きく、それどころではなかった。

 逆に威圧感すら覚える立派な体格をした人が、女性言葉で話しかけてくれているので、若干体の震えが収まったというのが正直なところだった。



「えーと。この会社、求人とかしていませんか?」


「万年人手不足よ」


「えーと、俺、職を探しているんですけど、俺でも出来ます?」


「すごく簡単。誰でも出来るわよ。もしかして面接希望?」



 え。

 とりあえず、どんな会社で、どんな業務内容で、給与面はいくらか知っておきたい。

 先にハロワに行っておくべきだったか。



 男性はニッコリと笑って「どうぞ、中へ」と言ってくれたので、俺は恐る恐る男性の後をついていった。

 男性は応接間に通してくれて、まるで客でももてなすかのような丁寧な振る舞いで紅茶まで入れてくれた。



「緊張しなくてもいいんですよ。私はあなたの来社を歓迎しています。それに我が社の仕事は凄く簡単ですから」



 ここの仕事は誰でもできるらしい。

 ニートの腕輪の言った通りだ。

 すごいぞ、ニートの腕輪。



 男性はソファーに腰をおろすと、俺にも座るようにと手の平でソファーを指差した。俺は言われるがまま、腰を落ち着かせる。



「はじめまして。

 私は快適勇者ライフ代表、カノ……。いえ、カルディアと申します」



「俺はエリック。

 スキルはありません。昨日までただのニートでした」



「大丈夫です。

 我が社のタクティクスは完璧ですから。

 昨日までニートだった者達でも、我が社に入社するとみんな活き活き働いております」



 マジですか!?

 すごいぞ、ニートの腕輪。



「あ……。あの……。

 いきなりで失礼かもしれないんですけど……」



 とにかく俺は金がいる。

 給料面だけは知っておきたい。

 だけどこういう事をいきなり聞くのは、やっぱり失礼なのだろうか。



 そんな不安で、また胃が痛くなった。



「給与面を心配しているのですか?

 それはご安心ください。

 先月までニートだったフロイダ君の今月の給与は200万ゴールドでした」



 すげぇ。

 200万ゴールドといえば、もはやエリート中のエリート、王宮騎士を軽く凌駕しているじゃないか。

 ここで10ヶ月頑張ったら、借金額2000万ゴールドまで到達する。



 ここ、もしかしてマジですげぇところなのか?



 さっきまでの不安が消し飛び、俺はワクワクした気持ちで聞いていた。



「先程、誰でも入社できますと申しましたが、採用にあたりひとつだけ簡単な試験をさせてもらいます」



 やっぱり試験はあるのか。

 試験という言葉で、また胃の奥がキリキリと痛くなるが、俺は天下一ニート選手権でトップを取った経緯がある。

 自信を持て、エリック!


 実はどういう訳か、二次試験から先はあまり記憶が残っていない。

 断片的に印象深かったシーンが、何かの拍子で時折思い出すくらい。

 でも壮絶なバトルだったことだけはハッキリと覚えている。

 今俺がしているこのニートの腕輪は、相当な思いで勝ち得た。


 全身を真っ赤に染めた俺は、ニートの腕輪を抱きしめて確かこう叫んだ。


「俺はニートの光になる。

 ニートこそ最強、ニートは時代を変え、そして世界を救う! 俺はニートの中のニート、ビクトリーニートだ! てめぇら、ニートタクティクスを舐めるな!」



 それは、今でも脳髄の奥に克明に刻み込まれている。



 俺はどういう気持ちで、この言葉を言ったのだろうか。

 いくら頭を捻っても、まったく思い出せない。

 おそらく優勝した嬉しさで歓喜あまって口にしたのだと思う。




「あなたはニートでしたよね?

 今まで試験の経験は?」

 

 

「天下一ニート選手権で、キングオブニートの座を勝ち取りました」


「それはすばらしい。どのような内容かまでは存じませんが、何にしてもトップを取るという事は紛れもない快挙。あなたのような素晴らしい逸材に巡り合えたことを心から感謝します」



 えへへ。



「きっとエリック君なら素晴らしいスコアを叩き出せると思います。

 入社試験の内容は、快適勇者ライフタクティクス初級編です」





 ――快適勇者ライフタクティクス……

 その言葉で、俺はゴクリと喉を鳴らした。


 それは檻の中のジャンヌダルク、カノンさんが提唱するまさに勇者の証とも言える偉大なるタクティクスの名前だから。


 伊藤さんも絶賛していた。


 弱い老人をかばう為にムチを浴び、その勇気ある行動で、ムチを放った心なき男まで改心させたまさに光の奥義だ。

 果たしてニートなんかの俺にできるだろうか。

 だけどこの試験を突破した入社一ヶ月目の新米社員は、王宮騎士以上の給与を貰っているそうだ。

 でも分かる気もする。

 だって真の勇者は、王宮騎士を超える。




 ニートの指輪が小さな声で俺に話しかけてきた。




「ガンバレ! エリック! できるよ、エリックなら。おいらには分かるよ。このタクティクスは難しいかもしれないけど、その威力は超すごいよ。だから絶対に覚えたほうがいいよ。心配はいらないから。だっておいらがついているもん!」

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