40 ニートタクティクス 働いたら死ぬが、それでも職を探せ編1
ニートの腕輪。
それはニートの夢を叶えてくれる幻のレアアイテムである。
天下一ニート選手権は辛く過酷な戦いだった。
全国から名だたるニートが各地の予選を勝ち抜き、ニートの中のニートを決める熾烈極まるルール無用のデスマッチ。
まず参加者は全員ニートだ。
大抵は時間を守れない
試合開始時刻に、半分以上が間に合っていない。
俺もそうだった。
だが、さすがニートの頂点を決める試験だ。
まともな常識なんて存在しない。
時間に遅れた奴だけが、一次試験通過者となった。
一生懸命、解答用紙にニートとはなんたるかを書き込んだ奴らは、すべて一次試験で失格となった。
その次には二次、三次、最終試験まであったが、俺は全てパーフェクトの成績を叩き出し、10名いた審査員すべてに、「アメイジィ! お前は真のニートだ!」という祝福の言葉を貰い、ニート協会の理事長に、キングオブニートの称号であるニートの腕輪を授与してもらった。
母さんのために頑張ると決意した翌日の正午過ぎ。
俺はベッドから飛び上がった。
俺は朝起きることができない。
目覚まし時計4つスタンばっていたのに。
朝一でハロワに行こうとしていたのに。
俺の右手にはニートの腕輪が不気味に光っている。
まるで俺の敗北を喜んでいるかのようだ。
「おい、エリック」
な、なんだ?
ニートの腕輪がしゃべったぞ。
「おいらにだって意思はあるんだぞ。いつもキングオブニートの守護者としてエリックを見守っていた。今までは立派なニートだったから黙っていたが、お前、よくない事を考えているだろ?
お前は真のキングオブニートだ。
それなのに、お前、なんか頑張ろうとしているよな?」
「もちろんだ。
母さんを救えるのは俺しかいない」
「あー、ムリムリ。
それよか昼飯代と遊ぶ金を用意してやったから、適当に外食を済ませてカジノへ行こうぜ。知っているだろ? 今日は火の曜日だ。スロットの揃う確率はいつもの二倍だ。男なら行くしかねぇだろ!」
床に何かがキラリと光っている。
コインだ。
8ゴールドもある。
金を見ると、カジノのリズミカルなメロディーが頭の中に再現されてしまう。
くそったれ。
コインをポケットに押し込むと、俺は長屋を出た。
いつもは夕方くらいから活動を始める俺にとって、太陽の光はきつすぎる。
俺は強く心に決めていた。
檻の中のジャンヌダルクに会おうと。
カノンさんは凄い人だ。
かつては俺のように終わった人生を歩んでいたのに、誰かの為に戦う強い人へと変わった。レベル3というのに、老人をかばってムチで打たれた。
収容所内の兵士は、職業柄かなりレベルが高いはずだ。
下手すれば死んでしまう。
それなのに、彼女は弱い者を守る為に戦っている。
俺にだって、できるはずだ!
ニートの腕輪から貰った8ゴールドで、カノンさんへの差し入れを購入し、収容所へと歩を進めた。
「おい、エリック。
カジノはそっちじゃねぇぞ。
どこへ行く気だ?」
「ロングナイラの収容所。
その後はハローワークだ」
「げ。
やめろ。
お前、死ぬ気か?
知っているとは思うが、勇者にとっての魔王城が、ニートにとってのハロワなんだぜ?
お前、最強のキングオブニートなんだぞ?
ハロワなんかに行ってみろ。
恐怖のあまり心臓が爆発して死んでしまうぞ」
「ざけんな!
俺は生まれ変わるんだよ!」
「生まれ変わってどうするんだよ?
折角借金返済を一年延ばしてもらったんだ。
11ヶ月くらい遊んで、最後の1ヶ月で逃げればいい。
だっておいらがいる限り、お前はのたれ死ぬことはないんだぜ?
母親と伊藤を見捨てる勇気を持てば、お前はニートとして優雅な生活ができる。
それにお前、働いてどうするつもりだ?
手に職を持たないエリックなんて、雑用くらいしかできん。
そもそも働いたら死ぬんだぜ。
お前はもうニートとして生きていくしかないんだ」
「うるせぇ。黙れ!
俺だって……俺だって……」
くそう。
こうやって何かを頑張ろうとすると、すぐに胸の奥が痛くなっちまう。
これがニートの血というやつなのか……
情けない。
ニートの腕輪を外そうとしたが、ピクリとも動かない。
こいつの言う通り、俺はクズのままなのか。
「エリック。
ごめん。
おいらはお前の幸せを考えて言っているんだ。
おいらだけだよ。
本当のエリックを知っているのは。
伊藤も母ちゃんも、エリックのことを知りやしない。
エリックは一人では何もできない典型的なダメ人間。
でもいいじゃないか。
そんなダメ人間だって、生きていく権利はあるんだ。
楽しむ権利だってある。
おいらはエリックが好きだ。
だから見捨てないよ。
心配しないで。
絶対にエリックを守ってあげる。
キングオブニートを守護するためにおいらは存在するのだから。
どうしても仕事をしたいというのなら、おいらの言う通りにして。
このストリートを突き当りまで歩いて右折したところに、快適勇者ライフの事務所ってのがあるよ。おいらのニートアンテナには、スーパー吉とでている」
快適勇者ライフの事務所だと?
その名前、聞いたことがある。
「ところでニートの腕輪よ。そこはどんなとこなんだ?」
「ニートでもできる超簡単な業務内容で、相当の利益を叩き出している。快適勇者ライフタクティクスとニートタクティクスは相性が抜群。覚えておいて損はないよ」
――快適勇者ライフタクティクス。
たしか檻の中のジャンヌダルク、カノンさんのタクティクスもその名だった。
その事務所とカノンさんは、何か関係があるのだろうか。
ニートの腕輪の言う事だ。
どこまで信用していいのか分かったもんじゃない。
だけどここから近いし、訪ねてみる価値はありそうだな。




