4 珍念
珍念と名乗るとんち小僧を連れて、あの奇妙な武器屋へやってきた。
今まで誰にも相手にされなかったのだろう。嬉しそうに私に話しかけてくる珍念だが、勘違いするなよ。
パーティを組んでやるつもりなんて、サラサラないからな。
武器屋を紹介したらおさらばだ。
そして伊藤氏の武器屋。
確か新規が三人くれば店仕舞いとか言っていたが、まだやっているではないか。
まぁまだ昼過ぎだし、あれはきっと営業トークなのだろう。
私は細けぇことなんて気にしない。
安く武器が買えればそれでいい。
私と目を合わせると、伊藤氏はにっこり笑い一礼をして話しかけてきた。
「ヴァルナ様。パーティを見つけられたのですね。初めてのお仲間、まず祝福をのべさせてください」
「ちげーよ!
誰がこんなやつとパーティを組むかよ。こいつはただの哀れな貧乏小僧だ。こうやって安い武器屋を紹介してやっただけだ。ほら、伊藤氏、商売だ。珍念にもひのきの棒を売ってやれよ」
しまった。
珍念は泣きそうだ。
珍念は私とパーティを組んでもらえると思ってわくわくした気持ちでついてきたに違いない。
だから、もうちょっとソフトに断るつもりだったが、伊藤氏が妙なことを口走るから思わずひでぇことを言っちまったじゃないか。
まぁしゃーないか。
私はそんなに器用じゃない。
まぁ、これは私なりの親切だ。
珍念は安く武器を手に入れられるし、伊藤氏だって5ゴールドも儲かる。5ゴールドもあれば、晩飯にマヨネーズくらいはつけられるぞ。
だが伊藤氏は渋い顔で、
「すいません。わたくしは新規のお客様は一日に三名までとさせてもらっています。本日はヴァルナ様で三人目。珍念様にひのきの棒をお売りすることはできません」
「は? あんたが儲かるからこうやって連れてきてやったんだよ。細けぇというか、面倒な店だな、ここ」
「大変申し訳ございません。ただ、珍念様に当店のひのきの棒をお渡しする方法がひとつだけあります」
「は?」
「ヴァルナ様にご購入いただき、珍念様にお渡しいただければ問題ございません。アイテムの交換なのでパーティ申請をする必要もありますね」
「なんだよ、それ。他の店にだってひのきの棒なんてあるだろ! 違うところに行くわ!」
「そうですか、それなら仕方がございません。これはヴァルナ様と珍念様がパーティを組めるまたとないチャンスと思いましたが」
「なんだよ! どうして私がこんなやつと!」
「どうして組まないのですか? 珍念様のご職業は僧侶。戦士とは非常に相性が良い」
「西洋風僧侶なら回復魔法が使えるからいいが、こいつ、和風僧侶なんだぞ。スキルは托鉢ととんちなんだぞ。そんな奴とどうやって冒険しろってんだよ!」
「素晴らしいスキルではないですか。
特に托鉢はすぐれた能力です。
お経という戦闘には全く効果のない呪文を唱えるだけで、他人からお金がもらえるのです」
「だりーわ!」
「そうでしょうか?
戦闘に全く効果のない呪文というところがすばらしいのです」
「は?」
「つまりMPが消耗しないのです。
大抵のスキルはHPやMPが消耗するのですが、托鉢はやりたい放題です」
「確かにそうかもしれんが、そもそも托鉢って金になるのか?
托鉢をしている僧侶を見たことがあるが、大抵なら面倒だから追っ払うために1ゴールドを恵んでやるのが一般常識だろうが。それ以前に門前払いだ。大した金にもならず一日が終わり、のたれ死ぬだけだ」
「計算してみましょう。
家が密集している街中だと想定します。
一軒の訪問時間を2分として、移動時間を4分。つまり一時間で10軒の家を回れます。珍念様の装備から想定して、大変失礼ですがおそらくレベルはまだ1。
ですが割れた頭鉢を見ると、托鉢歴は長い。おそらく5年以上は托鉢で生計を立てていると思います」
珍念は「うん」とうなずいた。
「托鉢歴5年。
朝夕2回、日に3時間ずつ行ったとして、一日の托鉢回数は60。
365日 × 60回 × 5年 = 109500
托鉢スキルは1000回やる度に1上がります。
珍念様の托鉢スキルはおおよそ109くらいでしょうか。
スキルレベル100越えは、エキスパートである証。
珍念様は、かなりの高確率でお布施がもらえるでしょう。
低く見積もっても、成功率 1/2
一軒当たりいくらもらえるかの数式は、( 『托鉢レベル』 × 『うんのよさ』 × 『今年の景気』 ) / 1000 (切り捨て)となります。
珍念様のうんのよさは、レベル1の僧侶なので、まだ1。
今年の景気動向指標を、コンポジット・インデックスを用いて算出すると、対称変化率 = 当月値-前月値 /(当月値+前月値 )/2 × 100ですから……ざっと計算しても一軒あたりの平均の布施単価は19.5ゴールド。
昼過ぎの家主が多い時間帯を一時間回るだけで、195ゴールドになります」
きょとんとしている珍念をみた。
マジか。
珍念は金を生む野郎だったのか。
とてもそうは見えんが。
「う、うん。計算根拠は難しすぎてよく分からなかったけど、大体一時間でそれくらいになります」
「お前、そんなに金持ちなのに、どうしてみすぼらしいカッコをしているんだよ!」
「だって皆様から頂いた大切なお金です。だから、かわいそうな子供にあげたり、ノラ犬の餌を買ったりすると、すぐになくなってしまいます」
「……。
どうでもいいが、托鉢一本で生計立てた方がいいんじゃないのか?」
「いやです。
ボクだって困っている村人たちを守る冒険者になりたいんです! だからギルドに入りました。でも、ボク、弱いから……」
……。
こいつ、バカなのか。
色々突っ込みたいが、まぁいい。こいつはきっといい奴なんだろ。
とにかくすごいぞ。
珍念とパーティを組めば、わりと簡単にゴールドが入手できる。
そうしたらこんなチンケな武器屋でひのきの棒を買わずに済むじゃないか。
あはは。
そうしたらひのきの棒なんて、たき火を成長させる材料にしてやる。
伊藤氏は話をつづけた。
「如何でしょう? 戦士と僧侶は相性が良いことはお分かりいただけましたか?」
「お、おぅ……」
「では珍念様と托鉢に行き、195ゴールドを集めて再びこのお店にお越しください」
「は? もうこねぇよ!
3時間くらい粘って、600ゴールド貯めてもっと強力な武器を買うわ!」
「ヴァルナ様。よろしいのですか?
ひのきの棒より強力な武器など存在しないのですよ? 600ゴールド程度で購入できる武器なんてゴミクズ同然ですよ?」
「は?
ひのきの棒の方がゴミだろうが!」
「どうしてですか?
195ゴールドあれば、ひのきの棒を39本。600ゴールドだと120本も購入できますが?」
「ゴミをそんなに買ってどうするんだよ!」
「強力なモンスターと戦うのです。ひのきの棒は最強の武器なのですから」
私には伊藤氏が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
ただ、珍念と托鉢に回れば、金になることだけは分かった。
それを元手に冒険の足掛かりができる。
生計の糸口がようやく見つかった。