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38 間話『それぞれの未来』

 今回のお話は三人称神視点です。

 武器屋防具屋が並ぶ賑やかなストリートから少し離れた小高い丘。

 そこで魔女ルーシェルはアイテムショップを再開することにした。



 観葉植物が並ぶ店内。

 静かで穏やかな癒しをイメージした空間ではあるが、さすがに開店を明日に控え、どこともなく緊張感が漂っている。

 

 緊張感を漂わしているのは、緑色の髪をした小さなエルフ。

 

 どうも店主よりも張り切っているようで、狭い店内を何度も隈なく駆け回り、商品の位置を調整している。

 

「ルーシェルさん、このハットはもうちょっと上の方がいいと思うよ」


「そうかしら。それよりそろそろ3時よ。ティータイムにしない?」


「何をのんきな。明日がオープンなんですよ! まだまだやることはあるわ」



 こんな辺鄙なところまでやってくる客なんてそうはいないだろうとのんびり構えているルーシェルに、ノエルは真剣そのものの表情でまくし立てている。


 そんなルーシェルの魔法ショップに、お祝いの品を持って一人の男性がやってきた。


「おめでとうございます」


 戸を開けたノエルの顔が、パッと明るくなる。

 

「あ、伊藤さん。お久しぶりです。来てくださったんですね!」


「はい。たいしたものではございませんが、開店のお祝いに」


 伊藤が差し出したものは、26時間以上並ばないと購入できないと言われている人気スイーツ店の幻のケーキ、カエルモンナラカッテミナァルティであった。


「うわぁ、ありがとう! 今、ルーシェルさんを呼んできますね」


「いえ、明日は開店。お忙しいと存じますので、わたくしはこれで」


「そんなことないよ。それにルーシェルさんはさっきから何もしてないし。朝、ちょっと店内を掃除したくらい。いいから入ってよ!」



 ノエルに手を引かれ、伊藤は魔法ショップの一角にやってきた。

 そこはテーブルの丸椅子が並ぶカフェスペース。

 ノエルに勧められ、伊藤は腰を下ろした。

 窓から差し込む陽だまりが心地よい。



 伊藤はノエルの姿を見て、目を細めた。

 ゴンザのところではボロしか着せてもらえなかったススだらけの少女が、見違える程綺麗になっていたからだ。肩にフリフリのある洋服が、本当によく似合っている。



 伊藤はルーシェルの入れた紅茶に少し口をつけた。

 ふと、伊藤は思い出した。



 ゴンザを倒したあの日――

 皆で食事を済ませ、各々の未来を語った。


 その後、シュバルツァーは、己のストーカータクティクスを完成させるために修行の旅に出た。

 ダンはカトリーヌから天使のオルゴールを受け取り、娘の死を受け入れ、滅びた村へ足を向けた。

 二人はこの冒険で何かを感じ、そして新たなる未来へと進み出したのだろう。



 ノエルは二人を見送ると、どこか寂しそうにポツンと立っていた。

 彼女は皆に勇気を与え、そして自由を勝ち得た。



 だけどその後、何をすべきか考えたことがなかった。

 身よりすらないノエル。

 自分だけ取り残された気持ちになっていた。

 そんなノエルをルーシェルは、どうしても引き取りたいと言ってきたのだ。


 困惑しているノエルに、伊藤は「良かったですね。これで営業妨害タクティクスひのきの棒編は修了です」と告げて立ち去った。




 やる気に燃える活き活きしたノエルの表情を見て、――本当に良かったですね、と、もう一度心の中で彼女に修了の謝辞を送った。



 伊藤は辺りを見渡す。

 素人の目にはシンプルなデザインの帽子やマントに見えるが、どれも通常のルートでは入手困難な幻のアイテムばかりである。



「これは強力なライバルの登場ですね。わたくしのひのきの棒にも、新たなる要素を組み込まないと危ういようです」




 *




 その日。

 伊藤の店に新たな珍客が訪れた。

 丁度客足の途切れる夕暮れ時に。と、いう以前に元々客なんて少ないのだが。


 客は、黒いハットに季節外れのトレンチコートを着込んでいる。

 人の姿こそしているが、伊藤にはその正体が分かる。



「またあなたですか」


「良く分かったな、さすが伊藤……」


「あなたは魔王独特の重たい空気を発していますから、どのような姿をしていてもすぐに分かりますよ。本日は何のご用ですか? 先日も言いましたが、あなたの参謀にはなりませんよ」


「いや、その話はもうよい……」



 今までしつこいくらいスカウトを続けてきたというのに、他に何の相談事があるというのだろう。

 首を傾げる伊藤に、魔王は深々と頭を下げた。

 


「5ゴールドだ。頼む……。これで、ひのきの棒を売ってくれ……」



 魔王の手には5ゴールドが握られていた。



「お前は心のこもった5ゴールドなら受け取ってくれると言った。

 これは予が人間界で人間の姿になり、人間社会で1ヶ月頑張って手にしたかけがえのない5ゴールドだ」



 伊藤は軽く溜息を吐いた。


 魔王の変わりっぷりに驚きもした。

 あの魔王が大切そうに5ゴールドのコインをなでなでしているのだ。

 この5ゴールドを獲得するまでには相当なドラマがあったに違いない。

 人間界の使用人にこき使われ、それでもお金を稼ぐために頑張ったのだろう。


 確かに魔王にとっては大切な5ゴールドに違いない。

 だが果たして魔王に、ひのきの棒を売っても良いものだろうか。

 鬼に金棒。魔王にひのきの棒。

 人類滅亡へのスイッチを押すようなものだ。

 

 

 すぐに伊藤は気づく。

 そもそも大の大人が1ヶ月もかかってたった5ゴールドの給金とは、ちと安すぎる。



 きっと使えずに首になったのだろう。

 勤務先の物を壊してしまったのか、客とトラブルを起こしたか、はたまた勘定を間違いまくったのか。一生懸命頑張っている意欲は親方にも伝わったのだろうが、その成果が努力に追いついていない。だって魔王は働いたことがないのだから仕方ない。

 あまりにも可哀そうなので、手切れ金代わりに5ゴールドを貰ったのか。



「この5ゴールドは受け取れません。

 まだ15点ですから」


「な、なんだと!」


 反論しようとした魔王だったが、しゅんと下を向いた。


「さすが伊藤だ。

 見破っていたのか。

 確かに全力で務めて得た5ゴールドではあるが……

 ……予は十分な仕事ができたとは思えない。

 予はお前が認める5ゴールドを探して回った。

 最初は手下をフル動員したが、それらしいものは見つからなかった。

 きっとそれは人間界にあると思い、人間の姿となり人間界に降臨した。

 どこから探せばいいのかホトホト困惑していた。

 それでも足を棒にして探した。

 だが見つからない。

 完全に活路を失い公園のベンチで悩んでいた予に、日雇いワーカーとよばれるボロをまとった老人が話しかけてきた。

 老人は言った。

 ハローワークに行けばかけがえのない金を手に出来ると。

 予は老人からパンまで貰った。

 もしやボロを着た老人は、光の大賢者なのでは。

 予はハローワークへと赴き、レストランという名の大衆食堂を紹介された。

 注文を間違えたり、皿を割ったりとミスは多かったと思う。

 ゴキブリが入っているから裏へ来いと言われ、行った事もある。

 予には高い感知スキルがある。

 客がゴキブリを入れたのは知っていた。

 だが相手は客だ。

 客は神と、店のオーナーから指導を受けている。

 金を貰う以上、オーナーの命令は絶対だ。

 4人組の男は、予にどうしてくれるんだ、代表を出せ! と怒鳴ってきたが、オーナーに迷惑をかける訳にはいかない。

 4人組を瞬殺するなんて造作もないことだ。

 フゥと強く息を吹きかけるだけで四散するだろう。

 だが、予はかけがえのない5ゴールドを手に入れる為、甘んじて男共の攻撃に耐えた。

 人間の姿の予は、防御力をゼロにまで落しているのでわりと効く。

 グゥっと我慢して、男共が諦めるのを待った。

 実はオーナーはこのことを知っていた。

 予がボコボコに殴られていたのを、涙ながらに見ていた。

 でも注文を間違って客を怒らせて帰したことも多々あったというか、30分おきに1回はあったから、店に与えた損害の方が遥かに大きかった。

 そんなこんなで手にした5ゴールドだ。

 やはり、予はまだまだ未熟であったか……」




 複雑な気持ちに襲われた伊藤は、思わず口にしていた。




「少し前にラクライナの牢獄という場所が崩壊しました。今、国の自衛団が復旧に取りかかっていますが、人手が足りない様子です。

 もし宜しければ、手助けをしてあげてみては如何でしょうか?」



 下手に魔王に頑張られても多くの人に迷惑をかけてしまうだけだ。

 でも腐っても魔王。

 力仕事なら大丈夫だろう。

 



 *




 その日から魔王は、炎天下の中、瓦礫の撤去作業に従事した。

 瓦礫を一輪車に乗せて運び続ける単純労働だが、焼けるような太陽のもとこの仕事はきつい。


 瓦礫の下からは、押しつぶされた死体がでてくる。

 屈強な犯罪者も多数おり、生存者がいれば檻付きの馬車に移動させるように命令されている。


 魔王はとにかく頑張った。

 生存者を見つければ、「ガンバレ! 今、助けるぞ!」と勇気を与え、死にもの狂いで瓦礫を持ち上げては一輪車へ乗せていく。



 自衛団の一人は、「兄ちゃん。若いのによく頑張るな。ほら、水だ。飲め。無理すると倒れちまうぞ」


「心配いりません。予はだいまおぅ……」


「だいまぉ?」


「いえ、だいたい、まー、おうおうに休みながら働いていますから。アハハハハ」


「そうは見えんが。まぁ、最後まで一緒に頑張ろうぜ。この仕事が終わったら、打ち上げに行こうな。兄ちゃんも飲めるんだろ?」


「あ、はい。頂きます」



 頑張った暁には、老兵長のおごりで打ち上げに行くことになった最強最悪の闇の大魔王。

 暗黒魔界のラスボスと老いたベテラン作業員。

 まったく異質な二人。

 されど奇妙な友情が芽生え始めた瞬間だったのかもしれない。




 水筒を受け取り軽く喉を潤わした魔王は、「ありがとうございます。まだまだ助けを求めている生存者はいると思いますので、予は頑張ります」


「おお、そうか。無理するなよ!」




 魔王はつるはしを使わない。

 つるはしだって武器だ。

 魔王の攻撃力は9999999999999999999999999999999999999

 万が一、つるはしの先が人間に軽くヒットするだけで瞬殺してしまう。

 

 だから素手で瓦礫をどけていた。

 さすがに人間の体に憑依しているので、それ程頑丈と言う訳でもない。

 手の平に豆ができ、弾け、血となり、それでも必死に歯を食縛って、瓦礫を持ち上げていく。



 そんな魔王が24回目の笑顔になる。



「いたぞ! 生存者だ! 頑張れ! 絶対に助けるぞ!」



 魔王はポケットから一枚の紙を取り出した。

 伊藤から預かった写真付きの囚人一覧リストだ。

 

 

 なになに、快適勇者ライフのカノン。

 

 可哀そうに。

 何日もの間、こんな場所に閉じ込められていて、よくぞ生きていた。

 黒い長髪は疲れ果て、顔もやつれきっている。

 だがもう心配はいらないぞ。


 そんな気持ちで、魔王はカノンを引き上げていく。



「大丈夫か?」


「……こ、ここは……?」


「もう心配はいらぬ。ヒールを詠唱した。予のヒールは史上最強だ。立てるか? さぁ、あの馬車に乗るがいい」


 魔王は囚人用の馬車を指差す。


「……あなた、ここに刻まれている文字、読める?」


 カノンの手には、卵サイズの小さな石が握られていた。


「この石が私の頭に落ちて来たの。ムカついて拾ってぶん投げようとして、しゃがんだおかげで、上から落ちてくる柱をかわすことができたの。その柱のおかげで瓦礫や土砂に埋もれずに済んだの。たまたまの偶然だろうし、ただの石コロだろうけど、もしかして守りの護符のような気もしてね」

 

「……東洋の文字のようだな。伊藤をスカウトして文通するつもりだったから東洋の文字はある程度読めるぞ。

 なになに……

 えーと

 た、り、き、ほ、ん、が、ん」


「たりき……? なにそれ?」


「意味までは良く分からんが、恐らくそれはかなりの値打ちものであることは間違いないようだ。その石からは特殊な霊力を感じる」


「そう、ありがとう」


「それより早く乗りたまえ」


「あの馬車、どこへ行くの?」


「分からない。予はただ、救出した者を乗せろと言われているだけだから。

 永く辛い日を乗り切った者を連れて行くのだ。きっと素敵なパラダイスだと思うぞ。救出されたみんなはホッとした顔で乗っていくからな」



 カノンはニヤリと笑った。



「じゃぁ、あなた、私の代わりに乗りなよ」


「予はいい。まだ救出の仕事があるから」


「恐らく私で最後よ。だって私、最下層にいたから」




 他力本願の勾玉には、他人と入れ替わる力がある。

 通常なら弟子としか入れ替われないのだが、激しい衝撃でその機能が一部変わっていた。

『弟子』から『自分を心配してくれる者』へと効果の対象が変わっていた。




 いつの間にか魔王とカノンがすり替わっていた。



 他の兵士がやってきた。

 

「おい、カノン。早く馬車に乗れよ!」


「予はカノンではない。おい、カノンはこの者だ! え? どうして予が目の前に!?」



 カノンの容姿をした魔王は、囚人の乗せられる馬車に乗せらられた。




 残された魔王ことカノンは、しばらくの間、状況が飲み込めずに困惑していたが、強引に脳内置換すると、「フフ、快適勇者ライフタクティクスは無敵よ」と言って歩き出した。



 テクテク歩くカノンに「「おい、兄ちゃん。よく頑張ったな。打ち上げに行くぞ」と追いかけてくるベテラン作業員の老人。


 カノンは軽く視線を流すと、「だれ? あなた。私は華麗な勇者様よ。身分をわきまえなさい。あなたのような薄汚い老人と席を一緒にできるわけないじゃない。どういう訳か、全身にパワーがみなぎっているし。殺しちゃおっかな。まぁ、いっか。くだらない犯罪なんかで足をすくわれたくないしね。あはははは」と笑い、立ち去った。





 それぞれは新たなる未来へと歩み出した。


 同じエルフ同士、力を合わせてアイテムショップをオープンさせたノエルとルーシェル。

 ストーカータクティクスを昇華させる旅に出たシュバルツァー。

 滅ぼされた村を再び復興させようとするダン。

 新たなるひのきの棒の可能性を信じ挑戦を続ける伊藤。

 人に溶け込み、人と交わり、人が好きになり、人に騙されて収容所に向かうカノンとなった魔王。

 そして他力本願の勾玉を手にした快適勇者タクティクスの魔王カノン。


 

 果たしてこの道は、いったいどこへ続くのだろうか。



 to be continued...

 次回予告


 この街にはプロと呼ばれる伝説のニートが存在した。

 彼は働いたら死ぬ。

 彼は『ニートタクティクス、働いたら死ぬ編』を持つ呪われた運命の少年だった。

 そんな彼は大切な者を守る為、働くことを決意する。

 ニートの烙印から脱出すべく少年はもがいた。

 そんな彼は、決して相交われぬ女性と禁断の恋に落ちる。

 伊藤のひのきの棒は、この愛に何を見るのか!?



 次回、愛と感動の第三章

 ニートタクティクス編

 俺はプロのニート。働いたら死ぬ。されど愛する者を守る為に、俺は職をまっとうする!

 ニートは今、ここまで美しい……


 ノエルやシュバルツァー、珍念やヴァルナも時々出てきます。

 そして魔王とカノンの行方は!?

 何卒よろしくお願いします。

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