34 激突 善悪のタクティクス3
1秒、1秒がまるで静止した長い時の世界にでもいるようだ。
宙を飛び交う二人。
激しい攻防戦。
火炎の炸裂音が頭上で途切れることなく鳴り響いている。
既に15秒が経過しようとしていた。
だけど戦況は一向に変わっていない。
シュバルツァーさんは完全に押されている。
ゴンザの放つ火炎魔法の4発は、まともにヒットしている。
思わず、もうやめて! と叫びたくなるのをグッと堪えた。
シュバルツァーさんの目は真剣そのものです。
絶対に何か秘策がある、そう信じてあたしは祈りながら見守っていた。
「弱ぇ! 弱すぎる! 俺はまだ実力の1%も出していないぞ」
逃走予告まで残り25秒。
すでに火炎魔法を12発受けている。
それでもシュバルツァーさんは、必死に宙を飛んでいる。
「てめぇ、魔道士のくせにわりとHPが高いな」
「お前とは鍛え方が違う。
それに少しの間戦ってみて、そいつが良く分かったぜ。
てめぇは無茶苦茶弱い。
お前のその能力は所詮借り物だ。だから難易度の高い魔法は呪文が難し過ぎて乱戦状態では使用できないんだろ?
さっきから火炎魔法一点張りじゃねぇか。
お前のバカなおつむでは、オウムのように同じ言葉を繰り返す事はできても、連続的に異なった詠唱呪文を思い出すことはできない」
「クズのくせに言ってくれるじゃねぇか。
単に手加減してやっているだけなのに。
まぁいいさ。
てめぇのその言葉、高くつくぜ。
見せてやろう。
俺の真の実力とやらを!」
何故シュバルツァーさんはゴンザを挑発するようなことを言ったの?
ゴンザは全身から黒いオーラを発した。
「アーサラー、ウェルサラー、ヴァルマカリー、エトロイクスアー
偉大なる闇の精霊よ!
目の前をうろちょろするうるせぇハエを消滅させたまえ」
「その闇魔法……」
ゴンザはニヤリとシュバルツァーさんに視線をぶつける。
「ほぉ、知っているのか?」
「王宮図書館で働いていたからな。それはとある二人組の盗賊に盗まれた書物に書かれてある上級闇魔法……」
「そうだ。
大盗賊ガガルアが盗み出し、闇の大魔導士ザンガが古代文字を解読して会得した。二人は俺が伝授したタクティクスでライバルを蹴散らし、それぞれの道の頂点に立てた。つまり俺の弟子共ってわけだ」
「なるほど」
「おしゃべりは終わりだ。
これから俺が放つ闇の光線に少しでも触れれば、お前の脆弱なる肉体は一瞬で解けて消滅する。
そしてこの光線はまさしく光速。さっきまでののんびりしたファイヤーボールとは桁が違うぜ。
ククク。
偉そうにハッタリを言っていたが、所詮これが神と凡人の差というものよ。
食らいやがれ!
最上級闇魔法アナザーデスウィンドオオオオオ!!!!」
黒い閃光がシュバルツァーさんの心臓を狙う。
直撃まで一瞬だった。
目を覆う時すらなかった。
「死んじゃぁイヤー!」
あたしの言葉もむなしく、シュバルツァーさんは完全に消滅した。
「ククク。ムハハハハ」
ゴンザは闇の翼を大きく広げ、野太い声で勝利の哄笑をあげた。
あたしの眼頭は熱くなる。
この体が動きさえすれば。
なんでなの。
こんな大事な場面で、何もできないなんて!
あたしは固まったまま、みっともなく涙を流すことしかできない。
「やはりてめぇの力は借り物だった。なんだ、そのカタツムリよりもとろい闇魔法は。光速ってのはこういうヤツをいうのさ!
最上級闇魔法アナザーデスウィンド!」
この声は、シュバルツァーさん!?
それと同時に、ゴンザの後頭部を黒い光線が貫いた。
「ぐはっ!
てめぇ、生きていたのか!?」
ゴンザの真後ろにシュバルツァーさんの姿があった。
ゴンザの額にはぽっかり穴が開いている。
オートヒールスキルでもあるのでしょうか。
穴はじわじわと塞がっている。
だけど相当悔しかったみたいです。
ゴンザは肩をワナワナと震わせながら、「バカな……バカな……」とぶつぶつ漏らしている。
「ほぉ、さすが人間をやめちまっているだけはあるな。
頭に風穴を開けても死なないとは驚いたぜ。
まぁ想定内だが。
それはてめぇが悩乱するまでの、軽い餞別代わりさ」
「な、何故だ!?
さっきまで死にかけていたお前に、俺を出し抜いてそのような芸当ができるなんて……」
「それはてめぇが実力で力を手に入れていないから分からないだけだ。
魔法力、MP、魔法速度ともに最強クラスに高いことだけは認めてやる。
だがハッキリ言って詠唱がとろ過ぎる。
そしてうまくコントロールできていない。
ぶれてんぞ。魔法の軌道が。
更にだ。
おめぇは相手の動きが予測できない。
それはお前に実戦経験が乏しいからだ。
かわいそうにな。
いきなり強くなっちまったお前は、ギリギリの駆け引きをしてきていない。
だから気付かなかったんだろ?
お前の炎がヒットする直前、俺が凍結魔法で完全にガードしていたのを。
焦がしてやったのは、俺の法衣のみ。
それも俺自身の魔法でな。
そして今回は当たる直前、転移魔法でかわした。
それなのにお前は勝ちを確信した。
すべて演技なのによ。
お前に最高魔法を撃たせて、どの程度の実力があるのか知る為のな」
「……。
キサマ。
遂に俺を怒らせたな。
いいだろう。
俺には営業妨害タクティクスがある。
キサマ如きの雑魚にこいつを発動させるのは、かなり勿体ないが仕方ない。
これからキサマは自分のやってきた愚かな行いに、圧倒的に後悔し、号泣し、地に平伏すだろう」
「……営業妨害タクティクス……
伊藤先生のタクティクスと同じ名前……」
「何!?
伊藤も営業妨害タクティクスを使えるのか?
まぁ所詮俺の営業妨害に触発されてパクった二番煎じの紛い物よ。
これから本物の営業妨害を見せてやる。
その癪に障る余裕な表情ができるのも、もはやこれまで。俺のタクティクスには弱点がない。
お前の戦いの妨害をするなんて至極容易。
ほら見ろ!
俺には人質がいるんだぜ?
そこにいるノエルと戦士のオヤジ。
二人は麻痺って身動きすら取れない。
確か俺の魔法はとろいんだったよな。
だったらあの麻痺している二人だって簡単によけられるよな。
俺の魔法はスゲーとろいんだから。
だからお前にとってどうでもいい忠告をしてやる。
動くな!
もし動けばあの二人の脳天に、立派な風穴を開けてやるから。
なぁに、二人がよければいいだけさ。
俺の攻撃はとろいんだろ?
ククク。ようやくいい顔になったな。
そうそう、そういう悔しそうな顔を見るのが、俺は大好きでね。
順番に処刑してやるから、そこから動くなよ」
ゴンザはあたしを見て、ニヤリと笑い、指の先に黒い魔力を集中させている。魔道士ではないあたしでも分かる。二人の距離はたったの3メートル。こんな至近距離で光速魔法を放たれたら例えシュバルツァーさんだって回避は難しいでしょう。
更に少しでも動いたら、あたし達へ攻撃をすると釘まで刺している。
シュバルツァーさんの頬を一筋の汗が伝う。
それを見て、ゴンザはニカリとギザギザの歯を見せる。
なんて卑怯な人なの。
もはや人間ではない。
その姿同様、どす黒い心を持った悪魔そのものよ。
あたしは力いっぱい叫んだ。
「シュバルツァーさん、あたしのことはもういいから逃げてええ!!」
「言っただろ?
お前が俺を必要としている限り、俺は絶対に逃げたりしないと。
安心して時間をカウントダウンしていればいい。
野郎が狂うまで、あと8秒を切った」




