29 戦術指南上級編 魔神アモンをひのきの棒で倒せ2
協力してやると言ってくれているシュバルツァーさんに、どうもダンさんは渋っているようです。
そりゃそうだと思います。
いきなり即ラストバトルのフィールドへジャンプできちゃうと言われても、それなりの心の準備とかその他諸々もあるでしょう。
「おい、どうした?
行かないのか?」
行く気満々のシュバルツァーさんに、難しい顔のダンさんは腕組みをしています。
「行きたいのはやまやまなんだが、なんというか、果たして今の俺たちで勝てるのか?」
「勝敗はともかく、おっさんの人生において、現状が最高の状態だと思うぜ。
俺はイフリート戦を控えて最高のコンディションにしているし、おっさんだってそうだろ?」
「まぁそうなのだが。
武器のメンテナンスは十分にしたし、体調も整えている」
「そしてノエルはおっさんに同行しようとしていた。つまりまだ十分な余力があるってことだ。
おっさんはこれから更に修行を積んで、アモンと戦える力を手にしたいんだろうが、それっていつだ?
ぶっちゃけ俺には、やらねばならないことがある。
このストーカータクティクスを更に昇華させて、営業妨害タクティクスのように対戦闘用タクティクスに成長させるというノルマがひとつ。
その後は、このストーカータクティクスで困っている奴を一人でも多く救うため、ノエルの先生のように弟子をとるつもりだ。
新ストーカータクティクスは、かなり危険なものになるだろう。
おそらく一撃必殺の殺人奥義に。
だから誰でも弟子にできるわけではない。弟子の選考方法だってしっかり考える必要がある。そんなことをしていたら、今後おっさんに協力してやれなくなるかもしれない。
それはノエルも同じだ。
ノエルはイフリートに挑戦して、さらにおっさんにも協力しようとした。わずかな期間なら手伝えるような言葉も付け足してな。
それから憶測できることは、おっさんと同様、イフリート以上の敵とやり合う必要があるってことだ。
そんな状況下で、再びこの三人が合流できるだろうか。
旅半ばで死んでしまう可能性だってある。
おっさん一人だと、アモンの住処を見つけ、雑魚を蹴散らしながら奴の玉座を目指さなければならない。それまでにかなりの体力を消耗させられちまうのを、俺がいれば全部すっ飛ばせる。そしてノエルはイフリートを瞬殺できる実力を持っている。付け加えればイフリートを倒したのはレベル2の状態のノエルだ。
それが今は何十倍も強くなっている。
だからおっさんにとって、これがアモンを倒せる最初で最後のチャンスなんだよ。
だろ?」
「……そ、そうかもしれんが……
ノエルちゃんの持っていた図鑑を見て、俺は正直ビビってしまった。
HPだけでも829415もある。
イフリートなんて比じゃねぇ。
アモンにとってイフリートなんてガキ同前だ。
そしてお前は、アモンは手下共と宴会をしていると言った。
敵はアモンだけではない。
今乗り込むのはあまりにも不利じゃねーのか?」
「バカか。
おっさんは、マジでアモンをぶっ潰す気があるのか?」
「あるさ。
だから俺は慎重になるべきだ、と言っているんだ……」
「おっさんはアモンをぶっ殺したいのか? それともアモンと腕比べがしたいのか?」
「言ったはずだ。
これは仇討の旅。
如何なる手を使ってもアモンを潰す」
「そうだろ?
だから俺は助言してやっているんだ。
これはお城でやっている御前試合じゃねぇんだぜ?
倒す為なら、何をやったって構わない。
宴会をしているってことは、敵は酒気帯び状態だ。
攻撃精度、素早さは大幅に減少している。
更に俺がいることで背後を取れる。
これで1ターン儲けだ。
敵は酔っている。
うまく転がせば、もう1ターンも手にできるかもしれない。
これで2ターン儲け。
奴は地下42層にいる。
HPの7割くらい削り取れば、あとは洞窟ごと爆破させて転移魔法でトンズラすればいいだけじゃねぇか。違うか?」
「まず、どうやって7割も削るんだ?
奴は防御力だって高い。
それに洞窟内に他の冒険者がいたらどうなる?
巻き添えを食らって死んでしまうぞ。
それにアモンは転移魔法ができるかもしれない。
そうなれば洞窟を爆破したところで、アモンに逃げられてしまうじゃねーか!」
「できねぇ理由を正当化するのが上手だな。
まぁいい。
全部論破してやる。
アモンは最強だ。
あいつ一匹でも村なんて簡単に落とせるのに、どうして手下を大勢連れているんだ?
簡単だ。
奪った財宝を運ばせるためだ。
同時にアモンには、転移魔法を使えないと推測できる。
となれば、現在、洞窟内に他の冒険者はいない。
アモンはモンスターの軍隊を連れて、洞窟の最下層まで移動したんだぜ?
冒険者は途中で気づくだろう。
だったら逃げるなり、すでに殺されているなりしているに違いない。
例えアモンに挑戦するつもりで洞窟に挑んだ野郎がいたしても、途中で鉢合わせになっているだろう。
現在アモンが宴会しているってことは、どっちが勝ったかなんて考えるまでもねぇ。
もし冒険者がいるとしたら、地上付近にまばらにいるくらいだ。
この洞窟のモンスターはかなり手ごわい。
素人の冒険者が挑戦するとは考えにくい。
だったら逃げることは可能だ。
仮に百歩譲って、アモンが転移魔法のアイテムを持っていたとしよう。
奴は逃げても、相当なダメージを受けている。
俺にはストーカータクティクス粘着編がある。
野郎がどこに逃げようか、生きている限りすぐに分かる。
虫の息のアモンの背後に転移し、ノエルかおっさんが最後の一撃を叩きこめば、フィニッシュだ。
宿題は、アモンのHPはデタラメに高いという件だけ。
ここさえ潰せば、俺たちの完全勝利だ」
「それが難しいと言っている」
「そうか?
俺にはストーカータクティクスがある。
そしてノエルには営業妨害タクティクスひのきの棒編がある。
この二つの二大タクティクスが合わされば、何らかの化学反応を起こすかもしれない。
まぁいいさ。
この戦いは、俺にとっても絶好の修行の場であると感じている。
だってよ。
まさかここまでストーカータクティクスが戦闘に使えるなんて、今まで夢にも思ってもいなかった。
とある悪い女を追い詰めるためだけに開発したんだ。
ストーカータクティクスには、まだ続きがある。
俺はあの女の弱みを探るために、四六時中、魔力を飛ばし観察をしていた。奴は普段からスタイリッシュに弱者を誑かしている。そしてその教えを勇者お嬢様塾で広めている。早く奴の弱点を見つけなければ、俺のような哀れな連中が量産されちまう。
奴は狡猾だ。
なかなかしっぽを見せない。
俺は焦っていた。
そんな俺にだって目の前の生活がある。
そればっかりやっている訳にはいかない。
そんな俺は、二重の生活を余儀なくされた。
普段の生活をこなしながら、つまり飯を食ったり誰かとしゃべったりしながら、偵察用の魔力を張り巡らせていた。
そんなことを長期に渡ってやり続けてきた。
そんな俺は遂に開眼して、新たなる力を手にしたのだ。
それが二重詠唱だ!」
二重詠唱――
伊藤さんとお客さんが、その会話しているのを聞いたことがあります。
「やっぱミスター伊藤は、見たことがないスキルなんてないんだろ? この店にはエキスパートばかり来るからなぁ。だから、ありとあらゆる能力を目の当たりにしているんだろ? 役得だな」
「いえ、そのようなことはございませんよ。
わたしくにも、一度は目にしたいと思うスキルがあります」
「なんだ? それは」
「二重詠唱です」
「それって、単なる二回攻撃だろ?
だったらツインランサーやダブルトマホークでも簡単にできちまうし、それ以前にひのきの棒を使えば、相当回数敵に攻撃を叩きこめちまうが」
「いえ、二重詠唱とはそれとはまったく異質の戦闘ができます。
二刀流や連続可能な武器によるアクションは、あくまで攻撃のみとなります。
しかし二重詠唱は、『攻撃』『回復』または、『攻撃』『逃走』、こういった異なった種類のアクションを同時にこなすことができます。
これにより戦いの幅は、大きく広がると思います」
「なるほど。
確かに面白い戦闘方法が取れそうだな。
攻撃して逃走、攻撃して逃走、これを繰り返せば、パターンさえ読まれなければ大抵の敵を沈めることができそうだ。
だけど、そんなチートスキルなら魔道士は絶対覚えておきたい筈なのに、どうして使える奴がいないんだ?」
「習得が困難だからです。
そもそも人間は同時に二つのことをできるようになっていません」
「ミスター伊藤は、同時にたくさんのことを考えているんだろ?
本だって三冊同時読みしているところを見たことがあるぞ」
「便宜上時間を節約するために器用な芸当をしているだけです。
二刀流も同様。
二重詠唱はそれとはまったく異なり、同一人物が二つの異なった性質の行動をとる必要があるのです。
頭はひとつ。
そして口もまたひとつです。
それが人間の限界です。
二つの言葉を同時に唱えることができますか?
魔法はさらに難易度が高い言葉。
集中力や精神力だって必要になります。
言葉で表すことが難しいのですが、いわば二重人格者の方が、スイッチで入れ替われるのではなく、体内に混在させているような感じです。
それくらい難しいのですから、高速詠唱を覚え、攻撃回数でカバーする方が楽です。
それでもロマンを求め二重詠唱の習得を目指そうとする者も稀にいますが、具体的な修練方法はまだ開発されていません。夢半ばで人生を終えることが大半です。わしが使えるようになったのは、ほぼ奇跡……
と、死ぬ間際使えるようになったという老賢者様から、口伝えでお聞きしたことがあるくらいです」
伝説のレアスキル。
二重詠唱。
それは攻撃・転移といった異なった種類の魔法を同時に唱えることができる夢のハイスキル。
シュバルツァーさんは厳しい修行に耐え、それが使えるようになった。




