26 戦術指南初級編 炎の魔人・イフリートをひのきの棒で倒せ1
伊藤さんの戦術指南を熟読して、街の外に出ました。
改めて指南書に目を通します。
イフリート
HP:11260
攻撃力:3250
防御力:2980
【帝都新暦:612年現在】
ステータスを見るだけでげんなりします。
本当にあたしなんかが倒せるのでしょうか?
指南書にはおかし気なことばかりが書かれています。
『経験値ブーストを使いたいので、最低レベルで挑むことがポイントです。
まず、スライムを3体倒してレベル2にしておきましょう。
レベル2もあれば、イフリートが登場したと同時に沈めることができます。
その前にご注意ください。
スライムはかなり手ごわいです。
真正面から真剣勝負をしたら、今のあなただと負けてしまいます。
攻略法もございますが、スライムの攻略法を覚えるのは時間の無駄です。
だから違うパーティが取り逃がしたスライムを狙ってください。
一般パーティから見ればスライムは雑魚なので、あまり深追いをしませんから』
色々突っ込みたいですが、でも、伊藤さんの読みは未来予知クラスにすごいので、黙って従うことにしました。
草原には、スライムがじとぉ~と徘徊している。
あと、斧を持った凶悪そうなオークやゴブリンもいます。
指南書には、『オークやゴブリンと正面対決したら瞬殺されます。仮に弱っていても無駄にレベルが上がってしまうので、とにかく逃げ回ってください』と書かれている。
あのぉ。
無茶苦茶怖いんですけど。
とにかくエルフのマントで姿を消して、冒険者パーティを尾行していった。
熟練冒険者5人組が、魔法や弓でモンスターを派手に蹴散らしている。
「弱ぇ! 弱ぇぞ! 弱すぎるぞ!」
「おい、MPがもったいないから適当にあしらっとけよ」
「分かったよ、カイル。で、なんでお前はいつもひのきの棒なんだ?」
「俺がマジで尊敬する奴がいつもこいつで戦っているからな。俺は絶対にあいつが5ゴールドを貰ってくれる男になるんだ!」
「そっか。良く分からないけど、くれぐれも死ぬなよ。それ、攻撃力1しかないから」
「実力を隠しているみたいでカッコいいだろ? ところで、なぁ、ひのきの棒がくっつくって都市伝説を聞いたことがあるか?」
「知らねぇよ」
「ひのきの棒なんてすぐに折れるから、くっ付いたらいいなって……」
「どうせ安いんだからまた買えよ」
「だな」
「そういや近々イフリートが復活するって知っているか?」
「あぁ、奴を倒せば炎攻撃がキャンセルできる指輪が手に入るっていう噂だな」
「指輪は超欲しいが、また大勢のバカが挑戦して、たくさんの死体がでるんだろうな。だってレベル74の青の竜騎士エルドラードも勝てなかったんだろ? イフリートが復活して嬉しいのは坊さんだけだ」
「おい、坊さんを悪く言うな。
立派な坊さんもいるんだぞ!」
「すまん。カイル。
お前はそんな職業をしているのに、わりと信仰深かったんだな」
「まぁな。
俺は毎日寺に行って、仏さんの前でお祈りをしている。
あの子に告白してOKをもらえるように」
「だれ? あの子って」
「最弱ソードひのきの棒だけで、パラディンまで上り詰めた俺が尊敬している女さ。あいつはきっと僧侶のような出来た人間が好きなような気がする。だからまずあいつに認めてもらえるような真っ直ぐな人間を目指しているんだ!」
「泥棒のあんたが聖人になるってか? はぁ~。パラディンと盗賊ねぇ。叶わぬ恋だな」
ひのきの棒を持った男性が「うるせぇ。いつまでくだらねぇ事をだべっているんだ。こんな雑魚はほっといてあっちへ行こうぜ」と言ってくれたおかげで、瀕死のスライムのおこぼれを頂くことができました。
あたしがひのきの棒でつくと、ぶにゅぅと溶けて消滅する。
よし、レベル2になったよ。
これでイフリートが倒せる(らしい)。
あとはモンスターから逃げ回って、合宿先であるエルファランディルの洋館を目指すだけ。なんとか陽が落ちる前に到着する事が出来ました。
*
エルファランディルの洋館。
そこはなんともオドオドしい古びたゴシック調の建物でした。
この中にイフリートが封印されているらしいのです。
だけど建物の前はなんとも騒がしく、仰々しいです。
剣や槍を持った強靭な戦士達が長蛇の列になって並んでいるからです。
伊藤さんのお店にあった怪獣図鑑によると、イフリートは死ぬといったん地獄に落ち、一年経つと地獄の炎で強化復活するそうです。
女性の聖騎士様が討伐し、本日で丸一年が経つそうです。
あたしは大柄な男性の戦士さんの後ろに並びました。
「おいおい、お嬢ちゃん。あんたもイフリートに挑戦するのか?」
「あ、うん」
「やめとけよ! あんたレベルいくつあるんだよ?」
「2」
「お、おい。マジで死ぬぜ! 敵は凶悪な怪物だ。容赦してくれねぇんだぞ?」
その時、ツンツンと更にその前に並んでいる黒い外套を纏った魔道士さんが、戦士さんの肩をつっつきました。
そして小声で何やら耳打ちをしています。
ですが、もしかしてお話好きなのでしょうか、声が大きいのでハッキリと聞こえます。
「聞いてやるなよ。
身なりからして、この子……
苦しい現実から逃避して、この世を捨てようとしているんだ。
まぁ俺も似たようなもんだけどな。
悪い女に騙されて、やけになってイフリートに挑んでいるだけだが。
俺には好きな女がいた。
そいつは勇者だった。
マジで美人でな、俺の事を毎日愛していると言ってくれたんだ。
俺に死んだらイヤだ、と泣きじゃくってくるかわいい子だった。
俺が死なないように特別なルートで魔法の防具を買ってあげるから、一千万ゴールド用意してと言われたんだ。
そんな大金――と思ったが彼女は勇者だ。間違いなどないと思ったんだ。それに彼女が見立ててくれたのは、普通では流通していない覇王の鎧っていう王家ブランドだ。
1億ゴールド積んでも買えやしない。
だから親、親戚から金を借りまくり、なんとか工面して彼女に渡したんだ。
だけど――
彼女は金を渡したと同時にドロンしやがった。
俺は必死になって探した。
そうしてようやく見つけることができた。
彼女は泣きながら『ごめんなさい。覇王の鎧が売り切れていて、あなたをガッカリさせたくなくてどうしても言えなかったの』と言った。
きっとウソだ。
だけど彼女は頬を染めて『お金は返すわ。あのね。これ、ホテルのカギ』と言って、俺に手渡してその上から手を添えて、マジマジと俺を見たんだ。
不覚にもゴクリと喉が鳴っちまった。
『場所はアップルラブパレス。そこで、私、待ってるから』
きっとうまいこと言って逃げる気だろう、とその時の俺は思っていた。
半信半疑でホテルに行ってみたんだ。
どうせいないだろう、もしくは怖いお兄さんに代打でも頼んだくらいにしか思っていなかった。
もし逃げたら、死に物狂いで探し出せばいいだけ。
強面がいても問題ない。俺は致死魔法が得意だ。
どうとでもなる。
だけど、彼女はいたんだ。
ベッドの上で横になっていた。
お腹にナイフが刺さっていた。
俺は、お、おい、どうしたんだ? と叫んだ。
『ごめんなさい。実は私、モンスターだったの。どうしても言えなかった。私はあなたと一緒になりたかった。あなたのお嫁さんになりたかった。でも私はモンスター。もしそれを知られると絶対に嫌われる。
私はそれが怖かった。
実はあなたから受け取った一千万ゴールド。それは人間になるための手術をする費用だったの。
だけど手術は失敗に終わった。
私は勇気を出して、実はモンスターだと告白しようと思って誘ったの。
あなたがもしそれでも許してくれるのなら、この場所で一つに結ばれたい。
そう思って。
で、でも……
あなたに嫌われるのが怖くて怖くて、あたし……
気付いたら、お腹にナイフを……
……ごめんなさい。
……私
……もうじき死ぬわ。
……あなたの……愛しているが……聞きたかった……』
お、おい、と必死に声を振り絞って彼女の手を握った。
彼女は、うつろなまなざしで、
『私……モンスターだから……死んだら肉体は消滅してお金になるわ。
……そのお金。
私だと思って大切に……し……て……』
行くなあああああああーーーーーーーー!
俺の叫びも虚しく、彼女は光になって消えてしまった。
彼女のいた場所には、1ゴールドがあった。
彼女はモンスターだった。
そして1ゴールドになってしまった……
俺は1ゴールドを握りしめて泣いた。
彼女は俺と一緒になるために、肉体改造まで受けたんだ。
俺が彼女を追いつめちまった。
俺もお前が好きだ!!
大好きだ!
モンスターでも構うものか。
もっと早く言ってくれればよかったのに。
俺はお前の心が好きだった。
失って分かったよ。
心から愛している。
すまねぇ……カノン……
俺はその1ゴールドを彼女だと思って肌身離さず大切に持っていた。
だけど、俺は見つけちまった。
見つけちゃぁならねぇものを。
彼女は生きていたんだ。
鼻歌を口ずさみながら、のうのうと散歩をしていた。
俺はこみ上げてくる感情を押し殺し、彼女の後をつけた。
そうしたら奴は、勇者お嬢様塾という場所でぬけぬけと講師をしてやがった。
そして黒板にこう書いていた。
『快適勇者ライフタクティクス 上級編』 と。
勇者ライフなんて真っ赤なウソ。
彼女は、スタイリッシュに貢がせるノウハウを雄弁に語っていたのだ。
『いい?
刃のないナイフを腹部の上に置き、演技する時間は最長でも1分24秒。
ここがポイントよ。
人はパニックになった途端、何らかのアクションを起こそうとするけど、あまりの衝動で何をするべきか分からなくなる。
だから敵はまず、現状把握をしてくる。
こちらは息継ぎなしで話せる時間で勝負しなくてはならない。
話している間は、とりあえず聞いてくれる。
一旦言葉を止めると、敵は何らかのアクションを起こす。ナイフを抜こうとしたり感情的になって抱き着いたりするから、それだけは何としても回避しなくてはならない。
適当に敵を感動させたら、転移魔法で移動して死んだことを装うの。
背中に置いていた1ゴールドをあなたと思い続けるハズよ。
このタクティクスを会得したら、必要経費たったの1ゴールドで、敵から1千万ゴールドくらいは軽く引っ張れるわ』
俺は言葉を失った。
俺には致死魔法がある。
殺すことは簡単だ。
だが致死系なので、気づいたらあの世。
これでは恨みを晴らしたことにはならない。
俺は苦しい修行を積んで『ストーカータクティクス 粘着編』を会得し、彼女が経歴詐称していることを見破り、そして役人にちくってやった。
俺には多額な借金ができちまったが、これで復讐は終わった。奴をきっちり沈めた。勇者免許偽装は重大な罪だ。奴は死ぬまで娑婆には出られない。これで満足だ。だから俺の人生を完結しようと思う」
呆れた顔で聞いていた戦士さんは、
「お前の話はマジでどうでもいいが。
この子……
まだ小さいのに可愛そうにな」
戦士さんは中腰になって、「ほら、お嬢ちゃん、パンだ。やるよ。腹減っているんだろ?」と言ってくれたのでありがたく頂きました。
「そうか、うまいか」
「うん」
鼻の下を指でかきながらにっこりとほほえんでくれた戦士のおじさんは、あたしがパンを食べている様子を赤く腫らした目でずっと見つめていました。
パンを食べ終わったころ、館の戸が開き、白いローブをしたおじいさんが出てきました。肌の色は青白く、耳は尖っています。
どうやら人間相手にビジネスをしている妖魔のようです。
「ようこそ。エルファランディルの洋館へ。
これから皆様をご案内させていただく、館主のランディルと申します。
当館は闇の世界と繋がっており、幻の強力な魔物を召喚することができます。
そして本日の魔物は、炎の魔人イフリート。
復活までに1年の時を要しますので、かなりの大型イベントとなります。
ちなみに前回の戦死者は698名でした。
討伐者は、パラディンのヴァルナ様。
過去最短の2ターンで決着がつきました」
参加者全員は、顔を見合わせて感嘆の声をあげています。
「本日ご予約いただきました挑戦者は、当日キャンセルを除き全員で43名。
皆様の平均レベルは68。
前回の挑戦者より一回りレベルが高くなっておりますが、その分イフリートも強化されています。接戦される方もいらっしゃるかもしれません。
恐らく長丁場になると思いますので、その間おくつろぎ頂くお部屋、お食事等は当方でご用意させていただいております。
まだ参加費用をお支払していないお客様は、ここで頂戴したいのですがよろしいでしょうか?
参加費用は、お伝えしていた通り、8ゴールド × レベル となっております」
パンをくれたおじさんが、「お嬢ちゃん、先を譲ってやるぜ。俺がお嬢ちゃんの遺体を、ちゃんと責任を持って埋葬してやるから。その後、俺も後を追うかもしれんがな。あの世では幸せになろうな」とニッコリ笑って順番を譲ってくれました。
一応、まだ死ぬ気はないんですけど……?
あたしはチケットを手渡すと、妖魔のおじいさんは「お待ちしておりました。ノエル様ですね。もしかして、ひのきの棒で戦われるのですか?」
「うん」
「やはりそうでしたか。伊藤様のクライアントにはことごとく負け続けて商売あがったりなのですが、不思議と嫌な気はしないのです。それよりもワクワク感の方が勝ります。今回はどのような趣向が見られるか楽しみです」
イフリート
H P:11260
攻撃力:3250
防御力:2980
【帝都新暦:612年現在】
ノエル
レベル:2
クラス:ソードマスター
H P:21
M P:10
攻撃力:7
防御力:3
武 器:ひのきの棒
防 具:エルフのマント
スキル:魔法剣レベル1




