25 営業妨害タクティクス ひのきの棒編5
伊藤さんと別れ、街のはずれまで行くと、エルフのマントを羽織り、その場でしゃがんで石のつもりになってみました。
すると、指の先から徐々に透けていったのです。
これはすごいアイテムです。
ルーシェルさんは一定以上の忍耐力が必要だと教えてくれましたが、どうやらあたしには問題なく使えるようです。
透明になったあたし。
途中に伊藤さんのお店の前を横切ってみました。
どうしてあの子が、こんなところに!?
お嬢様こと、ゴンザの娘、カトリーヌがいるのです。
よそ行きの黄色いお洋服に白いハットをかぶっています。
伊藤さんのお店をショーウィンドー越しに、中の様子をじっと見つめています。
「あ、ノエル」
え?
どうしてあたしの姿が見えるの?
あ、そっか。
意識を集中しなければ元に戻るんだっけ。
まぁ、いいわ。
どうして店の中をずっと見ているのか気になっていました。どうせゴンザの差し金のような気がします。だから聞いてみました。
「そこで何をしているの?」
「……私の王子様がいなくなった……」
王子さま?
「……
尊敬していたカノン先生が、経歴詐称と勇者免許偽装の罪で捕まったの。
私はあまりのショックで、街をふらふら歩いていた。
カノン先生に教わった九九を口ずさんでいたような気がする
3×1=3
3×2=6
3×3は……え~と、33
3×4は……
その時だった。
馬車がこちらに突っ込んできていたの。
そこをあの人が助けてくれた。
颯爽と私を片腕にさらい、身をひるがえしてムーンサルトで馬車をかわし、地面にゆっくりと私を下ろしてくれた。
私は彼に「あなたは誰ですか?」と訪ねた。
彼は、『3×3は9ですよ』とだけ告げて、人ごみの中へと消えていった。
私は一生懸命彼を探した。
そして分かった。
彼が、パパが目の敵にしている武器商人ということが。
私ね。
別にあんたのこと、嫌いじゃなかった。
あんたに意地悪をしたらパパが喜んでくれるからやっていた。
あんたに豆を落として食えと言え、そして笑えとパパから教わった。
人生を勝利するには、悪しかないと教えてくれたのがパパ。
だから毎日やっていた。
本当は辛かった……
あんたに論破されたとき、何も言い返せなかったでしょ。
どう答えていいのか分からずに、思わずあんたを平手打ちしてしまった。
あんたの言っている言葉の方が正しいと思った。
悪いことをしたら、いつかしっぺ返しを食らうって教えてくれたよね?
その通りだった。
カノン先生は捕まった……
私ね、あの後、すごく後悔したんだ……
謝りたかった。
でも、あんたと仲良くしたらパパに叱られるから」
初めてゴンザの家に行ったとき、同じ年のカトリーヌと一緒にお人形で遊んだことがあった。カトリーヌが大切にしていたマーガレットをあたしに抱かせてくれた。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
いつの日か、カトリーヌはあたしを苛めるようになった。
「だけどね。
私、あんたのことが嫌いになれそう。
あんたは王子様のところで営業妨害していなかった。
私は窓の外から何度も見たわ。
王子様と一緒に、楽しそうにお話をしていたのを。
正直、あんたが憎い」
「あたしもよ。あたしもカトリーヌが憎いわ」
「もう王子様には会わないで!」
「何であなたに指図されなくちゃならないのよ! 何度だって会うわ!」
「ダメ。
会ってはだめ!」
「どうしてよ!」
カトリーヌは、しばらくうつむいていた。
だけど手を握りしめて、おもむろに口を開けて叫んだ。
「……あんたが監獄で伊藤さんと会っていること……パパには筒抜けなのよ。今朝、店にきた憲兵に聞きまくっていたから。パパはラクライナの牢獄であんたを張っている。あんた、伊藤さんを助ける気でしょ?
パパが言っていた。
『伊藤の野郎、ノエルを使って猪口才な手にでるかもしれねぇな。だから野郎は、あれほど余裕なんだろ。だったらその前にノエルをひっ捕まえちまえばいいだけよ』って」
「どうしてそれを、敵であるあたしに教えてくれたの?」
「あんたが嫌いだから。
伊藤さんと仲良くしていたあんたが大嫌いだから……
でも、あんたしか伊藤さんを救えない」
その時でした。
ゴンザ!?
「見つけたぞ! そこにいたのか!」
そう叫びながら風を切るような物凄い勢いで迫り寄ってきている。
昨日まであたしの方が速かったのに、まるで別人。何か違う力が宿ったかのようだ。
「営業妨害タクティクスを伝授してやった大盗賊のガガルアから、素早さを吸収してやった。ガガルアは干からびて死んでしまった。ノエル、てめぇのせいだ。てめぇが俺の弟子を殺したのと同じだ。ガガルアはマジでいい奴だった。俺を師とまで仰いでくれていたんだぞ。だがな、もはやてめぇなんざ、簡単に捕まえられるぞ!
これは弟子の弔い合戦だ!
ガガルア、俺に力を貸してくれ!!」
馬よりも遥かに速い。
鬼の形相であたしとの距離を猛烈に縮めてくる。
やばい。
姿を消そう。
石になれ。
うぅ。
あまりの恐怖に、意識が集中できない。
その時でした。
カトリーヌがゴンザに抱きついた。
おねだりをするような甘い声でゴンザに話しかけている。
「ねーねー、パパ、パパ。ショッピングに連れてってよー」
「お、おい。後にしろ。俺にはどうしてもやらなきゃならない仕事があるんだ」
「えー。パパはー、カトリーヌとお仕事、どっちが大事なのー?」
「そりゃ、100対0でお前の勝ちだが、それとこれは別でな!」
「えー。パパは私が嫌いなんだ……。私はこんなにパパの事が大好きなのに」
カトリーヌはこちらをチラリと一瞥した。
もしかして『行け!』と言っているの?
とにかくあたしは走った。
人ごみをかき分けながら、街の外を目指した。
カトリーヌはあたしの事が嫌いと言った。
そんな彼女はあたしを助けた。
カトリーヌは今、戦っている。
ルーシェルさんと同じ。
カトリーヌは、雁字搦めにされてきた運命の鎖を断ち切るために。
ルーシェルさんは、奪われた夢を取り戻すために。
そのために、二人はあたしを先に行かせてくれた。
この聖戦は、もはやあたしだけのものでは無くなったのかもしれない。




