23 営業妨害タクティクス ひのきの棒編3
【ファーストミッション:ペンダント奪回】
日が沈むのを待って、ゴンザの武器屋の裏庭に忍び込みました。
何やら武器庫から野太い声がします。
声の主はゴンザ。
あたしは慎重に近づいて、聞き耳を立てました。
「くそったれ。
何度鑑定してもこのペンダントはゴミと出やがる。
表面を磨いたらバリュー0から、バリュー2まで上がったが、それでもゴミクラスだ。
だが俺のカンでは、これはかなりのお宝のハズなんだが。
だってノエルは王女だった。
亡国の王女が肌身離さず大切に持っているもんときたら、かなりの値打ちもんと相場は決まっている!
ちくしょー。
なんでゴミにしか見えないんだ!」
ゴンザがあたしのペンダントを鑑定しているようね。
だけどあいつの目には、ゴミにしか見えていない。
「それにしても、伊藤め。
なんで奴はあんなに余裕な表情なんだ。
奴は地獄すら生ぬるいみてぇなことを言っていたから、俺は奴のために色々考えてやったのに、ひとつもびびらねぇ。
奴は東洋人。
ラドン様にお願いして、和風の処刑方法、『5日後、市中引き回しの上打ち首獄門』とかいう、なかなかエグイのにしてやったのに……。
5日間も恐怖で怯えながら、その後、さらし者にされて首をはねられるという面白わくわくツアーなのに……
てめぇの首は、サンジョーリバーで晒されるんだぜ?
なのに伊藤……
涼しい顔で『本当にわたくしを殺す気があるんですか?』とかぬかしやがった。
どうせ負け惜しみに決まっている。
奴は続けた。
『わたくしが逃げるチャンスは、まだ482760回ありますが?』
はぁ?
何を言ってやがる。
更に奴は、『5日間ということは、120時間。正午出発と仮定して、更に12時間プラス。市中引き回しに所有されるだろう想定時間は、公道の距離から算出して、おおよそ2時間というところでしょうか?
和風処刑法とういうことは、川べりでわたくしに辞世の句を詠ませていただけるのでしょう? わたくしを心配されている方に、どうせ助かるのであまり心配しないような意図を簡潔に詩にまとめ、わたくしの死ぬのを楽しみにしている悪属性の方達に向けては、盛り上げる為に多少のパフォーマンスも考え神経を逆なでするようなスリリングでかつエンターテイメント性に富んだ詩を送り、わたくしを逃がした罪で後程こっぴどく叱られる処刑人の方には、それなりの労いを込めた詩を送り、恐らく処刑人の方が、うるせぇ、伊藤! もういいだろ! と、わたくしを蹴飛ばし、刀を高く掲げてから逃げることを考えても十分間に合います。
そこまでの時刻を秒換算しますと、482760秒。つまりわたくしには、後、482760回逃げるチャンスがあります。
あ、あなたとお話ししているうちに、241回逃げるチャンスを失いました』とぬかしやがった。
ただのハッタリだ。
だがどういう訳か、野郎のすました顔を見ると、とても口から出まかせを言っているようには思えなかった。
まぁいい。
俺には、和風シャーマンの、えーと……陰陽師だったか。奴から騙し取った最強アイテム『他力本願の勾玉』がある。
この鑑定スキルだって、闇の大商人エルバから奪い取ったものだ。
俺が努力にて勝ち得た素のスキルは営業妨害タクティクスのみだが、『他力本願の勾玉』さえあれば問題ねぇ。むしろ営業妨害タクティクスとの相性は抜群だ。
つまり俺は無敵。
伊藤には負ける要素がない。
それにしても、くそったれ!
大商人エルバの鑑定スキルは2972もあったのに、全然ヒットしない。何度見てもガラクタと判定される。
鑑定書を読むのはだりーし、そもそも鑑定書は難しくて読む気がおきねぇ。
俺は基本、他力本願なんだし、コツコツと泥臭い努力するのが面倒なんだ。
そうだ!
ノエルだ。
あいつなら何か知っているかもしれん。
昨夜はあまりにも嬉しくて、ラドン様と打ち上げに行ったのが間違いだった。ノエルを捕まえておくべきだった。
あいつはどこだ?
ひっ捕まえて吐かせてやる。
俺には営業妨害タクティクス、捕縛悶絶拷問編がある。
あんなガキなんざ、一捻りだ」
その時だった。
ガサっと草を踏んだような音がした。
「ククク。
ノエルか?
分かるぞ。おめぇはこのペンダントが大切なんだもんな。
どうせ近くに潜んでいるんだろ?
今なら特別話し合いに応じてやるよ。
そうだ、じゃんけんをしよう。
お前が勝ったら返してやるぞ。
さらにお前には遅だしできる権利までやるぞ」
そう言ってゴンザは戸を開けた。
「あれ? どこだ?」
がさり。
「そっちか!?」
ゴンザは音の方に歩を進めていく。
あたしは小さく切ったひのきの棒の破片を二つ合わせて、ひもでくくって木に吊るしていた。3分立ったので、二つに分かれて、片割れが草の上に落ちただけ。
それは15秒間隔に続く。
ゴンザは音を追って、武器庫から離れた。
今だ。
あたしは武器庫に入った。
仕掛けたひのきの棒は、全部で12か所。
全部落ちるまでに180秒。つまり3分間ある。
それまでに探さなければゴンザは戻ってくる。
ペンダントはどこ!?
あった。
どういう訳かペンダントが青白く輝いている。
今まではこんなこと、無かったのに……
だけどこんなに光っていたら、ゴンザに気づかれちゃう。
とにかくペンダントを握りしめて、武器庫から出た。
ゴンザだ。
光に気づいて戻ってきている。
「ノエル!
それ、どうやったんだ。
な、なに!?
2しかなかったバリューが物凄い勢いで急上昇しているではないか!」
ゴンザの目が赤く輝く。
もしかしてスキル『アイテム鑑定』を発動させているの?
「バリュー400……500……600……800……1000……2000……5000………………
ど、どこまで増え続けるんだ!?
おい、よこせ! それは俺のだ!」
「何言ってんの! これはあたしのだよ! あたしのお母さんのペンダントなんだよ!」
「ざけんな! てめぇは俺の奴隷だろうが! てめぇの物は全部俺の所有物だ!」
上から覆いかぶさるように襲い掛かるゴンザに、ひのきの棒を投げつけてやった。
「痛ぇ! 何しやがる!」
ゴンザが怯んでいるうちに、あたしは全速力で逃げた。
ゴンザは追いかけてくる。
だけど足はあたしの方が速かったようね。
ゴンザの荒い息はだんだんと小さくなっていく。
「ひぃ、ひぃ……
くそったれ!
こんなことなら、重装兵長ラドンの能力も手にしておくべきだったか……
いや、それはまだ時期尚早だ……
奴にはまだ働いて貰わなくてはならない。
……ふっ。
……まぁいいか。
他力本願の勾玉のバリューは16億。
所詮、ノエルのペンダントも他力本願の勾玉の前ではゴミクズ同然よ」
何とかペンダントを取り戻すことに成功しました。
だけど伊藤さんの読みは当たっていました。
ゴンザが他人からスキルの略奪ができるというのは本当でした。
伊藤さんは涼しい顔で、『ひのきの棒の前ではスキル略奪など無力です』と言っていましたが、あたしにはそれは圧倒的脅威にしか思えませんでした。




