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16 エルフの少女ノエル

 今回のお話はエルフの少女、ノエル視点です。

 時系列はヴァルナと伊藤が出会ってから、丁度一年後です。

「おい、ノエル! まだか! 早くしろ。なんてとろい奴なんだ! 薪代わりに暖炉にぶち込むぞ」

「は、はい、ご主人さま」



 水のいっぱい入った大きなバケツを持ったまま、急いでリビングまで走りました。


 今朝もお日様が昇る前から起きて、お店の前をほうきではき、今度は床を隈なく雑巾で拭いています。


 あたしがこの街にやってきて6年が経ちます。



 あたしはエルフ。

 この緑色の髪はずいぶんと切っていないので、床近くまで伸びています。



 あたしがまだ小さな時に、故郷は滅ぼされたと聞きます。


 両親の記憶はほとんどありません。

 やさしいお母さんが子守唄を歌ってくれたことが記憶の片隅にあるくらいです。


 奴隷商人と名乗る怖いおじさんに連れられて、町や村を点々としていました。

 そして6歳になったとき、この武器屋のご主人さまが、あたしを買ってくださいました。

 もう雨の中を裸足で歩かなくていいのです。

 雷に怯えなくてもいいのです。

 屋根の下で寝ることができます。

 これだけでもあたしにとって、幸せなことでした。



 仕事はきついけどガンバらなくちゃ!



 今日は、お嬢様の誕生日です。

 お嬢様は、左右にくるくるとカールの入った長いクリーム色の髪をした女の子です。

 あたしと同じ年で、背丈はお嬢様の方が靴底分高い。

 あたしはいつも裸足だから。


 何段にも重ねられた豪華なケーキを目の当たりにして、あたしは思わず口を開けてびっくりしています。


 丸いテーブルを囲んで、ご主人様に女将さん、お嬢様が座っています。

 この日のために一段とかわいらしいお洋服を着たお嬢様は、ふぅ~とろうそくの火を消します。

 

 

 パーティーが始まるとあたしは用無し。

 部屋の隅でぽつんと立っています。



 お嬢様は、棚の上でくつろいでいたペルシャ猫のマルーシャに「おいで」と手招きをすると、マルーシャは「みゃぁ」と鳴いてお嬢様の膝に飛び乗ります。


「マルーシャお食べ」


 そんなお嬢様はあたしにも、「ノエルもおいで。頑張ってくれたご褒美をめぐんであげるわ」と言ってくださいました。


 あたしはびっくりして目を丸くしました。



 白くてふわふわしたケーキを、あたしも食べれるの?

 うれしくてうれしくて、はしゃぎたい気持ちをグッと抑えて、お嬢様のそばまで小走りで駆けていきました。


 お嬢様はポケットから豆を取り出してポトリと落としました。


「ほら、やるよ、食え」



 ……。

 お嬢様は、いつもこうです。

 あたしは動物以下の扱いなのです。

 お嬢様とあたしは同じ年齢なのに、住んでいる世界はまるで天国と地獄です。

 悔しさと、切なさと、買ってくださった恩とが入り交じり、複雑な心境に陥りました。


 

 それでもあたしの胃袋はぐぅと悲鳴をあげるのです。

 昨晩はおつかいに遅れて、罰として夕ご飯をいただいておりません。


 豆を拾うと、ガジリと噛んで、歯がゆい気持ちと一緒に飲み込みました。



「ほらほら、パパ。私の言ったとおりでしょ。ノエルは豆が大好きなのよ。あんなに嬉しそうにほおばっているわ」

 

「そうか。じゃぁ明日からは豆をやっときゃいいのか。安くついていいわ。だははは」


 たっぷり赤ワインを飲んで頬を真っ赤にしたご主人様は、私を冷ややかな目で見てそう言いました。

 あたしは胸にしまっていたペンダンドを広げました。



 それにはお母さんの写真があります。

 まるでお姫様のように綺麗な顔をしています。

 これはあたしの数少ない宝物。

 それを握りしめてグッと涙をこらえました。



 テーブルでは団らんが始まっています。


 少しばかり飲み過ぎたご主人様に向かって、大柄な女将さんがちょっぴり口を尖らせて言いました。


「あんた、いつまで飲んでいるんだい。今日は特別な日だからちょっとくらいいいけど、分かってる? うちの家計は火の車なのよ」


 ご主人様は機嫌を悪くしたのでしょう。

 ワイングラスをドンと机に叩きつけました。


「あぁ、分かってるさ。

 でもな。全部、あの野郎が悪いんだ!

 伊藤とかいう、ふざけた武器商人がこの街に来てからおかしくなった。

 だって俺の武器屋には何だってあるんだ。

 冒険者ならみんな欲しがるツインランサーや覇者の剣だってあるし、竜殺しのお供に必要不可欠なドラゴンキラーまである。

 ちょっと前までは、それを求めて遠い街からも客がやってきたが今ではこの有様だ!

 飛ぶ鳥を落とす勢いだったのによ。

 あいつがこの街にやってきてから俺の店の売り上げはガタ落ちだ。

 それにどうして剣聖マキシム様や、パラディンのヴァルナ様といった使い手たちが、伊藤の店をひいきにするんだよ!」



「あんた。

 ヴァルナ様って、あの騎士長ヴァルナ様かい?」



「あぁ、初心者冒険者の寄せ集めで有名なアルディギルド出身のクセして、戦士からパラディンに昇格し、更には王国騎士長に抜擢されたあのお方さ……。

 だけどお前知ってるか?

 ヴァルナ様は、去年まで底辺の戦士だったってことを」



「知るも知らないも、あんたが粗悪品をよく騙して売っていたからしっかり覚えているよ。いいカモだったのにね」


「人聞き悪いな。

 騙したんじゃねぇよ。

 これは駆け引きだ。俺に商才があっただけだ。

 それはさておき、おかしいとは思わないか?

 ヴァルナみてぇな貧乏戦士風情が、どう逆立ちしたら騎士長になれるんだよ!」



「あんた、呼び捨てはまずいんじゃないか?」



「いんや、かまわねぇ。

 思うんだがよ、伊藤は裏でヤクを売っている。

 ヴァルナは、伊藤からヤクを回してもらって、ギルド内でヤクを売りまくって人気を得たに違いない……」


「何を証拠にそんなことを言うのさ」


「だって、あいつはヤクのやり過ぎで頭がおかしくなっている。

 実は先日、ばったり街で出くわしたんだ。

 困っている浮浪者の小僧に、坊さんと一緒になってパンをくれてやっていたんだぜ。

 どうして王宮騎士になったのに、そんなクソみてぇなことをやっているんだ?

 浮浪者にパンをやれば、翌日からたかられるだけだ。

 俺が王宮騎士になったら、憂さ晴らしに浮浪者のガキを蹴飛ばすけどな。

 まぁ羽振りはいいみたいだから、たまにはうちに来てくれよと言ってみたのさ。そうしたら、ヴァルナのやつ、俺の店のひのきの棒はいらないとかぬかす。

 その理由を問うと、なんと言ったと思う?」



「さぁ?」

 


「俺の店のひのきの棒はくっつかないから、使えないんだとよ」



「は?」



「頭おかしいだろ?

 ひのきの棒がくっ付く訳ねぇってんだ!

 これが動かぬ証拠だ。

 典型的な薬物依存症の症状だ。

 あいつは幻覚が見えている。

 ひのきの棒が横連結するという、なんか微妙な超常現象が見えている。

 これは、ぜってぇに伊藤はヤクを卸して、ヴァルナたちはその仲介人をしているに違ぇねぇ。だから伊藤のとこの客はスピード出世したんだよ。

 でないとおかしいだろ!

 どうして正直者のこの俺がジリ貧なんだよ!

 俺はあいつのひのきの棒はかなり怪しいと踏んでいる。

 あの中に白い粉が入っているんだ。

 ゆるせねぇ、伊藤!

 おい、ノエル!」



 びくんとしました。

 タコのように真っ赤になったご主人様は、あたしを指さしてこう言ったからです。



「伊藤の店で営業妨害してこい!」



「そ、そんな……。

 無理です!」



 首をぶるぶる振るあたしに、女将さんはため息をこぼします。

 いつもは意地悪をする女将さんも、この時ばかりはあたしをかばってくれました。



「あんた。

 確かに伊藤は、裏でやましいことをやっていると思う。

 そうでないと、ひのきの棒なんて売れないよ。

 でもさ、さすがにノエルはまだ12歳だよ。

 こんな子供に営業妨害なんてできるのかい?」



「そうか、くそったれ。

 こいつはまだ使えねぇか。

 しょうがねぇな。

 おい、ノエル。

 ついてこい。

 子供だからと言っていつまでもタダ飯を食わす訳にはいかんからな。

 でもお前はラッキーだ。

 俺のような天才商人に買われたのだから。

 お前に商売人とは何たるかをたたき込んでやる。

 商売人の基本は営業妨害だ。

 営業妨害から始まり営業妨害に終わる。

 分かるか!?

 俺様以外の店がつぶれたら、残った俺たちの完全勝利だ」

 

 

「は、はぃ」

 

 

「よし!

 お前を立派な商人にしてやる。

 今日は営業妨害タクティクス初級編を教えてやる。しっかり覚えろよ!」

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