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14 戦術指南 上級編2

 ひのきの棒の連鎖反応を用いれば、ワイバーンなんて敵ではない。

 さらにその次がある。

 それが、ひのきの棒タクティクス上級編。

 それを会得すれば、無敵の強さになれるという。

 

 カイルを助けるか、上級編へ挑むか。

 選ぶまでもない。



 だけど。

 私の中で何かがくすぶっている。



「そろそろ日が暮れますよ。

 上級編を始めましょうか」



「……ま、待ってくれ。

 なぁ、伊藤氏。

 マキシムの話だと、あんたは誰にでもひのきの棒を売らないらしいな」



「はい」



「どうして私に売ってくれたんだ?

 無一文に近い私なんかに……」



「先程も申しましたが、わたくしは商人。

 損得で物事を考えます。

 あなたにひのきの棒を売れば、わたくしに得があると判断し、お売りしました」



「得って……

 大した得でもないような気がするが」


「いいえ。

 一目でわかりました。

 あなたは単純なお方。

 わたくしがあなたの経緯を言い当てただけで、わたくしの言葉を鵜呑みにしました。おおよその場合、何か裏があるのでは、と考えるのが普通ですが、それをしなかった。

 お客様としてこれほどやりやすいお相手はいません。

 後はひのきの棒タクティクスを会得して頂ければいいだけの話。

 そうすれば、あなたは明日から大量のひのきの棒を買いに、わたくしの店に来るでしょう。

 どうして上級編を受講しようとしないのですか?

 考えるまでもないと思いますが。

 あの二人を助けてどうするのですか?

 恩を着せて、貢がせるのですか?

 まだレベル10にも満たない弱小パーティにそのようなことをして、如何ほどのメリットがあるというのですか?」



 なんともハッキリと言われた。


 でも……

 腹も立つけど、確かに伊藤氏の言う通りだ。

 私は単純なバカ。

 それを見透かされて、よその武器屋で高額な粗悪品を掴まされることも何度もあった。

 いや、でもそれは私がくだらない見栄を張っているからだ。

 伊藤氏と出会っていなければ、私はクズのままだった。

 そんな私は、更に上に行ける。



 だけど……。



「あんたは私をそのように思っていたんだな。所詮は金か?」


「はい。

 どうもわたくしは感情的になっているようです。

 普段は冷静に理詰めで物事を考えて話しますが、感情的になるとついつい本音が口にでるものですね。

 ハッキリ言って差し上げます。

 物事は損得で決まります。

 自分に得があるか、損をするか。

 これがすべて。

 人は一瞬で損か得を判断し、動きます」



 伊藤氏は淡々とそれを言い放った。

 そうなのかもしれない……


 でも、私はそんな風にできていない。

 損得だけで、動くなんて……

 それに伊藤氏。

 私はあんたを見損なったよ。



 さらに伊藤氏は続ける。


「どうですか?

 ご決断はできましたか?

 苦労して損をすることなど愚か者がすることです。

 1ゴールドの価値もない者を救うなど、まさに愚の骨頂」



 頭の中が真っ白になった。

 どうしてか、私は伊藤氏の顔面に向けて、力任せにストレートパンチを繰り出していた。


 彼なら簡単にかわしてしまうだろう。

 私がどのような行動にでるかまで、逐一計算しているに違いない。

 悠々にかわして、ウンチクを話す。

 あんたから見たら、私もきっと愚か者の一人。

 だけど、そのすました顔に一発お見舞いしてやりたかった。


 心の底からこみ上げてくる熱い思いを拳に乗せて叫んだ。


「それ、違うだろうが! 私、あんたのこと、尊敬していたのに! 私はバカかもしれない。だけど、だけどよ! どんな野郎だろうが、困っている奴を見捨てる事なんてできない!」




 バーン、と派手な音が鳴った。


 私の拳は伊藤氏の右頬をとらえていた。

 伊藤氏の眼鏡が吹き飛び、右の口角から一筋の赤い血が直線を描いている。



「お、おい。どうしてよけなかったんだ?」


 

「……ありがとうございます。助かりました。

 どうも熱くなるといけませんね」



 ??

 伊藤氏は何を言っているんだ?



「致死性の高いキラービーが、目の前を飛んでいたことに気づきませんでした」



 キラービー。

 そんなのがいたのか!?

 私の拳の表面には、蜂がへちゃげて付着している。

 


「これだけの至近距離だと、わたくしが下手に動くより、ヴァルナ様の拳と私の頬でプレスした方が早く確実に仕留められます。助かりました」



 ……。

 頭の中が真っ白になって、キラービーの存在に気付けなかったのか……

 いや、違う。

 さすがにそんなことはない。



 も、もしかして伊藤氏は私を怒らせるために……



 伊藤氏は言った。

 怒って熱くなれば、本音がでると。


 

 もしかして、アレが私の本当の気持ちなのか……。


 熱くなっていたのは私の方だ。

 カイルを助けないと、きっと後悔する。

 だから判断の鈍っている私に、それを言わせた。


 本音を言わせるために、伊藤氏は私を挑発した。

 こんな小細工まで使って。


 それは、私に後悔させないために。



 そうなのか……。

 伊藤氏……。


 

 伊藤氏は何やら身支度を始めている。

 

「さてと。

 明日の準備がありますから、わたくしはこれで帰ります。

 本日はお疲れ様でした」



「……ま、待ってくれ。

 私はまだ、あんたに聞きたいことが山ほどあるんだ」



「それを答えていては、カイル様が手遅れになりますよ。わざわざ上級編を蹴ってまで選択したのに、それこそ丸々大損ですよ」



「……だ、だけど……」



 伊藤氏は赤く染まった空を見上げて、ポツリ言った。


「わたくしは武器商人。

 職業柄、物事を鑑定する目には自信があります。

 ただ人を見定めることは困難です。

 そもそも他人を見定めようとすること自体、おこがましいことなのかもしれませんが」


 そこまで言うと、私の方へ向き直り、


「わたくしは、あなたにひのきの棒をお売りできたことを誇りに思っております」



 最後に静かにそう告げて、この場から立ち去った。



 

「ヴァルナさん、早く! トロッコを作りましたので乗ってください」



 私はトロッコに飛び乗った。

 このトロッコ、ひのきの棒中級編で習った摩擦の原理を応用しているのか。

 かなりのスピードがでている。


 でも、本当はもっと強くなれたはずなのに……



「珍念、ごめん。私、感情的になってお前の将来を棒に振っちまった」


「え、何を言っているのですか? ボクはヴァルナさんと会っていなかったら、ここまで強くなれませんでした。むしろ感謝しているくらいです。それに――」



 ――それに?



「これはボクのカンなのですが、もしかしてこの問答自体が上級編だったのではないでしょうか?」



「え?

 それはどういうことだ?

 私は何とも戦っていないし、勝ってもいない。

 技術だって習得していないじゃないか」



「いえ、ヴァルナさんは戦いました。

 誘惑の心と。

 それは一番恐ろしい強敵です。

 いくら前を向いて精進することを誓っていても、人はちょっとしたことで欲におぼれ、自ら堕落の道を辿っていくやもしれません。

 もっとも恐ろしい悪魔が、誘惑の心なのです。

 仏教の言葉でこういった魔のことを、第六天魔王と言います。

 それに打ち勝つため、我々僧侶は日々修行を積んでいます。

 ヴァルナさん、あなたはそいつを打ち負かしました。

 あなたは心の大魔王、つまり過去の自分に勝利したのです。

 きっと手にした力で上を進んで行くと、多くの誘惑が押し寄せてくると思います。お金、地位、権力、そんな目先の損得に惑わされない揺るぎない心を手にできたのだと思います。

 最後に伊藤さんが言いましたよね。

 あなたを誇りに思う、と。

 どうしてもボクには、その言葉が『上級編合格おめでとう』と言っているように思えて仕方なかったのです」




 そうなのかもしれないし、ただの思い過ごしなのかもしれない。

 

 


 ただひとつハッキリ言えるのは、私は伊藤氏との出会いで救われた。

 カッコばかりこだわっていた私の価値観を打ち破り、新しい生き方を教えてくれた。


 だから今度は私があいつらを救ってやる。

 カイルとカノン。

 どうしようもないバカだ。

 昨日までの私と同じ。


 あいつらが変わるかどうかなんて関係ない。

 伊藤氏がやってくれたように、私もやってやる。




 ……。

 もしかして、伊藤氏はそこまで読んでいたのか。

 今となってはもう分からない。

 これを問うても、あいつのことだ。

 スタイリッシュに、スルリとかわすに違いない。



 ははは。

 そういえば、マキシムは伊藤氏に人の道を教わったと言っていたっけ。

 それで大成したと。



 やっぱ、そっか……



 賢いだけの奴なんていくらでもいるだろう。

 あの野郎、どこまでもスタイリッシュでカッコいいんだ。

 ちくしょー。惚れちまったじゃないか! このバカヤロー!

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[一言] 惚れちまうやろーw
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