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13 戦術指南 上級編1

 伊藤氏のルール縛りは、一段ときつくなった。


 左手を使うなとか、右目を閉じて戦えとか、さらには片足のみでやりくりしろとか。

 視界は狭いし、遠近感も取れない。さらには戦闘中のジョイントだって数手遅れる。そして移動も困難。

 これでどうしろと?


 珍念は「強敵相手に飛車角落ちで戦うようなものですよ」と思わず口にするが、私たちは伊藤氏の条件には必ず意味があることを知っている。



 珍念と知恵を絞り、地の利、風向き、ひのきの棒の性質を生かし、さらに3戦、辛くも勝利を収めた。



 ぶっちゃけ無茶苦茶怖かった。

 だけど今は喜びをかみしめている。

 私たちのレベルはなんと41にまで到達したのだから。

 レベル40越えと言えば、アルディギルドではぶっちぎりの最強。



 いや、それだけじゃない。

 街を見渡してもおそらく敵なしの強さだ。

 レベルだけではない。

 まだ粗削りかもしれないが、ひのきの棒の連携奥義まで見に付けることができた。



 そこで伊藤氏は口にした。


「さて、ここからは上級編になります。この奥義を会得すれば、無双の強さを手にすることができます。それは天を掴む力とでも言いましょうか。いかなる敵をも打ち破ることができます」



 おお!

 遂にここまで来たか!

 今まで伊藤氏の言葉に一喜一憂していた私たちだったが、ここにきて歓喜の気持ちは頂点に達した。



 思わず珍念と手を取り合ってジャンプしてはしゃいでしまった。

 

 だって今朝までは死にかけていた私だ。


 それでも苦手な化粧をして、できる限り見栄えを良くしてギルドへ通い詰めていた。

 だけど誰もパーティを組んでくれない。

 所持金は10ゴールド。

 完全にリーチ寸前だった。

 珍念は5年間も托鉢を続け、苦労の日々を過ごしてきた。

 


 そんな底辺の二人が出会い、今はレベル41もあるのだ。

 これは王宮騎士エリートをも凌駕する強さだ。

 そのレベルでも危ういとされているワイバーンが、もはや敵じゃない。

 片手、片目、片足で倒せる。



 金だって、3000ゴールド以上手にしている。

  

 

 そして天下無双の力を手にしようとしているのだ。

 はしゃがずにいられるわけがない。



 ふと北の方を見つめてしまった。

 あいつ、どうしているのだろう……



「ヴァルナ様。

 もしかしてカイル様を心配されているのですか?」



「な訳ないだろうが!

 誰があんなクズ」



「そうですか。

 安心しました。

 時折、ヴァルナ様は北の方角を見つめて何か考え事をしている仕草をしておりました。

 もしやと思い案じておりましたが、これで心置きなく上級編の戦術指南が始められます」


「……あの……。

 別にあんな奴、どうなってもいいんだが、今頃どうしているかな?

 伊藤氏は死ぬと言っていたけど、そんなはずないと思うぜ。

 確かに伊藤氏の言う通り、武器は壊れちまっているだろうけど、だってあいつはシーフだ。

 逃げ足はデタラメに速い。

 あの辺にはレベル1の時の珍念だって逃げ切ることができるモンスターしかいなかったんだ。

 そう簡単に死にはしないさ。

 連れていたカノンはペーペーの新米だけど、カイルはレベル8もあるんだ。素人じゃない。武器が壊れれば街に帰還するさ」



 私は何を言っているのだろう。

 どうしてカイルの安否を確認するようなことを聞いているのか、自分自身不思議だった。


 だって、あんな奴!


 とにかく奴はベテランシーフだ。

 きっと逃げ切れるはずだ。

 心配する気なんてさらさら無いが、まぁ無事でいてくれたら、また口喧嘩の一つでもできるしな。



「果たしてそうでしょうか?

 カイル様は、ヴァルナ様に向かってここは俺達の狩り場だからよそへ行くように言っておりました。

 あの言葉の裏には、ここのモンスターは大体狩りつくして獲物が少なかったと推測できます。それを証拠に、想定していた時間より早くこの丘に到着出来ました。


 モンスターを狩りつくした冒険者の考えることは大抵こうです。

 

 ――もうワンランク強い狩り場に移動する。


 カイル様のいたペネセの草原から4キロ南下したところにグアゼルグの森があります。昼間は草原よりやや強いモンスターが現れますが、現在は夕刻。

 モンスターは強さを増しています。

 おそらくカイル様達は現在、モンスターの群れから逃げ回っていると思われます。

 ですが森のモンスターはこの時刻から凶暴さを増します。

 そして日が落ちれば、視界も悪くなります。森なのでそれは格段と。

 丁度、現時刻が17時38分。

 本日の日の入り時刻まであと11分。

 

 私の計算によれば、

 あと12分31秒後に勇者カノン様を見捨て、更に5分11秒後に絶命します。

 それが何か?」



「……あのさ。

 もしだよ。

 もし伊藤氏なら、カイルを助ける?」



「どうしてわたくしがカイル様を助けなければならないのですか?」



「だってさ。 

 あいつ、死んじまうんだろ?

 死ぬって分かっていて何もしないなんて……」



「お気持ちは分かりました。

 わたくしにヴァルナ様の選択をとやかく言う資格はございません。

 ですから、これはただの決まりごとをお話しします」



 決まり事?



「もしヴァルナ様がこのままカイル様を救出に行けば、おそらく永久に上級編を受講できなくなります」



「え……。

 それはどういうことだよ?」



「わたくしの店舗には、日に3名以下ですが新規の顧客がやってきます。

 当然ながらお客様は、ひのきの棒素人。

 わたくしはお客様に、戦術指南をしなくてはなりません。

 どうしても新規の方優先になってしまいます」


「……あはは。なんだ、そんなことか。

 だったら私も他の連中に混ぜてくれよ」


「それはできません。

 お客様は初心者冒険者なのですよ。

 ひのきの棒タクティクスは、時にギリギリの駆け引きが必要になってきます。

 ですから、一度に複数のパーティの指南はしないことにしています」



 そこを何とかと言って、首を縦に振ってくれる伊藤氏ではなかった。



 つまり、カイルを見捨てなければ上級編を受講できない。

 そういうことなのか。



「……でもよ、伊藤氏。

 あんたなら、カイルを助けるんだろ?

 あんな奴だけど、死んだら、死んじまったら……。もう笑えないんだぜ。飯だって食えない。意地悪した奴に、ゴメンすら言えない。

 そんなの……なんか可哀そうだろ?」



「わたくしは商人。

 損得でしか動きません。

 カイル様を助けることに1ゴールドの価値も感じません」



 それはあまりにもストレート過ぎた。

 確かにカイルは、伊藤氏にも酷いことを言った。

 だけど伊藤氏なら、なんかそれ以上の器があると思っていた。

 情にもろい。そんな一面があるのかな、と信じていた。

 だけどそんな温情すら伊藤氏の表情には見受けられなかった。

 冷たい眼鏡越しに、淡々と述べるだけ。



「感情論は好きではありませんが、困られているようなので一言付け加えます。

 これはただの戯言です。

 聞き流してもらって結構です。

 一般論を申します。

 わたくしの目には、カイル様はあなたを軽視しているように見えました。

 カノン様も同様です。

 あの二人は、あなたをバカにしています。

 心の底からあなたを笑っていました。

 彼らはあなたが更なる不幸になることを望んでいます。

 あのような者を助けて、何のメリットがあるのでしょうか?

 人は損得でしか動きません。

 時に正義だ、悪だ、仁義だと、不確定な精神論をかざす者がいますが、わたくしから見れば、それは感情におぼれた愚か者がすること。

 それによって気持ちよくなったと錯覚しているだけ。

 世界中の冒険者は、一日平均して約2万人死んでいます。

 カイル様、カノン様も、その2万人のほんの一部です。

 彼らが死んだからといって、誰もヴァルナ様を責めることはしないでしょう。

 それどころか、喜ぶ者がいるかもしれません。

 それにヴァルナ様は、ひのきの棒上級技術を身につけることができる。そうなれば、多くの人はあなたを尊敬するでしょう。あなたは無双の力を手にできるのです。それは如何なる魔をも打ち破る力です。

 天秤にかけること自体、滑稽だと思いませんか?

 もう一度お聞きします。

 上級編を受講しますか。

 それとも1ゴールドの価値すらない、あなたをバカにしたくだらない連中を助けに行きますか?」



 分かりきったことだ。

 天秤にかけるまでもない。

 カイルとカノンは私たちをバカにした。


 あんな奴ら、見捨てればいい。




 ……だけど。



 カイルの事は、よく知っている。

 あいつはシーフ。

 家が貧しかった。

 だから盗みをしなくては食べていけなかった。

 昔はあんな奴じゃなかった。


 ガキの頃の話だけど、あいつ、拾ってきた2ゴールドを私にくれたことがあった。

 それで一緒にパンを買って食べた。


 本当にうまかった。


 貧しさがあいつの心を蝕んでいったのかもしれない。

 私も似たような底辺だから、なんとなく分かる。

 少し前の私だって珍念を小バカにしていた。

 自分より弱い奴をバカにして、自分が特別な何かだと思い込もうとしていた。

 だから私だってクズだ。



 だって、こんな素晴らしい友達を……私は……

 


 珍念を見た。

 お前ならどうするか聞こうとした。


 だけどすぐに言葉をひっこめた。

 この質問はあまりにも卑怯だ。


 だって珍念は僧侶。

 本心はともあれ、見捨てるなんて口が裂けても言えない。

 だから私が決断してやらなくてはならない。

 

 珍念の将来を考えても、カイルを見捨てなくてはならない。

 無敵の強さと、一時の情。

 天秤にかけること自体、おかしい。

 カイルは私を貧乏人と笑い、カノンは私を無能者と蔑んだ。

 私だけではない。

 珍念やギルドで困っている人達みんなを、あいつらはバカにしている。

 まさに伊藤氏の言う通りだ。

 1ゴールドの価値すらない自分勝手な奴ら。

 あんなクズ共を見捨てれば、私たちは幸せになれる……






 どうしてなのだろう。

 とめどなく、私の頬を熱いしずくが伝っていく。

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