11 戦術指南 中級編2
ここからは中級編。
伊藤氏は極端に口数を減らした。
更に、ひとつとんでもない条件まで提示してきた。
「ひのきの棒の特性を活かして近接攻撃のみでダメージを与えてください。
それともうひとつ。
ワイバーンが一回の攻撃を終える前に仕留めてください」
そう言うと、どこからか怪獣図鑑を取り出して、ワイバーンのページを開いて手渡してきた。
ワイバーンの特性を理解して、自分たちでなんとかしろと?
更に1ターン以内で、且つ、近接攻撃で仕留めろだと!?
「お、おい!
冗談を言うな。
確かに私たちのレベルは飛躍的に上がったけど、それでもHP650しかないんだぞ。それに引き替えワイバーンの攻撃力は751。
私はオンボロの錆びた鎧だし、珍念は袈裟衣だ。真正面からやり合ったら瞬殺されちまうだろうが! 絶対に遠距離攻撃をした方がいいだろ?」
「いえ、ダメです。近接攻撃のみで戦ってください。そうしないとワイバーンに何度も攻撃されます」
は?
どう考えても、近づいた方が危ねぇだろ?
おい、珍念も何か言ってやれ。
珍念も「ボクも遠距離攻撃の方が……」と続いたが、突然、眉根を寄せて難しい顔をした。
何やら考え込んでいるようだ。
どうしたんだろ?
「ヴァルナさん、もしかして……」
なんだ? なんだ?
「きっとこれは条件ではなくヒントですよ!」
????
ただの面倒な注文じゃないのか?
獅子が自分の子を谷間に突き落として這い上がらせるとかいう、いわゆる負荷をかけまくって修行するスポ根モノでよく見そうな設定にしか思えん。
「だって縛りプレーってだいたい攻略できるように設定されているじゃないですか!」
は?
縛りプレーって……
ろうそくとムチのアレか。
珍念の奴。
おとなしそうな顔をして、なんて卑猥なことを言うんだ。
てめぇ、セクハラおやじか?
もしや、珍念の奴、私を女と思っていないんだろ。
たしかにガサツだけど――
だが、珍念に分かって私に分からないのもムカつく。
縛りプレーで攻略するってどういうことだ?
やっぱ、ろうそくを使うのか?
ろうそくなんて持っていないしなぁ……
つーか、そんなマニアックなことできるわけないだろ!
顔が熱いじゃねぇか。
「ヴァルナさん。どうしたんですか? 顔が真っ赤ですよ?」
「てめぇが変なことを言うからだ! 縛りプレーって……。こ、この……変態!」
「え?
どうしてですか?」
「縛るんだろ? いやらしく縛るんだろ?」
「はい。わりと嫌らしい手が多いです」
「むあああ――!!
や、やらしい手……って……。
なんだよ、それ! このド変態!」
「え? え?
縛りプレーって、将棋で例えるなら詰将棋とか、駒や手数を絞って解くパズルみたいなものです。あ、将棋とはチェスのような和風ボードゲームです。
そして詰将棋は、いくつかのケーススタディを絞って訓練する修練方法です。
詰将棋は、一見、難攻不落に思える程嫌らしい問題が多いですが、分かってしまえば単純だったりします」
あぁ、なんだ。縛りプレーってそっちのことか。
てっきり……。
いや、なんでもない。
まぁ、つまり、
・近接攻撃。
・1ターンで決める。
・ひのきの棒の特性を生かす。
これは攻略するためのヒント。
このヒントを使えば、効率的にワイバーンを倒せるってことか。
伊藤氏はシャープな眼鏡越しにこちらを見ているだけだ。さっきのように注文をつけてこない。
ってことは変な方向にいっていないと考えるべきか。
珍念はわりと頭がいいな。
さっそく私と珍念は、岩陰に隠れてひのきの棒で工作をしてみた。
なるほど。
横に連結させることもできるし、頂点を結合させて三角形や四角形を作ることもできる。
横に並べるとボードになった。
盾になりそうだな。
守備力1しかないだろうけど。
これは発想力がいるな。
こういうのは苦手だ。
だって今まで直観のみで生きてきたんだ。
だが、今までのようにデタラメに戦っていては強くなれないのは分かっている。
1ターン以内に倒すためにはどうすればいいんだ?
「珍念。攻撃力はいくらになった?」
「44です」
「じゃぁ、ひのきの棒を入れても45か。ワイバーンの防御力は125だ。これでは通用しないじゃないか。
そもそも1ターンなんかでは無理だ!
あ、そうか!
分かったぞ。
確かに1ターンでいける」
「え? どうやるんですか?」
「お前、和風僧侶だろ?
レベルが上がったんだから、呪殺系の怪しいお経とか覚えたんだろ?
それで一発じゃないか。ちょろいぜ」
「それは破戒僧のスキルです。
ボクには使えません」
「ならきっと伊藤氏が読み違えただけだな。まぁ、あいつも人間だ。たまには間違うか。きっと勘違いしているだろうから縛りを緩くしてもらおうぜ」
「いえ。それは無いと思います。
そもそもこれは、ひのきの棒を使いこなす試練なのですから」
そ、そっか。
珍念め。
また適格なことを言った。
このままでは、私はおバカな人に成り下がってしまう。
考えなければ。
うーん………………
「あ、そ、そうだ!!」
「どうしたんですか?
もしかして妙案を思いついたんですか?」
「あぁ、伊藤氏のように数値的根拠まで算出できんが、なんていうか戦士のカンってやつだ」
「すごいです。
で、どうやるんですか?」
「ワイバーンが一回の攻撃を終了するまでに仕留めろと言った。
つまり別に1ターンじゃなくてもいいって事だ。だから、な――。珍念、耳を貸せ」
ごにょごにょごにょ。
「え……!
それ、わりとハードですよ???
それにワイバーンは時速200キロ以上で飛行しているんですから」
「地形次第ではそうでもないだろ? お前、工作が得意か?」
「修行の一環でよく木像を彫りますから、手先の器用さには自信があります」
「なら珍念が工作担当。私がフィニッシュを決める。ほら、見てみろよ。伊藤氏が忠告してこないということは、この作戦はいけるってことだ」
横目でチラリと伊藤氏に視線を流した。
いつもの涼しげなポーカーフェイスでこちらを見ているだけだ。伊藤氏のことだから、前後の流れで作戦を読み取っただろうが、否定してこない。
ということは、これでOKなハズだ。
巨大翼竜を見上げた。
それはでけぇってもんじゃねぇ。
全長10メートルもある化け物だ。
数多の剛腕冒険者を葬ってきた化け物とガチで勝負できるなんて、なんだかワクワクしてきたぞ。




