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小話集  作者: 海陽
2/5

本編中3年目の忍の祖父・現状「闘神」

web拍手お礼小話のネタを募集した際、1人の方から「忍の祖父の現状が知りたい」との有難い希望を頂けたので書いたものです。募集した時は本編(忍がオリネシアにトリップして)3年目だったので、その当時の日本の祖父のお話です。



※今後の展開に関して、少しネタばれ注意です!それならまだ見たくない!という方はUターンを。

男は寝室としている座敷に続く縁側に座り、快晴を流れる白雲を眺めていた。ゆったりと胡座をかく彼がその腕に包むように抱えているのは、3年前に突然行方不明になった愛孫の遺品とも言うべきバックとスマートフォンだ。


この世界・・・・に来て早数十年が経つ。愛妻は既に亡く、息子娘同然だった同郷の2人も事故で先立ってしまっている。その2人の幼い愛娘は、男にとっては自分の孫だった。血が繋がっていないはずの妻にそっくりな癖っ毛。母親から継いだ黒髪。瞳の色はこの国の国民に多い黒瞳。父親の特徴は雰囲気や僅かに面立ちが似ているくらいしか受け継いではいなかったが、それでも間違いなく2人の子供だと確信できた。すくすくと真っ直ぐに育ったそんな孫娘は当時高校2年。血筋ゆえなのか、殆ど記憶に無いだろう両親……特に父親の後を追うように武道を進むそんな孫に、彼は棒術を教えていた。元々彼が得意とするのは、元いた世界・・・・・に存在する母国で会得していた槍術だが、この世界に来てそれはいつしか自我流の棒術になり、道場を持つまでになっていた。孫娘は一番の門下であり、素質もあって自分の持つ全てを叩き込んでいた。


「じいちゃん!」


愛孫は自分をそう呼んでいつも笑っていた。明るい笑顔が抜けるような夏の青空に浮かび消えて、男の表情が微かに歪む。この家で妻を看取り、孫の両親も居なくなって、自分とたった2人で生活していた。愛想が良いとは言い辛い顔であると自分で自覚もある彼と、17年もの長い間。彼……五十嵐ロヴェンの心は沈んだ。


『忍……』


漏れた声は酷く掠れ、誰かが隣に座っていたとしても聞こえなかっただろう。何よりその言語はこの国のものではなかったのだから。






その日、ロヴェンは自宅から少し離れた土地に構えた自分の棒術道場、『五十嵐道場』でと門下達に棒術稽古をしていた。その中には孫、忍もいたが、彼女は他の門下より少し早めに上がって行った。自宅と道場はたった15分の距離である。


その、たった15分の間に……忍は消えた。


その日、自分より先に帰ったはずの孫娘は帰宅しなかった。忍、忍。お前は一体どこへ行った?


そんな疑問は警察からの電話により展開を見せる。この国には当たり前のように配備されている下水道。マンホールという地下へ繋がるその下水道整備の為の通路で「ある物」が見つかったと言うのだ。それを見つけたのは工事の作業員だった。ロヴェンは連絡を受けて即座に警察署へ出向いた。だが、そこにあったのは愛孫の「私物」のみ。本人は居なかった。


シンプルな柄の肩掛けトートに入った着替えと手帳。財布、そしてスマートフォンという持ち運び可能な電話。今ではもう驚きもしないが、こちら・・・へ来た時はそれはもう一つ一つの事に顎が外れるのではと思う程、驚愕したものだ。ロヴェンのいた世界には、こんな携帯電話なる瞬時に相手と連絡を取り合える道具も手段も無かったのだから。

馬など言うまでもない移動手段も治療……いや、医療技術も、天を見上げる程の建築物に整った政と法律。娯楽も多岐に渡る。どれもこれもがオリネシア・・・・・とは比べものにならない。


そう、ロヴェンが生まれた世界、オリネシアとは。



***



忍が失踪し1年はどこかへ誘拐されたのではと考えていた。幾ら柔道黒帯、空手も有段とはいえ、忍は女である。どうしても男に敵わない時もある。だが2年目、警察は忍の捜査を引き上げ始めた。「これ以上の進展は望めない」……それが、警察の答だった。3年目には彼らは完全に手を引いた。「未解決事件」として。


この世界にはオリネシアのような隠密は居ない。だがネットワークという瞬時に世界と繋がる手段がある。調べ方など、それこそ捜査方法など幾らでもあるのにも関わらず、何故手を引く?!孫の行方を知りたい、ただそれだけなのに!

そんなロヴェンの思いなど警察が汲み取ることもなく、無情にも3年が経った。その間、どこかで彼女に似た人物を見かけたという情報は無く、マンホールの底で見つかった私物以外に忍の物が見つかる事も無く、遺体が見つかったわけでもなかった。


そうして失望の中で漸く冷静さが戻って来ている今、ロヴェンはもしや、と思うことがあった。


生まれ故郷がある……今は亡国やもしれないが、元居た世界オリネシア。かの世界はこの世界・・・・とは別次元の世界だ。国や文化の発展度合いが違う世界。それはもしかしたら遠い遠い未来、向こうオリネシアが追いつくかもしれないが、決定的に違う点がある。この世界には無く、オリネシアに在るものーーそれは獣神。

この世界、地球というロヴェンにとっては異世界であるこの世界ほしには、実在の神が居ない。宗教は多々あれど、オリネシアの獣神のように実在しているわけではないのだ。


ロヴェンは今は会うことも叶わないある獣神を思い浮かべていた。その獣神は実は彼には馴染みある生物。この世界には実在せず、想像の産物でしかない生物……ドラゴン。かの世界で最高にして最強の獣神。妻と2人でその獣神と契約していたのがロヴェンだ。かの獣神は最高神ゆえの能力があり、その能力でロヴェンと彼の妻はこの世界へ飛ばされたのだ。息子娘と思って同居していた今は亡き同郷の2人。忍の両親も、オリネシアの住人だった。


もしや。もしや、忍はオリネシアに飛ばされた……?


だがそれを確認する術は無い。界渡りの術を持つのは獣神であってロヴェンでは無い。可能性は低い。だが、もしーーロヴェンと妻、そして家族宛らの若い同居人夫婦。彼らが地球という異世界へ飛ばされたように、忍が向こうオリネシアに飛ばされたとしたら。最早自分が愛孫と会うことは叶わないのではないか。ロヴェンがオリネシアの住人であった時も、この世界の日本というこの国のように平和なわけでは無かった。今もまだ戦があるかもしれない。そんなオリネシアに可愛い孫娘が行ってしまった?そんな、考えたくない。


たった独りになってしまった五十嵐家の縁側で、ロヴェンは憎らしい程の晴天を見上げ、重い心を今日も持て余すーー。



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