プロローグ
二〇三五年
太陽の輪郭が山の向こうへと消えてオレンジに染まっり、藍色の東の空に一番星が輝いていた。
外で遊んでいた幼い子供達は親に手を引かれながら、無邪気に笑って一緒に遊んでいた友達に大きく手を振る。
暑かった夏が過ぎて初秋が訪れたけれど、そんなことを気にしないまだまだ元気な蝉の声と鈴虫の羽を震わせる音が聞こえてくる。
街灯がぽつぽつと灯り、色とりどりの看板のネオンが光っている。時間が過ぎるに連れて街に溢れる人の数も比例するように多くなる。制服を着た学生や会社帰りのサラリーマン、これから夜の仕事へと向かう派手な格好をした女性。昼間の忙しそうな雰囲気を漂わせていた道が一変して、脱力感がその空間を支配していた。
疲れているだろうサラリーマンも、アルコールが回ったことで気分高まり、つい本音を漏らして、梯子のように店を渡っていた。
そんな街から少しだけ外れた広場のベンチに座りながらスマートフォンを弄っている若い男性が居た。Tシャツにジーパンと言った、街にはあまり合っていない格好だった。
生産自体がが十五年前に止まり、次世代の通信端末へと変わった時代に、スマートフォンを持っている者など皆無に等しかった。ネットで探そうとしても、一台見つけるだけでも、気が遠くなりそうな程の時間が必要になってくる。それに、見つかったとしてもサーバーに接続することも出来ない。もちろん、電話やメール、インターネットだって出来ない。そもそも、電池を充電することも不可能かもしれない。
そんなスマートフォンの液晶画面には、コミュニティーサイトが映し出されていて、暇な人間がテーマに沿って書き込んでいた。テーマとなるタグには、【人間がコンピューターに負ける!】と記されていた。ネットなんかでは一〇年前から極々一部で話題になってはいたが、ほとんど者がそんなことを気にしていなかった。暇なニートやマニア達がアニメや漫画なんかのSFの真似でもしているのだろうと思われていた。
だが、ここ最近何故かあらゆる掲示板やコミュニティーサイトで、その話題が連日のように話題になっていた。それは、ネットだけに止まらず、テレビのゴールデンで特番が組まれ、評論家や技術者が討論を繰り返している。
政府の陰謀や他国からの侵略、秘密結社の仕業だ、とまでいう人も居た。
コンピューターが人間を超えるなんて言っても、いつ超えるのかも、その時にどんなことが起きるかも分かったいなかった。
男性はスクロールさせていた指を止めて、深いため息を吐いた。
東の空に出ている一番星を眺めながら、左手の人差し指と親指で輪を作り、望遠鏡を覗き込むようにして、星と輪の重ねた。
持っていたスマートファンがバイブを震わせ、着信が入ったことを知らせる。
左手を下ろし立ち上がりながら通話をタッチした。
『今すぐに戻ってきてください』
慌しい若い女性の声が聞こえる。
それだけで、電話は切れてしまった。
スマートフォンをポケットに入れ、人の流れに逆らうように、街灯の明かりも届かないような路地へと足を踏み入れる。男性の姿は覇気がなくに静寂に包まれ闇へと消えていく。
二〇三七年
とある研究室で白衣を纏った十数人の科学者と世界から選ばれた『本物の才能』を持つ学生が集まっていた。
学生の中には幼さが残る小学生まで居た
学生達は椅子に座って作業を眺めたり、科学者とプロジェクトの話をしたりと、バラバラだった。
研究室の真ん中にある巨大な円柱状の水槽のような特殊なガラスで出来たものの中には、幾つものの電線とコンピュータが不規則に浮かんでいた。
『あと、二分後に始動します。メンバーは所定の位置に戻ってください』
電子的な女性の声が研究室に響く。
作業をしていた学生や科学者はその手を止めて、研究室にあるただ一つのドアから出て行く。全員がいなくなった無音の部屋に、ガリャリ……ドンッ、とドアがの方からなった。鍵をロックした音だった。電子的・機械的にロックされたそのドアを開けることは誰にも出来ない。
そのドアは、十六桁の暗証番号が科学者と同じ数だけ、鍵となるカードが学生の数だけあり、それらの他にさまざまな仕掛けが施されている。その全てを知るものはこの世には存在しない。当事者である彼等もまた、一部しか知らなかった。
このドアは、外からハッキングもすることは出来ない。ハッキングでパスワードを探ろうとするならば、年数にして数百年、もしかしたらそれ以上かもしれない。
何故、そのような開ける事の出来ないようにしたのか。それは、簡単なことだった。研究室には、これから先は誰も入らないからだ。
世界との関わりを遮断し完全な独立した空間にするためだった。
『始動します』
再び、女性の声が聞こえた。
次に発した言葉には誰もが驚愕した。
『危険因子予測開始。演算・シュミレーション完了。これより、危険因子となる固体を排除します』
ここまでは、誰もが予想していたことで、予定通りだった。
『プロジェクトメンバー及びそれに関わる固体を排除します』
研究室から出て、別の部屋へと移動していた学生たちは立ち上がり、部屋を出て建物の出口に走る。
遅れて事態の状況に気がついた科学者達もこの建物から逃げようとしたけれど遅く、ゲリラ豪雨のような銃弾に襲われた。
そして、出口へと向かっていた学生達は外に出る前に、建物が内側から爆発した。
壁や天井は一瞬にして崩れ、コンクリートの塊が降り注ぎ、血飛沫をあげて潰した。
地下にあったこの施設は重さに耐えれなくなり、押しつぶされ完全に崩壊した。
ただ、一つの部屋を残して。
闇に包まれた外には人も居らず、建物が崩れたことは世界の誰も知らなかった。
地盤沈下のように崩落した地面の中心地で光を放つ不気味なものがあった。
これこそが、後の起こる元凶なのか、それとも、幸福の始まりなのかは誰にも分からない。分かることと言えば、この時、確実に世界の向かう方向が変わったことだ。
ただ、それに気付いたものは、過去から未来に掛けて一人たりともいなかった。