回想列車
特に動きも無くだらだらと老人と少年の会話ばかりの話なので数行読んでツマンネと思ったら即移動をお勧めします、せっかくの貴重な時間を無駄にして欲しくないのでw
気がついたらここにいた。
ここというのはどこかの路線を走ってる電車の客室の中だ。
気がついたらというのは、僕が学校の屋上で……をしようとして目を閉じ深呼吸をして
目を開けたら今居るこの客室に居たということだ。
そして不思議な事に前後に連結されているはずの車両の中が全く見えないのだ。運転席だとしても
全く車内が見えないというのは異常だった。
そんなわけの分からない客室の中から見えるのは窓の外に見えるのどかな田園風景と
客席に座る老人だけだった。
僕はひとまず、先にここに居たと思われる老人に話しかけてみることにした。
「あ、あの……僕、今の今まで全然違う場所にいたはずなのに突然ここに来たみたいなんですけど
お爺さんは何か知ってますか?」
話しかけられた老人はゆっくりと視線を田園風景から声をかけた僕に向けると
「!?……いや、俺もあんたと同じだよ目を閉じて開いたら、この座席に座っていたんだ」
老人は僕の顔を見た途端何かに驚いた表情を浮かべつつ答えてくれた。
「そうですか、うーん一体ここは……」
なにかしら答えを得られると思って期待してみたけどお爺さんも僕と全く同じ状況だとは……。
「あんた、ずっと立ったままじゃ疲れるだろう?座ったらどうだい」
お爺さんは優しく微笑むと自分の向かい側の席に目配せしてくれた。
言われた通りお爺さんの向かい側に座ると
「ところで、何をどうしたらいいかもわからんし話しでもしないか?このわけのわからん場所に俺たちが
来た原因が分かるかもしれんし、そうそうここに来る前に何をしていたかというのが原因かもしれない
な!」
お爺さんはこれだ!といわんばかりに自分の膝を叩くとここに来る前の話をし始めた。
「ここに来る前は何をしていたか。フフフ、それはな……」
一旦話を切ると僕の顔を見て
「なんだと思う?少年」
なんて問題を出してきた。
「え、ええと……お爺さんくらいの人だと目を閉じて開いてという行動をするのは瞬き……は誰だって
するし……縁側で日向ぼっこしていたらウトウトしていた?」
「ぶっぶー!」
お爺さんは両手で大きな×印を作ってダメダメだなぁとぼやいた。
「まぁ普通はそんな事を考えるだろうが、俺は違う!ここに来る前にしていた事、そうそれは……!」
溜めるお爺さん、俄然気になる僕。
「自宅で世界初のフルダイブ式オンラインRPGにダイブするために布団に横になって目を閉じたところだったんだぁぁぁあああ!!!」
溜めていた分両腕を高々と振り上げて叫ぶお爺さん。
「……ちょっと待ってください、今現在フルダイブ式オンラインRPGなんて世界中探してもありませんよ?あるとしてもそれは小説かゲーム、もしくはアニメとかとにかく空想上の物でしかありませんよ」
疑わしい目でお爺さんを見るとお爺さんはお爺さんで
「何を言っているんだ、今の年は20××年!これだから最近のわかいもんはっ!!」
……
…………
「ええええええええええええええええっ!?ちょっと待ってください今って200×年でしょうっ!
お爺さんってもしかしてボケちゃってますか?いやでもお爺さんくらいの年の人がフルダイブ式オンラインRPGなんて知ってるわけが……てことは……あと数十年後には僕もフルダイブ式オンラインRPGがプレイできる日が来るのか!」
「……なんだかお前さん、俺を馬鹿にしていないか?後半は別の事考えてるし」
「いえ、そんなことは……アハハ」
ジロリと睨まれ愛想笑いで誤魔化す僕にお爺さんは
「ゴホン、まぁ良い。さて次はお前さんが話す番だぞ?」
そうだった、ここに来る前の行動を話すんだった。でも僕のは……言い難い、けどここには
お爺さんしか居ないし……別に構うもんか!
「ええと、僕がここに来る前は放課後の学校の屋上で……」
「立ちションをしようとしていた」
「違いますよ!!邪魔しないで下さい、それにある意味笑い話みたいな事じゃないんですよ
僕がしていた事は」
お爺さんは僕の声のトーンが変わってこれがただの笑い話では無い事を察してくれたのか
黙ってくれた。
「自殺しようとしていたんです」
言ってしまった……、こんな重い話聞かされたくないよね誰だって。
でもこんなわけの分からない場所に来ることになった原因が分かるかもしれないし
正直話さなきゃと思ったんだよね。
「そ、そうだったのか……茶化してすまなかった」
お爺さんは眉間に皺を寄せて深々と頭を下げてくれた。
「いえ、そんな。頭を上げてくださいお爺さん!」
無駄に明るい声を出してなんでもないように振舞えばなんとかなるかな?
「お前さんはなんで自殺しようと思ったんだ?いや、言いたくなければそれでも構わない
だが、ここに来た原因がもしかしたらそれかも知れないと思ったんだが。どうだ?ここには俺しか
居ない、話してみないか?」
今までとは打って変わって優しく労わるような声でお爺さんが話しかけてくれる。
「はい、実は僕もこれが原因なんじゃないかと薄々思ってはいたんですが……それが分かっても
元の場所に帰る事が出来るのかわからないし、帰られないのならそれで構わないかな……と」
僕は静かに息を吐くと話を続けた。
「僕が自殺をしようとしたきっかけは嫌なことが立て続けに起きたんで、す一つは受験で希望の大学に落ちた事、ずっと片思いだった女の子に告白したらフられた事、大好きな祖父が亡くなった事、友達だと思っていた連中が実は仕方なく一緒に遊んでいただけだったこと、こんな感じで色々あって面倒になってきたらもういいかなって思うようになってそしたらそうだ、どうせだし今まで行った事が無い学校の屋上から自殺しようと思ったんです、そして手すりから降りて端っこに立って目を閉じて深呼吸してさぁ今から落ちるぞ!って目を開けたらここにいたんです」
話してる間にどんどん気持ちが沈んでいってここで自殺したらどうなるんだろうとか考え始めてる僕が
いた。
「お前さんの年頃には辛い経験だろう。希望の学校に落ちた、失恋、家族との死別。友人との亀裂。でも
俺に言われせりゃ、『それがどうした』だな」
「っ!!」
あんまりな言い方に思わず睨みつけてしまう。
「まぁ恐い顔するんじゃない。お前さんが経験した事は時間が経てばそんな事もあったなぁ程度で済ます事が出来る問題なんだよ。人間、時が経てばその時の気持ちは持ち続けてもちゃんとそれとは別に整理整頓されていくもんさ。希望校に落ちた?だったら他の学校探すとか留年するとか、ちゃっちゃと諦めて仕事に就くとか色々道は見えるだろ?」
お爺さんは僕が口を挟もうとする暇を与えないように話を続ける。
「次に失恋、特にこれが『それがどうした』だな。そんなもん家に帰ってエロ本見てりゃ一瞬で吹っ飛ぶもんだ所詮本当の意味で異性と付き合うっていうのはもっと後になって分かってくるもんだ。そんで爺ちゃんの死、確かに辛いがそれは『今は』ってだけだ、時間が経てば少しずつその心の痛みや悲しみは消化されてちゃんと受け入れられる時が来る、それにありきたりな台詞だけどいつまでもクヨクヨ泣いていたら死んだ爺ちゃんも心配で成仏できねえぞ?最後に友達が実はお前さんと仕方なく遊んでいたという話だがそれも大丈夫だ、お前さんが友達だと思っていた連中がお前さんを友達とは思って居なかったんならそのうち自然と話なんかしなくなって顔も合わさない、そしてそのまま卒業、あとは音沙汰無しってなるのが目に見えてる。どうだ?これが俺にとって『それがどうした』と言える根拠だ」
「……確かに強引すぎる所が多々あるけど言いたいことは分かります。でもそれでも僕は……」
「死にたい……か。なぁお前さん学校屋上に行ったんだよな?」
「はい?そうですけど。それがどうかしたんですか?」
急になんでそんな事を聞くんだろうか?
「その時、放課後だったんだよな?そこから何が見えた?」
「あの、それが殆ど俯いて歩いていたので視界には屋上の床と夕日の光くらいでした」
それを聞いてお爺さんはため息を付いた。
「まぁ確かに自殺を考えるやつが前をしっかり見てずんずん歩く姿ってのも想像できないもんな。お前さん、学校の屋上から見える景色ってのは案外良いもんだぞ?それが夕暮れ時と来れば最高に綺麗な瞬間だ。まさに青春!と言える情景だな!」
うんうんと上機嫌に頷くお爺さん。
「そしてお前さん、その屋上から見える場所で行った事がある場所がどれだけある?全部行ったか?まだ行ってないゲーセン、本屋、ありとあらゆる店に行ったか?」
「いえ、基本的に学校と家、友達だと思っていた連中の家、あとは近所の本屋くらいです」
「そうだろう、学校の屋上程度の高さから見える景色でもまだそれくらいしか行ったことが無いというのに死ぬなんて早すぎるし勿体無い。どうせ人は死ぬときゃ死ぬんだからまずはその瞬間が来るまで好きなようにやってみたらどうなんだ?それにお前さん、さっきフルダイブ式のゲームの話が出た時に『数十年後には出来る日が来るのか!』と喜んでいたじゃないか?死ぬことを考えていた割にはお前さんそれほど深刻に自殺願望があるわけではないのではないか?」
「っ!」
確かにそうだ、さっきのゲームの話が出た時数十年後に自分がプレイしている姿を想像してワクワクしていた。
強引過ぎて何なんだこの人。
でも、なんだろうここまで一直線に思った通りに意見してくれる人が今まで居ただろうか?
学校では先生がお前なら出来るみたいな事しか言わない
家では両親が心配そうに声をかけてくれるのが申し訳なくて辛い
誰にも打ち明けられなくて自分の中に溜め込んでばかりいたのに
このわけの分からない場所でこのお爺さんに打ち明けて
お爺さんなりの言葉で僕に生きようとする意志を持たせようとしてくれている。
「はは、なんだろうお爺さんの言葉で今まで悩んでいた事全部がしょうもない事に思えてきました」
そうだ、お爺さんの年齢はおそらく60は超えている、そんな人生の大先輩を前にしてたかが16歳の僕が人生について語るなんてどうかしている。
「そうだろうそうだろう、生きてりゃ死ぬ。誰だってそうだ、それを自分の手で終わらせるなんて事あっちゃいけないことなんだ」
お爺さんが僕の返事を聞いて満足そうにしているのを見ているとお爺さんの体がうっすらと姿が透明になり出した。
「お、お爺さんの体透明になっていってますよ!?」
「おお!?、それを言うならお前さんもだぞ?」
「え?ほ、ほんとだ!?これって元の場所に戻れるって事なんですかね?」
「わからんが、そういう事にしておけ!はっはっは!!」
豪快にお爺さんが笑いながら答える。
「そう……ですね!そういう風に思っておきます!」
「さっきまでとは全然違う顔になったな、良い顔だ」
お爺さんは嬉しそうに微笑みながら僕を見ていた。
「さて、戻ってゲームに改めてダイブしないとな!さらばだ、山田太郎数十年後にお前さん自身がプレイできる日が来るぞ!それまで精一杯人生を謳歌するんだぞ!」
「!?……お爺さん、どうして僕の名前をっ!?」
「それはな……秘密だっ!」
お爺さんの姿が完全に消えると同時に僕の視界も真っ暗になり
そして……
目を開けるとそこは元居た学校の屋上だった。
「帰ってきた……、夢だったのかな?」
ポケットに入れていたスマホを取り出し時刻を見ると全く時間が経っていない事が分かった。
「時間が経っていない……のか、でも」
時間は経って居ない、だがもう僕の心の中に死にたいという気持ちはこれぽっちも残ってなかった。
あるのはとにかく生きている事を楽しもうという気持ちだけだった。
手始めに屋上の手すりのところまでいってそこから見えるだけの景色を眺める事にした。
近づいて行けば行くほど広がっていく景色。
夕焼けが眩しくて手で目を庇いながら街並みを眺める。
「うん、確かにあそこの本屋はまだ行ってない、あそこのゲーセンも行ってない。あそこもあっちも
むこうの店もだ。なんだ僕は本当にこの景色の中ですら全然足を踏み入れた事がない場所ばかりじゃないか」
まずはここから見える本屋を全部制覇してやろう。
そして次は隠れた本屋もあればスマホで探し出すんだ。
これから忙しくなる。
勉強が、ではない。
恋愛が、ではない。
人生を謳歌する事がだ。
そんな事を思いながら
屋上から見渡せる世界を楽しむのだった。
別に場所が電車じゃなくても良かったじゃん・・・・・・て思ったけどまぁいいや。