08
「何でこんなことに……」
「そりゃ日頃の行いだろ」
「俺が何をしたと!?」
ユキムラの愉快な叫びはスルーして、向かってきた凶刃を捌く。
楽にいくかと思われていた海上遺跡探索は、現在混迷を極めていた。
とりあえず雑魚敵を一撃で沈めて最下層まで進み、あと少しでボス部屋だというところで、面倒なのとエンカウントしたのだ。
「ったく、調子付きやがって! さっさと喰らいやがれ!!」
「おっと」
振り下ろされた豪華な装飾の大剣を体を捻って躱す。
反撃しようとしたが、もう1人が後ろから迫っていたため、受け流した後に間合いを取る。
「ユキムラまだー?」
「うっせぇ! お前とは違ってこっちは命がけなんだよ!」
端的に言うと、今俺たちは大量のPKに襲われていた。
PKというのはプレイヤーキラーの略で、要するに殺人のことである。といっても当たり前だが実際に死ぬわけではないので、ロールプレイとして悪人キャラをやってる奴はいないわけではない。
このゲームではモンスターや他のプレイヤーに殺されると、装備しているカードと一部ユニークカードを除いたカードをランダムでその場に落としてしまう。そして、海上遺跡の最深部ではイベント専用のユニークカードの他に、高値で売れる『蒼海の宝珠』が手に入るため、このカードを求めてPK集団が待ち伏せをしていたのだ。
普通に蹴散らそうとも思ったのだが、人数が多い上に相手のヒーラーがなかなか良い装備を纏っており、さらに加えてPK集団は緑ネームと赤ネームが入り混じっているため、攻めあぐねていた。
『赤ネーム』とは、他プレイヤーを攻撃するとネームバーのアイコンが赤く染まることから呼ばれている、犯罪者プレイヤーの総称である。それに対して通常のネームバーは緑ネームと呼ばれている。赤ネームの状態だとNPCショップを使用出来なくなったり、酷いと街に入れなくなってしまうのだ。そして、赤ネームの状態だと攻撃されても相手は赤ネームにならない上に、ドロップに補正が掛かったりするため、恒久的に他のプレイヤーに狙われるようになってしまう。さらに言うと緑ネームに戻るには莫大な時間と労力が必要なため、そういうプレイングをしてない場合はマイナスでしかない。
一応システムウィンドウのオプションから『他プレイヤー攻撃設定』というものを操作することで、他のプレイヤーを攻撃できないように——正確には攻撃してもダメージが通らないように設定できるので、偶然攻撃が当たってしまったため赤くなってしまった、ということは防げるようにはなっている。
だが、問題なのはそこではなく、初心者プレイヤー———具体的に言うと『海上遺跡』をクリアしていないプレイヤーは、その『他プレイヤー攻撃設定』をOFF(攻撃しない)から変更することができないのだ。
運営は最初の段階から血みどろの殺し合いが発生することを防ぐつもりだったのだろうが、クエストを達成した後でも未達成者とパーティを組めば遺跡に入れてしまう時点で裏目に出ている。
つまり。
「頑張れー」
「気の抜けた応援だなオイ!」
まだ『海上遺跡』を攻略していない俺は緑に対する攻略手段がなく、緑に囲まれると何もできなくなってしまうのだ。
一応赤ネームには攻撃できるのだが、先程勢い良く倒してしまったため、残りは全員ユキムラの方へと向かい、緑がこっちに集中する形となった。現在ユキムラのところに赤が3人、俺のところに緑が2人、そしてリーダー格である赤のヒーラーが若干離れたところにいる状態となっている。何でヒーラーなのに赤なんだろうか。
「オラァ!!」
「おっと」
この緑ネームたちは初心者だと推測されるため、攻撃されてもダメージは通らないだろう。とは言えボコられるのは性に合わない。
というわけで振り下ろされた大剣の側面を棍で円を描くように逸らし、その勢いを止めずに棍の反対側で大剣男の頭をぶん殴る。振り抜いた後は棍を持つ手の位置を中心から端の方へ移し、こちらに来ようとしていた片手剣持ちの緑ネームの頭を流れるようにホームランする。
「ふ、決まった」
これだけやってダメージゼロなんだぜ? 世の中不平等だね。
「……もうやだこいつ」
「……頭がくらくらする」
ダメージがないとは言え衝撃はある程度通るのだ。そら何回も殴られてたら頭がくらくらするくらい普通だろ。
「あらよっと」
ぐえ、と蛙が潰れたような音が聞こえた方向へと顔を向けると、ユキムラがようやく最後の赤ネームを倒し終えたところだった。槍の穂先で貫かれたまま消えていく赤ネームには合掌をしておく。
ユキムラも何人もいた赤ネームを1人で捌ききるとは、流石は最前線にいる攻略組といったところか。
「ちっ、使えないやつらだ……!」
「あ」
その様子を見てすぐに逃走を始めるヒーラー。だがしかし、ヒーラーのくせにゴテゴテとした装飾過多な重そうな服を着ているためかそこまで足は速くない。
「ユキムラ」
「おう」
その背に向けてユキムラが槍を構える。すると、一瞬の間をおいて槍が青白いライトエフェクトを纏い始め、キィィィン、という管楽器のような音を放ち出した。
「お……っらあ!!」
ユキムラが気合とともに全身を使って槍を投げると、槍は物理法則を無視した速度でヒーラー目掛けて飛んで行く。長槍スキル単発投擲技『シューティングストライク』。青白い尾を引き彗星のように対象目掛けて飛翔するスキルである。
槍は吸い込まれるようにヒーラーのもとへ飛んでいき、やがて爆発音とともにヒーラー諸共消え去った。
煙が晴れたところで近づいてみると、ヒーラー(だったもの)がキラキラと光るエンドエフェクトとなって消えていくところだった。
ふと後ろを振り返ると、俺が遊んでいた緑の2人は既にいなかった。逃げたのだろう。
「こりゃまた派手にやったなぁ。槍回収できるのか?」
「いや、このスキルは槍使い捨てなんだよ。一応回収もできるけど耐久度半分も減るから燃費悪過ぎるしな」
「そりゃまた目茶苦茶なスキルだな」
魔法をホルダーにセットすれば使えるようになるのと同様に、武器のスキルも対応したスキルをセットすることによって使えるようになる。例えば、今のユキムラの使ったものは『長槍』というスキルの熟練度を伸ばしていくことで覚えることができる。
ちなみに、スキルそのものを習得するためには、その武器を使い続けて自然に出るのを待つか、店で買うしかない。あと、武器以外の行動系スキルに関しては、アイテムドロップか店売りの物、または特定の行動をし続けるて自然に出るのを待つしかないらしい。行動系スキルに関しては自然に出すより店で買った方が効率が良いらしいが。
俺もそろそろ両手棍のスキルが出てもいいころだとは思うが、今まで全部一撃で倒してしまったためか、まだ出ていない。武器が強すぎるのも考え物だな。
「でも大丈夫なのか? 槍壊れたけど」
「心配ねぇよ。このフィールドに合わせて店売りの槍で戦ってたんだ。それに、もうあんな悲しい思いはしたくないしな……」
そう言って哀愁を漂わせるユキムラ。大方試し撃ちによって使っていた強力な武器を失ったのだろう。哀れな奴だ。
「しかしまあ、こうなることは分かるだろうに何でまた運営は対策しないんだろうねぇ」
「そう言ってやるな。今まで大した被害報告も上がってなかったんだろ。流石にこんな規模でPK集団が動いてたんならGMコールの1つくらいあるだろうし、ここをPK禁止エリアにしたりで対策取られるだろ」
よっと、としゃがんでアイテムを回収していたユキムラが腰を上げる。
「さて、『蒼海の宝珠』がたくさん手に入ったがどうする?」
「そりゃこの世界はリソースの奪い合いなんだ。全部頂くさ」
「……最低だ」
「じゃあ換金して一割くらいは街でばら撒くか?」
「どこの鼠小僧だよ。しかも一割かよ」
あーだこーだ言いながらも半分は俺が貰い、もう半分はユキムラに任せることにした。うまうま。
◆ ◆ ◆
「ここか」
「ああ。そんなに強くはないし、1人で行くか?」
「じゃあ、そうしようかね」
色々あったが、ようやくボス部屋の前まで来ることができた。
ユキムラにはここで待っていてもらうことにして、目の前に荘厳とした雰囲気で佇む巨大な扉を両手で押す。
よっと、と呟いて力を込めていくと、徐々に扉が開いていく。てか無駄に重いんだけど。
そんなこんなのうちに人1人は通れる程度の隙間が開くと、力を込めなくてもどんどん扉は開いていった。
「じゃあ、行きますかねっと」
部屋の中はまだ薄暗かったか、勢いよく飛び出す。こういうのは勢いが大事なのだ。俺にとっては。
すると、少し進んだところで足元が青く発光し始め、その光が波打つように部屋全体に広がって細部まで見えるほど明るくなる。
部屋が明るくなった時点でゴゴゴゴゴ、という音を立てながら部屋の中央に鎮座していた青銅色の石像が動き出し、こちらに向けて巨大な石の剣を一振りする。
大きさは3メートル程度だろうか。鎧をまとった人の姿を模しているようで、手には巨大な剣を持っている。ドラゴンほどではないにしても、かなりの威圧感を放ってくる。
そして、次の瞬間には石像はその大きさからは考えられない俊敏さでこちらに向かって駆けてきた。
「よしっ!」
それを受けてこちらも負けじと駆け出す。
取りあえず最初のボスなんだからそこまで攻撃パターンはないはず。恐らくは剣を使った振り下ろし、横薙ぎとそのパターンくらいだろう。あとはHPが一定の値を下回った時のパターンの変化に気を付ければ大丈夫のはずだ。
目の前に迫った巨大な剣をスキル『ステップ』で回避し、石像の握り手に向かって棍を振り下ろす。
さほど大きくはないが、目に見える程度は石像のHPが減少する。
その後もしばらく殴ってみたが、最初の面にしては武器が強すぎるからか、どんどん削れていく。これなら楽に倒せそうだ。
「折角だし、もう1つも試してみるか」
剣で斬り払ってきた石像からバックステップで距離を取り、両手棍をホルダーに戻して新たな武器を出現させる。
光が収束して現れたのは機械的な構造の剣だ。白と青の持ち手に手の甲を覆う金属板のようなものがついていて、そこから伸びる剣身はカッターの刃のような平べったく四角いもの。レイピアやフルーレの柄に特徴的な剣身を持つ、少々ちぐはぐな剣である。さらに、持ち手の人差し指のあたりに銃の引き金のようなものがついていて、機械的なイメージを強めている。
この剣は『機巧剣』。ロマンあふれるファンタジックな武器である。
といってもこの剣は初期装備並みの性能しかないから、棍との使い分けを意識して戦ってみるか。
剣を握りしめ、既にこちらに向かって剣を構えて突進してきている石像に向かって剣を突き出し、同時に柄にある引き金を引き込む。
すると、ドガンッ!! という音を発して剣身が柄から射出され、石像の頭部に甲高い音を立てて突き刺さった。さらに、このままでは数秒後にはぶつかってしまう距離にまで来ていた石像が、剣が突き刺さった瞬間に踏鞴を踏んで立ち止まる。
これがこの剣の特殊なところで、この剣は剣身を一直線に飛ばすという強力な攻撃方法を持っているのである。といっても、弾数は最大3と少ない上に、リロードにとてつもなく時間が掛かってしまい、リロードが終わるまでは攻撃方法が無くなってしまう。また、普通に剣として扱うには性能が低く、耐久度も低いため使い勝手はとても悪い。強力である剣身を射出する攻撃だって、直線で飛ぶため躱したり弾いたりすることはそこまで難しくないことも拍車をかけている。
だが、機巧剣を使う人が全くいないのかと言えば、そんなことはない。実はこの『機巧剣』という武器にはいくつも種類があるのだ。例えば、剣と鞭という二つの形態に変形する通称『蛇腹剣』、まるでチェーンソーのように刃が回転する通称『鎖剣』、大剣に大砲を仕込んだような武器である通称『砲撃剣』などだ。まあ、だからと言って俺の使っているこの『飛刃剣』が人気のある武器かと言えばそんなことはまったくもってないんだけどな。
あとこれ、機巧剣のスキルってどうなってるんだろうな。取ってないからわかんないけど、相当無茶苦茶なことになってそうだ。
ノックバックから回復した石像の剣を躱し、石像の腕を踏み台にして頭頂部まで跳ぶ。空中で棍に待ちかえ、石像の頭に振り下ろす。
「おらぁ!!」
さらに頭に横薙ぎを喰らわせ、おまけに1発と棍の反対側を頭頂部に振り下ろして石像の背中側に大きく跳ぶ。追い打ちとして空中で上下逆さまになりながらも武器を持ちかえ、機巧剣を石像の頭に向かって射出する。
ドガンッ!! という音を発して剣身は石像の後頭部に突き刺さり、石像は思いっきり前に仰け反った。
着地に失敗して背中から落ちてしまったのは今後の改善点だが、今のはなかなか良い感じに連携が決まったんじゃないか? 次は是非シュタッと着地して「……決まった」とでも言いたいものだ。
「グァァァアアアアア!!!」
石像が大きく咆哮する。HPが一定値を切り、攻撃パターンが変化する前兆だ。お前口あんの? とかは言ってはならない。
「さて、気合入れて行きますか」
呟き、石像を見据えつつ剣の柄を鋭く振ることで剣身を出現させた。