04
「セイッ!」
ワラワラと湧いてくる小鬼型のモンスター———ゴブリンソルジャーを剣で斬り払い、後ろから来たものには左手の銃を撃ち込んで怯ませる。
何度か斬りつけて前を塞いでいる2体を消滅させ、残りは無視して走り抜ける。
後ろに追って来たゴブリンの行列が出来てるけどまぁ無視だ。全部に対処してたらいずれ捌き切れなくなって死ぬのは過去数回で経験済みだ。
イウではラグナほどの馬鹿げた運動能力を発揮することはできないとはいえ、普通に1メートルくらいジャンプ出来たりといった超人的な動きが出来るため戦いやすい。ラグナだと10m20mは楽勝だったけどな。さすがに無理か。
道をふさいでいるものは剣で対処し、残りは銃で怯ませて脇をすり抜ける。
そのまま走っていると、今までいた森の中の小道のような場所を抜けて広場のような場所に出た。
「ゴールか!?」
そう思っていた時もありました。
広場の奥から巨大なゴブリン———ゴブリンリーダーが現れ、広場の出口がバリアのようなもので塞がれる。ゴブリンリーダーを倒さないと道は開かれないのだろう。
そして後ろから次々と現れる俺を追って来た大量のゴブリン。
「これは……無理だろ」
その後、数分間は頑張ったのだが、ついに対処しきれなくなってそのままHPが消滅した。
めのまえが まっくらになった。
◆ ◆ ◆
「……ふぅ」
ため息とともにトレーニングルームから出て、通路を挟んで反対側の壁際にあるベンチに腰掛ける。
部屋の中はさっきまでは森の中だったのに、今は何もない殺風景な部屋へと戻っていた。
トレーニングルームではレベルを選択すると部屋の風景が変わり、その中で与えられた条件を満たすことでクリアとなる。部屋の広さまで変わる……というか、変化後は部屋とは呼べないことは気にしてはいけないのだろう。
ちなみに今のトレーニングのクリア条件は「目的地までたどり着け」だ。色々と種類があり、今までのものには「目標を倒せ」や「一定時間生き延びろ」というのもあった。
今のトレーニングのレベルは14。多分20までだから結構頑張ってる方だと思う。
あと、もちろんイウにも死亡罰則はあるのだが、トレーニングでは適応されない。痛みもあったりするのだが、イウはというか基本的にVRゲームは痛覚エンジンに上限があるため問題ない。痛いには痛いが酷い物でも猫か何かに引っ掻かれるくらいで、痛みもすぐ消える。
さて、もう一回挑戦するかなっと……ん?
「あれ?」
ドアの開く気配とともにそんな声が聞こえ、その方向に顔を向けると隣の部屋から出てきた少女と眼があった。俺以外にもいたのか。トレーニングなんてやる酔狂なやつ。
「キミもトレーニングやってるの?」
「ん? ああ、そうだけど」
「へぇー」
そう言って少女はこちらをジロジロ見てくる。
……む。初期装備だからって馬鹿にしてんのか? いや、さすがに穿ち過ぎか。
それなりに長い青い髪に青い瞳で160弱くらいの身長、姫様より少し低いくらいかな? キレイな顔立ちに一瞬見とれたが、仮想体だし、と考えて思考の外に追い出す。そもそも本当に女かどうかもわからないのだ。高確率で女性であることに間違いはないのだが。
だいぶ前に精神や肉体の成長に良くないとしてVRゲームでの性転換は禁止されたのだが、顔や身体を弄ることによって限りなく女性に近づけること(もしくは逆)は出来るのだ。胸だって胸筋を弄ってある程度の大きさなら再現可能だ。ただし、単に気持ち悪くなるだけだったり、望んだようにはならなかったりすることも多々あるらしいので注意が必要だ、諸君。
見分けるとしたら、フレンド登録やパーティを組むことによって見ることが出来るようになる簡易ステータス(名前と性別、その他数項目のみ)を見るか、外すことのできない下着類を見るしかない。まぁ後者は露出の趣味でもある人じゃない限り不可能だがな。
いくら向こうが見てくるからと言ってそんなにじっくりとは見ないが、パッと見ただけでも少女が身に纏う装備は初期装備の俺なんかとは比べ物にならないほど凄そうだ。上位のプレイヤーなのかな? 装備の違いはまだ分かんないから違う可能性の方が高いけど。上位がこんな場所にいる訳ないし。
で、腰には2つの銃を下げている。『双銃』か。まだ持ってないから羨ましいな。
そんなことはともかく、見くびられるのは何か嫌だ。というわけで自己主張をしておく。
「これでも一応13まではこなしてんだぜ?」
「あ、そうなんだ。なかなかやるね」
意外と反応が薄かった。まあ、俺が始めたのは最近だし、少々出遅れてても仕方がない。
「でも初期装備だよね? 始めたばっか?」
「ああ、4日前だな」
「へぇ、すごいね。何かプレイヤースキル要求されるゲームやってたの? ……あ、答えたくないならいいよ」
言ってから慌てて手を横に振る少女。まぁ別にそれくらいでプライバシー気にする性格じゃないけど。
「いや、いいよ。ラグナロクやってたんだ」
「ラグナロク?」
「あれ、知らない?」
人気なかった上にもう2年くらい経ってるし仕方ないっちゃ仕方ないか。
「アクションゲームだよ。アンタは何かやってたのか? 俺より進んでるっぽいけど」
「え? ああ。スポパラやってたんだ」
「……え? スポパラ?」
『スポーツパラダイス』、略して『スポパラ』。1年くらい前に出たゲームだったはず。
ただ、当時はRPGやアクションとかの方が人気だったのと、スポパラはオンラインではなく基本オフラインでネットに繋げたら家族や友達とも出来ますよ、というタイプだったためほとんど流行らなかったのだ。
オンラインの物は無料でアイテム課金制だったり、毎月や毎年決められた額を払うことで遊べるのだが、オフラインの物はソフトを一括でダウンロード、もしくはハードディスクを購入する形式なのであまり人気は無い。VRのオフラインは据え置きの物と違ってデータ量の問題から結構な額することが大きな要因の1つだろう。もちろん売れている物はあるが。
そして、スポパラに限らず「オフラインだけどネットにも繋げますよ」系は、ネットで遊ぶ時は相手側もソフトをダウンロードしなくてはいけなかったので人気のないジャンルなのだ。同じサーバーを使う家族とかなら問題ないため正真正銘の家族用だ。実はラグナもゲームの内容はこのタイプに近いのだが、一応あれはVRMMOである。
「む、馬鹿にしてるな? 極めると凄いんだよ?」
「いやまぁ何と言うか……」
何か上手く繋がらない。「スポパラを極める=イウで無双」の方程式が成り立つとは到底思えない。別に馬鹿にしてるつもりはないけど、うん。想像できないだけ。
すると、少女は「ふふんっ、まぁいいけどね」と何故かドヤ顔を決めて、そのまま俺の目の前を通り過ぎてエレベーターの方へと歩いて行った。
「あれ? もうやんないのか?」
「13で止まっているキミとは違ってこっちは20までクリアしたのですよーっと」
「んなっ!?」
マジか!? ってかこっちを振り返ってニヤリとする姿が見ててムカつく。
でも、こいつがクリアできて俺にクリアできないわけがないよな。話してる雰囲気とかからして同年代っぽいことも含めて条件は同じだし。何より負けたくない。
「まあ? キミにクリアできるかは? 分からないけどね?」
「うわっ、ムカつく!」
冗談を言ってるってことは分かっているのだが、一言一言語尾を上げてニヤニヤされるとコンチクショウ! ってなる。
そして、そのまま高笑いをしながらバイバーイ! と言ってエレベーターに消えていった。
「……よし。絶対クリアする」
荒立った心を鎮め、気合を入れる。
ラグナロクを極めた者としてスポパラなんぞには負けたくない。
取りあえず、あの大量のゴブリンを攻略する方法を考えないと。
そうして、ゴブリンたちを突破するためにも、まずはベンチから立ち上がるのだった。