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「……ん? あれ? 一割増しって普段とあんま変わらなくないですか?」
「気のせいだろ」
「え、でもあたし今窓から決死の覚悟で飛び降りてきたんですけど……」
「細かいこと言ってるとハゲるぞ」
「んなっ!?」
何やらぐちぐち言っているリンを横目に、回復アイテムを取り出して身体に振り掛ける。
そういや、リンはボスを倒しているのだろうか。全員で今目の前にいるオプティクス・ギアを倒すのは低難易度な話だし、だからと言って1人に一体というのは、よくよく考えてみると後衛やスキル構成によっては地獄なんだよな。
リンに聞いてみると、「こんなやつじゃなかったですけど、もう倒しましたよ」とのことだった。なんかもう泣けるな。世の中理不尽なことで溢れている。
そんなことをしている間に、オプティクス・ギアはすっかり応戦体勢を整えていた。
「ほれ、リン。来るぞ」
「……いいでしょう、あたしの凄さを見せてあげましょう!!」
「あ、おい!」
センパイはそこで指でもくわえて見ているといいです! と付け加えて、リンは勝手に勢いよく飛び出していった。まあ、楽だからいいんだけどさ。
リンは同じく飛び出していたオプティクス・ギアの剣をスライディングで避けながらも後方に移動し、ライトエフェクトを纏った両手の剣を閃かせる。
「ダブルブレードッ!」
双剣の軌跡をなぞるように、十字のエフェクトがオプティクス・ギアに刻まれる。そして、リンは最前線を行くプレイヤーの中でもさらに上位に位置する、本当の意味でのトッププレイヤーである。当然、これで終わりではなく怒涛のラッシュが続く。
振り切った双剣が再び閃き、逆十字に斬撃を刻み、そこからさらに次の技能に派生する。
縦横斜めと次々にオプティクス・ギアに斬撃が叩き込まれ、そのHPゲージが急激に減少し始めた。
始めから数えて計5連撃を加えた後、ようやく反応が間に合って振り向いたオプティクス・ギアの目の前でリンは突如姿を消し、再びその背後に現れる。
「ツインクロス! 続けて喰らえ、アスティード!!」
斜め十字が素早く2回オプティクス・ギアに刻まれ、そこから連携してさらに技能が発動する。
何故か「もうやめてッ!」という気分になってくるような光景だ。あんだけ苦労して戦っていたオプティクス・ギアがリンにかかれば赤子同然なんですけど。うわー、という声しか出ない。
そして、その後もリン無双はごく当たり前のように続き、合計して2ケタに行くんじゃないか、という数の技能を連携させたリンは、ようやく最後の技能を発動させた。
「終わりッ! エデュミオン!!」
舞い踊るリンの手によって一際強い金色の輝きを放つ双剣が目にも止まらぬスピードにて振られ、甲高い金属音が一瞬のうちに何度も響く。明らかに一瞬の交叉ではありえない現象だった。
最後に振られた双剣の軌跡を辿って金色の煌めきがオプティクス・ギアを貫き、甚大なダメージが与えられた。
ようやくその動きを止めたリンの前でオプティクス・ギアは崩れ落ちるようにダウンし、その間に悠々と膨大な硬直時間を済ませてきたリンがこちらに歩いてくる。
追撃しないのかと思ったが、今の連撃でオプティクス・ギアのHPは残り25%に達している。また何かモーションが入るため、起き上がるまでは無敵時間なのだろう。
「どうですか、まだセンパイには出来ないでしょう?」
「あーはいそーですねー」
「え、その反応はひどい」
ふふん、と威張るリンはむかつくことこの上ないのだが、相手にするのも面倒だったので適当に返す。
それよりも、リンには聞きたいことがあった。
「あのさ、前決闘した時も思ったけど、あの瞬間移動なんだよ。あれも技能なのか?」
前から疑問に思っていたオプティクス・ギアの背後に一瞬で移動した方法について聞く。瞬間移動、しかも背面を取るなんてどう考えても正式サービスが始まったばかりの今の時点では強すぎる。
基本的に、プレイヤーもモンスターも背後は弱点となる。各自に設定されている急所ほどではないが、前から攻撃するよりもダメージが大きかったり、硬直や転倒のバッドステータスを受ける確率も上昇する。攻撃も躱せるし、そんな効果を一気に引き起こせる技能が強すぎないわけがない。
「ああ、あれですか。あれは『ステップ』と『ジャンプ』を組み合わせた高等テクですよ」
「あ、自分で高等テクとか言うんだ」
「細かいとこは良いんですよ、気にしなくて」
なんでも、『ステップ』の技能である『ステップ』、『ハイステップ』と、『ジャンプ』の技能である名称そのまま『ジャンプ』を連続で行使しているのだそうだ。
ただ、そのタイミングがえらくシビアなんだそうだ。しかも、リンの場合は双剣の『技能連携』に組み入れているため更に難易度が跳ね上がっている。
まず、双剣の技能が終わった時点でステップキャンセル、略してステキャンを行って硬直を回避して横に移動し、一瞬で終了するステップの動作が終わるか終らないかの時点で意識を集中してハイステップを発動。そして、ハイステップが終わる直前から再び神経を尖らせ、斜め上へのジャンプを発動、という流れだそうだ。
言うだけなら簡単だが、実際に行うとなれば難しいどころの話ではない。そもそもステップやその上位技能のハイステップの技能終了のタイミングを計れることからして人間止めてるとしか思えない。タイミングはコンマ何秒の世界のはずだ。
恐らく反復練習でもって完璧にタイミングを掴むまで何千何万と練習をしたのだろう。ご苦労なことだ。
ちなみに、技能にはそれぞれ再行使制限が設定されており、連続して同じものを使うことは出来なくなっている。流石にまだ序盤の技能ばかりであるため精々数秒数十秒で、機巧剣のギミックほどの莫大な時間は必要ないのだが。まあ、リンとかの上位層は既にそれくらいの技能を持っていてもおかしくはないが。
「……センパイ、あれ」
「ん?」
リンに指差された方を見ると、ちょうどオプティクス・ギアが起き上がるところだった。そのバイザーは警報機のように強く赤々と輝いており、所々に亀裂の入った身体からは触れたら危険そうな赤い粒子が噴出している。
「うわー」
「これはまた……凄いことになりましたね」
これでまた行動パターンが変化するのだろう。攻撃方法が新しく追加されるか、それともさらにスピードが上がるか、はたまた両方か。何にせよ一瞬の隙が命取りなのは間違いない。現にさっき死にかけたし。
オプティクス・ギアが右腕を横に伸ばす。すると、そこにあった幅広の大剣の両端が切り離されて開き、剣が漢字の『山』のような形となる。
「……っておいおい、マジかよ」
機械の駆動音が響き、剣の隙間から赤い粒子が噴き出す。それはそのまま真っ直ぐ伸びていき、3メートルほどの大剣を形作った。
先程までの剣が大体1メートル程度だったから、単純に考えて射程3倍、威力未知数である。しかもガード出来るか分からない。ガードをすり抜けて直撃して即死、なんて笑えないどころじゃない。
新たに凶悪な兵器を手にしたオプティクス・ギアは、新しい玩具を試すかのようにその右腕を振り上げる。
「リン!」
「了解です!」
それを見た瞬間、どうなるかがありありと想像できた俺とリンは、左右に跳んでオプティクス・ギアの正面から離脱する。
そして、オプティクス・ギアがその大剣を振り下ろした。
一瞬の静寂の後、轟音と共に地が割れ、そこから赤い粒子が火山のように噴き出す。
さらに、今俺たちが居るのは空中道路。当然ながら莫大なダメージに耐えきれず、道路は崩壊を始めた。
「リン! 走るぞ!」
「あいさー!」
相当な距離が地割れによって砕かれてしまったので、まだ無事なオプティクス・ギアの後方の道路に向かって走り出す。
道路の崩壊は数秒に経つ間に相当進み、部分部分が遥か下の地面にまで落ちていっている。
「センパイ!」
「わかってる!」
既に崩壊したところを避け、また、走っているうちに崩れ落ちていく足場をジャンプで何とか乗り切っていくが、そんな忙しい時にもオプティクス・ギアは空気を読まずに襲い掛かってくる。
ガンッ!! と音を立てて赤い大剣の根元と棍が衝突する。形状は変わってしまったが、根元の部分は元の大剣のままなのでガードできると予想したのだが、どうやらその読みは正解だったようだ。
だが、装備の性能に難があるのか、それともオプティクス・ギアの攻撃の威力が高すぎるのか、正確にガードしたにもかかわらずHPが3割程度持って行かれる。
「これ、理不尽……!」
棍を傾け、オプティクス・ギアの剣を横に滑らせて落とす。剣が道路に当たった瞬間また地が割れ道路が崩壊するが、もう気にしない。それよりもさっさと先に行くことの方が大事だ。
「たあああああ!!」
大剣が振り下ろされたままの隙に、リンが俺の頭上を越えてオプティクス・ギアに強襲を掛ける。だが、先程とは違い輝きを放つ双剣はオプティクス・ギアがその頭部を少し傾けたことで回避されてしまう。
「ちっ!」
それを見て、フォローのために膝の裏へ技能を使って攻撃する。あまりダメージは通らなかった代わりに体勢を崩したオプティクス・ギアへ換装した機巧剣のギミックを撃ち放つ。時間稼ぎにはなったのか、オプティクス・ギアが足を止めている隙に崩壊する足場から脱出する。
「リン、あいつ落とせないかな!?」
「どうでしょうね! それで倒せるようならちょっと拍子抜けしません!?」
走りながらもリンと話し合う。同時にさっき減ったHPを回復させることも忘れない。
リンの言うことも確かで、ここまで気合の入った演出をしているくせに落としたくらいで死ぬようなら拍子抜けしてしまうだろう。
「お前が倒したやつはどんなだったんだ?」
「あたしの相手はこんな面倒なやつじゃなかったです! こんな手の込んだ演出もなかったんで瞬殺してやりました!」
「あーそうかい!」
俺と比べてリンが強すぎるのかもしれないが、どちらにせよ俺が引いたのはハズレだったようだ。
ともかく、このまま耐久レースをやることになるのは遠慮したい。例え効果は無くても、安全な所へ行くまでの時間稼ぎはしておいた方が良い。もし時間稼ぎにすらならなくても、多少はダメージを与えられるだろう。
「よし、リン。あいつ落とすぞ」
「鬼が出るか蛇が出るか、ですね!」
言うとともに俺たちは左右に分かれて大きく跳ぶ。次の瞬間には後ろから跳んできていたオプティクス・ギアが俺たちの居た場所に地を砕きつつも着地し、同時に赤い大剣で無事だったこの先の道路を粉砕する。
「だー! マジかよ!」
「一撃入れます! 追撃してください!」
そう言うや、リンはオプティクス・ギアに向かって駆ける。横に振られた大剣をスライディングで躱し、続けて斜めから振り下ろされた大剣を上に向かって技能連携による瞬間移動をして回避する。
「セイッ!!」
気合の言葉とともに、ライトエフェクトを纏った右手の剣がオプティクス・ギアの顔面に叩きこまれ、続けて左手の剣が右下から左上へと斬り裂く。
オプティクス・ギアは振り払おうと左手をリンに向けて伸ばすが、それよりも先にリンは空中ジャンプで空に逃げ、がら空きになった胴に俺は棍の打撃を加えるべく走り出す。
「うらぁ!!」
技能を発動して殴り掛かるが、リンの方を向いていたにも拘らず左手で受け止められてしまい、そのまま宙に持ち上げられてしまう。
正直かなりやばい状況だ。武器から手を離してもいいのだが、そうすると最悪の場合武器を失ってしまうので、出来ればオプティクス・ギアの方から手を離してほしいところだ。話は通じないだろうが。
「って、やっば!」
オプティクス・ギアが右腕の赤い大剣を振りかぶるのを見て、恐怖心に苛まれながらも両手棍を掴んだ両手を基点として力を込め、倒立するように身体を持ち上げる。
すると、一瞬遅れて持ち上げた身体のすぐ下を赤の奔流が過ぎ去った。
「怖ッ! こっわ!」
倒立した状態から踵落としをオプティクス・ギアの左腕に叩き込む。離してくれるかと思ったがなかなか思い通りにはいかないようで、そのまま俺は空高く放り投げられてしまった。
そして、再び大剣を構えるオプティクス・ギア。
……え、待って。回避する手段がないんですけど。
「センパイッ!!」
だが、凶悪な赤い大剣を振われる瞬間、金色の閃光がオプティクス・ギアの両足に数多の斬撃を叩き込む。それによってオプティクス・ギアは若干体勢を崩し、同じく大剣の軌道も若干逸れ、俺は間一髪のところで命を繋ぎとめた。
「サンキュー!」
「んじゃ、次行きますよ!」
そう言ってリンは体勢を立て直したオプティクス・ギアに向かって再び駆け出す。
オプティクス・ギアはリンに向かって大剣を振おうとするが、突然その腕に刃が突き刺さったことによって、その行動はキャンセルされてしまう。
「ビンゴ!」
換装した俺が放った機巧剣が命中したのだ。まさか俺も当たるとは思っていなかったのだが、まあこれも運命だ。ゲームの女神様が微笑んでくれたのだろう。
そして、その隙に当然リンはオプティクス・ギアの元に辿り着き、双剣を輝かせてラッシュを開始する。
袈裟、逆袈裟、真一文字と次々に斬撃が叩き込まれていくが、硬直から回復したオプティクス・ギアが大剣を振りおろし、リンがそれを転がって回避したことで連撃は終了する。
だが、剣を振り下ろしたことでオプティクス・ギアは今の間だけ無防備になった。
「行くぜッ!!」
両手棍スキル単発突撃技『岩砕棍』。システムアシストによって数メートルの距離を一瞬で詰めた俺は、再び換装して両手で持った棍で衝撃波を伴う一撃を放った。
その一撃は狙い通りに無防備だった胴体にクリーンヒットし、オプティクス・ギアは大きく吹き飛び、そのまま壊れかけの道路に墜落する。そして、その衝撃で限界が来たのか、急激に崩落する道路と共に遥か下へと落ちていった。
数秒の後に視界の下の方に表示されていたオプティクス・ギアのHPが一気に減少し、1ドットも残さずに消滅した。
「……おい、何か勝ったぞ」
「……ま、まぁあいつは言っても中ボス程度ですからね。そういうこともあるでしょう、うん」
視界に浮かぶ『Congratulations!!』という文字を手で退けながらも、俺と同じく拍子抜けしたようなリンと話す。最後は呆気なかったとはいえ、あの機械人形相当強かったんだけど。そりゃリンが来てからは楽だったけどさ。そう考えるとこのステージのボスはどんだけ強いんだろうな。
しかし、悠長に話す暇なぞ与えない、とでも言うかのように、重く響く音を立てながら足元の道路が次々に崩壊し始める。
「うっそ、この現象まだ続くんですか!?」
「そりゃいきなり何もなかったみたいに直ったりはしないだろ。走るぞ!」
「うぅ、あいさー」
そうして、俺たちは再び耐久レースを開始するのであった。




